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トップ > アクセル > アクセル - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2009年1月9日 3時)

シャーロック・ホームズの階級(6)

 ウィリアムズとマクマードは、何に出てきたか? 「父は一人で外出するのを怖がっていて、ポンディシェリ荘にはプライズ・ファイターを二人、門番に雇っていました。今夜皆さんをお連れしたウィリアムズもその一人です。彼は元全英ライト級チャンピオンでした。……」 サディアス・ショルトーが父ジョン・ショルトー少佐のことを語っているのだった。もちろん『四人の署名』ですね。 ウィリアムズはライト級チャンピオンで、もう一人のマクマードはライト級ではないとすると、ウェルター級かミドル級だろう。 「お連れは、おれの知らん人だもんね」「いや、マクマード、知ってるぞ。まさか、私を忘れたはずはなかろう。4年前、アリソン館で、慈善試合の夕べに3ラウンド打ち合ったアマチュアを、覚えていないのか」「まさか、あのシャーロック・ホームズさんでは! ほんとだ。何で分かんなかったんだろ。そんなとこに突っ立ってねえで、こっちへ来て、あごの下に例のクロスヒットを一発くれてりゃ、すぐに分かったのに。いやあ、あんたも才能があったのに、惜しいことしたねえ。プロになってたら、結構いいとこまで行ってたよ」「聞いたか、ワトソン。全部しくじっても、僕にはまだ一つ科学的な職業が残っているのだよ」  メアリ・モースタン嬢の父親のモースタン大尉は1874年12月3日に失踪したのだった。それが10年前というのだから、『四人の署名』の事件は1884年のことである。それより4年前の1880年にホームズとマクマードが3ラウンドのエキシビジョン・マッチを戦ったのだった。たぶんミドル級のプロだったマクマードの引退記念だろう。観客席に奉加帳を回したに違いない。26歳のホームズ(まだワトソンには出会っていない)が相手を買って出たのだ。 マクマードは「背の低い、胸の厚い男」である。身長はせいぜい170cmくらい、体重は当時ミドル級(160ポンド、約72.5kgまで)、引退後4年も経った今では70キロ台後半かも知れない。 これに対してホームズの方は長身痩躯で、(たぶん右の)クロスヒットを得意とした。相手が左を打ってくるときにこれと交差(クロス)するように右ストレートを打つのである。  しかし、これはちょっと大袈裟すぎる。こういう凄惨な話ではありません。ホームズも言うように、ボクシングはscientific professionなのです。

作者: 三十郎

更新日:2009年1月9日 7時45分

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コナン・ドイルシャーロック・ホームズ格闘技

シャーロック・ホームズの階級(5)

 それはともかくとして、19世紀末のボクシングでは・ウェルター級ができていた。・しかし、適用されない(ミドル級扱いされる)場合があった。  シャーロック・ホームズは1854年生まれである。ホームズが好んだ運動競技はボクシングとフェンシングだった(『グロリア・スコット』)が、ボクシングでは若いころにはミドル級だったようだ。 ホームズは、自分の身長は6フィートだと言っている(『三人の学生』)。ワトソンはホームズについて  身長は6フィートをやや越えるくらいだが、ひどく痩せているのでずっと背が高いように見える。  と書いている(『緋色の研究』)。  だいたい183cmくらいの身長だった。ひどく痩せているというのだから、体重はまず65kgぐらいだろう。ウェルター級である。しかしホームズが20歳の1874年ごろにはまだウェルター級はできていないから、ミドル級で試合をしたはずだ。ホームズは三日三晩飲まず食わずでも平気だから、その気になればライト級のリミット135ポンド(61.2kg)まで減量することは容易だった。しかし紳士のスポーツでは、そんなことはしない。ホームズは賞金目当てのプライズ・ファイターではない。 このprize-fighterというのが、プロボクサーを指すのに正典で使われている英語である。どういうプライズ・ファイターが登場したか? サム・マートン、スティーブ、ウィリアムズ、マクマードの4人である。  右から、シャーロック・ホームズ、シルヴィアス伯爵、プライズ・ファイターで伯爵の用心棒のサム・マートン。もちろん『マザリンの宝石』に登場するのだった。  拳骨を突きつけてホームズを脅しているのが、黒人プライズ・ファイターのスティーブ。ものすごい大男のヘビー級だから危ない。ワトソンはいざとなれば火掻き棒で頭をかち割ってやるつもりである。『三破風館』でしたね。  ウィリアムズとマクマードの二人は、もっと初期の冒険に登場するのだった。

作者: 三十郎

更新日:2009年1月8日 2時30分

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コナン・ドイルシャーロック・ホームズ格闘技

シャーロック・ホームズの階級(4)

「紳士諸君! 試合はクロックスリーの王者ことサイラス・クラッグズと、ウィルスン炭坑のロバート・モンゴメリーとで行われます。ウェイトは162ポンドで行われる予定でしたが、ついさっき計量したところ、クラッグズは161ポンド、モンゴメリーは149ポンドという結果でした。試合には2オンスのグローブを使い、1ラウンド3分で20ラウンド、最後までもつれた場合は判定で勝敗を決定します……」(富塚由美訳。間然するところがない翻訳である。)  モンゴメリーはウェルター級(135-147ポンド)だと言われたのだが、試合はミドル級(147-160ポンド)のリミットを上回る162ポンドで行われることになった。 ウェイトについては柔軟な考え方をして、試合ごとに適当な契約体重を決める場合があったようだ。現在の格闘技戦と同じである。たとえば吉田秀彦は100キロを超えるヘビー級として戦ってきたが、1月4日の対菊田早苗戦では93キロが契約体重だった(残念でしたね)。 注目すべきは、グローブの重さが2オンスということである。現代のボクシングではこの体重ならば10オンスのグローブをつける。五分の一の2オンスでは、ほとんど素手と同じである。 この時代のボクシングは、・本来なら素手で殴り合うべきだ。・しかし、やむを得ずクインズベリー・ルールに従ってグローブを付ける。 ということだったらしい。 この試合の前にも警察官が現れて「法律は法律だ。グローブを使うのであれば試合の邪魔はせんが、関係者の名前は控えておく」と言う。素手なら犯罪(決闘罪?)になったらしい。 ゴングが鳴った。  両者2オンスの小さなグローブを付けている。 そのほかに、現在のボクシングと比べてどんな特徴があるか? まず、二人ともガードを下げているが、これは試合開始直後だからだろう。ガードを固める場合もあるのだ。それよりも注意すべきは、両者とも前屈みにならず直立して、体重をほとんど後ろ足にかけていることだ。現在のボクシングのクラウチング・スタイルとは大きく異なっている。 素手やごく小さなグローブの場合は自然にこういう姿勢になるらしい。現在のように大きなグローブを付けていれば、相手のパンチを自分のグローブでブロックすればよい。素手や小さなグローブではそれができない。前腕でパンチを防ぐことになるから、アップライトな姿勢を取らざるを得ないのだ。

作者: 三十郎

更新日:2009年1月7日 14時59分

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コナン・ドイルシャーロック・ホームズ格闘技

シャーロック・ホームズの階級(3)

 三人の男がモンゴメリーに会いに来たのは、「クロックスリーの王者」とボクシングの100ポンド懸賞試合をさせようという思惑からだった。100ポンドあれば、学資をまかなってお釣りが来る。モンゴメリーが承知したことは言うまでもない。 (挿絵はThe World of Holmesよりお借りしました。下の挿絵も同じ) クロックスリーの王者というのは 「スポーツ界でクロックスリーの王者として知られるサイラス・クラッグズは1857年生まれ。今年で40歳を迎える」「若くしてボクシングで稀に見る才能を発揮し、仲間内で次第に頭角を現し、やがて地区チャンピオンに選ばれ、現在の輝かしいタイトルを勝ちとるに至った。だがその地方的名声だけでは満足せず、後援者を得て、1880年5月に旧ロイターズ・クラブで、バーミンガム出身のジャック・バートンとデビュー戦を闘う。当時のクラッグズは142ポンドだったが、15ラウンドを優勢のまま進め、判定でバートンを下した」  体重が142ポンドということは、ウェルター級(135-147ポンド)なのだろうか? しかし、1880年ごろには、まだウェルター級はなかったみたいだ。 「続いてロザハイズ出身のジェイムズ・ダン、グラスゴー出身のカメロン、さらにファニーという名の青年を次々に倒したため、関係者のあいだで高い評価を受け、北部イングランド出身のミドル級チャンピオン、アーネスト・ウィクロスの好敵手と目された。やがてこのミドル級チャンピオンと凄まじい戦いをくりひろげ、第十ラウンドでノックアウト勝ち」  あるいは次々と戦う間に体重はいくらか増えたのかも知れない。しかし、ウェルター級のリミット147ポンドを越えたかどうかは全く問題にもならず、デビュー後5戦目でミドル級チャンピオンに挑戦して勝ったのである。ウェルター級という階級は、1880年ごろにはまだなかったことが分かる。 その後、王者は馬に蹴られて脚を骨折するという不運があり、タイトルを失った。しかし王者は足の不自由を補う戦い方をあみだし、ヘビー級ボクサーをも破った(ライトヘビー級もまだなかったらしい)。その後反則負けの判定を不服として公式戦からは引退したが、40歳の今でも元気で、100ポンド懸賞試合は喜んで受けて立つというのである。 試合の時が来た。主催者がリング上で「紳士諸君!」と観客に呼びかける。続く言葉が、19世紀末のボクシングの重量階級制と戦い方をよく表している。(続く)

作者: 三十郎

更新日:2009年1月2日 10時52分

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コナン・ドイルシャーロック・ホームズ格闘技

シャーロック・ホームズの階級(2)

 コナン・ドイルは、ストランド・マガジンの1899年10月号から12月号にかけて『クロックスリーの王者』The Croxley Masterというボクシング小説を連載した。  ロバート・モンゴメリーは失意のあまり両手で頭を抱えて机に座っていた。目の前にはオールドエイカー博士の処方がひろげてある。傍らにはいくつもに仕切られ、それぞれにラベルの貼られた木製のトレーがあり、コルクの栓、ねじれた封蝋などがはいっている。その手前にはたくさんの空の瓶。しかしモンゴメリーは仕事をする気力すらわいてこなかった。がっしりとした肩を力なく落とし、両手で頭を抱えたまま座りつづけた。(富塚由美訳)  モンゴメリーは、かつてのコナン・ドイルのように苦学している医学生である。医者のオールドエイカー博士の助手として、処方通りに調剤するのが仕事である。「失意のあまり両手で頭を抱えて云々」というのは、卒業まであと一学期というのに、学費60ポンド(70万円くらい?)の工面がつかないからだった。 オールドエイカー博士が学費を貸してくれないだろうか? 頼んでみると、「そんな頼み事をするなんて、どうかしているんじゃないかね、モンゴメリーくん。……断らなきゃならんわしの辛い立場を考えても見たまえ」 モンゴメリーは細君の薬を取りに来た乱暴者の炭鉱夫と喧嘩して、右ストレート一発でのしてしまう。これが思わぬチャンスを呼ぶことになる。その日の午後、炭坑の所有者の息子、酒場の主人、調教師の三人組が彼を訪ねてきた。「ちょっと、立ってみな、若けえの。立ち姿が見たい」 と酒場の主人がいい、三人はモンゴメリーの体格をあれこれ品定めする。 シドニー・パジェットによるストランドマガジンの挿絵。The World of Holmesより転載させていただきました。http://homepage2.nifty.com/shworld/03h_s_paget/vol.18/croxley_1/croxley_4.html 「モンゴメリーさん、最近体重を量ってみたかね」「154ポンドです」「だからウェルター級と言ったろう」  というやりとりがある。ウェルター級のリミットは147ポンドだから、7ポンド(3.18キロ)超過している。トレーニングすればそれくらいは減量できるという意味だろうか。 1899年にはウェルター級という階級が確かにあったことはこれで分かる。ところが、話が進んでいよいよボクシングの試合が行われることになると、ウェルター級云々は全く無意味になってしまう。(続く)

作者: 三十郎

更新日:2009年1月1日 21時40分

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コナン・ドイルシャーロック・ホームズ格闘技

謹賀新年

本年もよろしく

作者: 三十郎

更新日:2009年1月1日 0時16分

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シャーロック・ホームズの階級(1)

Gilletteprofile2

 代々の地主の家柄だったのだから、階級は中流の上の方でしょう?
 いや、ここではそういう話ではなくて、ボクシングの階級のことです。
 以前、ホームズはミドル級だと書いたけれども(赤毛のでぶ(2))、訂正した方がいいかも知れない。
 
  ワトソンはこう書いている。

 シャーロック・ホームズは運動のための運動はまずしない男だ。腕力はほとんど誰にも負けなかったし、同じ重量級で彼ほどすぐれたボクサーを私は見たことがない。しかし彼は目的のない運動をエネルギーの浪費と考えていた……
(『黄色い顔』)

『黄色い顔』がストランドマガジンに載ったのは1893年のことである。このころボクシングの階級はどうなっていたか? 

 *フライ級      112ポンド(50.8kg)以下 
 *バンタム級   ~118ポンド(53.5kg)
 フェザー級    ~126ポンド(57.1kg) 
 ライト級     ~135ポンド(61.2kg)
 *ウェルター級  ~147ポンド(66.6kg)
 ミドル級     ~160ポンド(72.5kg)
 *ライトヘビー級 ~175ポンド(79.3kg)
 ヘビー級     175ポンド超過
 
 はじめはフェザー、ライト、ミドル、ヘビーの4階級しかなく、*を付けた階級は遅れてできた――これは間違いがない。ただ、新しい階級がいつごろできたのか? 1893年にワトソンが「同じ重量級」と書いたのは、ミドル級か、ウェルター級か? 私は前には英語版のウィキペディアを参考にして「ホームズはミドル級だ」と書いた。これが間違いとは言えないにしても、ワトソンの友人、コナン・ドイルがボクシングを扱った作品を手掛かりに、もう一度考える値打ちはあるかも知れない。(続く)

Boxing5

作者: 三十郎

更新日:2008年12月26日 12時3分

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コナン・ドイルシャーロック・ホームズ格闘技

柔道か柔術か(38)


 
 catch-as-catch-canはOED(Oxford English Dictionary)に定義がある。
  動詞catchを用いた語句として、ハイフンなしのcatch as catch canとハイフン付きの形が挙げられている。

catch that catch may, catch as catch can, etc.: phrases expressing laying hold of in any way, each as he can.

catch as catch canはcatch that catch mayと言っても同じ意味で、「掴めるように掴む」という意味を表す語句である。
 一番古い例文は1393年の

Gower Conf. III. 240  Was none in sight But cacche who that cacche might.

 これはミドルイングリッシュで綴りも現在とは違う。1949年の例文

R. Harvey Curtain Time 130  The production was usually a hurried, catch-as-catch-can affair. 
(上演はふつう急ぎの出たとこ勝負のものだった)

ハイフン付きの形は
catch-as-catch-can, the Lancashire style of wrestling.

 キャッチ・アズ・キャッチ・キャンとは、すなわちランカシャー式のレスリングであることが分かる。

 キャッチ・アズ・キャッチ・キャン=掴めるところを掴む

が基本の意味であり、レスリングでは、グレコローマンやカンバーランド・ウェストモーランド式のような制限がなく、自由に相手の体のどこでも掴んでよいレスリングである。
 1895年刊行の『スポーツ百科辞典』から例文二つ

The principal chips associated with catch as catch can wrestling are the double Nelson, the half Nelson, the heave [etc.].
(キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・レスリングの主要な技は、ダブルネルソン、ハーフネルソン、ヒーブ(投げの一種)などである。)

Turkish wrestling is principally carried out in catch as catch can style.
(トルコのレスリングは主にキャッチ・アズ・キャッチ・キャン・スタイルで行われる。)

 catch-as-catch-canは、グレコローマンのような制限がないレスリングという意味だ。
 20世紀になって、さらに制限が少ないオールイン(all-in)式レスリングが現れた。これが興業として行われるようになったのが、現在のようなプロレスである。オールインとは「何でもあり」の意味であるが、もちろん本当に何でもありではない。目潰しなどの危険な行為は当然禁止である。格闘技戦で使うようなパンチやキックも禁止である。暗黙の了解に反するような行為も事故につながるから当然禁止である。

 OEDで見る限り、レスリング用語としての「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」は19世紀後半になって用いられるようになったもので、現在の「フリースタイル」とほぼ同じレスリングであった。

Bk1920allin

「オールイン」は、現在のプロレス式のレスリングであり、その意味でのall-inは1913年が初出である。

 all-inの定義としてOEDには
in Wrestling, without restrictions. (レスリングで制限がないこと)

とある。その意味で一番古い例文は1913年刊行のJ.E.G.Hadath作Schoolboy Gritという小説にある。

Showimg

A fight is just a fight: Catch-as-catch-can, All-in, and Best-your-enemy-anyhow!
(戦いは戦いだ。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンでも、オールインでも、「何でも勝てばよい」式でも。)

 1931年、E・J・ハリソンの『レスリング』から
Any aspirant for mat honours will not seek to explore and master the mysteries of All-in until he has gained a good working knowledge of orthodox Catch-as-Catch-Can.
(マットの上で栄誉を得んとする者は、オールインの神秘を探索し会得する前にまず正統的なキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの十分な実用的知識を得るべきだ。)

1944年、ジョージ・オーウェルがHorizonという雑誌に書いている。
To the extent that all-in wrestling is worse than boxing. 
(オールイン・レスリング(=プロレス)の方がボクシングよりひどい)

作者: 三十郎

更新日:2008年12月25日 21時59分

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シャーロック・ホームズ格闘技英語

柔道か柔術か(37)

ピンフォールかタッチフォールか

 pin-fallをOED (Oxford English Dictionary)で引いてみよう。

pin-fall  Wrestling, a fall in which a wrestler must hold an opponent down for a specified length of time

ピンフォール レスリング用語 レスラーが相手を一定時間押さえていなければならないフォール

 touch-fallはOEDに定義がない。しかし、ピンフォールの「一定時間」という要件を欠くフォールであることは分かるはずだ。
 ピンフォールは「ピンで刺すように押さえつけるフォール」であり、タッチフォールは「相手の両肩を同時にマットに接触させるフォール」である。
 現在のアマチュア・レスリングの規則では、相手の両肩を1秒間マットに押しつければフォールが成立するということになっている。ところがアマレスの試合を見ると

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 レフリーは、ニアフォールの状態になると片手を上げ、両肩がマットに接触した瞬間に上げた手を下ろしてフォールを宣言している。接触が1秒間持続する必要はないようだ。

 OEDのpin-fallには、1907年と1976年の例文が上げられている。

1907 Daily Chron. 21 Dec. 9/5  These two…wrestlers having agreed to contest the best of three pin falls in the catch-as-catch-can style.

この二人のレスラーは、キャッチ・アズ・キャッチ・キャン・スタイルでピンフォールを(3回のうち)2回取った方が勝ちということで戦うことに合意した。

1976 K. Bonfiglioli Something Nasty in Woodshed iv. 41  He helps the other chap back into the ring…then administers a fearsome forearm smash and the winning pinfall. 

彼は相手がリングに戻るのを助け…猛烈な前腕のスマッシュを浴びせてピンフォールで勝ちをおさめる。

 1907年のデイリー・クロニクル紙の記事は、真面目なキャッチ・アズ・キャッチ・キャンの試合の記事らしい。プロレスか、アマレスか? たぶんプロだと思いますね。この時代にはまだアマレスはそれほど盛んではなかった。一方プロレスは、デイリー・クロニクルのような一般紙(イギリスの東京スポーツではなく)の記事になるくらいのステータスがあった――これは私の推定ですが、だいたい正しいだろうと思う。夏目漱石が1901年12月にキャッチ・アズ・キャッチ・キャン・スタイルの真面目なプロレスの試合を観戦し、その試合経過を翌日のデイリー・テレグラフ紙(漱石が取っていたのはこの新聞だった)が詳しく報じているのだもの。

 ところで、以前にcatch-as-catch-canの語はOEDの見出しにないと書いたけれども、これは間違い。載っていました。この点についてはまた。

 1976年の例文は、どうやら小説の一節らしい。明らかに今様のプロレスですね。現在形で書いてあるのは、「試合運びの筋書き」なのかも知れない。前腕のスマッシュforearm smashというのは、プロレス技としては「肘打ち」ですね。ただし、本当の肘打ちは危険すぎてK-1でも禁止されているくらいだから、代わりに前腕部で叩くのだ。

 ピンフォールの定義に戻ろう。相手を一定時間押さえていなければならないとして、その一定時間はどうやって測ったか? もちろん、ワン、ツー、スリーとカウントした。漱石は1901年に見た試合について

西洋の相撲なんて頗る間の抜けたものだよ。膝をついても横になっても逆立をしても両肩がピタリと土俵の上へついてしかも、一、二と行事が勘定する間このピタリの体度を保っていなければ負でないっていうんだから大に埒のあかない訳さ。

 と書いている。「一、二と行事が勘定する」というのは、ツーカウントという意味ではないだろう。

 100年ほど前の英国では、プロレスもアマレスもキャッチ・アズ・キャッチ・キャンであった。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンはピンフォールで勝負をつけた。ピンフォールは、現在のアマレスのように両肩を一瞬マットにつければよいのではなくて、スリーカウントする間(たぶん2秒くらい)持続的に押さえつけておくフォールである。
 たとえば、空手チョップの連打、バックドロップ、ボディスラムなどで相手を弱らせておくことができれば、ピンフォールも取りやすいだろう。

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 しかし、キャッチ・アズ・キャッチ・キャン(≒フリースタイル)で戦う限り、アマでもプロでもピンフォールを得るのは容易なことではない。なかなか勝負がつかなくて、「西洋の相撲なんて頗る間の抜けたものだよ」ということになるのだ。

作者: 三十郎

更新日:2008年12月26日 7時46分

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シャーロック・ホームズ夏目漱石格闘技

柔道か柔術か(36)

 近代レスリング(エンサイクロペディア・ブリタニカの記事)  19世紀後半になって、二つのレスリング・スタイルが支配的になった。一つはグレコローマン、もう一つはキャッチ・アズ・キャッチ・キャンすなわちフリースタイルである。 グレコローマン・レスリングは最初にフランスで広まったが、古代人がこのようなレスリングをしていたと考えられたので、この呼び方になった。グレコローマン・レスリングのホールドは上半身のみにかけることができ、寝技でも相手に脚を巻き付けてはならない。元来グレコローマンはプロのレスリングであり、パリ万博によって普及した。1896年に第1回近代オリンピックに取り入れられてから、1900年と1904年を除いて、毎回のオリンピックで行われている。  第二のスタイルであるキャッチ・アズ・キャッチ・キャンは、主として英国と米国でまずプロのスポーツとして普及したが、1888年にアマチュア体育協会に公認されてからはアマチュア・スポーツともなった。オリンピックには1904年に導入され、以後1912年を除いて毎回行われている。キャッチ・アズ・キャッチ・キャンは上半身のホールドと脚のグリップを許し、勝敗はピンフォールで決める。  フリースタイルあるいは国際フリースタイルはキャッチ・アズ・キャッチ・キャンを修正した形のレスリングで、1920年ごろアントワープで始められオリンピックで行われるようになった。国際フリースタイルはルーズ・レスリング(組み合った体勢からではなく離れて始めるレスリング)であり、英米式レスリングのピンフォールではなくグレコローマンと同じようにタッチフォールで勝敗を決める。  19世紀末から20世紀初頭にかけての有名なプロレスラーには、ロシア人のジョージ・ハッケンシュミットがいた。彼はグレコローマンのアマチュアであったがプロに転向し、1900年からはキャッチ・アズ・キャッチ・キャンで戦った。彼は1908年まで世界チャンピオンだった。アメリカ人レスラーのフランク・ゴッチは、1908年と1911年にハッケンシュミットを破った。プロレスはボクシングに人気では負け始めていたが、ゴッチが1913年に引退して以降は真面目なプロスポーツではなくなった。以後は特に米国でラジオ中継やその後はテレビ放送によって観客こそ増えたものの、全くの見世物になってしまった。選手は「ヒーロー」と「ヴィラン」(「ヒール」とは言わないのだろうか?)に分かれ、どちらが勝つかは技術ではなくプロモーターの都合で決まった。レスリング技はますます派手で人工的で偽物になってきた。  ひどい? 「ライオンには動物学を教えさせない」という原則で執筆者を選んでいるらしいのです。  グレコローマンは、近代のフランスで作ったレスリングなのですね。壺絵などにレスリングをしている男が描かれているのを見て、「昔はこういうレスリングをしたのだろう」と想像してルールを作ったのだ。 だから、柔道か柔術か(33)で訳したハリソン氏の論考を敷衍すれば――ネロ皇帝時代のレスラーが近代フランスの「グレコローマン」を見たら、「これがギリシャローマ式レスリングだって? とんでもないよ」と言うだろうというのだ。 スープレックスという単語もフランス語なんだって。仏和辞典には載っていなかったけれど。  ジャーマン・スープレックスと呼ばれるようになったのは、アメリカ人がカール・クラウザー(ゴッチ)をドイツ人だと思ったからだ。それに、フレンチ・スープレックスなんて、French kissや French letterの仲間みたいでしょう。  ブリタニカの記事に戻ると、ピンフォール(pin-fall)とタッチフォール(touch-fall)という英語が出てきた。どう違うのか、調べてみよう。(続く)

作者: 三十郎

更新日:2008年12月17日 9時21分

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シャーロック・ホームズ格闘技

シャーロック・ホームズの階級(6)

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シャーロック・ホームズの階級(5)

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シャーロック・ホームズの階級(4)

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シャーロック・ホームズの階級(3)

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シャーロック・ホームズの階級(2)

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謹賀新年

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シャーロック・ホームズの階級(1)

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柔道か柔術か(38)

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柔道か柔術か(37)

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柔道か柔術か(36)

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シャーロック・ホームズの階級(6)

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柔道か柔術か(38)

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柔道か柔術か(36)

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