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トップ > アクセル > アクセル - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2009年1月9日 2時)

親ばか日記

親ばか日記である。このところ娘の成長に、改めて親ばかな私は喜んでいる。 ◆ 1)ネクタイ今朝のことである。私が大学に行くためにワイシャツを着て、ネクタイを締め、ブレザーを着てコートを着てとしていたら、娘が使わなかったネクタイの山と格闘していた。 何をしているのかと思ってみていたら、その中から一本を取り出して肩からぶら下げているのである。(ん?)そのままにしておくと危ないので、取り上げようと思ったら、明らかに私のネクタイと同じことをしようとしていることに気がついた。その様子がなんとも愛でたいものであった。 2)仲裁帰省中に奥さんとちょっとした口喧嘩のようになったことがあった。娘を車から降ろす時のことである。私が車外にいて、娘と奥さんはまだ車の中。 そしたら、娘は突然車のボディの陰に隠れて、そこから笑顔で「ば〜〜〜〜〜〜」と顔を出すのである。これを数回繰り返していた。 娘に仲裁されてしまった。感情の変化を読み取って、娘なりに気を使ってのことなんだろうと思うと、嬉しいやら情けないやらである。娘はこのときまだ一歳三ヶ月である。 さらに言えば、いないないバーである。私がするだけではなく、自分もできるようになってきた。このごろでは、「いないいない」と自分で言いながら隠れるようになってきた。 もっと言えば、しまった〜!である。私が「しまった〜!」と言うと、両手を頭に載せて笑う。 仕事にならないくらいに可愛い。 3)デジカメ私のR7がお気に入りである。投げ出されたらたまったもんじゃないので、渡さないようにしているのだが、見つけるとすぐに持って行く。 よく見ていると、投げ出すことはせずに自分の顔の前に持ってきて何やらしている。よく見ると、どうやら写真を撮るまねをしているようである。 考えてみれば、娘の様子をこのカメラはずっと撮影している。娘からすれば、ずっとこのカメラに見られている訳だ。ボタンがあって、自分の画像が出てきて、お父さんのまねができて、これは楽しいはずだ。 どこかで中古の安いデジカメでも買ってきて与えてあげようかなと思う。 4)足そんな娘が愛しているのが私の足である。朝起きて、すぐに私の足を見つけて触りにくる。朝風呂に入った後なので大丈夫なのだが、恋人を見つめるような視線で足を見ている娘を見ると、父さんはいろいろな面で心配である。 5)拾って胡椒のミルをおもちゃ代わりに遊んでいた娘。『こら、ダメだよ』と言うと、慌てたのであろう床に落としてしまった。『あ〜。拾ってちょうだい』と言ったところ、娘は椅子から降りて拾ってテーブルの上に置いた。びっくりである。一歳四ヶ月になったばかりだというのに。 私は慌てて席を立って娘のところに行き『いーこ、いーこ』と頭を撫でた。満足そうな顔の娘であった。 ◆ このところの成長はいままでと質が違うように思える。

作者: 酔睡亭

更新日:2009年1月8日 21時33分

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棺を蓋いて事定まる

本日の授業は二つ。 ディベートの試合をする予定の授業が一時間目。ところが、ディベーターが揃わない。風邪とインフルエンザである。 授業ではこういうことがままある。ぱぱもある。ないか。で、どうしようかと思ったのだが新春放談をすることにした。この正月にいろいろと考えたことを学生たちに話すことにした。 自分の育ちを振り返る正月であったこと。 アメリカ帝国が崩壊した後の世界の新たな秩序づくりの方向性のこと。 教え子になる正月、教え子が集まる正月であったこと。 こんなことをあれこれと。 ◆ 二時間目は、林竹二先生のビデオを80人の学生たちと一緒に鑑賞した。「人間とは何か」1977年に沖縄の小学校で、三年生を対象に行われた授業である。 1)事務連絡(ゼミの希望用紙回収など) 10分2)ビデオの見所、見た後の説明 5分3)ビデオの視聴 45分4)ビデオの振り返り 25分5)まとめ 5分 ビデオを視聴した後の振り返りは、個人で意見をまとめ小グループで交流し、全体への代表意見の投げかけのような形で進めた。 学生たちの感想は、林先生の授業についての疑問と反論が多かった。半分嬉しく半分残念というところか。嬉しさは、この二年間で学んできた授業評価に関する規準を意識して説明しようとしていたところである。残念は、この林先生の授業の何が凄いのかということの視点が弱かったところである。 自分で授業を作るようになると見えてくることだとは思うが、これはその時のお楽しみにしておこう。 ◆ 昨日帰るときに、大学の中庭で何やら遅くまでやっているなあと思ったら、今日の昼休みにダンスのパフォーマンスがあった。ストリートダンス系のダンスサークルの発表だ。学生たちが昼ご飯の時間に集まって見ている。 「これは全国でこの世代の子どもたちに広がっているけど、なんなんでしょうね」「よさこいが広まるころから広まったのですかね」『私は、合唱で学校を作るではなく、ダンスで作るという実践がこれからどんどん出てくると思っています』「そうですねえ。でも、これはなんなんでしょうねえ」『うーん、一種の「ええじゃないか」なんじゃないかなと思いますが。機械打ち壊し運動でもないし、市民革命でもないですが。「ええじゃないか」にはいろいろな評価がされていると思うのですけど、この踊りもいろいろな意味があるんではないかと』 と教員同士の会話。私がわからないのは、学校の体育の時間には毛嫌いされる「創作ダンス」なのに、こういうのは喜ぶというところである。なんとなく違いはわかるが、本当のところどこがどう違うのだろうか。体育の専門家や社会学者に分析をしてほしいものだと思う。 ◆ 午後は、面談。予約されていたものは一つだったのだが、他に四つ。学生が四人。それぞれ自分の進路についての報告や相談である。 大学は、新年を迎えたと同時に授業の年度末を迎える。今月一杯で授業は終わる。三月の末まで授業のあった中学校とは、ここが思い切り違う。だから考えを切り替えて、年度末のあれこれもする必要がある。 四月からの自分の進路の相談や報告にくる二回生と四回生に、あれこれ話す。そして、聞く。いや、学生の置かれている状況はそれぞれ違うので、あれこれ話して聞くしかないのである。 ただ一つ言えることはきちんと話した。 『一つだけ君たちの進路に関して自信を持って私が話せることがあるのだが』「なんでしょうか」『うーむ、それはな、正解はないということだよ』 どれを選んだら正解だと言うのは、ないのだ。 自分の夢を実現するために本学にやってくる学生たちがいる。それはそれで良い。しかし、夢の通りに行かないのも人生。むしろ、夢が目的になったと思ったら、(本当にこれでいいの)とか(あれ、こっちの方がいいんじゃないの)と悩んだり考えたりするのが学生時代だろう。 私に言えるのは、どれを選んでも正解なのかどうなのかはわからないということを伝えることだ。 大辞泉より引用開始 ーーーーーーーーーー 【棺を蓋いて事定まる】《「晋書」劉毅伝から》人間の真価は、死んでから決まる。 引用終了 ーーーーーーーーーー 大学のとき、吹野安先生が授業で言われた言葉だ。その時の私は(なんて大げさな)と思ったが、いまはそうだよなあと思える。 今という時間を過ごすために、今のことに集中しつつ、未来から見たら今はどうあるべきかを考え、その未来の今のためにもやるべきことをする。そう、わかっているけどなかなかできないねえ。でも、そうなのだと思う。 ◆ 学生たちも帰った。さ、もう少し明日の授業の準備である。

作者: 酔睡亭

更新日:2009年1月8日 11時31分

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12/30

12/30 この日は、また美容院。奥さんの方のである。実は、この美容師さんは私がお願いしている美容師さんの先輩。同じ店にいて、それぞれどちらも独立されて店を構えている。 この方も力のある方で、独立して二件目を出している。その二件目はあれこれやるために宣伝もしていないのに、お客は勝手に情報を集めてたどり着いていると言うお店である。力のある人は凄いのだ。 ◆ 奥さんがやっている間に、私は南大沢にあるアウトレットに買い物に行く。リニューアルして大きくなっていた。のんびりと散歩しながらと思っていたら、大泣きの娘であった。お腹の調子がちょっと悪かったようで、対応に追われる私であった。 たしかに、移動続きで娘は疲れているのだろう。昼寝をさせる。いや、私も一緒に。私も移動があって、疲れていたようである。のんびりと昼寝。今年最後の昼寝だ。 ◆ 夜は私の実家へ。車で1時間もかからないところにあるので、便利と言えば便利である。東京にいるときに娘を授かっていれば、両家まで本当に近い距離に住んでいたわけで、いろいろと助けてもらえることもあったが、こればかりは人生思うようになるとは限らない。 久しぶりに会った池田祖父、祖母であったが、娘は大泣きであった。何を言っても、「いや!」で、まあ、仕方がないかなあと思う私であった。 自己主張をしっかりとする娘であった。

作者: 酔睡亭

更新日:2009年1月7日 10時30分

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12/29

12/29 年末年始の準備に勤しむ。まずは、伸び放題に伸びてしまった髪の毛を切りに八王子に向かう。かれこれ10年私の髪の毛を切ってくれている美容師さんにお願いする。 2月の第一週に番組の収録があるので、そのときにジャストになるぐらいの切り方で切ってくださいとお願いする。難しいお願いだが引き受けてくれる。私の頭の形や髪の毛の質をきちんと理解してやってくれるので、特別なことを言う必要はなく、あれこれ雑談に花を咲かせる。 話題が広いのがさすがである。ああ、すっきり。 ◆ 年末年始のお酒を買おうと、多摩ビールのレストランに向かったのだが、閉店していた。ショック。ビール工場は稼働していたのでまだあのヴァイツェンは飲めるはずだが、手軽に味わえないのはショックである。 気を取り直して、小山商店で日本酒を購入。正月用にとびきりの日本酒をとも思ったが、関西では飲めなくて、東京にいたときには飲んでいたお酒を一本と、ご主人のお薦めの一本を購入。 ◆ 奥さんの実家に戻ると、娘のいとこが来ていた。自分よりも年下の親戚ということで、とても大事に遊んでくれた。娘も少しはわかったのかなあ。 ◆ そこに、件の仕事に関してオッケーの電話あり。いやあ、これで気持ちよく新しい年を迎えられる。良かった良かった。

作者: 酔睡亭

更新日:2009年1月7日 10時22分

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熱いお湯でもう一度解す

1/7 その2 朝5時過ぎに起きて熱い風呂に入る。まだ外は真っ暗である。 伊勢湾岸道路を走り抜けてきた余韻がまだ体に心地よく残っている。これを熱いお湯でもう一度解すのである。 校正を頼まれていた原稿が一本。時間を見つけてあれこれ見ていたのだが、最後の最後に確認。よし、ファックスで送る。 ◆ 研究室は、冷えていた。暖房を入れて怒ったため、コンクリートが冷えているのかなあ。ポットの電源も抜いておいたので、お茶もすぐに入れられない。うう、寒い。 本日のスケジュール。いきなり会議5連発というのは、結構厳しいものがある。しかし、2010年度に新しい学部ができることもあり、それに関わって多くの重要案件を煮詰める必要がある。さらに、ここには書けないこともあれこれ話す。 ◆ さ、私の授業は明日からだ。

作者: 酔睡亭

更新日:2009年1月7日 10時20分

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本年もよろしくお願いいたします

1/7 あけましておめでとうございます。正月、実家に帰ってのんびりとすることができるかと思いましたが、これがなかなか。家族の賑やかさの中に埋もれてぼーっと過ごしてしまいました。 持って行った年賀状や本はそのまま持って帰ってきたのに等しい状態です。年賀状は、まだ私の先生にしか出しておりません。これから始めます。旧暦で味わって頂ければ幸いです。 メールは、やっとお返事をしたところです。すみません。最初から謝る私です。 せめて、いい景色を。浜松の40階から見た日の出です。手前に光っている川は、天竜川です。海は、遠州灘です。 ◆ 仲間のみなさんのブログを拝見すると、一年のまとめをしっかりとし、今年の目標等もしっかりと書いてあり、(さすがだなあ)と思う私です。 私は、相変わらず目の前にある「やるべきこと、やりたいこと、やってはいけないこと、やったほうがいいこと」のバランスをとりながら、あれこれする一年になるのだろうなあと思っております。 ◆ マックは帰省のときに持って帰っていたので、書き貯めたブログを少しずつアップします。コメントのお返事もこれからです。お時間のあるときにお読みください。 新年、新学期もこんな私ですが、本年もよろしくお願いいたします。

作者: 酔睡亭

更新日:2009年1月7日 6時6分

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オリオン座

12/28 帰省した。昼過ぎに高速に乗り、夜に東京に到着。 ちょっと途中で、アクシデントがあった。だが、これが結果的には良かったんだなあ。 ◆ 第二名神 → 伊勢湾岸自動車道 → 東名 → 川崎街道 とやってくる予定だったが、東名厚木インターあたりで事故渋滞。PAで確認すると、通過に40分かかるとのこと。 急遽、富士インターで降りて 西富士自動車道路 → 中央 に切り替え。御殿場で降りると言う手もあったのだが、こちらの方が安いし近いのではなかったかと思って降りる。降りたら下道でちょっと失敗したかと思ったが、実は大正解。 富士山の西側の裾野をぐるりと回りながら、河口湖インターを目指す。途中、滅多にない信号待ちをしたときに何気なく外を見ると、夜の富士山であった。 そして、空を見上げると満天の星。うひゃあ、すごい。今年の最後にこんな空。来年も良いことありそうだ。 気温はマイナス2度。冷たい空気で頭を冷やして、残りの100キロを気持ちよく走らせることができた。 iso1600で、カメラをガードレールの上に手動で固定して、8秒露光で撮影した富士山である。オリオン座も写っているのがお分かりだろうか。 ◆ 今年は東京で年末年始である。

作者: 酔睡亭

更新日:2008年12月29日 23時41分

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仕事納めである

昼前に出かける。今年最後の大事なお仕事。無事終了。うまくいくと良いなあ。 これで対外的な仕事は、全ておしまい。仕事納めである。 ◆ その後、帰省のお土産を京都市内であれこれ購入。だんだんわかってきた。美味しいもので、日持ちがして、京都でないと買いにくいもの。これが大事。二つの実家の分を購入。 ◆ 安心して帰省するために、夏タイヤを冬タイヤに交換。ワイパーのゴムも交換。近くにイエローハットがあるので便利。作業の間、家に戻って他の仕事ができるのはいい。 ◆ 東京に持って帰るものをあれこれ準備。(うーん、読み切らないだろうなあ)と思いつつ本を揃える。 (うーん、頑張らねば)と思いつつ、年賀状の束を見つめる。 年賀状を滋賀の住所に頂いた方は、お返事は遅くなりますのでご寛容のほど。 ◆ さ、年末だ。

作者: 酔睡亭

更新日:2008年12月28日 0時17分

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紙を斜めにして書く人の理由

>>他にも文字を書くときに、紙を斜めにして書く人の理由とかあれこれを聞いた。うーん、恐るべし。専門家。 とブログに書いたところ、お二人の方から質問を頂いた。関心のある方が多いようなので、改めて書いてみる。 ◆ 私は、紙を斜めにして書くのは、 1)背骨が曲がっている。2)書く時の癖。3)姿勢が悪い。 の三つのうちのどれかと思っていた。ところが、第四の理由があるということに驚いたのである。 ◆ ところでみなさん、ちょっと実験してみましょう。 1)家にある時計を見てください。2)右手の人差し指と親指。左手の人差し指と親指で500円玉ぐらいの輪っかを作ってください。3)1)の時計をその輪っか越しに見てください。4)見えたら、右目をつぶってください。5)次に、左目をつぶってください。 さて、時計は、右目をつぶったときに見えましたか? 左目をつぶったときに見えましたか? ◆ 右目をつぶったときに見えた人は、利き目が左目です。左目をつぶったときに見えた人は、利き目が右目です。 ここまでいいですね。ちなみに、私は利き目は右目でした。 ◆ さて、何で文字を書くときに紙を曲げてしまうのかということです。特に縦書きの時です。 もうお分かりいただいたかもしれませんね。手が右利きで、目も右利きの場合、書いている文字が右手で隠れてしまうので、紙を横にずらして書くことがあるというのです。 私はここまでは考えませんでした。ところが、私は、手も目も右利きですが、紙はずらさずまっすぐに字を書けます。 さらに、眼鏡を外して細かいものを見ようとする時、右目をつぶって左目で見る場合が多いのです。 このことを眼鏡屋さんに伺ったところ、「手の指を組んでみてください。どちらが気持ち悪いですか?」と言われました。 実は私、どちらも気持ち悪くないのです。昔はどちらかが気持ち悪かったのですが、いまはありません。ですので、『どちらも大丈夫です』と話したら、「あ、先生は両利きなんですね。手も目も両方を使うことができるのだと思います」と言われました。 なので、私の場合は右利きで字を書いていて、縦書きの時は利き目も右にも関わらず、どうやら左目で文字を見ているようなのです。 ということを教えて頂いたのでした。 ◆ このことを知った私は、本人の努力とは別の部分で紙をまっすぐに置いてしまっては文字を書きにくい人がいることを知ったのであった。 人間は実に奥が深い。 コメントを下さったお二人さん、よろしいでしょうか。

作者: 酔睡亭

更新日:2008年12月27日 8時39分

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コメント欄にてお待ちしております

気がつくと年末であります。一年の過ぎるのが早いこと早いこと。もう一つ早いこと。 このところテレビを見ない私であるが、年末の明石家さんまさんの「明石家サンタ」、小田和正さんの「クリスマスの約束」を見ると、一年が終わって行くのだなあと思いますね。 ◆ 桃ビールを好む私でありますが、この桃ビールを越えるフルーツアルコホールを開発できないでいたのでありますが、今宵発見しました。惜しげもなく堂々とご紹介しましょう。それは、「洋梨焼酎」です。 ビールで確認すれば良いのでしょうが、私のビールの時間帯は終わってしまいそろそろ寝ようと思ったときに、ふと目の前にあった食べごろ洋梨に目が行きました。 (あ、これは行けそうだ)と思うや否や、皮を剥いてグラスに入れて、冷蔵庫に入れて冷やしてある「鳥飼」を注いで頂きました。 ああ、うまひ。 ◆ そこでまた酔いながら、思うのです。 (ああ、この人が生きている時代に自分が生きていて良かったなあ)と思う人は誰なのだろうかと。 確かに、坂本龍馬の生きていた時代に生きてみたかったと思う人はいるでしょう。しかし、坂本龍馬の生きていた時代に坂本龍馬に関わりのあった人はごく少数でしょう。坂本龍馬は、歴史になって初めて私たちが出会えた訳です。 ではありますが、私たちはいまリアルタイムでこの人に会えて良かったと思える人と出会えています。それが、メディアの大きな役割ではないかと思っている訳であります。 ◆ みなさんにお伺いします。 この人に自分が生きているときに出会えて良かったと思える方はどなたでしょうか。特別に有名な方でなくても良いし、誰もが選ぶ方でも良いと思うのですが、さて、どなたでしょうか。 私?奥さんは別として、やっぱり音楽関係で小田和正、桑田圭祐、荒井由美の三人はあげるでしょうねえ。他には、・・・。年末、みなさんのこの人を、もし良かったら教えてくださいませんか。 コメント欄にてお待ちしております。

作者: 酔睡亭

更新日:2008年12月26日 14時39分

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親ばか日記

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棺を蓋いて事定まる

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12/30

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12/29

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熱いお湯でもう一度解す

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本年もよろしくお願いいたします

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オリオン座

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仕事納めである

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紙を斜めにして書く人の理由

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