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トップ > チョウ > チョウ - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年11月21日 7時)
お詫びと挑戦状・・・
高校のかっこいい先輩から電話がきました。
「最近、だるまのブログはキャラが変わっておる。特定のよいお相手ができたのならば・・・」という突撃電話。
姐さんの電話はいつも突然で、いきなり核心部にグリグリくるのでびっくりするのですが、そういうところも含めて、かわいらしいなぁ、と、あらふぉーぷりてぃキャラの形成のひとつのモデルであります。
さて、最近、遊び歩きが激しいため、あんた、毎日、何やってんの?状態であることは確かです。
すんません。タガが緩むどころか、とっくの昔に、「たがってなぁにぃい?」のおばかキャラ丸出しです。
当事者の方々には、「そんな話聞いてない!」と驚かれる方も多いでしょうし、「誰だよ、そいつ?」みたいなこともありますでしょう。
ブログというのは、別にノンフィクションやドキュメンタリーではないので、特定の人物がいたとしても、その行動の全てを書かなくてもよいかなー、なんて。
最近、そっち方面の心を動かしていなかったので、ストレッチも必要と思いまして、いろいろ妄想を楽しんでいるのですよ。うっふん
ほら、引き出しは多いほうがいいわけで。
嘘八百並べ立てた中に、ほんの一滴の真実が隠されている・・・素敵じゃないこと?
もちろん、恋はしていたほうがいいし、もうちょっと踏み込んだことを言えば、恋人などいたらいたで、楽しいとは思うのですが、別にそういうイイ人がいなくても、私のジャパンライフは相当にはっちゃけて面白楽しく、素敵なキャラの登場人物に囲まれてドラマチックに展開しているので、一人はひとりでいいもんだ・・・なんちゃって。
というわけで、最近のブログ記事が矛盾を抱えていることは気になさらないでください。(実は今に始まったことじゃないかもよ~。ほら、日々ひまじんだからさ。)
ほんのひとかけらの事実と自分の想いを、銀河の成長もびっくりなくらいに妄想で膨らませていると、ついつい、前後との照合確認を忘れてしまうものですから。おっほっほ。
お気づきの点がありましたら、すぐにコメントかメッセージで教えて下さい。
参考にさせていただきながら、新たなる妄想の一ネタにさせていただきます。
私も自分がこんなにも次から次へとご都合妄想が生みだせるなんて知らなかったので、楽しくて仕方がありません。
でもね、ほんとは純情な女の子なんですよ。嘘はついてないけれど、事実と自分の心と他人との人間関係がうまくかみ合っているかっていうと・・・全部がホントとも言い切れませぬ。
ってなことは、「あなた」がわかっていてくれれば、それで十分、でございます。
最近、ぜーったい、この人、私のブログなんか読んでるわけないだろー、と思っていた「想定外な読者」がわりと熱心にアクセスしている可能性が高い、、、と気付いたので、フォローしとかんとね。
てなわけで、夜遊び、お泊りが増えてきておりますが、ママ、しんぱいしないでねー。
相手が違うんじゃないか?登場人物と小物、舞台設定が飛びすぎている、もろもろの矛盾は、なるたけ少なく、真実味を増そうとこれから努力奮闘しますんで、、、ご指導ご指南よろしくお願いします。
間違い探し、が挑戦状であります。
真実の土台をどれだけ膨らませて、壮大な塔をおったてるか・・・Flag、たちました。
作者:
更新日:2008年11月21日 17時23分
居場所を探すより大事なこと
自分にとって、居心地のいい場所を探すことって大事だって、ちょっと前まで思ってて。
日本で暮らすのがいいのか、モンゴルで暮らすのがいいのか、って迷ってて。
ソートンのことを考えると圧倒的にモンゴルで。
自分の仕事や経済的なことを考えると圧倒的に日本ベースなわけで。
居場所について、ずっと考えてきたけれど、今、自分にとって考えなきゃいけないことが、「いる場所」じゃなくて「やること」だってことを思いつきました。
沖縄の浜比嘉島に行く!そのことだけが、私の日本に帰るモチベーションで、それが、経過や結果はどうあれ、ともかく達成されちゃって、、、それからあとは、心の赴くままに、ただひたすらに漂いつづけて、好きな人を誘ったり、誘われたりで、あっちこっちに行ったけれど。
心の中はいつも、居場所を探し続けていて。
ソートンと一緒に暮らすための幸せだけが悩みで。
住処もそうだし、仕事もそうだし、、、。
仕事。そう行動には、やりがいのある仕事。
そして、生活を維持できるだけの経済力を持ち続けること。
社会貢献。
社会とつながっていくこと。
そんな風に考えていると、束の間のぬるま湯みたいに、好きな人のそばに座っていることの居心地のよさよりも、じゃあ、自分はどう行動するの?ってことが突きつけられていく。
自分に何ができるの?
ほんとに社会に貢献できるの?
そんな風に突き詰めていくと、結局、モンゴルに、モンゴル語に戻っていく。
チンギスハーンに誓った、チンギスハーンにつながるモンゴルへと、自分の心が帰っていく。
それは、飛行機に乗ればひょいと簡単に4時間半で行ける場所だけれども、本質的にモンゴルに帰るってことは、ウランバートルに戻るってことじゃなく、モンゴル語を話すってことじゃなく、モンゴル人と一緒にいるってことじゃなく。
それは人間の本質、核となる部分を求め続ける自分の行動そのものであること。
お金になる仕事だからモンゴル、なんじゃなく。
自分が選んだ自分の宿命だから、断ち切ることなんかできない存在で。
居場所はそんなわけで、心の中では決まってしまっていて。
ただ、そこには、私が愛する人と一緒に暮らせる場所はなく。
そのことが辛くて、切なくて、離れられなくて、なんてぐじぐじと、勝手に行き場のない想いを、空気中に放ち続けてきた感じ。
そういうフワフワ感も私は大切にしていたくって。
ハードでタフでワイルドなモンゴルは、そんな情感を持ったまま生きていける場所じゃなくって、この1か月ほど、ずっと、「モンゴルに戻らなきゃ」っていう意識を遠ざけて来てました。
行かなきゃ別に行かないでもいい場所なんだけどね。
でも、それは私の本質をも捨て去ることになってしまうわけで。
アイデンティティをうっちゃったまま、かわいこぶってたって、結局、自分は想いを遂げられないでワジワジしながら、方向感覚を失って不安定に暴走し、落ち込んでしまうのです。
チャレンジってことは、わき目もふらずに集中しなくちゃいけないってことで、集中したら、私、また自分が誰かを愛するってことを後回しにしてしまうから、それがまた、幸せな生活から遠ざかることになってしまうって不安で…。
でも、私たちは歩き続けなくっちゃいけなくて、ずっとずっと、べったりくっついていられるわけもなく。
一緒に歩むっていっても、いつも同じところにいて、同じことを見ていたって、結局は違うものにフォーカスが合ってたり、違う感情を抱いたりするのは必然で。
一緒にいられれば愛し合えるかっていうと、全然そんな確信もないし。
誰かが自分から離れていったり、誰かとの距離が遠ざかることの不安は、常に恋愛していれば、つきまとうものでしょう?
だから、あえて、モンゴルに戻るっていう選択してみる。
日本にも拠点はもつけれど、やっぱり、モンゴルに夢を見てみようって思いました。
半年ぐらい、離れ離れになってても、その離れていた期間が人を変えてしまったとしても、それでも、もう一度会えた時、同じ気持ちで抱きしめあえるかもしれないし、ね。
むしろ、その方が、ずっとずっと絆が深まったりするかもしれないし。
発展して、ほっぺより心に近いキスができるようになっちゃうかもしれないし・・・ねw
恋愛ってひとくくりで自分の気持ちをまとめることができなくたって、相手との距離感が恋愛じゃなくたって、それでも私はその人が好きでいて、その人とつながっていることを幸せだって感謝できるから、ひとつのカタチに安定しなくたっていいやって。
ゆらぎながら、そんなことを考えて。
わくわくするようなモンゴルをもう一度、自分の中に育ててみよう。
もう一度、きっちりモンゴルと向き合って、人をわくわくさせるような仕事を生んでみようって。
それが私の行動なんだって。
私と、私の大切な人をつなげてくれたのもモンゴルだから、大切に、もう一度愛してみようって。
とはいいながらも、いい距離感を見つけたいし、ソートンの最高に幸せな環境を作りたいっていうことが、今、自分にとっての、最優先事項だったりするあたり、、、。
ソートンが私にとっての幸せのポーラースターなのです。
だからこそ、幸せになれる、自分なりのやり方を今、一生懸命探っています。
作者:
更新日:2008年11月21日 12時54分
ほんとの気持ち・・・
雪化粧した富士山が朝日をあびて輝いていて、なんともいえない幸せを感じた朝の5時半。
ひんやりと冷たい木の廊下を小走りにトイレ直行。
ぬくもりの残った布団に大急ぎで戻ってみると、そこには犬が丸くなってて・・・
一緒にシュラフにくるまって眠る。
隣には大好きな人が眠っているけど、ちっとも起きてこないし。。。
犬と寝床の奪い合い。
東の窓から入ってくる、おてんと様の優しい光に照らされて眠る隣の人はまるで涅槃のお釈迦様。
おーい、起きろぉーーーって念じてみると、突然、目をあけてにっこり。
そのまま、また寝入ってる。
面白いけれど、、、なんだったんだろう。。。
いたずらしたい衝動に駆られるけれど、長距離ドライブで疲れちゃってるんだよね。昨日は寒くて寝られなかったし・・・今日もドライブだもんね。なんて思いつつも・・・
午前11時50分で、みーんな爆睡中って、いくらなんでも、寝すぎでしょう!
「結婚相手を探すには、まずはほんとの自分探しから。心がつながっている人を見つけるには、自分のほんとを知らないとあってても気づかないし、ほんとの気持ちを知っていれば、出会ったらすぐ、この人ってわかるんだよ」みたいなことを、ナチュラルハッピーなだんなさんがご指南。余計なことを・・・
ほんとの気持ち。。。自分の気持ちに気づきたいけど、気づきたくない。
知りたいけど、知りたくない。。。
なんだろうな。好きってさ。
片思いの盛り上がりとは別次元で発動する、相手探しの自分探究・・・うー、嫌じゃ!
自分が相手の「その人」じゃないって、なったら、すっごく落ち込むし、落選じゃーん!みたいな。
自分もまた、相手と自分の「違う」に反応して、「やっぱり、違うのかな・・・」みたいに落ち込んだりするのも、嫌じゃ。
そして、何よりも、、、考えれば考えるほど、自分はきっと「その人」にとって「違う」って・・・えーん
相手に合わせるなんて、頭で考えれば考えるほどに、きっと離れて行ってしまうわけでして・・・
対象外な自分にどーんと落ち込んでるyo。
ぐじゃぐじゃになって、他の誰かに「その人」が恋をして、両想いになって、また私は独りで・・・嫌じゃーーーーー。
好きな人が幸せになるっていうことはとても素敵で、自分の好意を、うーんと高い、自分では絶対、二度と手が伸びないくらい高い棚の上にガッチリ梱包して二度と開けられないようにして、しまってしまえば、やっぱり、私も、その人が愛する人と幸せになるってことを喜べるんだけど。。。でも、やっぱり、自分がその相手じゃなかったことに、さびしさを覚えながら、また、心の放浪が続いちゃって…。
放浪が好きなのか、宿命的に放浪者なのか、よくわかんないままに漂っているっていう状況が、あんまりかっこいいとは思えないわけです。
気持ちなんて突き詰めるもんじゃないんじゃないかなー?
その時の幸せ感で一緒にいたっていいじゃーんかー!
なぁんてグチャグチャ、その人が何を考えているのか気になって、気になって…眠れなかったなんて、かっこ悪くて。
こういう妄想も含めて、今の自分の不安定さが自分でも不憫になることがあるけれど、年齢的には立派な大人になってても、結局、中学1年生の時の、大好きなI先輩とすれ違っておおはしゃぎしていた時と、あんまり変わってないんだなってこと。
Everything is all right、じゃないけど、It`s over.でもない、今のこのアップダウンな距離感がいつまでも続けばいいな・・・なんて。
それがほんとの気持ちです。
あぁ、とことん、片思い体質な女なのです。。。
作者:
更新日:2008年11月21日 10時51分
温泉三昧ウィーク・・・
お久しぶりでーす。
今週は、先週のおセンチどんよりモードから一転、ウキウキ温泉ライフです。
17日に、ビリケン様と一緒に共通の知人宅で、秋刀魚三昧ガチマヤーの宴。
午前11時過ぎから夜の9時過ぎまで、ずーっとごちそう食べ続け!
サンマのおいしさにウルウル。
きりたんぽの味のしみしみとセリとごぼうのささがきという大好物がてんこもりのきりたんぽ鍋に舌鼓。
そのうっとり感冷めやらぬまま、八ヶ岳の麓でとってもナチュラルに暮らしている魔女っ子Chi-ちゃんがオーストリア修行からの帰国したので、彼女を車でそのままピックアップしておうちに帰ろう!
時差あり、朝に出発して、また朝に到着、というハードスケジュールで帰国してきたChi-ちゃんを、そのまま「うさと服」の展示会にお連れしまして…
だんなさんの天然おじさんがまた素敵で・・・ラブリーな再会。
夜までうさと服のスーパーコーディネーター夫婦と一緒に、フォッサ・マグナの良質温泉を楽しみ、地元の韓国料理屋さんで、はちきれんばかりのごちそう。
車の運転はもちろん、私・・・じゃなくて、やっぱり共通の友人。
温泉は、なんと300円!
露天風呂のぬるさには(33℃!雪がちらつく日はつらいですぅ)耐えきれず、でしたが・・・
小淵沢駅のすぐ近くの韓国料理「釜山港」は絶対、お勧め!
ママさんがとっても親切で、おいしい韓国料理がさらにデリシャス度を急激アップしてくれます。
そんなこんなで、夜がむちゃくちゃ寒くて、膀胱が破裂するんじゃないか!ってくらいに夜のトイレが近くって・・・みんなも寝られなかったんじゃないかなぁ・・・
と思いきや、2晩めは皆さん、熟睡です。犬も含めて・・・
雑魚寝というか川の字寝なのですが、とにかくさぶくって寝られんかったー、な私は、隣ですやすやしている人たちがうらやましかったっす。
沖縄から帰って来てから、睡眠時間がめっきり減っちゃってて、2時間くらい集中的に睡眠してしまうと、あとは途切れとぎれで、朝までぐっすりってあんまりないのです。やだなー。
てな感じで、温泉とさぶさぶな里山での繭蔵を改造した友達の半手作り改造豪邸に2泊させていただきました。
彼らが飼っているオオカミ犬のぬくもりがなかったら、凍死していたかも・・・というのは嘘だけど。
風邪をひかずに済んだのは、温泉パワーと犬のぬくもりと、ダブル羽毛シュラフのおかげです。
山屋グッズ、万歳です。
オオカミ犬との添い寝は私に強烈なモンゴルへの郷愁を誘いました。
沖縄での地平線会議イベントも一段落ついたことだし、今月中に友達と遊んでお仕事でお世話になっている方々との打ち合わせなどをすませて、いったんはモンゴルに戻ろうかなって思ってます。
お気楽ですよねー。マルチビザ、万歳です。
元気そうなソートンの写真を、アメブロ・モンゴル仲間のにくさんがアップしてくれたので、元気なのはわかっているし、むしろ、大気汚染の街・ウランバートルにいるより幸せそうだけれど、やっぱり寂しいよ。
大好きな人たちと一緒にいられる時間は、限りなくいとおしく、幸せで、いつもドキドキ・わくわくでいっぱいの刺激があるけれど、いつもソートンのことを忘れられなくって、毎日、毎日、ソートンにとっての幸せな環境をどうやってつくっていけばいいのか、を考えています。
沖縄でいったん、オープンになってしまった自分を、とりあえず、封印する作業も終わり、人ゴミの中に突入してもくらくらしたり、気分が悪くなったりはしなくなった・・・感じ。自分らしい調子を取り戻しつつあります。
だんだんモンゴルとの仕事についても、考える余裕出てきたし。よかったよかった。
行きたい場所がたくさんあるっていいことです。
モンゴルで起業してから2007年に内紛が起きるまでは、ほんと、年間200日以上は旅、旅、旅の連続で駆け回ってました。今年は、月に15-20日間くらい家をあけているって感じのモンゴルシーズンでしたが、基本的には町暮らしだったから、ちょっと忘れてた感じです。
仕事で旅するのに比べると、プライベートの旅っていうのは、いろいろと戸惑いがあります。
なぜ、自分の荷物はこんなにかさばるのか・・・とかね。
お風呂セットが充実しているからである、ということに今回気づきました。
頭をけがして以来、なぜか、髪の毛をちゃんとドライヤーで乾かして寝ないと翌日、激しい頭痛で使い物にならなくなっちゃう、という問題を抱えているから、バスタオル以外に、髪の毛用のタオルやマイナスイオンを発するというドライヤーなどゴチャゴチャあるからなんだよね。たぶん。
今夜から伊豆の友達宅を襲撃。それで、沖縄のことなどはぜーんぶ整理をつけて、あとはモンゴルでのこれからを支えるための基盤づくりとしての日本暮らしに集中しようと思ってます。
と偉そうなことをいいつつ、今週末は伊豆高原の温泉・・・うっしっし。
作者:
更新日:2008年11月21日 9時59分
夜明け前の東の空 しし座流星群極大期
今年はやけに夜空を見上げることが多いです。
月のサイクルが生活の基軸になってきたからかもしれません。
惑星の動きにも興味が出てきてたりしてっていうのは、世界の経済混乱を予兆させるような動きが感じられたから?
理屈はわかりませんが、困ったときの神頼み。
お願いごとをするときは、ついつい、上を向いてしまいがちです。
ピュンピュン落ちる流星群の極大期をちょっと外しても、流れ星を見るのはそんなに難しくはないんだけど…。
8月半ばのペルセウス座流星群、10月下旬のオリオン座流星群に続き、わりとダイナミックな流星が長期間楽しめるしし座流星群が、あと数時間くらいで極大期を迎えるようです。
今日、明日の午前3時頃っていうのは、深夜というのか早朝っていうのかはよくわからないのですが、ともかくしし座があがってくる東のあたりを中心に見ていれば1時間に5個くらいは平均で流れるみたいです。
しし座流星群は12月くらいまでは楽しめるみたいだから、今日、明日の丑三つ時なんかに起きていたくないよーっていう人は、まぁ、しし座を気にしてみてくださいね。
モンゴルですと、わりと空の高い位置でしし座を楽しめるから、流れ星観測も楽しいですよ。防寒対策と防風対策は忘れずに!
じっとしながら見ることになるから、携帯カイロをお腹やお尻、足先などに忍ばせておくとよいでしょう。
作者:
更新日:2008年11月17日 0時43分
ご心配をおかけしまして
具体的なことを対して書かずに、支離滅裂な文章を推敲もせずに更新しちゃうと、心配して下さる方もいて、私は幸せ者だなぁ…。
時々、こんな風に、誰かに慰められたり、心配されたりしたくなる。
それも秋だから、なのでしょうか?
親からはぐれた渡り鳥はどこに下りればいいのでしょうか?
そんな心境になるのが、実は、裏磐梯で、たった一羽で夕暮れの空を羽ばたく若い白鳥を見かけたから、だったりする。
モンゴルから帰って来てから昨日でちょうど1か月。
意識して、モンゴル語はプライベートではいっさい使わない、ということをなんとモンゴル語を勉強してから、つまりは過去20年間で初めてやってみました。
やればできるじゃん、という自分の生活と、こんなにもモンゴル語から離れた1か月は初めてだったので、自分の中のアイデンティティの構成要素をこれからどう構築していくべきか、みたいに考える時期に来ています。
世界恐慌っていうか、経済的に世界各国が荒れに荒れ、自然環境に対する人間の過剰なちょっかいのツケがそろそろ回ってくる、そんな時代が到来。
懸念していたよりももっと早い、のかなぁ。
それは東海大地震や、首都圏直下型が来るぞ、来るぞ、来るぞ、といわれながら、小康状態であるのが、いつ、来るんだ、、、という日常では忘れかけている危機感に似ていて。
自分が感じているこの危機感にどう立ち向かうのか、危機管理をどうしていくのか、危機回避はできるのか?
そういった戦略的な思考回路を動かすためには、さびついた感情、感応センサーのバルブを一気に全開してさび落としをし、すべて、「All clear]であることをチェックする必要がある。
これからの世界的な激動に、モンゴル国が振り回されるのは仕方ないけれど、そこで生きる人間の軸がぶれないようにするためには、あるいは自分の軸をぶれないようにするためには、今、ここで最大限に自分にゆさぶりをかけておく必要があります。
なぜならば、異国で異邦人として生きているときに、今のような状態になると、それこそ軌道修正は不可能で、精神的に「病んだ状態」として、周囲の人たちとほんとに隔絶されて、生きていけなくなってしまうからです。
日本で、しかも、自分の実家という、文字通りの「ホーム」にいて、好きな人たちが近くにいるっていう状態ならば、多少のブレやゆさぶりによって、何かが「崩壊」あるいは、「決壊」しても、支えてくれる人たちがいるのです。
この守られている、という状態、ぬるま湯状態からの脱却を自らするって、結構、大変なのですね。
それに、自分にとっては、とても居心地がよかったはずの集まりが、沖縄にいたことで、いろいろなことを抱えていて、それが本質的に「違うんじゃないの?」っていうことを、多くの人たちが見て見ぬふりをしていたり、離れて行ってしまってたりで、結局、個人の集合体でいろんな電子のぶつかりあいで何かが「創造されていた」時代とは違って、誰か一人の意思決定に、「はいはい」って従う、仲良しクラブ的になり下がってしまっていることに対して、自分が耐えられなくなってしまったということ。
仲良しクラブを批判するのではなく、ならば、その仲良し枠からはみ出た自分は、どうしていくの?
ほんとに自分は行動者なの?
と突き詰めなきゃいけない時期なのです。
行動するってことが、他人と違う突飛なことをしたりするってことではなく、自分の行動を冷静に評価する部分と、行動によって生まれた感動を最大限自分の中に吸収し、発散していくためには、どのような表現手段を持つべきか、伝達能力を向上させるべきか。
さびついて、鈍く、固まった自分自身を動かそうとして、思うように動かせない、もどかしさ。
本来、自分には基本スペックとして搭載されていない能力を、これから、なんとか自己流でも身につけていかなきゃいけないってこと。
一晩寝て、考えた。
今のジェットコースター的な感情の起伏もまた、自分自身であり、こんな風に心配して下さる方が、即行コメント下さるってこと。私もまだまだ捨てたもんじゃないな、なんてねw
と、安心してまだまだ深みにズブズブとはまってみようと思います。
作者:
更新日:2008年11月16日 8時3分
天と地を分かつ 迷い鳥の旅路
モンゴルでは地平線は、「天の裾」=テンゲリンハヤー、と言います。
モンゴルを訪れる、あるいは生息する鳥は、たまーに、迷い込んでくるペリカンやピンクフラミンゴみたいな意外なレア鳥を含めると500種近くいる、ときいたことがあります。
フラミンゴまで迷い込んでくるって、どういうこと?って思うんだけど、民主化以前はちょくちょくあったようです。
ペリカンは何年かに一度、くらいの「たまーに気が向いたから寄ってみました」みたいな頻度でモンゴル西部のハルオス湖などでひと夏いたりするんだそうで、ペリカンの嘴で作った馬の「汗コキ」なんかは、駿馬を作る縁起ものアイテム、なんだとか。
今日は、大学の後輩で、モンゴルをあつーくでぃーぷに語れる数少ないお友達・あやこんが、モンゴルの精鋭民族楽器の演奏家グループ「アジナイ・ホール」と共演するというゴージャスなミニライブにご招待いただいたので、新井薬師まで行ってきました。
ぽーっとなりました。
歌ってるあやこんが開いていくのを感じました。
私も開いちまいました。
沖縄から帰って来たばかりの頃、感性の毛穴が開きっぱなし状態になり、「なんでもウェルカム!」と感情豊かになりすぎて、情報収集過多で人酔いし、結果的に、もろもろの物議をかもしだして、大反省をし、強制的に、「感情シャットアウト」を昨日の夜、福島の裏磐梯から帰って来てから、したわけですが、思わず、また、開いてしまいました。
うーむ・・・困ったものです。
感情をあらわにすることがあまりない民族の居住地域で暮らすには、今の状態はかなり、疲れます。
モンゴルもまた、同じことだしなぁ。
居場所がなくなってきた感があります。ふぅ。
感性が研ぎ澄まされるのはとても素敵なことだと思いますが、それも限度ってものがあります。
人を好きになるとか、感動する、とかいうのも10代、20代の女の子なら可愛いというか、成果が高く、得るものも大きいと思いますが、今の自分には、この多感な状態はもてあまし気味。
モンゴルを訪れる鳥の中に、「キョクアジサシ」という北極から南極までを1年かけて渡る、壮大な、その割にちいさなアジサシがいます。彼らはなんで、そんな渡りをするのかよくわかりませんが、時々、ウギーノールあたりに短期滞在をするんだそうです。
居場所を定めず、ふらふらしているってわけでもなく、一応、滞在期間やルートは決まっているようです。
寒いところが好きなのか?暑いところが好きなのか?よくわからない鳥だけれども、ひとつ処に自分の居場所を決めるのがきらいな、文字通りの風来坊なんだろうなぁ。
モンゴルで越冬するのも多いけれど、若いうちはかなり遠くまで渡りをするという鳥もいます。
クロハゲワシなんかがその一例。
モンゴル高原から朝鮮半島の南端あたりまでわたって、越冬している例もあるそうです。
近場だと、カラスやとんびなんかも何千羽に規模で群を作って、短距離移動をしています。
自分の暮らしを、渡り鳥的に定めて、約7年。
相変わらず、自分の居場所やライフスタイルが定まりません。
最近、世界的に恐慌状態に突入しそうだっていうのに、この状態はあまり喜ばしいことではないような気もするのですが、今の状態では、ちゃんと仕事しようっていう気持ちに高めない限り、仕事をしないだろうなぁ。
地平線、といえば、私には、なみなみならぬ思いがあります。
会社の名前に入れているのもそのため、でした。
でも、その思い入れがガッツリ、バッサリと傷つけられた感があり、もう、どうしたもんかなぁ、って自分でも戸惑っています。
地平線を目指して、がんばって、走って、走って、走ってみたら、結局、その先はなーんもなかった!空漠な「虚無」だけが広がっていた・・・ネバーエンディグストーリー状態の自分の心。
とても残念です。
ですが、そういう既存のものに頼らずとも、自分で天の裾をグイグイひっぱって、次の目標というか居場所を作っていくしかないんだろうな。
裏磐梯での撮影をしていた時も思ってたんだけど、日は暮れるし、また昇るわけだから。
頭のよい人は、ガッカリすることなく、さっさと次のステージというか、自分の活躍の舞台を作っているわけだし、要領のよい人は、目をつむり、口を閉じ、耳を塞いで、うまいことやっている。
そういう世渡りの才能がない私は、やはり、がむしゃらでもいいから、自分自身の決断をしていかなきゃいけない。
旅、ってものを考えていかなきゃいけないのです。
他人にどう思われようが、自分は自分の道を行く!って胸を張って、前をびしっと向けるだけの道を作っていかなきゃいけない。
なんか、短い話なのですが、恋愛だのに浮かれていた気持ちがバツン、と突然切れまして、ただいま、自分探しモードです。
このモードチェンジが始まると、次は、仕事モードへの暖機が始まります。
キョクアジサシと一緒で、結局、私は落ち着かないでジタバタと自分の活動拠点を探してふらつくのがお似合いなのやもしれませぬ。
誰かと摩擦をするのが嫌だ、とかっていうことではなく、もうそんなことは通り越して、摩擦を起こさねばならぬほど、自分は偉くもないし、議論をする力もないし、興味すら失ってしまった。。。
今、自分の興味があるのは、次のステップで私は何ができるだろうか?何を探したいのだろうか?と自分の胸に手を当てて、本心を探ること。
迷っていてもいいじゃないか、目的地がなくてもいいじゃないか。
道が間違っててもいいじゃないか。
ただ、今、ここでぬるま湯みたいに求めていた地平線は、私の居場所ではなかったってこと。
春、モンゴルに旅だったとき、焦がれて焦がれていた場所は、もう誰か特定の人の私有地になっちゃってたってこと。
モンゴルでも放牧地が「私有地化」しちゃってて、乗馬トレッキングがやりづらいことこの上ないって地域が増えているのですが、まさか自分の心の居場所まで、しかも日本でそんなことになっちまってたなんて、驚きです。
世の中生きづらくなって来ました。
作者:
更新日:2008年11月15日 22時18分
ユニクロでモンゴルの厳寒期を過ごせるか?
モンゴル国の冬も本格的になってきている模様。
路面が凍結し、トレッキングシューズにホカロン靴用だけじゃ、風邪ひきの危険がつきまとう、そんな季節です。
草原では、冬用の食糧とする家畜をつぶすシーズン。
遊牧民は羊や牛と一緒に暮らしているから、日々、肉を食べているんだろうっていう印象が強いと思うのですが、冷蔵庫を持たない彼らにとっては、貴重な財産である家畜をつぶすなら、血の一滴までも有効活用したいわけですから、夏場はお客さんが来ているときぐらいしか、自分の家畜をほふることはありません。
夏の乗馬トレッキングの時でさえ、私たちを迎えにきた遊牧民ガイドは、食料市場で「牛肉買って帰ろうかな」って言ってたくらいで、夏はほとんど生の牛肉を食べる機会などありません。
逆に草原が天然の冷凍庫となる11月下旬以降は、解体した肉塊は、そのままほぼ瞬間冷凍に近い状態で、かっちんこっちんになるので、一番よい状態で冷凍保存できます。
なので、「食糧を作る」シーズンとなるのです。
凍結が本格的になるシーズンで、かつ、あまり家畜の体力が落ちないベストな肉付きの時に、厳しい冬を越せそうにない家畜をつぶし、まびく、というのも重要な遊牧技術のひとつです。
草地力の低下が深刻化している昨今では、よろよろになって、まさに箸にも棒にもひっかからなくなって弱って死んでしまう家畜に食わせる草はないのです。特に冬場は、いかに、たちがれている放牧地の草を大事に使うか、ふすまなどの穀物などの補助飼料のコストを抑えるかというのが遊牧経営のカギ、なのです。
私が調査していた地域は、「牛のしっぽが凍結して落ちる」とまで言われていた厳寒期。
当時は、北極でも大丈夫という、もっこもこのダウンコートを使っていましたが、これはもう肉襦袢。
スターかくし芸大会で使われるお相撲さんの着ぐるみもまっつぁお!というシロモノで確かに温かいのですが、身動きとるのが難しく、靴ひもひとつ自分で結ぶのが難しいほどでした。
狼狩りなど「待ち」時間が長い場合は別として、タイガでの暮らしは、-30度前後で比較的風が弱い場所にキャンプをはっているわけですから、あんまり分厚すぎるのもどうか、という感じでした。
大事なのはむしろ、足まわり。
つま先が凍らないようにしないと、凍傷だけでなく、扁桃腺が弱い私は足が冷えると即、高熱ふっとうしてしまうので危険でした。
汗をかかず、かつ体温をキープできて、雪に埋まっても濡れない、などの条件をみたした靴や靴下はなかなか巡り合うのが大変でした。
さて、今回、秋が長かったモンゴルをあとにした私。
厳寒期グッズを一切合財、モンゴルの自宅におきざりにしてしまったのです。
戻るのがすっごく億劫になっている要因の一つに、「この寒い中、帰ったら、すぐにやばいことになる」というのが目に見えているから、です。
でも、「冬のモンゴルをぜひ見たい!」という旅行者の方もいらっしゃるでしょうし、そういう方たちにとっての悩みは、まさに、「日本ではほぼ経験したことのない寒さ対策、どうしよう?」ということだと思います。
冬の遊牧民ホームステイ。
ゲルの室内は意外と暖かかったりするので、あんまりモコモコだけだと、逆に室内でかいた汗が、外に出て凍って体温を奪うことにもなるので、重ね着作戦をお勧めします。
あるいは、室内は薄着でも、外に出るときはばっちり防寒・防風対策ができるような空気層のあついコートなどを持っていく。
ジャケットじゃなくてコートにこだわるのは、太ももや腰回り、お尻周りまでカバーしておかないと、あんまり防寒対策にならないなぁ、という経験からです。
このわずか15cmほどの丈の長さが、風邪をこじらせるかどうかの境界線だったりするから、コート丈には妥協はできません。
逆に、風を通さず、空気層を作れるコートならば、それほど分厚くなくても、カシミアの薄手のセーターやユニクロのヒートテックの薄い上下の長そで・スパッツがあれば十分対策になるのです。
ヒートテックは軽いわりに体温保持にはすぐれた素材だし、洗濯してもすぐに乾くのでお勧めの旅グッズ。
プレミアムダウンも風を通さないと思われます。フードがついているから、帽子は簡単なものでもOKな感じだし。身動きもとりやすく、着脱も簡単でした。
以前はダウンジャケットは4-5万円くらいするシッカリしたものでなかったらヤバイ!というイメージでしたが、1万円以下でもモンゴルの極寒対策ができちゃうんだから、すごい時代もきたもんだ!
ユニクロのフリースは私はあんまり使ってません。薄すぎるか分厚すぎるかのどっちかだから。
でもエアーなんちゃらいう、スノーボードの人が使うようなズボンはお勧めです。
蛍光ラインが太ももの後ろやふくらはぎのあたりに入っているので、夜の犬の散歩のときなども安心だし、風を通さないので、ジーンズの上から履いたり、ヒートテックのスパッツを重ねて履いた上からだったら、それだけで十分。雪がぬれても二重構造になってるから、体温を奪いません。
手袋は、やっぱり二重にできるもののほうがよいでしょう。
末端部分はどうしても体温を奪われるし、結構が悪くなるし、凍結しやすいですから、風や水を通さない、軽いものを何枚か持って、少しでも指先が汗でぬれたような感じになったら(防寒に優れていると、内部が汗でぬれやすいから)すぐに取り換えるようにしています。
あとは首回り。ウールやカシミアなど天然素材がいいですね。
たぶん、化繊でも問題ないのだと思うのですが、私はモンゴルのカシミアマフラーやストールをぐるぐる巻きにして、鎖骨あたりからの体温発散を防いでいます。
足先、指先、えりあし、頭と耳、お尻とへそ周り。
この辺を冷えないようにしておけば、モンゴルの冬は屁でもない・・・気がしています。
11月いっぱい、遊び歩いて充電し、体調を整え、次の一歩をどうするか、そんなことを考えながら、、、冬装備のリストアップを始めています。
みなさんの冬対策はどんなですか?
作者:
更新日:2008年11月15日 13時54分
おひとりさまのクリスマス
ブログネタ:クリスマスまでに恋人欲しい? 参加中
クリスマスといえば、家族が集う日であり、キリスト教系の教会がえらく盛り上がり、街も華やぎ、本来の由来は、ともあれ、恋人たちにとってはとってもロマンチックに過ごせるシーズンなのです。
恋愛ご指南本でも、このクリスマスって、わりと重要にどう過ごすかってことが力説されてます。
「本命がいないんだったら、独りのクリスマスもいいじゃない」みたいな結論もあり。さびしいって気持ちは人を孤独にするし、孤独は恋愛力低下に直結です。ノン、ノン!
ひとりだろうがふたりだろうが、聖夜をお祝いするっていうのは、気分的には一人ぼっちにはならないもんです。
実は、友達とわいわいやるクリスマスパーティーも好きです。あんまりキリスト教とは関係なく、ワイワイ盛り上がるだけで楽しい!
恋人がいたとしても、クリスマスを二人っきりで、なんてもったいない!
パーティーはパーティーとして、皆で盛り上がりたい!!
二人っきりとかっていうのは、いつだってできる。
信仰心がなくたって、心は毎年「メリークリスマス!」と叫べば、ハッピーになれるのだから、それはそれで素敵なことで、世界中がメリークリスマス!で心をひとつにできれば平和になれるのにね。
でも、どうなんだろ?
世の中の人たちの思考回路はやっぱ、クリスマスは二人っきりで過ごすもの?っていうのが一般常識なのかしらん?
街中の素敵なクリスマスのイルミネーションの下には毎年、カップルがいっぱい幸せそうに歩いてる。
私は、友達とそんな幸せそうなカップルやきらきらする街を眺めながら歩くのが好きです。
今年はどうなのかなぁ?
日本にいるんだったら、やっぱり、友達のライブを見に行ったり、パーティーに参加したりしてるんだろうか?
おひとり様のほうが緊張しないで、クリスマスは楽しめる・・・ような?
クリスマスのために恋人をゲットしたい、なんて思わない。
でも、そうだなぁ・・・
クリスマスを素敵に過ごせて、サンタさんが恋人との縁をプレゼントしてくれたら、新年の初日の出をその恋人と一緒に拝みに行きたい、かな。
恋人が欲しいというよりは、両想いになりたいよー!!と切実に考えてたりする・・・。
あんまり思いつめると、対象がぼやけて、まずはターゲット探しからかよー・・・と途方に暮れる。
クリスマスまでっつーと、あと1か月ちょっとしかないわけで。
それにあわせて、都合よく両想いになれたりする、って考えられないよー

そんなわけで・・・今年はたぶん、私は「おひとり様」のクリスマスでございます。
なので、楽しいパーティーの企画があったら、ぜひ一声、おかけ下さいませ。
はりきって、盛り上げ役として参上、つかまつります。
作者:
更新日:2008年11月15日 12時42分
集中力不足はちょっとピンぼけ
470枚のデジカメ写真をPCに取り込むのに、どんだけ時間がかかってんだ!って話なのですが、、、。
見るのはスライドショーでちゃちゃちゃーっていっても30分くらいはかかるわけで。
ある、ある、駄作の数々。
銀塩フィルムだったら、ぜーったい撮ってないであろう、ショット。
まだ使いこなしていないせいか、あるいは、カメラのAF機能に問題があるのか、ピンぼけだらけ。
MFの方がむしろ合ってるような・・・。
でも、面白いよね。
興奮して、あるいは皆がバシバシと撮っているのに、遅れじと、あわあわシャッターを切っていたのがどれ、自分がほんとに好きで、あるいは、ぴぴぴってきて撮りたいって思って撮ったのがどれって、如実にわかります。
練習はいろいろと撮ってみるのがよいそうなのですが、たぶん、私はひとつのものを、粘着質で納得いくまで、あーだこーだとやるのが好きなんだろうなぁ。
かつ何枚も撮ってどうの、っていうよりも、自分がこれっ!と思って撮ったものが結果的にどうだったか、というのを検証するのが好きみたい。
実際に、撮れてたか、どうかはあんまり気にしない。
ファインダーでのぞいたときに見えてたものが自分の中では最高傑作なわけで。
晩秋がテーマ、ということだった今回、好きなのをピックアップしてみたら、まぁ、それなりに「晩秋」であった、ということで。
といいつつも、ビデオでもそうなんだけど、あーすりゃよかった!なんであの時気がつかなかったのか!!!!と後悔することもてんこ盛り。
おもしろかったので、またちょくちょくやってみよう、という気にはなったのが、なによりの収穫です。
作者:
更新日:2008年11月15日 11時22分