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トップ > アフガン・ハウンド > アフガン・ハウンド - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年8月22日 1時)
08年予備校部NO28
予備校部に私立文科系の生徒がいる。それなりに頑張っているのだが、もう1つ覇気が感じられない。休みも多くなる。もうこのままズルズルと坂道を転がっていってしまうのか。何とかしなければと思い、声をかけ、話をしてみた。そんなに効果はなかった。前期の最後に、手紙を書いて渡した。かなり、きついことも書いた。「大手の予備校だったら、君がどうなろうと、別になんらかまわないだろう。しかし、せっかくKGを選んできてくれた生徒を、このまま、だらだらとした予備校生活を送ってもらいたくないんだ。」と言うようなことを、率直に書いた。もうこれでだめだったら仕方がない。
休み明け。授業が、始まるかなり前から、席について自習している。いつもは、終わるとすぐに帰るが、残って勉強している。もともと力のある生徒なので、気持ちさえしっかりすればと思っていた。いつも休んでいるセンター対策の授業も出てきた。予備校生活は、試験に出ることをしっかりしないとダメだが、それだけでもダメだ。出来るだけ、色々なパターンにあったておくこと。これも大切なことだ。僕の気持ちが、ほんの少しでも、通じたのかもしれない。今日の実力テストで、その結果を見せてくれ。
作者: 山尚
更新日:2008年8月22日 8時55分
ソフトボール 上野投手
今日は、気合を入れて、ソフトボールを見た。先発は、昨日2試合延長戦を投げきった上野。エースの中のエースだ。彼女は、試合前に、指先に出来たマメをつぶしていた。普通は、マメをつぶすと、痛くて、投げられない。高校時代、投手だった僕も、中指にマメがよくできた。指先は、痛点が密集しているところで、痛さがびんびん伝わってくる。でも、そんなことは言ってられない。この日の為に、人生を賭けてきた。今までは、自分が、バッターを三振にとって抑えてやると言うピッチングだったが、このオリンピックでは、打たせて取るピッチングに徹している。「何点取られても、みんなが取り返してくれる。今この場に立てていることが、何より嬉しい。」その道を極めた人の言葉には重みがある。
初回のアメリカの1死満塁のピンチを切り抜けたのが、大きかった。いくらいいピッチングをしていても、突然崩れる投手もよくある。投手として大切なのは、ランナーを出したときに、どれだけ粘れるかだ。ピンチを切り抜けると、チャンスがやってくる。ソフトボールは、高めの球は長打になる。無死から、2ベースヒットで、バントで送って、1死三塁。その後2死になってから、左バッターが、遊撃手の三塁よりに、ゴロ放ち、内野安打。1点先取。ソフトボールでは、内野手は、ボールを前に落とすことさえ許されない。また、少しの迷いが、命取りになる。さらに、次の回、3番バッターが、高めの球を上からかぶせて本塁打。打ち方を見ればわかるが、2塁打の場合もそうだったが、バットを野球のように振り切ってはいない。バットを前に出しているだけ。これがソフトボールの打ち方なんだろう。アメリカの4番打者にホームランを打たれて、1点差。さすがに、パワーが違う。体つきも違うが。6回のアメリカの攻撃は、1死満塁。そこで、上野は、内野フライ2つで何とかしのぎきる。この場面で、ゴロを打たさずに、インコースの高めのボールで勝負したのは素晴らしかった。アウトコースで勝負していたら、ゴロを転がされていただろう。レフトの先取の守備位置の取り方も、すごくよかった。
最終回、相手投手の本塁への暴投で1点をもぎ取る。ミスをするのは、たまたまではなくて、弱いからだ。やはり、野球と同じで、打者は、転がせば、何とかなる。2点差で、最終回の守備を迎えられたのは、大きかった。3塁手の守備も素晴らしい。最後の3塁ゴロ、1塁手も出来る限り、身体を伸ばしてボールを掴む。買った瞬間の解説の宇津木前監督の声にならない声も感動だった。アマチュアリズムの真髄を見たような試合だった。
明日からの野球の決勝トーナメントを見て、これほどの感動を味わえるだろうか。上野投手の試合直後のコメント。「自分ひとりではなく、みんなで掴んだ勝利です。応援していただいた皆さんに感謝しています。」今日のこの試合をリアルタイムで見ることが出来てよかった。
作者: 山尚
更新日:2008年8月21日 23時52分
北京オリンピック ソフトボール
リアルタイムではみられなかったが、夜に帰って、ソフトボールの試合を見た。決勝進出をかけたアメリカ戦に、エースの上野が先発。延長9回に力尽きて、4対1で敗れた。アメリカの太った選手に完璧にホームランを叩き込まれてしまった。
その3時間後、もう1度、決勝戦進出をかけてオーストラリアと戦う。先発は、エースの上野。最終回の7回に、1点差、2死ランナーなしから、同点ホームランを打たれる。11回には、勝ち越しを許したが、その裏、日本選手の執念の1打が、遊撃手のグラブをかすめて、レフトの前に落ちて、同点。12回にサヨナラ勝ちを決めた。上野の投球数は、318球。まさにエースと言う名前が、よく似合う。アマチュアの選手だからこそ出来ることだと思う。
そのあと、プロ選抜チームが、アメリカと戦っている野球の試合を見たが、ソフトボールと比べると、何か物足りないと言うか、心に伝わってくるものが、薄く感じたのは、僕だけだろうか。髪の毛を丸刈りにして、気合を入れているのはわかる。しかしプロの選手は、自らが、商品であるから、きちんと管理されて、いつも万全の状態で、パフォーマンスをすることになっている。そこに、アマチュアリズムの真髄である、たとえこの試合で自分の選手生命がおわってもいい!という気迫が、感じられないからだ。
上野投手の言葉がいい。「こんなに点を取られても、取り返してくれるみんなに感謝したい。この緊張感を味わえるのは今しかない。明日も投げるつもり。ソフトボールを目指す子供たちに、私のかっこいいところを見せたい。」かっこよかった。プロの選手たちよりもずっとかっこよかった。僕の知らない、昭和34年の、日本シリーズで、巨人を相手に、4連投4連勝で、南海を日本一に導いた、杉浦忠も、きっとこんなにかっこよかったんだろうと思う。
作者: 山尚
更新日:2008年8月21日 8時46分
センター表・グラフ問題
センター試験の対策をやっている。まず、毎日の授業の始めに、アクセントと発音の問題をチェックする。そのあと、整序問題を、センターと同じ形式で、日本語のないパターンの問題を10問解いてみる。毎週木曜日は、センターの英語の問題を、5分間短縮で、実施している。終わるとすぐに解説。時間をかけて、丁寧に説明するようにしている。1時間半かかる。採点は、生徒同士交換してさせる。自分に対して厳しくなるためだ。出てきた点数は、きちんとチェックして、集計する。火曜日は、グラフや表を使った問題を中心に、時間を測ってやらせる。大切なのは、差し迫った時間の中で、どれだけ力を発揮できるかだ。試験を受けに行って、「時間が足りなかった。」と言って帰ってくる生徒がいる。ゆっくりやったら誰でも出来る。時間内にやるのがテストの大前提だから、遅いヤツはだめ。はっきりしていることだ。日頃の勉強の中で、タイムマネジメントを自分なりに、きちんとできるようになっておこう。
センター入試や、模試の問題を見ていると、最近の問題は、すごく点数を取れるように作ってあるのがわかる。ただいまの問題に慣れてしまってはダメなので、少し前の、難しかった時代の問題の、織り交ぜてやっていく。テストに出ることだけ勉強していると、出なかったら終わり。色々なことを想定して、出ることのないよいな問題にも取り組むことが必要だ。今日は、水曜日。難関私立大学の、長めの長文読解をやります。頑張ろう!!
作者: 山尚
更新日:2008年8月20日 8時26分
08年予備校部NO27
昨日の予備校部の授業は、千葉工業大学の長文読解をやった。休み明けなので、それほど難しくなく、読むのも簡単な問題だ。問題の中に、「適切でないものを選べ。」というのがあったが、こんなときに、必ず、間違ってしまう人間がいる。本人は、「あっ!ミスしてしまった。」といっているが、それはミスではなくて、いつものことだ。ちゃんと問題を読めない生徒は、合格できない。整序問題も、思ったほどは出来ていなかった。このままでは、ダメだぞ。もう1度、気持ちを入れなおしてやらないと、大変なことになるぞ。がんばれ!!
ただ1つだけ、嬉しかったことがあった。それは、休み明けの最初の日、全員が、遅刻することなく席についていたこと。何より嬉しかった。ここからや!ここからどれだけ頑張れるかだ。今までやってこなかった人は、過去のことはもういいから、今からだけでも、真摯に受験勉強に取り組もう。
作者: 山尚
更新日:2008年8月19日 8時27分
08年予備校生NO26
今日から、後半戦の始まりです。9月、10月、11月は、模試、センター試験の申し込み、公募推薦などがあって、あっという間に終わってしまいます。この時期には、実践力、つまり、テストの中で、ペース配分を考えて、高得点を取れるようにしていく能力を高めていかなければなりません。頭の中に、詰め込んで、しっかり覚えたその知識を、問題を解く中で、引き出してくる能力が問われてきます。よく、答えを聞いて、「なんだ、それでよかったのか!知ってたのに・・・。」という生徒がいますが、それは、知らないのと同じで、暗記のための勉強であって、点数を取るためには機能していないと言えるのです。
決して惰性で、機械的な勉強をしてはいけません。勉強を始める前に、今からの勉強の目的をはっきりと自分で認識してから、よくわかった上で、始めるようにしよう。まだまだ、これから。最後まで、粘って粘ってあきらめない姿勢も持ち続けよう。
作者: 山尚
更新日:2008年8月18日 8時32分
市岡対桐蔭定期戦
今日で、夏休みも終わり。明日から後期の授業が始まる。全員揃って、授業ができをること期待する。朝から、市岡高校との野球の定期戦があったので、OB会として出席する。桐蔭側からは、僕を含めて4名の出席。もっとたくさんのOBが駆けつけてくれると言いのだが。強くなければこないのか、OBが来ないから強くならないのか。
市岡高校は、大阪の中等学校野球大会からの名門で、かつての佐伯高野連会長の母校でもある。公立進学高校で、3本線の入った野球帽子で有名だ。昨年は、上級生が少なく、大差で桐蔭が勝ったが、今年の新チームは、少し戦えるようになってきたという。市岡高校を単位制に学校にして、大阪府か全域から生徒を集め、野球部を強化する方針を打ち出し、それがマスコミなどでも大きく報じられた。市岡が、97年に選抜に出場したときの監督の河合先生の大学( 大阪市立大学 )の後輩の方が、今年から監督をしておられる。京都の立命館高校の出身だ。
OBの方が2人来られていた。河合先生が他校に赴任をされたあとで、次の監督が来るまで、監督をしておられた僕より5,6歳上のOB。もう一人は、ちょうど僕と同期のOBだった。懐かしい昔話に、花を咲かせながら、バックネット裏で試合を観戦する。前半戦は、投手戦。両チームの投手が、持ち味を発揮する。市岡のOBが、「うちの投手は7回持たないんですよ。」と言っていたが、6回の裏に、桐蔭の投手が、先の崩れる。その後市岡の投手も崩れて、9回7対7で引き分ける。昭和36年の秋から、この定期戦は続いている。「公立高校の野球部としてお互いに切磋琢磨しながら、いつの日か甲子園で対決できるように。」という、米原OB会長の言葉を両校選手たちは、真剣な眼差しで聞いていた。昨日の甲子園で、今日の桐蔭のグランドで高校野球を見た。野球三昧の休日だった。
作者: 山尚
更新日:2008年8月17日 19時40分
甲子園高校野球観戦
夏休みに1日、一人で、甲子園に高校野球を見に行く。一昨年は、鹿児島工業対早稲田実業、智辯和歌山対駒大苫小牧といいゲームを見られた。去年は、佐賀北高校対帝京高校の延長戦。佐賀北高校は、この試合からさらに、チームが乗っていき、優勝まで駆け上がった、分岐点となった試合だ。今年は、智辯和歌山対常葉菊川、横浜高校対聖光学院の準々決勝の2試合。
試合開始の1時間前に甲子園に着いたら、もう内野席は、売切れてしまっていた。やむなく1塁側アルプススタンド。甲子園のアルプススタンドに入るのは、初めてだ。アルプスも、すぐに売切れてしまった。試合が始まる頃には、内外野満員の状態。アルプスの上のほうに席を見つけて座ると、KGで浪人したS君、K君。現役で和歌山大学に進んだH君がすぐ横の席だった。K君は、大阪府立看護大学に進んで、看護士として頑張っている。S君は、大阪教育大学に進んで、今は、智辯学園奈良カレッジの小学校の先生をしている。3人とも桐蔭の野球部員だった。こんなに人が来るかというほど、席を探して、人がやってくる。あれ、T君が家族と歩いている。「T!」と声をかけると、びっくりしていた。Tは、86年に桐蔭が甲子園に出場したときの投手で4番。大リーガーの藪惠一から、さよならヒットを打ったも彼だ。みんな、いくつになっても野球が好きだなあ。暑いのに家で見ていたらいいのに。でも、球場に来ると、なんともいえない雰囲気がある。甲子園はいい。
普通に戦ったら、智辯が負ける相手ではない。ところが、なかなか最後の一本が出ずに、残塁が多い。2対0で勝ってはいるが、雰囲気としては重苦しい。そう思っていると、3点取られて逆転される。その次の回、全てが悪い方向に行ってしまい、智辯でもこんなことがあるのかと思うくらい、ミスが重なる。10点取られて、13対2。あと2回しか攻撃のチャンスはない。隣に座っていた人が、コールド負けやな。とつぶやいた。しかし、帝京戦を思い出せ!と叫んでいる人もいる。そう、あの奇跡の大逆転だ。8回に4点取る。9回も次々にヒットが重なったて4点取り、なお無死1塁。3番勝谷のあたりは、いい当たりだったが、セカンドにうまく処理されて、ダブルプレイを取られてしまった。これで終わった。4番坂口も凡退。結局13対10で負けてしまった。常葉菊川の内野守備がうまかった。その差が出たと思う。岡田を1度下げて、再度当板させる手はなかったか。いつも智辯の応援は、反対側で見ていた。全校生徒の応援は、嫌だなあと思っていたが、実際にアルプススタンドで応援してみると、ファンになってしまうのもわかる気がする。応援団の生徒もチアリーダーも必死だ。それに答えて、完全な負けゲームを、あわや!と思うところまで追いかける智辯も素晴らしい。
第二試合。そのままアルプスに残ったので、福島県代表聖光学院の応援団が入ってくる。智辯の応援団が、帰ったので、人口密度がぐっと低くなる。涼しいところを探して、色々、移動しながら見ていた。試合は、横浜の圧勝だったが、中盤までは、緊迫したいい試合だった。応援は、ベンチに入れなかった野球部の生徒が、メガホンで、大きな声で歌を歌いながら、声援を送る。部員数112名。近づいてみると、自分たちで歌詞を考えた替え歌を大きな声で歌っている。いい応援だった。チェンジになると、野球部員の生徒が、「あと5回だっぺ!」という声が聞こえてくる。甲子園は、故郷を運んできてくれる場所でもある。横浜高校4番の筒香選手の本塁打が、頭の上を越えていった。和歌山から横浜高校へ進学した2年生だ。やっぱり夏の甲子園はいい。出来れば、母校の応援に、1度でいいから来て見たい。
作者: 山尚
更新日:2008年8月16日 22時25分
同窓会
今日、8月15日は、中学校の同窓会があった。僕たちの加太中学校は、一つの小学校からそのまま中学校に上がる。殆どが、両親も加太か、あるいは、最低どちらか加太出身なので、住んでいる家も、場所も、両親や祖父母の顔までも、みんなわかる人が殆どだった。72名の同級生のうち、この世を去ってしまった友が4名。今日は、40名近く集まっていただろうか。たった今帰ってきたところだ。もうすぐ午前2時になろうとしている。
久しぶりに、本当に懐かしい友の顔に出会えた。長年会ってなくっても、すぐわかる。同級生というのは、本当にいいものだ。一緒に野球をやってT君。3人の孫がいるという。子供が3人いるのだが、もう一人子供考えてるんやで!と冗談か本気かわからない。漁師さんをやっている。中学時代に、よく話をして、一緒にバカなことを言っていたMさん。31年ぶりの再会だ。少しも変わっていない。しゃべりは、昔より達者になっている。日根野からかけつけてくれた。あっという間に、中学生の気分に僕も戻れる。小学生のとき、一緒にソフトボールをやっていたT君。知らない間に、髪の毛がなくなっていた。今、子供が、和歌山工業で野球をしていると言う。僕の高校の野球部の1年後輩とも親しいと知って、びっくりした。一緒に9年間学校に通っていたM君。昔の懐かしい話に、時間は、あっという間に過ぎてしまう。野球部の部長だったM先生もきてくれていた。野球のことは、何もわからない音楽の先生だったが、生活面で厳しく指導されたのを思い出した。
小学校2年の時から、大好きだったRさん。今は、関東地方にいるとうわさには聞いていたので、もう会えることはないだろうと思っていた。ところが今回は出席。びっくりした。こんなことを言うのはなんだけれど、昔と変わらず、きれいだった。小学校、中学校時代は、テレもあって、なかなか話せなかったが、今日は、今までで、いちばん話せて嬉しかった。50歳を目前にする歳になって、中学生のような、胸がキュンとなるような感覚を実感してしまった。
M先生が、「これからの人生を、何か一つでいいから、楽しみを持って、生きていってくれ。それと、みんな、歳を取ってきたら、故郷っていいと思うやろ!」という言葉をくれたが、本当にそのとうりだと思う。何を楽しみに生きていこうかな。まだまだ当分のうちは、仕事かな。同窓会に参加して、みんなが一生懸命に生きているのを知って、心に、新しく火がついたような気がする。一生懸命に仕事をし、子育てをし、地域の為に貢献する。みんな素晴らしい。よかった。同窓会に参加して!
作者: 山尚
更新日:2008年8月16日 2時22分
父
今日は、家族全員で、実家に行ってきました。実家は、加太の海水浴場の裏のほうです。父も母も、元気でいてくれる事が、何よりです。加太の町も、老人の割合が増えてきて、町にあったスーパーマーケットも撤退して、かなり経ちます。車を運転できないと、なかなか、買い物にもいけません。加太線は、あるのだが、それも廃止されると言うようなうわさもあり、なかなか大変な状態になってきています。しかし、父は、近所の人を、病院に車で送ってあげたり、釣りに行って、自分の釣ってきた魚を食べて、近所に配ってあげたり、野菜とかを頂いたりしながら、地域のコミュニティーが、まだしっかりと機能しているいい町で日々を送っています。
父は、会社員を定年退職して、今は、悠々自適の生活です。今は、あまり行っていないようですが、以前は、ほぼ、毎日のように釣りに行っていました。旧制中学校を出たあと、父を病気で早く亡くした僕の父は、叔父さんと一緒に漁師を5年間ほどしていたことがあります。だから、釣りに行っても、趣味と言うよりは、仕事のように一生懸命に釣るみたいです。「弁当を持ってきたり、ビールを飲んだりしながら、釣りをするやつなんて、信じられない!」と言っていたことがあります。あるとき、いつものつりのポイントで釣っていると、その日は、特によく釣れる。ところが、すぐそばで釣っている2人連れは、全く釣れない。呆然と父の釣竿を見ているので、話しかけたそうです。そして、釣り道具の仕掛けを見てみると、全くなっていない。そこで、父は、単車に乗って、家に帰って、道具を持ってきて、つれるような仕掛けにしてあげたそうです。そうすると、今までつれなかったのが、ウソのように釣れて、その年配の男性は、すごく喜んだそうです。
あとになって、その男性が、「山下」という名前を頼りに、加太の町を探して、父に、お礼にとお酒を持ってきたそうです。会社の社長をしていて、部下がお供について、釣りに行くのだが、今までも、殆ど釣れない。この前は、あんなに釣れて、嬉しくて嬉しくて。お礼を言うのを忘れていたのでと言うことでした。釣りバカ日誌のようなことが、日常に存在している、加太の父の生活を、少し、うらやましく思います。
作者: 山尚
更新日:2008年8月14日 21時25分