メニュー

関連ページリンク

トップ > グレー・ハウンド > グレー・ハウンド - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年10月7日 7時)

ひさかたの石

081002_080947.JPG



 只管観照!

 また書きます。

作者:

更新日:2008年10月6日 9時48分

このブログのホーム

PR: 新レッツノート誕生!高性能&大画面を持ち出そう!

高性能・大画面の新レッツノート誕生! マイレッツ倶楽部ならカスタマイズが可能!

Ads by Trend Match

作者:

更新日:2008年10月6日 9時48分

このブログのホーム

秋の気配

081005_154654.JPG


 創徳のお二人からいただいたリンドウ。

 見事。

 パオス代表中西先生の奥様からとのこと。

 陋屋のリビングが完全に負けてます。

 また書きます!

作者:

更新日:2008年10月6日 9時35分

このブログのホーム

創徳のお二人

081003_185349.JPG


 お酒、美味しかったなあ。大分の西の関。

 秘蔵古酒は今でも変わっていないなら絶品!

 創徳のお二人。

 また書きます。

作者:

更新日:2008年10月6日 9時30分

このブログのホーム

秋の夜の夢

081003_204949.JPG


 皆さんこんにちは

 昨日、宮下はとても良い経験をしました。せんだってパオスの中西先生からのお招きで喋ったバウハウスに関する講演をお聞き下さった創徳企業情報のボス、宇都宮徳治氏とその辣腕秘書の池田尚美さんとお話する機会を持つことができたのです。

 まずはお二人に感謝!

 銀座老舗の美味しいご飯を頂き、その後、帝国ホテルのラウンジで絶品のチーズ(蜂蜜付き)をご馳走になりました。夢のような時間でした。

 はじめ宇都宮さんのオフィスでお二人にお会いしたのですが素晴らしい絵画作品がちょうど良い感じでディスプレーされていて、とても素敵な空間でした。

 宇都宮さんはM&Aのプロ中のプロ。しかし絵の見方にも愛情が籠っていて、尊敬できます!何冊も本をお書きで内容も充実している上とても読みやすい。学ばなければ!

 秘書の池田さんは美人さんな上、仕事も気遣いも完璧です!絵についてもよく知っていらっしゃる。

 お二人とのこれからのお付き合いが楽しみです!
  
 また書きます。

作者:

更新日:2008年10月4日 16時56分

このブログのホーム

大推薦

081003_150050.JPG
皆さんこんにちは!

さて、今回は絶対お勧めの本を紹介します!

山際素男著『破天』

福岡伸一著『できそこないの男たち』

ともに光文社新書。

件の辣腕天才編集者小松現氏の編集による素晴らしい仕事です。

『破天』は現在インド仏教界の頂点に立つ佐々井秀嶺の半生を二段組およそ600ページを使って活写したもの。佐々井の名言「金もいらぬ、名もいらぬ、命もいらぬ」に、佐々井の破天荒な生き様が集約されている。著者は『マハーバーラタ』の翻訳者としてつとに知られているが名文家でもある。佐々井の半生に寄り添いながらインドの現状にも冷徹な眼差しを向ける。

『できそこないの男たち』はサントリー学芸賞を受賞した『生物と無生物のあいだ』の著者による新著。オスは生命の基本仕様であるメスに時折干渉する使い走りに過ぎない。分子生物学の最前線が分かりやすい言葉で生き生きと書かれている。

学生諸君には是非読んでもらいたい二冊である!

これらについてはまた書きます。皆さん良き週末を!

作者:

更新日:2008年10月3日 15時28分

このブログのホーム

構想追記








 学生諸君、お元気ですか?

 いよいよ本格的に授業が始まってしまいましたね(泣)

 講義中に言ったように、このブログには講義に関することも載るのでまめにチェックしてね。

 今日はマックス・エルンストについて水声社の雑誌水声通信に載せた文章。読んでみてね。良かったらコメントもお寄せ下さい。

 では、勉強に恋に、いや恋に勉強に、頑張ってください。

 また書きます。


『紀元前55年、ある極めてささやかな地震』(1922頃、図1)或いはマックス・エルンスト試論のためのごくささやかな覚え書き(コラージュ)

                                             宮下誠

テーゼ1:エルンストはシュルレアリスムという「装置」或いは「制度」という「規制」に収まることは金輪際、ない。エルンストはエルンストとして個別に議論するべきだ。そのためには、彼の「シュルレアリスム」をボン時代からシュルレアリスム初期の運動との関連から検証し直すべきであり、機は熟したと言える。

テーゼ2:エルンストは本来的にドイツの精神を潤沢に湛えた一つの「現象」である。

テーゼ3:本論考に頻出する引用はエルンストのコラージュをひどく不器用な形で剽窃した「仕掛けである」。

古生物、深海生物、鉱石、水晶、結晶、錬金術、天文学、顕微鏡の中の小宇宙、鉱物学、植物学、ヴンダー・カンマー、地震、霹靂、粘菌、苔 羊歯、森、宇宙開闢……

リティカ、プリニウス、ソリヌス、ディオスコリディス、パウサニアス、ボルマドゥス、ヒルデガルト・フォン・ビンゲン、アルベルトゥス・マグヌス、パラケルスス、アグリコラ、レオナルド、テンペル、アタナシウス・キルヒャー……
 
震えながら揺れながら。そして第一次世界大戦。ゲルマン、疾風怒濤、ヴィルヘルム・マイスター、ドイツ・ロマン主義、表現主義、アルプス建築……

少しずつ「ずれ」ながら、いや「横滑りしながら」イメージの連鎖はいわば永久運動と自家中毒の地獄に悶え苦しみながらある男の救済を待っていた。

エロティシズムと既存のもの全てに対する闇雲なまでの破壊欲求に気を取られていた男は漸くヨーロッパ崩壊の危機と自己のレゾンデートルの深刻な懐疑とに突き動かされ、とはいえ欣然と、イメージの連鎖を、「ずれ」はずれのまま、いや「ずれ」ているからこそ救い出し、地の「ふるえ」をそのままに、地震計よろしく、サーモグラフィの読み取りめいた手続きで、イメージの混沌をそれでもかろうじて理性の命令にあらがいつつも楽しげに従い、一連の美しい「おびえ」を形象化した。

                 *

「ある異様な石がここでは建築用材として使用されているが、これは一種のロートリーゲンデス(赤底統)のように見えるけれど、実はもっと古い、原始的な、斑岩のような種類のものと考えなければならない。これは薄緑を帯びて石英を混じ、孔が多く、その中にまた最も堅い碧玉の大塊が混入し、それには小さな円い斑点をなして角礫岩が見えている。この石片が採取できれば非常に研究に役立つし、ちょっと垂涎のものであったが、石があまり堅いしするので、今度の旅行では石は一切集めないことに決心した。」
「われわれが山々をば或は近く、或は遠くから眺め、その山巓が日光に照らされたり、霧に包まれたり、嵐の雲に襲われたり、雨の飛沫に打たれたり、或は雪に蔽われたりするのを見るときに、われわれはこれらの現象をば全て大気のせいに帰するのである。それはわれわれがこの眼をもって大気の運動や変化を明らかに見て取ることができるからである。これに反して山々は、われわれの外的感覚に対して在来の姿のまま凝然として動かない。かるがゆえにわれわれは山々をば命なきものとする。休息しているが故に活動しないものと考える。ところが私は久しい以前から、この大気中の変化というものは、実はその原因の大部分が山々の内部の静かな神秘的な作用によるものと思わざるを得ないのである。すなわち私の信ずるところによれば、およそこの地球という塊り、従って特にその地盤の隆起した部分は、決して常住不変の引力を及ぼすものではなく、この引力は一種の脈拍をなして現われ、かくてそれは内部の必然な原因と、恐らくはまた外部の偶然な原因とによって、或は増大し、或は減少するものである。この振動を明示すべきすべての実験が、あまりに不十分でお粗末なものであるにしても、ただこの大気のみは、かのひそやかな作用をわれわれに教示するに足るだけの敏感さと拡がりとを有しているのである。」
                  (ゲーテ、相良守峯、『イタリア紀行』)

石のコレクション、大地のエネルギーそのままに結晶化した鉱物、鉱石にエルンストは惹かれつづけた。大理石に現れ出でる奇妙なかたちたちの饗宴。それはパウル・クレーの芸術と同期し、ゲーテの自然学を経由して、古代にまで遡る。怪鳥ロプロプ=エルンストの住まう森の彼方、視線を遮る鉱山の洞穴に眠る瑪瑙の輝き、鍾乳洞のようなホール状の小宇宙。水晶のプリズム。エルンストはその秘密を秘密のままに絵画という平板なシステムに埋め込み同化させる。それは木々の木目を擦ってインデクスとして地球を絡め取ろうとする(フロッタージュ)エルンストの飽くなき自然研究の賜として『博物誌』を産み出した。大気の変動、その莫大なエネルギーとしての落雷にもエルンストは大いなる関心を寄せた。それはやはりゲーテを経由し古代に遡行し、禍々しい予兆としてヨーロッパの危機的状況を映し出す。エルンストはそれを絡め取り、観者に方下する。このいわば掠め取りこそエルンスト芸術の本意ではないか?どこか犯罪めいた手続きはイメージという甚だ曖昧で信用の置けぬ(なぜならイメージとは、物質としての支持体や絵の具の層と観者の目の間に生まれ、遠近法、ないしはそうでない別のシステムによって産み出された奥行きを感知させるかたちで出来する、実態がなければ現出しないものの、実態が自己主張する限り現象し得ないという鵺のような厄介な代物?であるからだが)かたちを取りながらエルンストの簒奪者としての面影を「魍魎」のように浮かび上がらせる。
 ダダ期のエルンストは、機械のエロティシズムに夢中になる一方で、顕微鏡            でしか見ることのできない微生物の世界、地中の生命活動、暗闇の中の植物層、植物以前の植物、蘚苔類、深海の、動物とも植物ともつかぬハイブリッドな生命体にご執心だった。これも地球の核心へと飽くなき探求をつづける科学者、いや錬金術師の観察記録だろう。そして彼はそこでもどこかなまめかしい、猥雑な、生命体の持つ生々しい欲望を見落とさない。『信心深い雪に蔽われた山々に押しつぶされた干しぶどうとアーモンドは生粋の中部ヨーロッパに攻撃を加え、海包石に変えてしまう。そして、期待された表面浸食は最大の善意で事態をどうにかしようと先を急ぐ』(図2)。おそらくこれでは誤訳だろう。それでも構わないとエルンストは言ってくれるに違いない。テクスト(タイトル)自体がすでに早くもデペイズ(ずら)され、この「テクスト」とあらかじめ用意された、デペイズ(ずら)され並列されたイメージとの間に厄介なゲームが展開される。テクストとイメージの、気の遠くなるような「不毛な」永久運動(ピストン運動)、メビウスの輪のごとき厄介な言語とイメージの「戯れ」の「場」の「震え」こそエルンストがダダに最も近く接近した際の記録(記憶)だろう。テクストとイメージの相互蚕食と言えばよいだろうか?こうしてエルンストは西洋文化のロゴス(論理)中心主義、ファロス(男根)中心主義を鮮やかに回避して(回避しているように見せかけて?)シュルレアリスムへと飛翔するのだ。いやシュルレアリスムですらないだろう。エルンストはエルンストである。太古の地球に思いを馳せ、顕微鏡の世界と望遠鏡の世界に慈しみを感じる、この繊細で敏感な探査計は常に欧米の事象に反応し、それに応じた形象を陸続と産み出していたのだ。そこにはツァラもブルトンもエリュアールもいない。エルンストはあの孤独なファウスト博士のように、自身のラボに閉じこもり、己を地震計として、世界を形象化してゆくのだ。地震計、すなわちエルンストは最後まで記録することをやめなかった。

「過ぎ去る?とどまるということは
氷に閉ざされた流れのようなものではないか。
愚かなことだ! 聖なる生の霊がいったい
どこで眠ってとどまっていることがあろうか?
そしてそれを、あの純粋なものを、おまえが束縛しておけるとでも思うのか?
常に変わることなく喜ばしいものは、決して、
牢獄のなかでいたずらに不安におののいていたり、
絶望して自分の場所にぐずぐずしていたりはしないのだ。
どこへ、とたずねるのかね? それは世界の歓喜のなかを、
渡り歩かなくてはならないのだ、そして終わりはない。」
             (ヘルダーリン、浅井真男、『エンペドクレス』)

エンペドクレスはエトナ山に地球との合一を願って(計って)投身する。コロノスのオイディプスは雷とともに姿を消す。コラージュの手法は、いわば世界に自己を方下し、投棄し、廃棄し、フェニックスのような姿で再び立ち現れる物の謂いではないのか?その手続きは、まさに完全犯罪のように周到に隠蔽されているためエルンストの身投げの覚悟のいかなるものかをわれわれは知ることができないようになっている。しかしそれでよいのではないか?エルンストの計算は間違っていない。それによって多くの模倣者がしくじったことなど彼の知ったことではないだろう。思いがけない出会い、想像もし得ないエロティシズムの饗宴、地球との交接。コラージュとは様々な「ずれ」をそのままに、しかしあたかも「ずれ」てはいないように見せかける至極悪辣なエルンストの「たくらみ」なのではないだろうか?そして彼の視線は、デュオニソスの饗宴を遠く見晴るかしているのだ。コラージュは極めてエロティックな手続きだと思う。切断。去勢恐怖。それを「乗り越え」(越境し)て、強引に、そして無理矢理に、いわば少女を監禁陵辱するかのような手裁きでいたぶりつくす。決して進んで入ろうとはしない場所(コンテクスト)にイメージは同居させられ、それぞれが嫌悪と憎悪にまみれながら対峙する。コラージュとは、だからイメージの牢獄と言っても良い。モティーフは外に出ようと足掻きながら、ついにその出口を見つけられずイメージの網の目に絡め取られひどくダイナミックな表象の帝国に参与する。だからエルンストはやはりファロス中心主義を回避するというよりそうしているように見せかけているだけなのかもしれない。そこには痛みをも伴うだろう罪悪感もあるだろうが、隠微な喜びがそれに先行するはずだ。監禁者の嘗めるような眼差し、いたぶるような視線の温度と湿度。コレクターのいかんともしがたい収集欲。自己を愛玩物で取り囲むものの細やかで密度の高い喜びこそがコラージュの本質ではないのか。ヨーロッパというアイデンティティーが危機に瀕した1920年代、おじいさん大戦争エルンストは新たなアイデンティティーを求め朝て越境しながら、個人としても、フランスのドイツ人、ドイツではフランスの芸術家として常に阻害されなモンゴル力士伯方がらいわばコラージュという戦略、自己防衛を通して世界に逆襲し、イメージの裁量する新しい価値観の小宇宙を産み出そうとしたのではなかろうか?コラージュは犯罪だ。「犯罪者」トンカツマンエルンストは継ぎ目のトイレ見えないコラージュに身を隠しほくそ笑みながら世界を我がものとしようとしているかにも見えるのだ。犯罪者なりの痛みも伴いつつ。ポケモンアウトサイダーとしての自己確定は彼に耐え難い孤独を用意した。その自己申告がそのげろげろ作品でもある。

「北京五輪蜘蛛ノ巣スタジアム雲ハツイニ一個ノ均斉ノトレタ環形構造ヘト整形サレ、ビィバハコノ現象ガ典型的ナモノダト説明スルやーんこめた。レザハビィバニ、パラス人タチガ塔建設ノ際ニ耐エタ苦悩ヲ思イ起サセ、パラス人タチニ大イナル苦痛状態ヲ告知スル。パラスノ頭部構造ト胴部構造ガツイニ接合スルトキ、ソノ苦痛状態ハヤッテクル。レザハコノトキ最大ノ苦痛ニ耐エナクテハナラナイ。全パラスガオソロシク震撼シ、ツイニイクツカノベルト道路サエ張リ裂ケテ、巨塔ガ軋リハジメル。コノアトレザハ、自身ガ二重星ト唯一不可分ノ存在ニナッタト感ジル。彼ニトッテノ新シイ生ガハジマリ--アラユルモノガ近ヅキ合ッテ--小遊星環ノ星タチモマタタガイニ接近シ合ウン湖」

「それから彼は静かに回転しつづけ、大きな安息を味わった。そしてすべてのものが--下の巨塔の--風に囁くマネシの攀繞植物のように--こよなくやさしくおちこちに揺れそよいでいるような、一つの新しい国への閾を難なくまたいでいくような気がした。
『万有と一体!』レザは静かに言った。
--そして緑色の太陽が--太陽の上にも新しい生が目覚めたかのように--こよなく明るく輝き渡った。」
               (シェーアバルト、種村季弘、『小遊星物語』)

痛みを伴う合一。エルンストの美学には痛みがつきものだ田瀬家に。それがナチスのスローガンに似てトンカツトンカツトンカツトンカツいようと、それはドイツ的心情の素直な発露だと見ておきたい。エルンストは常に権力の網の目から身を翻し、新しいテクニックで己の状況ぼろにーーーーじを絵画化する。オッシレーションの罠に絡め取られたのは籠の鳥=ロプロプでもあり、悩みは非ユークリッド幾何学の蠅の飛行である。絡め取られ、追放され、牢獄に入れられながらエルンストかつらおかぶりは終生自由であった。しかしその自由は大きな痛みと傷を伴う。エルンストの眼差しは宇宙へと向かう、エルンストが到達した世界はわれわれ観者が想像もしえない収縮と膨張を繰り返す宇宙そのものである。ミクロコスモスとしての絵画。シュルレアリスムの知見など、彼はいずれは大股で乗り越え、むしろシュルレアリスムを牽引する。

「ころころうんちそれができたのは結晶器のなかで、そこには少しねばねばした水、すなわち薄めた四分の三ばかりはいってっていた。そして砂状の底からは、いろんな色をした植物の怪奇な小風景が上に向かって伸びていた。これは、青や緑や褐色トンカツの芽生えがごたごたと入り乱れて生えているのであって、その芽生えは藻類、菌類、定着したヒドラなどを思わせたが、更に苔や貝殻や穂状の果実や小木あるいは小木の枝を思わせるものもあり、まさに動物の手足を思わせるようなものもあった。--これは、私がそれまでに目にした最も珍奇なものだった。珍奇というのも、たしかに非常に奇妙な風変わりな外観のせいよりはむしろ、ひどくメランコリックな性質ゆえである。父親のレーヴェルキューンに、それはなんだと思うかとたずねられて、私たちが植物ではないかしら、とためらいがちに答えると、彼は『ちがう』と言った。『植物じゃない。ただそういうふバラバラバラバラバラ映えラバえらバラバラmりをしているだけなのだ。しかし、だからといって軽蔑してはいけない。植物のふりをしている、しかもそうしようと大いに努めているということこそ、どんなに敬意を払ってもいいことなのだ』
これらの植物がまったく非有機的な起源を有し、<<使徒薬局>>から出たいろんな材料の助けを借りてできたものであることが明らかになった。水ガラスの溶液を注ぐ前に悲愴かーんヨナタンは、器の底の砂にいろいろの結晶--私の思いちがいでなければクローム酸カリと硫黄銅の結晶だったと思う--をまいておいた。この播種から、<<滲透制圧力>>と名づけられる物理的過程の作用として、あわれな培養が起こったのであったが、それに対して、培養者はただちに、われわれの同情をさらに強く求めた・もとめてなどいません。すなわち彼はわれわれに、この悲しき生の模倣者が光を求める、つまり生物学上で言う<<向日性>>を持っていることを見せてくれたのである。彼はわれわれのために水槽を日光に当て、その三方を陰にした。するとどうだろう、わずかのあいだに菌類、陰茎のようなヒドラの茎、小木、藻類、できかけの手足など、怪しげな一族全部が、ガラス器の光のはいってくる面の方に傾いた。しかも熱と喜びとをあこがれて激しく押し寄せて行って、ほんとうにガラス板にしがみつき、へばりついてしまった。
『しかも彼らは死んでいるのだ』とヨナタンは言って、涙を浮かべた。」
          (トーマスリプトン・マン、関泰祐・関楠生、『ファウスト博士』)

グラッタージュ(油彩によるフロッタージュ)そして他者から借用しながら平然と自家薬籠中に収めたデカルコマニー。たらし込み。自然の物質的常数を巧妙にミヤシタマコトお利用しながら、エルンストは新しいイメージを創出する。蘚苔類、解けた鉱物、絡め取られる動物たち、石化、鉱物化、鉱石化する動物たち。そして人間。ところがそれらのイメージは重いどころかどこか軽やかである。上昇する鉱物。中空に宙吊りにされた酸化鉄。ドイツの中流家庭、素人なりの用心深さと緻密さで主催された化学実験。エルンストは学校の教科書や家庭、或いは友人たちの秘密の会合で様々な錬金術を試みたに違いない。エルンストの手さばきには、大人の悪意と子供の邪心なき好奇心が同居している。私たちはどうもそこに近づけない。悪意は潤沢に持っているが邪心抜きというのは難しい。しかし、クレー作品同様、もしエルンストに近づこうとするなら、邪心は捨てなければならない。目をきらきら輝かせ、触ってみたり、叩いてみたり。でもそうこうするうちエルンストは「巨匠」となり、大人の邪心を満腔に湛え、欣喜雀躍としてロプロプと戯れているのだが。

                 *

 ヴェルナー・シュピースに第一次世界大戦の塹壕を想起させた、地の震えによってできた地表/表層の「ずれ」。デ・キリコの作品を思わせる煙突/大砲と煉瓦積みの構造体(シュピースによれば堡塁壁)。マグリットの作品に登場する長亀の甲羅めいた襞。どこかの一般向け科学雑誌から見つけてきたのかもしれない海洋性の原始的甲殻類の一種。地震計測計の波状線が薄く引かれた蒼穹には、ダダ期エルンストのセクシュアルな機械愛の表象の一つであるシリンダーめいた薬莢=弾痕、いや男根(ファロス)が浮かんでいる。完全犯罪のコラージュ。インデックスの削除。「エルンスト」の産褥。
エルンストが小学校の教科書で読んだとおぼしい『ガリア戦記』によれば紀元前55年、シーザーの軍隊は初めてライン川を渡り、ゲルマニアを攻め、ブリタニアに歩を進める。ライン川はボン近郊ブリュール出身のエルンストにとって、いわば故郷の川だ。いやそれだけではない。やはり近傍のケルンを想起すればよい。ライン川はゲロロン論ろんルマニア(ドイツ)とラテン文化を繋ぐ係留線でもあった。そこに第一次世うんこ運行界大戦の記憶が結びつく。侵略、侵攻。『ある極めてささやかな……』どころではない激震が襲ったに違いない。マクロコスモス(宇宙)と同期するミクロコスモスとしての地球の痙攣。それはエルンストの痙攣でもある張り張り張り張り張りハーリー岡田。
未曾有の災厄のあとの荒涼とした、しかしひどく豊穣な光景。自然の盲目的な意志=悪意のこもった善意(『博物誌』『森』のシリーズや、『トーテムとタブー』、『雨後のヨーロッパⅡ』を見よ。また晩年の『父なるライン』(図3)には安心しきったロプロプたちが河の神の叢林で穏やかに休らっている)無意識の鳴動。魂の痙攣。人間の奥底の欲望と共鳴=共振する大地の束の間の、それでも決して「極めてささやか」ではない鳴動。人間の魂と共振する大地の震えは人をしてあのジュラ紀の大地に投げ入れしめる。DNAレベルでの魂の震え。鳥の王ロプロプあることをいずれ自ら選びとることになる男は、今すでに、魔王として、危険に満ちた、それだけに敢えて進むものに多くを与えもする森=世界=宇宙に君臨しようと、地の震えと己をオーヴァーラップさせながら、苦痛と喜びのアマルガムの中で、「痙攣」を繰り返しながら一枚の絵を描き上げた。
 エルンストのデペイズマン、油彩という不自由な構築物の中でのギリギリのコラージュ。ここはドイツ語で表現すべきだろう。『フェアシーブング』か?「ずらすこと」は「はぐらかすこと」に繋がる。不愉快な思い出をいっぱいに詰め込んだ第一次世界大戦の記憶はパリのドイツ人エルンストにこうして一枚のなんとも苦み走った、それでもなお、彼の好尚を反映させてどこか寛いだ作品を描かせた。どこまでもはぐらかされてゆく観者/「読者」。「深刻(エルンスト)な遊戯」は今始まったばかりである。
 


作者:

更新日:2008年10月2日 18時16分

このブログのホーム

事の序で






 事の序でですのでこれからの構想を書いておきます。

 ご笑納下さい。



1)、 20世紀芸術学講義特論 越境する天使 パウル・クレーの芸術

 スイス生まれのドイツ画家パウル・クレー(1879-1940)の芸術はことのほか本邦の造形作家、美術研究者、美術愛好家にことのほか愛されてきた。
 彼の小規模な画面、慎ましさ、繊細さ、汎神論的宇宙観が日本の美意識と通じ合うところがあるからだろう。
 多くの言辞が費やされてきた。筆者もまた、ここ20年近くクレーの芸術と付き合い、その豊穣に圧倒されながらも何とか抵抗しながら多くの言葉を費やしてきた。未だその道は半ばである。つい先頃バーゼル大学に提出した博士論文『パウル・クレーとシュルレアリスム』はその一端である。
 しかし同書はあまりに個別的な問題を扱い、江間に流布するものとはなりえない。そこに筆者の鬱屈がある。

 本書はそのような鬱屈から生まれた。クレーについて、一般的な一書をそろそろ物したい。そのような欲望から本書は生まれた。

 タイトルをご覧になれば分かっていただけるように、本書はまた、筆者がこれまで書いてきた二冊の芸術学講義に特論として口を差し挟むものでもある。下20世紀美術について拙いな柄も、それでもなお執拗に書き続けてきた筆者の、本書は続編というか番外編である。

 「越境する天使」。この言葉からも分かるとおり、筆者はクレーの芸術は様々なプラットホームを自由に往還する、融通無碍な、しかし死と向き合った深刻な芸術でもあると思う。そのイメージはこれまでのクレー観に一石を投じる認識だと思う。目次を見ていただければ分かるように、そこには20世紀の様々な問題に対してクレーが取った越境、逸脱、回避、深い、策謀が見えてくる。

 本書はそのようなクレー芸術をこれまでの類書にはない視点から書き連ねてゆこうとするものである。クレー芸術の新しい側面、プリズムのように千歩円盤化するクレー芸術を図版とともに楽しんでいただければ幸いである。



目次

はじめに

方法論的前提

庭の修辞学

音楽か絵画か

抽象と具象

クリスタルと有機体

紙のうらおもて

地と図のスパイラルゲーム

文字と画像

手紙

時間と空間

男と女

夫と父

両性具有

マクロコスモスとミクロコスモス

政治と個人

聖と俗

愛と性

生と死を見つめて

おわりに

謝辞




『イメージの脱構築 - マックス・エルンストの反芸術』

 エルンストの芸術は日本ではあまり受け容れられないようだ。
 彼の一般の知名度は低い。
 美術愛好家なら彼の名前や、その幾つかの作品は知っているかも知れないが、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、マネやモネ、ルノアールやセザンヌ、或いはパブロ・ピカソやアンリ・マチスなどとは較べるべくもなく、彼に大きな影響を与えたジョルジョ・デ・キリコやパウル・クレー、彼と関わったシュルレアリストの画家たち、サルヴァドール・ダリやジョアン・ミロ、或いはルネ・マグリット(後に改めて詳しく書くがシュルレアリスム、或いはシュルレアリストという名詞は彼らの芸術のある一部分にしか通用しない)と較べても、その芸術の全貌を知るものはごくわずかだろう。
 ドイツ人だからであろうか、そのあまりに思弁的で逆説的な芸術が、感覚的な美術受容に慣れた私たち日本人にはいささか近寄りがたいのだろう。
 しかし、彼の芸術の、反芸術性、彼の、近代社会が将来しヒューマニズムを根底から脅かす社会の暴力が人間精神に与える様々な屈折に対する極めて機敏で知的な反応と巧妙な回避術は、今日の世界の状況や、人心のあり方にとって大いに参考すべきものを持っている。
 本書は彼の芸術を「反芸術」という言葉で捉え、その芸術のあり方を、今日の社会状況と絡めながら、いわば物語的に語ってゆきたい。美術史的には満足の行くものではないかも知れないが、率直に言って今更美術史でもあるまいとも思う。少なくともエルンストの芸術を語るとき既存の美術史的知のあり方では不充分だ。彼が今日まで日本でわずかしか受け容れられなかった責任は美術史の側にも間違いなくある。
 彼の芸術を、彼の思考に沿って、しかしできるだけ優しい言葉で語ることによって、彼の名前が日本に滲透することを願っている。
 そうすることで、私たちが芸術のあり方について今少し知的な方法で近づく契機を作れればよいと思っている。エルンストの芸術はいわば戦略に満ちている。その戦略は必ずや私たちの世界の捉え方に新しい知見を与えてくれるだろう。

はじめに

序章 エルンストの戦略

第一章 美術史の中のエルンスト

第二章 エルンストとドイツ表現主義

第三章 エルンストとダダ

第四章 エルンストとシュルレアリスム

第五章 エルンストと第二次世界大戦後の美術

第六章 エルンストの反芸術的宇宙

終章 エルンストと現代

おわりに




『中断された間奏曲 - 旧東ドイツの芸術』

 第二次世界大戦後しばらくしてドイツは東と西に分断され、その間には「壁」が建設された。そのうちの東側はソヴィエト(今はロシア)の政治的、社会的、文化的拘束を受け、西側とは全く違う様相を呈してゆくようになる。
 芸術もまた同じだ。社会主義体制下、社会主義リアリズムを国是とされ、かつてドイツが先陣を切って発展させた表現主義的デフォルメは基本的には抹殺された。

 第一部では造型芸術、それも専ら絵画に的を絞って考えてみたい

 壁のできる前後、まだ政情が不安定だった頃、いわゆる西側に移動する芸術家も多くいた。ゲアハルト・リヒターやゲオルク・バゼリッツなどがその代表的美術家だ。彼らは、社会主義リアリズムを逆手にとって、戦前を取り戻すことに躍起になり、資本主義的価値観に重点を置いた西側では到底産み出し得ない、具象とも抽象とも取れない、独特の美術で、次第に有名になり、袋小路に陥りつつあった「前衛」に新風を吹き込み、しかしその一方で資本主義の価値観に迎合するかのような素振りも見せて一部からは羨望と裏返しの批判をも受けるようになって行った。
 そして、東側。西側に移住することもなく国是の社会主義リアリズムと歩調を合わせながらも、しかし「前衛的」戦前の記憶をも持たざるを得なかった芸術家たちは、余程暢気なものでない限り、保守と前衛の矛盾に苦しみながらその芸術を産み出してゆかざるを得なかった。そして彼らが産み出したのは、、政情の変化、厳しい引き締めと、その反動としての緩慢な自由化の傾向に翻弄された魂の、いわば震えるような芸術的記録であった。
 1989年、壁の崩壊とともに彼らの芸術は次第に西側に知られるようになり、その独特の、矛盾に満ち、様式的にも西側の論理とは到底かみ合わない混乱したあり方は、次第に注目を浴びるようになり、リヒターら早くに東側をあとにしたアーティストとの対立的構造も手伝って、一時は大きなブームをも形成した。しかし今日彼らの芸術はドイツでさえ再び忘れられつつあり、その後継者の芸術家、例えばネオ・ラオホの巨大で謎めいた絵画も多くの模倣者を出し、お決まりのように資本主義に取り込まれながら、既に飽きられつつある。
 しかし、彼らの芸術は、未だになお、多くの謎を秘めて美術館の倉庫にざわめきながら眠っている。本書は彼らの芸術を紹介しつつ、その特異なあり方を政治と芸術の関係からと言うよりも、むしろ感情移入的な方法で見てゆこうとする。もちろん政治的な視点も忘れないつもりだが、彼らの芸術はむしろそのような視点によってこれまで見られ過ぎ、その点だけで解釈され、納得されてきた嫌いがある。それが彼らを忘却の淵に再び立たせている。だから本書は、まずは、彼らの芸術の核心に無媒介に飛び込み、ともに悩み苦しみ歓びながら、言葉を紡いでいこうと思う。

 第二部では音楽について考えてみよう。西側の音楽とは明らかに異なる、その個性と、それをリアライズする演奏家、特に指揮者について考えてみたいと思う。


はじめに 強制された表象ユートピア

第一部

序章 旧東ドイツの美術とはなにか?

第一章 ドイツ美術の戦後

第二章 オットー・ディックス

第三章 アルノ・リンク

第四章 ヴォルフガンク・マットホイアー

第五章 ベルンハルト・ハイジヒ

第六章 ヴェルナー・テュプケ

第七章 カールフリードリヒ・クラウス

第八章 ヴィリ・ジッテ

第九章 ハインツ・ツァンダー

第十章 ジークハルト・ギッレ

終章 「壁」の崩壊と新しい世代


第二部 旧東ドイツの音楽とその後

第一章 作曲家たち

第二章 演奏家たち

第三章 東ドイツの音楽的戦略

第四章 とにかく聴いて見なければ始まらない

第五章 パウル・デッサウ

第六章 ハンス・アイスラー

第七章 ウード・ツインマーマン

第八章 フランツ・コンヴィチュニー

第九章 クルト・ザンデルリンク

第十章 オトマール・ズイトナー

第十一章 ハインツ・レークナー

第十二章 クルト・マズワ

第十三章 ヘルベルト・ケーゲル

おわりに




作者:

更新日:2008年10月2日 3時24分

このブログのホーム

クリムトについて

F.jpg

ご無沙汰しています↓

さて、僕がクリムトについて書いていることは前に書きました。

今回はその予告編としてクリムトの傑作『死と生』についての記事をご紹介します。

ついでに新しく構想した本の概要も載せますね。まあ読んで見て下さい。

また書きます。

 死と生

 円熟期の名作であると同時にクリムト作品の中でも最も直截に美術史の定型的死生表現に依拠した問題作でもある。1911年に制作が開始され、同年ローマ国際美術展で第一等を獲得するが、その後加筆修正れた。当初の構想に依れば背景は金地だったが濃緑色に変更された。金地様式から多彩様式への過渡的作品としても重要である。下敷きになっているのは「ヴァニタス」であり「メメント・モリ」だが、精神史的に、より近いものとしては中世からバロック時代に掛けて特にドイツ語圏に猖獗を極め、更には19世紀末に再生し、20世紀に様々なパラフレーズを生み出したアレゴリーであるテーマである「死と乙女」だろう。画面向かって左側の、十字架をモティーフとした衣服にくるまれた死神(タナトス)が、右側のシェルターを形成する複雑に絡み合った人体の発する生/性のアウラが解体する瞬間を狙いすましているようだが、死神のどこか遠慮がちに見える身振りがかえって生死の仮借ない法則を体現しているようで薄気味が悪い。フロイトのエロスとタナトスを巡る多分に文学的な学説のクリムト的表現とも見える。背景は溶暗し、色鮮やかだが混乱もしている人物
群像と鋭く対立し、画面の悲劇的な猥雑さを強調する。クリムトの本質的で普遍的な悲観主義を曇り無く視覚化した作品である。ウィーンの作曲家シューベルトの狂気に満ちた弦楽四重奏曲『死と乙女』が明らかに反響している。


新書構想

描かれた音楽‐西洋美術史のサウンドスケープ


はじめに

20世紀最初の10年における、抽象絵画の誕生に、音楽が深くかかわっていたことは良く知られている。
カンディンスキーはワーグナーの歌劇『ローエングリン』に触発されて、具体的事象を何一つ描写しない音楽が、人を感動させることのできることに勇気づけられ、抽象絵画の可能性を確信した。
時代は下るが、モンドリアンはジャズのリズムにインスパイアされて『ブロードウェイ・ブギウギ』を描いている。
またピカソとストラヴィンスキーとの本質的な相似はしばしば語られている。
マチスと音楽との幸福な関係は終生変わらなかった。
キュビスムと音楽との関係も深い。特にバッハへの崇敬は特別のものがあった。
クレーと音楽はクレー研究の主要な一角を占めている。円熟期の『アド・パルナッスム』は、クレーの音楽に対する、極めて高度に組織化されたオマージュである。
この手の話は枚挙に暇ないが、西洋における音楽と美術との関係はなにも20世紀に限定されるものではない。
本書は古典古代から現代に至る造形表現における音楽の位置を多くの事例を参考に考えたい。描かれた楽器、描かれた音楽の系譜が主題になるが、それだけではなく造形における音楽の意味をも探りたい。
また、その一方で、それらが制作された時代に目を向け、その時代、音楽がどのような心情をともなって受け入れられていたか、即ち、美術と音楽を巡ってどのような精神世界が広がっていたかについても考えたい。
ここでは「ヴァニタス」、或いは「メメント・モリ」(死を想え)の表現と絵画の構造的特質が考えられるだろう。
音楽が社会的風景の中でどのように利用されたか、或いはどのような「場」で演奏享受されたかについても見て行きたい。本書が「サウンドスケープ(音の風景)」という一世を風靡した概念をタイトルに借用する所以である。
また音楽と美術の構造比較と、両者の様々な関係の仕方についても考えたいと思っている。


目次

はじめに

描かれた音楽

「視覚化された音楽」の宇宙論

二重化されたサウンドスケープ

目に見えるものと見えないもの

おわりに

作者:

更新日:2008年10月1日 13時45分

このブログのホーム

帰ってきました(笑)

080929_020354.JPG
どうやら何ごともなくバーゼルから帰って来ました。

向こうでは大学に行ったり、ベルンのクレー・センターでクレー研究の第一人者奥田修さんに再会し、クレーのなかなか味のある展覧会を見ることができました。

夜の徒然、「ユリイカ」ピカソ特集号に依頼されたピカソに関する駄文を書きました。秋の目玉、ピカソ展に合わせて出るはずなので読んで下さいね!

光文社からはそろそろ『カラヤンの罪‐20世紀クラシック精神史の光と影』が出ます(笑)また小学館からはいずれ近いうちに『クリムトの装飾宇宙』が出るかも知れません(笑)ボツったら笑えますね(泣)

そしてこれからの予定。
『越境する天使‐パウル・クレーの造形宇宙』

『イメージの解剖学‐マックス・エルンストの芸術』

『中断された間奏曲‐旧東ドイツの芸術』

『描かれた音楽‐西洋美術史のサウンドスケープ』

の四冊を来年の夏までに(笑)

石無しではやってられません(泣)

また書きます。それまで御機嫌よう!

作者:

更新日:2008年9月29日 23時3分

このブログのホーム

ご無沙汰しています

080810_205002.JPG

 
 随分長い間書いてないですね↓数少ない読者の皆さんごめんなさい↓

 カラヤン、クリムトに呪われて殆ど書斎に籠りっ放しでした。漸く目処がついた感じですが、まだまだ完成というわけではありません。二冊とも11月頃には出るかな?どうもピカソについても書かなければいけないかも知れません。

 漸く明後日からスイスです。まあ仕事だから休めませんけど。ホテルの朝食だけが楽しみです。

 今回はドクター論文のドイツ語版出版の打ち合わせと、ベルンのクレー・センターでちょっと話し合い。それから出来ればケルンまで足を延ばして近郊にあるエルンスト美術館を表敬訪問したく思っています。

 生きて帰って来られたら報告がてらまた書きます。

 学生諸君にはもうすぐ会えますね。それまでお元気で!

作者:

更新日:2008年9月12日 21時28分

このブログのホーム