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トップ > コントール > コントール - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2009年1月9日 9時)

チェチェンへ

作品名 「チェチェンへ アレクサンドラの旅」
脚本・監督:アレクサンドル・ソクーロフ/撮影監督:アレクサンドル・ブーロフ/音楽:アンドレイ・シグレ
演奏:マリーンスキー歌劇場管弦楽団/音楽監督:ワレリー・ゲルギエフ/指揮:パヴェル・スメルコーフ
製作美術:ドミトリー・マーリチ・コニコーフ/衣装デザイナー:リディア・クリュコワ
メイクアップ・アーティスト/ジャンナ・ロディオーノワ/録音プロデューサー:ウラジーミル・ペルソフ
編集:セルゲイ・イワノフ/カメラマン:アレクサンドル・マズール
製作総指揮:ドミトリー・ゲルバチェフスキー/共同製作者:ロラン・ダニエール/製作:アンドレイ・シグレ
製作:Prolin-film(ロシア)Rezo Productions(フランス)
会場 渋谷ユーロースペース
観覧日 2009年1月7日

80歳になるおばあさんレクサンドラが、孫が将校として指揮をとっているチェチェンの前線の駐屯地を訪ね、そこで過ごした数日間を淡々と追った映画。ソクーロフの映画らしく特別に何かが起きるわけではない、淡々とアレクサンドラが歩く姿を追うだけである。この映画は、実際にチェチェンの前線で撮影したらしいが、映画の中にはロシアもチェチェンという言葉も一切出てこない。ヴィシネフスカヤが主人公のアレクサンドラを演じているのだが、この存在感だけで成り立っている映画である。世界的に有名なソプラノ歌手、なくなったチェロ奏者のロストロポービッチと共に、ソビエトに対して闘ってきた彼女が、何故この年になって映画に主演する気になったのかはわからないが、初めての映画とは思えないド迫力の演技である。
それにしても「疲れた、疲れた」とこぼしながら、兵士の制止を無視して、駐屯地の中、近くのバザールを歩くのは何故なのだろう。ソクーロフの映画らしく暗喩に満ちあふれているのだが、老婆が歩く姿を見ていると、自分には亡くなった帝国ソビエトの亡霊のように見えてならなかった。ロシア軍の連隊長にいつまで壊しているの、建設しなくてはないらいのではと言ってみたり、市場から駐屯地まで送ってくれたチェチェンの青年が、いつになったら僕たちを解放してくれんだというのに対して、こんなことにも必ず終わりがあるのよ、理性が大事なのと諭すように答える。ロシアとチェチェンの戦争の源が、ソ連という帝国がなくなったところにあった、この黙示録のような世界を自分は見届けるのが義務である、そんな切羽詰まったものが感じられる。だからどうなんだということになるのだろうが、自分にはソ連の亡霊の巫女が、ヴィシネフスカヤだったという気がしてならなかった。最後市場で知り合うことになったチェチェンのおばさんたち3人が、帰るアレクサンドラを列車のところまで見送りに来る。別れを告げ、列車が出るとき、自分のアパートまで案内してくれたおばさんが、何故か列車が向かう方向とは反対の方向を見つめていた。気になるシーンであった。こうした映画に散りばめられている暗喩をつきつめていくと、この映画の本質が見えてくるのかもしれない。
孫と過ごしたわずかな時間の中で、死ぬのが怖いの、ひとりなのが怖いのという泣きざわめくアレクサンドラは切なかった。
満足度 ★★★

作者:deracine

更新日:2009年1月9日 14時52分

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ロシア語の日

今日はロシア語の日と決めて出社。まずはローマ向けの契約書を作成、大事な契約書だからほんとうは誰かに見てもらいたいのだ、チェックしてくれる人がいない。何度もプリントアウトして、チェックしてから、メールで送る。次に昨日修正する点を指摘されていた芸人さんの契約者の作成、途中大変なことに気づく。労働日が実際より少なくなっていた!なんでこんなことに気づかないのだろう。あわてて作り直し皆に送り直す。芸人さんたちは気づかなかったのだろうか。
クライアントとの契約書つくり。今日はちょっとおいて置いた方がいいのかもしれない。
気功の日。このところ咳がひどいので、そのことを言ったら、咳がとまるツボに気をいれてもらう。嘘のように咳がとまるから不思議だ。帰宅してメールをチェックしたら、芸人のひとりから、また間違いを指摘される。ダメジ
ャン! 猛省を。

作者:deracine

更新日:2009年1月8日 10時21分

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マスク

タバコを吸ってなかったこともあってか、昨日の夜はほとんど咳は出ず。ただ発作的に出るので、水とのど飴、それにマスクをつけて出社。マスクなんてつけるのは何十年ぶりだろう。メガネが曇るのが辛い。
春の仕事に関しての契約書を芸人さんたちにメールで送る。年末UPIでサハにDVDを送ったのだが、その追跡調査をしたら、まだ着いていないではないか。サハにトラッキングナンバーを知らせるメールを送る。返事がすぐに来たのだが、新年おめでとうだって。のんびりしているよなあ。
18時に会社を出て、渋谷のユーロースペースへ。なかなか重い映画であった。
22時すぎに帰宅。ローマからメールが来ていた。中国で働く話なくなったとのこと。また無職生活が続くわけだが、あまりへこんでいないのが救いか。
仕事はない時にはない、いまは耐えるしかないんだよ、ローマ。
久しぶりにタバコを吸う。美味しかった。

作者:deracine

更新日:2009年1月7日 11時14分

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仕事始め

当社は今日から仕事始め。昨日だったら結構辛かったかも。風邪がひどくなって、昨日はほとんど死んでいた。しかも夜中咳が止まらなくなり、三回も起きて水を飲んだり、痰を吐いたりした。ほぼ復活、朝また太陽のエネルギーをもらいたく、ベイサイドマリーナまでジョグ。今日は雲から顔を出すところになったが、やはり力を感じる。10時前に出社。全員そろっての打ち合わせというか新年の顔合わせ。金融危機の影響は確実にくるわけで、そのために仕事をとっていかなくてはならないということと、経費節減をしていこうということが確認される。年賀状の整理、スポンサーに頼まれたDVDのダビング、芸人さんたちへの連絡をやっているうちに時間はあっという間に過ぎていった。昨日の咳のことがあったので、今日は禁煙の日とする。のど飴と水が、タバコ代わり。
20時前に帰宅。上の娘も間に合い、全員で夕食。考えてみると今年の正月はべったり4人一緒だった。上の娘が夜はバイト、土日はブラスバンドの練習ということで、四人そろって食事なんてことはなかなかないのだが、やはり正月ぐらいはいうことかもしれん。話題が伊豆の話になり、娘たちがこどもの頃行ったシャボテン公園の写真を取りだす。なんと3回もシャボテンに行っていた。上の娘が8歳ぐらいで下が3歳ぐらいだと思うのだが、写真で見る限りふたりともどんだけ可愛かったか。実際にあの時もそう思っていたし、どんな美人になるのだろうと思っていたのだが、見事に裏切られた。本人たちもそれは自覚していた。まあこんなことができるのは、いまのうちだけだろう。

作者:deracine

更新日:2009年1月6日 10時51分

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運命の皮肉

作品名 「運命の皮肉」
監督:エリダール・リャザーノフ/
出演:アンドレイ・ミャグコフ、バーバラ・ブリルスカ、ユーリ・ヤコヴレフ、アレクサンドル・シルヴィント
制作年 1975年 ソ連映画 
もともとはテレビで放映されたこの映画が、30年経った今でもロシアでは大晦日に放映され、絶大な人気を誇っているという話を、朝日新聞の土曜日版の別刷で読んで以来、ずっと気になっていた。去年には日本語字幕つきのDVDも発売されている。今回見たのは字幕なしのもの。自分のロシア語能力では完全に理解できたわけではないが、内容はよくわかったし、ずいぶん笑わせてもらった。
監督は大好きな映画「ふたりの駅」の監督リャザーノフ、見事な職人技で大人のファンタジーをつくりあげた。ソ連時代市民のほとんどは画一的に建造されたアパートに住んでいた。作りはほとんど同じ、レニングラードやモスクワには同じ通りがあっても不思議はない。こうしたソ連時代の状況がわからないと、このファンタジーにはいきなり入れないかもしれない。でもこれは巧みに計算されたシチュエーションコメディーなのである。
まず舞台はモスクワの第3建設省通り25棟12号室、部屋の主ジェーニャは恋人のガーリャと新年の準備に余念がない。ガーリャは新年をふたりだけで過ごそうとせがむ。そこで結婚の約束をしようというのだ。そして大晦日ジェーニャは友人三人と毎年恒例となっているバーニャ(サウナ)にいた。ここで友人たちが勧めるウォッカを断わりきれず次々に杯を進めるうちにすっかり泥酔してしまう。モスクワの空港でレニングラードに行く友人を見送りきたジェーニャは、酔っぱらったままこの飛行機に乗り込んでしまう。機内でほとんど意識を失い、レニングラードに着いたことも知らず、彼はタクシーに乗って「建設省通り25棟」に向かう。そして当然のことのようにエレベーターに乗り、12号室に行って鍵を開け部屋に入る。そしてまるで自分の部屋のように服を脱ぎベットに倒れ込み、寝入ってしまう。しばらくしてこの部屋の持ち主ナージャが、大晦日を恋人と一緒にすごすための買い物をして戻ってくる。そしてベットにいる見ず知らずの男が寝ているのを見て、びっくり、たたき起こす。ジェーニャは一体何が起ったのか理解できない。
まずこの状況どう考えても無理がある、状況設定はコメディーでは大事であるが、この設定を日本でやっても、いくらなんでもモスクワとレニングラードで同じ通りがあるということ自体あり得ないとんいうことで、観客はついていけなくなるだろう。ただ30年以上も前のソ連だったらありえるだろう、鍵だって開いちゃうというのも大量生産のソ連時代だったらあり得るかもと思ってしまう。かなりきわどい状況設定なのだが、ギリギリのところであり得ると思わせるところが、リャザーノフの豪腕なのである。とことんジェーニャが酔っぱらっているのもこの設定を助けている。この状況を受け入れてしまえば、あとはこのラブコメディーにのめり込んで行ける。
ナージャの恋人がまもなく現れこの不条理な状況に驚き、怒る。ジェーニャが説明しても、納得できるわけがない。モスクワとレニングラードに同じ通りがあって、同じ棟と部屋に間違って来てしまったなんて、まじめに説明しようとするだけ、ふざけるなということになってしまう。被害者であるナージャもしどろもどろで、立場上ジェーニャの側に立って言い訳せざるを得ない。この状況設定がうまく効いている。なんとか部屋からジェーニャを追い出し、ふたりは新年の乾杯をして、プレゼントの交換をする、おもむろに結婚しないかと恋人が切り出すとき、ノック、空港に行くにも金がないジェーニャが戻ってきたのだ。激怒するふたり、金を渡して追い出そうとするナージャ、それを見て怒る恋人。このノック、電話の音が、今後さまざまなかたちでジェーニャとナージャのふたりの間に進む恋を邪魔する。古典的な手法ではあるが、非常に効果的に使われている。ナージャの恋人は完全に怒りだし、部屋を飛び出すのだが、このあと何度か戻ってくる。ジェーニャはモスクワで自分の来るのを待っているガーリャに状況を説明するため電話する。この電話もすぐに繋がらないところが、いまからみるともどかしいのだが、これもまたソ連時代のことなのである。結局ガーリャに状況を正直に説明すればするほど、怒らすだけに終わってしまう。つまりジェーニャとナージャは結婚を約束する日であった大晦日の夜に、その恋人を失うことになった。そしてこのあとふたりの間に愛が芽生えていくという、ラブファンタジー、あり得ないことが大晦日の日に起こるわけである。
物語は、ほとんどレニングラードとモスクワの建設省通り25棟12号で起こるのだが、大晦日のレニングラードの風景も効果的に挿入されている。
いかにもロシア的なラブファンタジーで、楽しめた。なにより感心したのは、リャザーノフのこれでもかというぐらい喜劇の直球を投げ続けるその演出である。あり得ないけどあるかもしれないという状況を設定したあとは、一晩で恋人を失ったふたりが、夜が明けたときは新しい愛を得ていたという、まさに奇蹟をつくりだしていくのである。その過程に小細工を弄せず、あり得ない話を受け入れたふたりに任せていく。あとは自然にラブコメディーが生まれていくのである。
自分が見たDVDは、サーカスの芸人の誰かがプレゼントしてくれたものなのだが、ここにはもう一本リャザーノフの映画『カーニバルの夜』も入っていた。これも見ないといけないな。
満足度★★★

作者:deracine

更新日:2009年1月4日 22時28分

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日の出アゲイン

昨日見た日の出があまりにも素晴らしかったので、誰かに見せたくなった。別に俺は何もできないのだけど。下の娘を誘ったら、見たいというので、6時15分に起こす。ただ昨日自分の腕時計に目ざましをセットするときに、やり方がわかんなくて、いつのまにか1時間速めてしまったらしい。こっちががんばってやっと起きた6時、実は5時だった。いったん起きた娘が、まだ5時ジャンといわれてハットとする。相変わらずである。娘にはまた寝かせて、自分はまた寝たらおきれなくなるというので、パソコン相手にお遊び。6時15分娘を起こして、日の出を見るために行動開始。自分の時間設定が間違いなければ見れるはずなのだが、ちょっとヤバイかも。娘に早く歩くようにせつきながら、いやな予感が。二年前娘が高校受験の年、祈願のため受験勉強中の娘を無理やり連れ出して初詣に誘った。気分転換になるかもと思ったのだが、神社の前で財布を忘れたことが発覚。結局気の弱い俺たちはまた引き返してしまった。なんか悪い出足ってもらされたのが、ずっと気になっていたら、公立受験失敗。同じことをくり返してはいけないと、わりと必死で歩き、歩かせ、なんとかセーフ。基本はこの日の出のパワーを生で見てもらいたいだけだったのだが、なにやっているんだろうと思ったが、日の出をまた見て、元気が涌いてくる。彼女にとっては初めて見る日の出だったと思う。あの勢いに感動しておった。今日の予定はほぼこれで終わり。
見せたいものを、なんとか見せられた、それでOKでしょう。初日の出ではなく、見てほしかったのは日の出のあの勢いとパワーである。
ほんとうにエネルギーをもらえる。
帰ってて駅伝の山下り見る。東洋の子たちはすごいね。何度も抜かれながら最後はトップでゴールした早稲田の6区の加藤君のがんばりに拍手。シード権を直前で逃した東京農業大学のキャプテンがかわいそう。

作者:deracine

更新日:2009年1月3日 1時35分

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初走り

6時すぎに目が覚める。風邪も少しは癒えて、身体の内部からエネルギーを感じる。日の出を見たくなる。6時半すぎ家を出発、だいぶ休養したので身体は軽く、快調な走り。やはり気持ちがいい。日の出の時間は6時50分過ぎだったはず。ベイサイドマリーナにいいタイミングで着く。昨日の初日の出の時は、このあたりも人で賑わったのだろうが、今日は見物客は2、3人。太陽の頭が顔を出すときの迫力はすごい。パワーを感じる。そして光を放ちぐいぐいと昇っていく姿を見ると、こっちも元気をもらったような気になる。いい汗かいて、いいもの見て帰宅、何日かぶりに風呂に入り、髭を剃る。やっと新年を迎えた感じになった。今日から箱根駅伝、一区の10キロすぎぐらいから、結局最後まで見ることに。山登りの東洋の新人柏原の走りにびっくり。凄い新人が出てきたものだ。買い物に行くお母ちゃんと娘たちと一緒に家を出て、富岡八幡で皆で初詣、自分だけ家に戻り、前から見たいと思っていたソ連映画『運命の皮肉』の前編を見る。この映画は、ロシア人が大晦日に見るという話を聞いて気になっていたのだが、芸人さんの誰かが、くれたようでこの前整理していたときに発見。もちろん字幕はないのだが、なかなか面白いというか笑える。大晦日の日を舞台にしたラブコメディーなのだが、とにかくシチエーションが日本で考えると無茶苦茶なのだが、ソ連時代ではあり得るというところがいかにもソ連映画らしい。後編は月曜日に見よう。
ラグビーの準決勝を録画していたのを見る。やっと早稲田が去年のチームのように厳しいディフェンスからボールを奪い、攻撃に転じるというスタイルで意志統一されたプレーをしていた。決勝の帝京大戦が楽しみになってきた。
やる気がやっと涌いてきたようで、依頼を受けている原稿を書く気になってきた。まずは構成をつくってみる。

作者:deracine

更新日:2009年1月2日 15時46分

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寝正月

猫が回転しながら山道を登ってくる夢を見る。もしかしてこれって初夢か?起きてきた下の娘に聞く。まもなく起きてきた上の娘が、夜見た夢って初夢って聞いてくる。間違いなく同じDNAだ。全員そろって雑煮とおせちを前に、新年の挨拶。隣の家に行って、新年の挨拶と年賀の交換。まもなく年賀状がくる。いつも通りの正月である。年末から疲れがたまっていたのか、ずっと体調がだるい感じ、風邪気味でもある。なにもやる気は涌いてこない。ずっとジャージを着っぱなし、ひげぼうぼうと、とても新年を迎える態勢にはなっていないが、しかたがない。まずは身体を休めることが一番である。
夕方居間がなんとなくにぎやかなので見てみたら、娘たちがWii SPORTSで遊んでいる。昔は百人一首だったのだが・・・・仲間に入る。Wiiの宣伝で家族そろってやっているのを見て、あんなことやっているうちなんかあるのかなんて言っていたが、結局同じことをやっている。
今日は早くに寝る。

作者:deracine

更新日:2009年1月1日 22時7分

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2008年をふり返る

紅白も終わり、わが家の女性陣はジャニーズ恒例のライブを見ている。いつもの風景である。あれ結構面白いらしい。ダラダラしていないのがいいらしい。何気に紅白を見てしまった。あのブルーマンの出方はなんだったのだろう。心に沁みるような歌がなかったなあ。歌は時に人に勇気を与えることがある、でも空疎な応援歌はたくさんだ。それを象徴していたのが、羞恥心と馬鹿女3人のユニットが歌った、まるで内容のないがんばれ日本、この歌を聞いてテレビにものを投げた人が絶対にいると思う。ふざけんな!である。
2008年いちばん感動した本は「サーカス象に水を」だった。あのエンディングにはほんとうに泣けた。サーカスで生きるということの愛おしさをこれだけ描いた小説はないのではないだろうか。タニコさんの死がかぶってくる。
明川哲也さんと出会い、下北沢の教会でライブを聞けたのも印象に残っている。生きることに愛着をもつこと、それが大事なのではないだろうか。
ヤクーツクでセルゲイと出会ったことも忘れられない。ウトキン先生の言った「知恵」という意味をもっともっと探りたい。
三原文さんに会ったことも大きいな。ある意味でいま自分がやろうとしていることを先取りされたという悔しさもあるのだが、それでもこの人のやっていることは凄いし、気持ちよく敗北宣言できる。
わがデラシネのデスク大野の熱烈な勧めで、広沢虎造の清水の次郎長を聞いたのも大きかった。これを聞くためにiPOTを買ったもんなあ。これが縁で、石巻若宮丸漂流民の会の理事今村君からマキノ雅弘の「次郎長三国志」のDVDをもらった。これも良かった。
漂流民の会でいえば、ブラジルから便りをもらい、交流が本格的に軌道に乗ったこともうれしかった。インターネットってほんとうにとんでもない力を与えてくれることがあるのである。
澤田さんとの対談も面白かった。『論座』でカットされた部分の話、とくにてなもんや三度笠のカット割りの話なんか、最高に面白かった。
今年は「清く、正しく、美しく」をテーマに掲げた。ダサイとは思ったけど、勝つために、自分の利益のためにあくせくするのではなく、負けてもいい、自分が悔いないことを大事したいということの意志表示だった。なんとかやれたのではないかと思う。
いろんな出会いがあったこと、それが一番だった。今年のテーマは「活路を拓く!」
出会いは待っているだけではやってこない、そんな意味でも袋小路に陥っても、前を向いていたい。
なんて書いているが、年末はほとんど死んでいた。疲れていたのだと思う。それに酒の飲み過ぎ。酒は大好きだし、酒がない人生も考えられないのだが、飲み過ぎの後遺症が確実にひどくなっている。悔しいけど自重しないといけないようだ。

作者:deracine

更新日:2009年1月1日 0時16分

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タニコさんご逝去

ドイツを本拠地に彫刻、そして絵画を創造している加藤さんご夫妻からのメールで、澤田豊の長女で、クニーサーカスでずっと働いていたタニコさんが、今月10日に亡くなったことを知る。私が東北放送の番組の取材のために初めてお会いしたときは、すでに80歳を越えていたと思う。90歳をはるかに超えてのご逝去、天寿を全うされたのではないか。澤田豊の子どもたちはいまころ天国で親父さんを交えて、全員集合しているのではないかと思う。
タニコさんは、生涯サーカスで生きていた。父と一緒にサーカスの道を入ってから、ずっと。それはタニコさんにとっては、幸せなことだったのではないかと思う。
ふとした縁で知り合った澤田豊と、その家族の皆さんと、これで本当のお別れになるのだろう。でもなんとなくホットしているところがある。いままでずっと天国で待っていたマンフレッドや、イングリット、そして澤田豊、やっと何十年ぶりで再会しているはずなのだから。
人が逝ってしまって、ホットしたなんていう言い方は、よくないのかもしれない。でもみんな天国で家族全員で会うことを待っていたのではないかと思う。放浪、離散を繰り返し、家族全員が一緒にいることがほとんどなかった家族だった澤田ファミリーが、やっとこれで一緒になれたのだから。
加藤さんもメールで書いていたが、この中には一月に亡くなった川島さんも交じっているはずだ。
ひとつのドラマは終わった、長いドラマであった。でも澤田豊には感謝している。『海を渡ったサーカス芸人』は、我ながらいい本だったと思う。この本は、澤田豊、芸人として一生懸命生きた、そして家族を愛した芸人の思いに憑依された、いわば書かされたものだったと思う。
澤田家の皆さん、天国でゆっくり新しい年を迎えてください。ありがとう、そしてさようなら。

作者:deracine

更新日:2008年12月31日 0時42分

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マイナス50℃の世界

書名 『マイナス50℃の世界』
著者 米原万里 出版社 清流出版  出版年 2007年

ヤクーツクから帰り、ネットでいろいろ検索していたら、米原万里さんが1984年に大黒屋光太夫の足跡を追ったTBSのドキュメンタリーの時に通訳として参加し、12月ヤクーツクを訪れたときのことを書いたエッセイをまとめた本が、幻の処女作として、大好きな出版社清流出版か去年出ていたということで、すぐに買い求めた。米原さんが本格的に作家としてデビューする前に書いたエッセイが中心になっているのだが、厳寒のヤクーツクの旅を実にいろいろな目線で見ているのに驚く。こっちがわずか3日間の訪問であったのに対して、米原さんたちは長期の滞在であったので、見えてくる世界は違うのかもしれないが、やはりその目のつけどころ、そして目線の深さは、凡人とは違う。短いエッセイ集で30分もあれば読み終えてしまえる本なのだが、私にとっては大事な一冊となった。
それにしてもレナ河を見なかったのは失敗だった。無理を言っても行くべきであった。万里さんはここで釣りに挑戦していたのに・・・・
満足度 ★★★

作者:deracine

更新日:2008年12月28日 23時39分

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コビト探し

今日は10キロジョギング。これで今月も100キロを走破したことになる。相変わらず部屋の整理、今日はDVDの整理。こうして整理しているうちに突然姿を消したものをぜひとも発見したいと思うのだが・・・。どこかにコビトがいるような気がしてならない。ひとりのコビトは発見したのだが。失せ物を探すどころか、突然腕時計がなくなる。これはやはりコビトのせい?あの時計はジョギングの時にしているやつで、やっと最近馴れてきたのに、それにデーターも入っているし、ちょっと暗い気持ちになる。洗面台の脇に隙間があるので、てっきりそこに落ちたもんだと踏んだ。定規で探っていると、まあいろいろ出てくる、歯ブラシ、習字の筆、歯間ブラシが出てくる出てくる、でも時計はかからず。諦めて窓拭き。夕食後何故かソファーの上に時計が。どこで外れてしまったのだろう。夕食後借りてきた三谷幸喜の「ザ・マジックアワー」を四人で見る。相変わらず達者なコメディーをつくる。自ら不利な状況をつくりだし、それをどう乗り越えていくかという喜劇の文法に見事にかなった映画、最後のタイトルバックに市川昆に捧げるというテロップ。映画つくりの達人への立派なオマージュになっている。
原稿をブラッシュ、メールで送る。これでちょっと肩の荷がおりた。

作者:deracine

更新日:2008年12月28日 15時40分

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アートタイムス岩下書店に常置される

11時金沢文庫駅前のユニーの中にある岩下書店へ。タウン誌でここの本屋さんが、地元才能発掘をモットーにしていることを知り、アートタイムスが置けないだろうかという手紙を出したのだが、一度話を聞きたいということで、今日訪問することに。そんなに大きくない本屋さんなのだが、地元コーナーが充実している。さらに歴史コーナーにわが会の副会長平川さんの新著が平積みされているのに感動。こういう骨がある本屋さんが地元にあるのは嬉しい。社長さんといろいろ話す。バックナンバーを含め常置してもらうことになった。売れない可能性が強いとは思うが、こういう気骨のある本屋さんに置いてもらったことの方が意義がある。眼鏡が出来たというので、シルクホールの中にある本町メガネへ。10月メガネを落してしまい、しばらく安いメガネ屋でつくったものをしていたのだが、やはり具合が悪い。考えてみたらちょうど一年前につくったメガネを落してしまったのだ。メガネを受取り、野毛の万里へ。家族のものが餃子を食べたいというので、お土産用の餃子を4人前つくっておいてもらった。福田さんはいなかったが、話はついているようで餃子を受取り、帰宅。本棚の整理に取り組む。しかし三階の倉庫にいくら本を上げても、全然スペースが空かない。やになる。
今月一杯締め切りの原稿にとりかかる。

作者:deracine

更新日:2008年12月27日 23時27分

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仕事納め

今日で弊社は仕事納め。大掃除の前に、春の企画の番組を自分なりに並べたかたちで最終的な映像資料を作成する。時間は42分、いい感じである。最終的な見積もりと一緒に発送。弁当を食べてから大掃除。恒例の窓拭きから。例年に比べてきれい、なんでも夏に一回バイトさんが拭いてくれたらしい。机回りを片付けて、掃除機をかけて終了。ロシア語の契約書を作成し終わって、今年の仕事は終了。
18時半会社を出て、代々木の中華屋さんで忘年会。来年は厳しい年になるのは明らかではあるが、飲んでいるうちにいろいろアイディアが。とにかくこういう時こそ前向きに行かないと。二次会にちょっとだけいて、途中で抜ける。品川からの最終に間に合ったが、今日は考えてみたらクリスマスイブ。それにしては最終電車が空いている。やはり不景気なのかもしれない。

作者:deracine

更新日:2008年12月24日 22時35分

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サーカス学校発表会

公演名 「サーカス学校発表会」
出演  沢入サーカス学校生徒及びOB
会場 群馬県みどり市沢入サーカス学校
観覧日 2008年12月20日(土)13時から(公演時間 1時間30分)

冬の恒例となった期末の発表会。今年は夏に東京の劇場で公演したのを見ているのだが、またその時は違った印象を持った。メンバーもあの時から比べるとずいぶん減っている。一番印象に残ったのは、ショーとしてずいぶん洗練されたものができあがっていたということと、なにより演じる生徒たちの表情が内面から自然にでてくるいいものになっていることである。夏の東京公演、秋の神戸公演と場数を踏んだことは大きいのだろうが、それにしてもみんないい表情で演技していた。発表会ということで、いわいる自分の十八番を披露するのではなく、いまやっている芸に敢えて挑戦している生徒さんも何人もいた。健太君はシガーボックスではなく、今回はローリングバランスを披露したし、エイスケはボールジャグリングに挑戦、生徒会長の鶴君は、キュービックを使った演技を披露していた。エイスケのボールジャグリングはあつしのやっていた玉入れジャグリングをやっていたが、オリジナリティには欠けるものの、かなりの高さに見事入れ込んだのはたいしたもんである。健太君はまだ5ツのシリンダーの上に乗るのはちょっと早いかもしれない。確実にシリンダーの上でバランスをとれるようにした方がいいかもしれない。鶴君のキュービックが面白かった。普通は回すのだが、彼は回す前にこのキュービックをつかってアクロバットをやろうとしていた。こういう未知への挑戦は可能性を秘めている。マイちゃんのフラフーブはずいぶん形ができてきた。まだ失敗は多いがもう少しでいいものができるのではないだろうか。マリちゃんはロープとコミックアクロに挑戦していた。ちょっと身体が重そうだったのが気になる。空中ものは自分で身体を支えるということがあるので、その意味でも減量しないといけないかも。
卒業生が三人いたが、そのうちキグレに入団するななちゃんはブランコとクラウニングを披露。泣きながらブランコの練習をしていたことを思い出す。クラウンで行くのだろうが、まだわざとらしいところがあった。もうひとりの問題児だった一馬君はストラップを披露。驚いたのは5つに分かれた腹筋。これだけ鍛えたのだから、ぜひ身体づくりだけは忘れないもらいたい。カナダのサーカス学校にいくヨシの座布団ジャグリングは風格さえ感じる。世界第三位になっただけあって、確実である。芸の組み立て方もよくできていた。
先生はあとは確実性と安定ということをいっていたが、要は芸が身体にしみつくところまではまだいっていないということなのかもしれない。ただそこまで来ているということは、やはりすごいことだと思う。
卒業する三人は、自分もよく現場が一緒だったりということがあったので、なにか感慨深いものがあった。最後に挨拶にたった西田さんが、Jaるカーのふたりが正式に結婚したという報告。来年の夏ごろには赤ちゃんも誕生し、そしてふたりはしばらくはここ沢入で暮らすという。サーカス村と名付けたのは、ここで生きるという意味がこめられているのだが、こうしてここで生まれたカップルが、ここでこどもと共に暮らすということで、その意味で村民第一号が生まれることになってうれしいという西田さんの言葉に実感がこもっていた。

作者:deracine

更新日:2008年12月23日 14時36分

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