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トップ > チョウ > チョウ - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月3日 11時)
『雪之丞変化』マキノ雅弘
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『雪之丞変化』は昔長谷川一夫がやったのを見てぽーっとなったものだが(それは明日また観る予定)今回初めて大川橋蔵主演を観た。
橋蔵さんといえばやっぱり銭形平次親分というイメージなので二枚目なのは知っているが女形もやれるとは思っていなかった。
『雪之丞変化』では闇太郎と雪之丞の二役になるので闇太郎はイメージどおりの男っぽい二枚目、雪之丞では初めて観る橋蔵さんの女形を拝見してその魅力を再確認することとなった。
面白いのはこの物語、それこそ昨日みたジェシー・ジェームズ団が大活躍する話なのだった。
しかもこちらのジェシーは仲間からめちゃくちゃ愛され信頼されている様子。橋蔵さんの役の一つ闇太郎のことなんだけどね。
ピストルをバンバン撃つのはどうしても好きになれないがこっちのジェシーこと闇太郎は刀すら持たず我が身一つで大勢の敵をばったばったとなぎ倒しちゃうかっこよさなのである。
実はこの物語元々は外国小説が元ネタで書かれたお話だったのだね。そのせいもあるのか、粋で洒脱な作品なのだ。
江戸で興行を始めた上方歌舞伎の中村雪之丞という美しい女形がいた。彼はかつて長崎で父親を冤罪で死刑に陥れた宿敵を討つ為、歌舞伎の世界に身をやつし機会を伺っていたのだ。
その初演の日、仇・土部三斎が里帰りしていた娘をつれて観劇していたのだ。娘は大奥で側室という身分ながら艶やかな雪之丞にぞっこん惚れてしまうのだった。
娘の機嫌をとる為、父・土部三斎は雪之丞を屋敷に招きいれる。
優美な奥方様と女形姿の雪之丞が寄り添う姿はなんとも倒錯した世界でこれはやはり日本ならではの妖しい美学でありますなあ。
しかし女装した美形の男性にぽーっとなっている日本女性は現在でもたくさんいるのでこういう美意識というのは変わらぬものなのでありましょうか。
雪之丞は親の仇のために近づいた奥方様なのではあるが彼に惚れた奥方様はそれを知っても雪之丞を助けようと高貴な身の上で江戸の町を駆けていくのでありました。
もう一つ物語が絡んできてここでもまた土部三斎とその仲間が米を隠しこんでは値段を上げて江戸の人々を苦しめていたのだが、庶民の味方ジェシーこと闇太郎たち泥棒一味は悪党金持ちからは盗み出し、庶民のために米を安く売りさばかせてしまうのだ。
雪之丞もすてきだが、闇太郎さんもかっこいいんだわあ。
おまけに姐さんと呼ぶ不思議な関係の女性がいるのだが、焼もちをやきながらもその女性に雪之丞との間を取り持ってやったりする(ま、自分なんだけどさ)姐さんも闇太郎が好きみたいなのに「雪之丞に惚れたわ~」なんて騒いだりしてこの辺もまた独特の奇妙な味わいでございます。
雪之丞もおはつ姐さんに襲われたりするんだが(ここがまた不思議。姐さん、雪之丞に短刀で切りつけるのだ)軽く身をかわして颯爽と小船で逃げてしまう。その鮮やかさに姐さん、また恋してしまうわけで(笑)
とにかく粋でかっこいい話なんだなあ。
何度も何度も映画化されているみたいだが、この面白さは確かにずっと映像化していきたいものでありますね。
監督:マキノ雅弘 出演:大川橋蔵 淡島千景 大川恵子 若山富三郎 進藤英太郎
1959年日本
作者:フェイユイ
更新日:2008年12月3日 22時53分
松ケン今度は「銭ゲバ」個性的キャラ怪演
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松ケン今度は「銭ゲバ」個性的キャラ怪演
思いもよらぬキャラクターを演じ続けている松ケンではありますが、まさか『銭ゲバ』とは!!!
今の若い人は何それ?という感じでしょうなあ。私も全部知ってるわけじゃないですが^^;
今頃若きファンの方は検索してキャラを見て「ぎゃっ!!」となられているかもしれません。
あの顔になるんでしょうか?背も低くしないと←いやそれはいくら松ケンでも無理でしょ^^;
とにかく楽しみ!でありすぎます。
またまたTV観ることになりそう!!!
作者:フェイユイ
更新日:2008年12月3日 11時33分
『ジェシー・ジェームズの暗殺』アンドリュー・ドミニク
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The Assassination of Jesse James by the Coward Robert Ford
なかなかよく工夫された面白い映画だったけどちょいとくどくて冗漫に感じられた。たとえ作品時間が長くてもそうとは思わないものもあるがこれはなんだか無理に長くしてしまったような気もする。
原題も長くて『THE ASSASSINATION OF JESSE JAMES BY THE COWARD ROBERT FORD』
邦題は短くしてしまっているけど、この作品は確かにジェシー・ジェームズの物語というよりボブ・フォードの心情を描いたものなので『ロバート・フォード』というタイトルでもよかったんだろうけど、それ誰?ということになってしまうのでそれぞれこうなってしまったんだろう。
ジェシー・ジェームズという強盗兄弟の末弟に熱烈に憧れていたボブ・フォード。幼い時から彼の活躍する小説を読み、彼のことを調べて自分との共通点を見つけては喜んでいた。
兄がジェームズ団の一味になったことも手伝ってまだ19歳でありながらジェシーの一味に加わりたいと願う。
だが実際に近づくとまだ子供である彼は冷たくあしらわれ、憧れのジェシーをストーカー的に眺めまわしてしまったことで追い出されてしまう。
ジェシーへの強い憧れと畏敬は次第にボブの中で変化していく。
まだ20歳のボブをケイシー・アフレックが演じている。自分も末っ子でいつも馬鹿にされ負け犬だったということがよりジェシーへの憧れと敵対心を強くしている。
ジェシーに憎しみを持ち始めてからも彼の匂いをかぎ、彼の飲んだコップから水を飲む、などジェシーと一体化したい、ジェシーの崇拝者である気持ちも残っているのだ。
ケイシーがとてもいいので余計思ってしまうのだが、この作品では別の人がナレーションをやっているせいで余計もたもたしてしまうのでケイシー=ボブの一人称で語らせていったらよかったのではないだろうか。
ボブから見たジェシーというだけでよかったような気がするのだ。
どうしてもこの作品ではボブに皆の共感が集まってしまうのだろうがジェシーのブラッド・ピットはさすがにかっこいい。
同じようなシチュエーションが『ファイトクラブ』になると思うのだが男が憧れるかっこいい男、という役柄が結構さまになるのである。そしてちょっと精神に異常をきたしている男、というのも似合う人なのだ。
孤独で誰にも心を許してなかったジェシーが最後、娘が口ずさむ詩で弛んでしまったのだろうか。ボブを信じてみようと思ってしまったのだろうか。今まできつく張っていた緊張を緩めてしまう。
このジェシーが新聞を買ってきてからボブと兄のチャーリーの激しい緊張の一幕は見応えがある。
チャーリー役のサム・ロックウェルもまたとてもいい。
強盗の英雄、というのはどこの国にもいるのだろうか。
ヒース・レジャーが演じた『ケリー・ザ・ギャング』も同じようなヒーローで様々な国の大勢の人々から愛されたのだという。
悪党を成敗したことで賛辞されると思ったボブは英雄を殺した裏切り者にしかなれなかった。
民衆にとって政府に反逆する悪党というのは英雄なのだ。
ボブ自身にとっても憧れの人だったのだが。
編集がゆる過ぎると思いながらもジェシーとボブを細かく表現したかった熱意もまた感じられる作品である。
監督:アンドリュー・ドミニク 出演:ブラッド・ピット ケイシー・アフレック サム・シェパード サム・ロックウェル
2007年アメリカ
作者:フェイユイ
更新日:2008年12月3日 1時15分
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更新日:2008年12月3日 1時15分
ジェイ・チョウの新曲、替え歌になって流行中!
『悪魔のようなあいつ』第八回
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野々村さんがたっぷり出てくるうれしい1話。
おまけに「こんな恥ずかしい場面、いいのかにゃー」と身もだえしてしまう。
良の病気のことを知った野々村さんがすぐさま良に電話をするが店の連中が良をスポーツジムへ誘っているとこだった。ジムで汗を流している良のところへの野村さんがいつものスーツ姿で登場。
しかしその前の場面でもわかるが野々村さんって何もしてない風なのに筋肉質のいい体なんですよねー。
で、野々村さんに声をかけられた良は一緒に屋外プールの方へと歩いていく。側にあるデッキチェアに腰掛けたふたり。
野々村さんは良に彼の病気を知ったことを伝える。
「良!」いつものように苦しげな声で呼びかける野々村さん。でも良は何も答えず野々村さんもそれ以上何も言わない。
二人は目の前にあるプールに二人が泳いでいる幻影を見る(このイメージ映像がやたらいやらしくてさ。別に何をするわけでもないんだが、プールで着衣のまま泳いでいる二人の男、っていうのはあまりにもいやらしいではありませんか。卑猥だあ)
そして二人は立ち上がり、無言のままプールへと近づいていく。帽子や上着だけを取って服をいたままプールへ飛び込んで泳ぎだすのである。
イメージだけじゃなく本当に泳いだふたり。
笑いながら上がってきて芝生の上で並んで横たわる。
今までにないほど二人が近づいたひと時だった。
この回で良は今までの絶望した暗さを忘れたかのように前向きでどこか希望を持ったかのようである。
この後、妹の手術のため明日までに200万円を、と要求され野々村に甘えるように電話をかける。
仙台から戻ってきた白戸警部の策略で野々村の金を手にすることができなくなった良はついに時効前の盗んだ金に手をかける。
野々村は白戸によって拘置所に入れられていた。
良はどうなってしまうのだろうか。
という今回であった。
前回に続いて見応えある。
野々村さんの優しさに甘える良もまた魅力的なのである。それがやりすぎじゃなくどこか今までどおり醒めているのも良のかっこよさだな。
八さんもいつもどおりずぶずぶに追い込まれていて情けなさがますます加速。
尾崎紀世彦さんの矢頭たけしってちょっとしか出ないと思っていたのにずっと出てくるしずっと嫌な奴のままである。尾崎さんもこんな役よくやる。
尾崎さんに絡まれる時、なぜか荒木さんがうれしそうな顔になるのだよ。
脚本:長谷川和彦 原作:阿久悠 上村一夫 音楽:大野克夫 井上堯之 出演:沢田研二 藤竜也 若山富三郎 荒木一郎 三木聖子 大楠道代 細川俊之 尾崎紀世彦
1975年日本
作者:フェイユイ
更新日:2008年12月1日 22時6分
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WOWOWドラマ『プリズナー』第3話
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ほんとにもう、物語自体は甘あまであまりにも浅はかで間抜けなキャラばかりが出てくるのでいくら仮想の国とはいえ馬鹿にしてんのかという気になるが、とにかくナオさんの悪党ぶりだけはちょっとだけ見応えあるのでそこだけを注視。
前半はナオさんの出番が少なかったので退屈だったが後半(の最後辺り)から悪さを始めてくれた。
素直で可愛い圭吾を騙していくのは楽しい悪事でありましょう。
唐突に奥さんの交通事故なんてなあ。
ほんとにポンと圭吾だけにもっと焦点を集めてドラマを作り直してくれるといいのに。
実直な青年圭吾は確かにかわいそうになってくる。今までは友情だとか信頼だとかを一番大切に思ってきた人間がそれらを疑えと言われてもな。
しかしこういうタイプの物語って作り手がいつでも「この人も嘘つきだったんだよー」と展開していけばいいという感じなのでげんなりもしてくるのだ。
そう感じさせないくらい巧妙な展開だと凄く面白いのだけど。
ポンだけは最初から悪党って感じで出てきていて騙しているのが楽しいのだが。さてポンも圭吾を騙していたことが知られてしまい、これから二人がどうなっていくのか、そこだけはまだ観て行きたい気持ちである。
演出:水谷俊之 脚本:大石哲也 出演:玉山鉄二 大森南朋 鶴田真由 中村俊介 松重豊 石黒賢 小日向文世 佐田真由美
2008年日本
作者:フェイユイ
更新日:2008年11月30日 23時24分
『悪魔のようなあいつ』第七回
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前回までやや沈滞気味だった物語がここに来て本道へ戻ったような。
良の妹に回復の兆しが見えたということで看護婦さんともども病院へ戻り、良がまた1人になったこともあり。
良が昔まだ八村モータースで働いていた頃のことがここで語られる。レースで事故ってしまった八村は本業のバイク店の経営も上手く行かなくなり従業員も良だけになってしまう。
良は1人きりになりながらすでに少しずつ犯罪で大金を手に入れることを考え続けていた。
様々なニュースが彼の中で一つの犯罪を形作っていく。警察の制服(偽物だが)を手に入れバイクを改造して白バイのようにみせかけ他の必要なものを盗んでいった。
雨の日の決行。
入念な計画を実行していく良。警官に成りすまし、白バイに乗って3億円を乗せた車を止め、爆弾が仕掛けられているかもしれないと言って搭乗者を降ろし、車に乗って走り出す。
単なるフィクションならいいが、この当時実際に3億円事件は時効が迫っている未解決の状態で(今でも未解決なわけだが)よくこんなドラマ企画が通ったものだと思う。
犯人を演じる沢田研二のとろんとした甘い眼差しがこの大胆な犯行と非常にアンバランスで奇妙な魅力を覚えてしまう。
この目というのはジュリー以外にないもののような気がするのだが。
そして犯罪だけでなく関わった女性たちにもうわべと本音の違う「悪い男」なのである。
こんな「悪」を主人公として演じてしまう沢田研二とそんな物語を作った当時の製作者たち、そんな時代はやはり特別なものだったんだろうか。
前回で八村は借金の肩代わりにしようとして良が3億円を持っていることをオカマ風やくざ倉本(伊東四朗)に教えてしまう。そしてあの事件の犯人であることもばらしてしまうのだ。
もう少しで倉本を殺しそうになった良を野々村が止めた。
その後、酷い怪我で入院した倉本はさらに執拗に野々村を脅しにかかる。
良が不治の病であることを倉本から聞かされた野々村は逆上して倉本を短刀で刺す。
もう毎回野々村さんには泣かされます。
いいなあ。この切なさ。
なんでここまで一途なのか。なんで良をここまで愛しているのか。
男の純情、というものでしょうか。
野々村さんもまた悪の匂いを持つ男でかっこいいんですよねえ。良のためならどうなってもいい、という命を捨てている感じがたまんないです。
当時の歌や風俗がたっぷり見れて楽しい。
荒木一郎さんの髪型は相変わらず風に吹かれまくってますが衣装も奇抜です。特に「若い頃」はかなりいってます。
ジュリーのファッションも「美少年」というかんじなのでしょうかねええ。ファッションというのはほんとに時代が変わると恥ずかしくなるものです。
伊東四朗さんのオカマやくざ凄かったのにね。
脚本:長谷川和彦 原作:阿久悠 上村一夫 音楽:大野克夫 井上堯之 出演:沢田研二 藤竜也 若山富三郎 荒木一郎 三木聖子 大楠道代 細川俊之 尾崎紀世彦
1975年日本
作者:フェイユイ
更新日:2008年11月30日 20時1分
『赤い天使』増村保造
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昨日観た『私は貝になりたい』が戦争を題材にしたサスペンスミステリーならこちらは戦争を題材にしたエロチックラブストーリー。常にエロチックであるのが増村保造作品の凄いところでしかもまったく手抜きをしない今観ても衝撃的なエロチシズムである。
昨日はフランキー堺に見惚れたが、今日はまたもや若尾文子さんの色香に惑っておりました。
小作りで整った顔立ちでありながらちょっと低めのどすの利いた声がたまらない魅力である。
筋書きだけ書いてしまうと日本がどうなるかという非常事態にとんでもないことばかりをやっているようなお話で抵抗を感じる人もいるのかもしれない。
なにしろ冒頭から従軍看護婦であるヒロイン西さくら=若尾文子が戦地で看護をしてあげている兵士たちにレイプされるところから始まって戦場のどこへ行っても女日照りの兵隊たちに好色な目で見られてしまう。
さくらが好きになってしまう軍医もことの始まりはさくらをレイプした兵士が瀕死状態で助けを求めた為無駄な輸血をする代わりに軍医殿の部屋へ夜行くと約束させられるところからなのだ。
兵士や軍医に勇敢で清々しいイメージを求めるならば男の性欲ばかりを見せ付けられるこの映画の冒頭はうんざりさせられるのかもしれない。しかも性欲以外は重傷の兵士たちの手術シーンばかり麻酔も覚束ない状態で手足を次々と切断され、うめき声と叫び声が絶え間なく続き、桶いっぱいに手足がどさどさ入っているという有様なのだ。
これを観たらどんな人もさすがに戦争には行きたくなくなるはずだ。
さて面白くなるのはこれからで自分をレイプした憎い兵士を助ける交換条件で軍医の部屋へ行ったさくらはそこで軍医の秘密を知っていくことになる。
軍医は自分にモルヒネを打ってくれるようさくらに頼むのだ。軍医はモルヒネ中毒だった。
戦争は怖ろしく、惨めで、馬鹿馬鹿しいものだとこの映画でもまた思い知らされる。
だがこの映画で描写される物語と映像は観てはいけないと思ってしまうような過激なエロチシズムでもある。
両腕を失った若い兵士が溜まった性欲の辛さをさくらに訴え、彼女の手で処理してもらう場面の悲しさと共に男性だったらきっとたまらない興奮を覚えてしまうのではないだろうか。
他の看護婦には頼まなかった、さくらさんだけ。というのは無論彼女の(つまり若尾文子の)セクシャルな美しさに耐え切れなくなったからだし、彼女にはそれに答えてやろうという優しさと強さがあった。
「天使」というのはこの彼女の優しさと美しさをあらわしているわけで、こういう行動に反感をもつなら「そんなのは天使ではない」ということになるのだろうが両腕を失った若い兵士にとって彼女は天使だったはずだ。
しかもさくらはその兵士を外へ連れ出してさらに快楽と幸せを与えるのだ。
この辺は江戸川乱歩のような世界にも思え、後の映画『盲獣』にもつながっていくようだ。
二人の男を死なせてしまった罪の意識を持ったさくらは好きになってしまった軍医殿と再会し自分の気持ちを伝える。
だが軍医は度重なるモルヒネの使用で性的不能になっていた。さらに前線に救援の指令を受けた軍医はさくらの是非にという願いを受けて共に危険な区域へと向かう。
そこでは従軍慰安婦がコレラに罹っており兵士たちも次々と伝染していたのだ。
ここでもさくらともう1人の看護婦に兵士たちの好色な目が注がれる。とはいえ、男性ならこんな状態に若い女性が来たのを見て冷静ではいられないと思うだろう。コレラに罹ってしまう慰安婦も悲惨である。
その病人がいる同じ部屋で看護婦を強姦しようとする兵士たち。なんという惨たらしい怖ろしい世界なんだろうか。
戦争で最も嫌悪すべきものはなんなのだろう。
兵士たちがコレラで倒れ弱小化してしまったところへ中国軍の攻撃が始まった。
援軍が来るのを必死で待ち続ける兵士たち。その頃やっと休憩を取った軍医とさくらはまた一つ部屋にいた。モルヒネを求める軍医を押し留めるさくら。
さくらは軍医を縛り上げ、一晩中禁断症状で暴れる軍医を抑え続けた。一見いけない遊びごとでもやってるかのように見える美しい看護婦と縛られた軍医のベッドの上での阿鼻叫喚は異常な光景である。
やがて症状が治まった軍医にさくらは自分を抱いてと要求する。自分の性器を触らせできないんだと言う軍医にさくらは自分の体を多い被せる。
やがてことが終わりさくらは「自分が勝ちました」と告げる。軍医の軍服を着て威張ってみせるさくら。
この間あいだに敵軍と睨みあう兵士たちの映像が差し込まれ、戦争の緊迫感と男女の性的欲望が交錯していくのである。
激しい銃撃戦が始まり、やがて援軍が到着する頃、さくらは自分だけが助かったのを知る。周りは皆死んでしまい、愛し合った軍医もまた死んでいたのだ。
やはりさくらは天使であったのだ。だがなんと言う悲しい天使だろう。
戦地で苦しむ男達に瞬時、幸せを与えたのだ。だが彼らの結果は悲惨な末路でしかなかった。
エロとスプラッタと不条理がごちゃ混ぜに押し寄せてくる作品でとにかく増村作品観出してから言うことはいつも同じでただ『凄い』と。
白衣の天使である清純なしかもすごい美女の看護婦さんが性欲で欲求不満の男達にあーされたりこーされたりという欲望満開で観ることもできるだろうし、戦争の悲惨さをこれほど表している映画もないだろう。
若尾文子の素晴らしさはいつもながらだが、次々と兵士の手足を切断していく軍医の芦田伸介、両腕を失ってさくらに性の処理を頼む若い兵士役の川津祐介も見入ってしまった。
ダラダラせずぴしっと終わるエンディング、いつも切れがいい。
監督:増村保造 出演:若尾文子 芦田伸介 川津祐介
1966年日本
作者:フェイユイ
更新日:2008年11月29日 23時7分
『私は貝になりたい』<1958年TVドラマ作品>
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1958年TVドラマ版『私は貝になりたい』である。
物語の内容もわかっているのだが、フランキーさんがあんまり素晴らしくてどうしても泣けてしまう。
だがこれはむしろ上等なサスペンスミステリーと言ってもいいのではないだろうか、と思ってしまった。
今、主演仲居正広で映画が公開されているわけだが、フランキーさんの方が一介の理髪店主という感じがするように思えるのだが、どうだろうか。ただこの時のフランキーさんが今の仲居くんよりはるかに若いとは思いもしなかった。主人公の年齢は33歳と言っているが、仲居くんはもっと年上でフランキーさんはもっと年下である。
とにかく古いTVドラマなので映像も古ぼけているしセットもなにもかもぎりぎりの予算でやっている感じである。なんとか演出でうまく誤魔化しているのがうれしい(私はドラマとかできるだけ低予算で作っているのが面白くて好きなのだ)
しかも裁判場面以降は生放送というのが驚きである。昔のTV番組というのはとにかく凄い。
観てる間は真面目で人のいいちょっと要領の悪い清水豊松さんが怖ろしい命令を受けたりやっと家へ戻れたかと思ったら戦犯として裁判にかけられ絞首刑を言い渡されたりして戦争の恐ろしさ、世の中の不公平さにはらはらしたりイライラしたりして(筋がわかってはいても)最後には涙が溢れたものだが、こうして観終わってみると一つのフィクションドラマとして大変に面白いものだったなあと思ってしまうのである。
無論、同じように戦争時に不条理な運命を担ってしまった人は事実いるわけで「面白い」などと言ったらお叱りを受けてしまうのかもしれないがそれでもこの90分と言う間にこんなにも人間の運命と心の動きを巧みに描いてみせた本作の面白さは他にはちょっとないものかもしれない。
そしてその面白さをフランキー堺氏がほんとうに豊松という人物がそこにいるかのように思えるリアルさで演じている。
貧乏で夫婦で理髪店をやっとの思いで開業して戦争が始まって我が子がおなかがすいているのを見かねて真面目な豊松が妻に配給の石鹸(髭剃りに使わねばならないのだが)を米に変えて来いと言い出す。妻は真面目なあんたがそれでいいのとやんわり言ってやっぱり我慢することにする。そんな家族なのである。
自分を死刑に追いやった司令官の謝罪を聞いてつい同情してしまい「閣下」と呼んで散髪してあげ、彼の死刑後にはお経を読んで同室の者から非難されると「世の中理屈ばかりじゃない」と言ったりする。
お人よしな男なのだ。
窓から見える空から景色の移り変わりを感じることで年月の流れが伝わり、同じ運命となった人々との交流の様子が生き生きと(というのはおかしいか)描かれていく。
裁判に憤り怯え、死刑執行がぴたりとなくなってからは奇妙に都合のいい噂が飛び交い希望を持ってうきうきし、ついに宣告を受け驚愕の表情をする豊松。
宗教は信じないと言いながら彼の側にいてくれる小宮教誨師に抱きついてしまう。死への怖れ。
死刑台に向いながらあの「貝になりたい」の言葉を訴える。
そうした物語の展開は面白いとしか言いようのない巧みさ素晴らしさである。
むしろ舞台劇をみているような感情の爆発や力強さを感じる。
ひたひたと迫ってくる死を気づかず笑っている主人公がそれを知った時の驚愕。いくつかの謎。これほど面白いサスペンスミステリーもないと思うがどうしても反戦と人情ドラマとして観られてしまう。それはそうだしそれとしても素晴らしいが自分としてはこの運命の怖ろしさとスリルに見入ってしまうのだ。
ただ彼の帰りをひたすら信じて待っている妻と息子がいじらしい。
ところで作品中、「死刑というのはみせかけで死んだはずの男が北海道で生きていたよ」というくだりがある。アメリカ側が死刑執行したことにして解放しているという噂なのである。
豊松は宣告を受けすっかり動転して死刑へ向かうがこの噂が事実だったら、彼はこの後、自由になったということはないのだろうか。
彼の死刑そのものの映像はないのだからもしかしたら、とも思ってしまう。
そして司令官が豊松さんに「責任は全部自分にあるという書類を書いた」と言って安心させる場面がありこれで豊松さんが再び司令官を閣下と呼び出すのだが、これも彼が話した言葉だけであって事実なのかどうかはわからない。結果、豊松氏が死刑宣告されたことからももしかしたら何もそういう書類など出さなかったのかもしれない。ただかまって欲しくて嘘をついたのかも。どちらも謎のままである。
演出:岡本愛彦 脚本:橋本忍 出演:フランキー堺 桜むつ子 平山清 高田敏江 坂本武
作者:フェイユイ
更新日:2008年11月28日 23時9分
ドラマ「ハゲタカ」映画化 大森南朋ら同じキャストで
ドラマ「ハゲタカ」映画化 大森南朋ら同じキャストで
マジすか?!!!!超マジならうれしいっす!!!!!
NHKドラマ「ハゲタカ」、内外からの高い評価で映画化
ドラマ「ハゲタカ」映画化 大森南朋ら同じキャストで
眼鏡がクールな鷲津さんにまた会えるのね~。シアワセ(ぽっ)
作者:フェイユイ
更新日:2008年11月28日 0時40分
『マルタの鷹』ジョン・ヒューストン
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The Maltese Falcon
昔、少女時代に世の中に「ハードボイルド」と称される分野があると知り、感情を込めずに行動のみを描写していくスタイルだと聞いてかっこいいなと思った。その技法で書かれる小説は大概タフガイが主人公である。本作のダシール・ハメットが書いたサム・スペード。レイモンド・チャンドラーが書いたフィリップ・マーロウがその代表だろう。憧れの気持ちを持ってハードボイルドの世界に入ろうとしたがどうにも惹きこまれないのだ。どうして?あれほどたくさんの人が賛辞し真似たがる男の姿にどうして魅力を感じないのだろう。自分が子供だからだろうか。
そう思って年月が経ち、年齢だけは相応に年取ってもう判るかな、と鑑賞したのだが。
駄目だった。
とはいえ、もうすでに世の中の人々も昔のようにハードボイルドの男に憧れを持ってはいないようである。
大人になればハンフリー・ボガードの渋い男の魅力を味わえるかと思ったがむしろ腹立たしいばかりであった。
冷酷非情で強靭な妥協しない精神を持つタフガイがハードボイルドの男だという説明だけならそれもなかなかかっこいい男の一つかなと思うのだが、本作ジョン・ヒューストンが作り上げたハンフリー・ボガード=サム・スペードにはなんの魅力も感じない。
冷酷非情というより単に思いあがった傲慢な乱暴者にしか思えないし、やや精神異常かなと思える箇所もある。
女性に対しての不条理に見下げた態度を男らしいとはとても思えないし、こんな男を好きになるような女性しか出てこないというのも不思議である。
確かにこんな男がのさばっていけた時代もあったのだろうか。ジュリーが「あんたの時代はよかった。男がぴかぴかの気障でいられた」と歌ってからもう久しいがあの頃でさえこんな男では生きていけない世界になっていたんだろう。
まあ私が声を大にして罵らなくともすでにそう思う人が多いからハードボイルドをパロディにした作品がたくさん生まれたのだろうし、そちらのほうに共感する人も多いのだ。例えば『名探偵登場』でピーター・フォークが演じたハードボイルド男の乱暴な態度には大笑いして観ていたわけだから。
一体こういう男が主人公であり得た時代、それを真似しようとしていた時代というのはナンだろう。
むしろ、ほんとうに男らしい男というものがいなくなるのでは、と感じた時代の造形なのではないのか。
無論、アメリカではそれ以後も形を変えながらハードボイルド的タフガイという偶像を作り続けてはいるのだが、こうも身勝手に都合のいいナルシストの男ではないのではないか。
いつも表情を崩さず、相手を陥れた時だけにやりと笑い、びしっとスーツを着こんで煙草を吸う。乱暴なしゃべり方でしかも事務の女性をダーリンと呼んだり、最後に「男は相棒を殺されたら黙っちゃいない」とか言いながらその女性の鼻にキスをしたりするような男は気持ちが悪い。
現在で言うならこの前観た『ノーカントリー』の追いかける男シガー。追われるモスのほうではなくあの感情のない怖ろしい男の姿こそハードボイルド男の現在の姿なんだろう。あの男がハードボイルドというのなら私も賛成する。
監督:ジョン・ヒューストン 出演:ハンフリー・ボガート メアリー・アスター グラディス・ジョージ
1941年アメリカ
作者:フェイユイ
更新日:2008年11月27日 22時32分
『双花店』チョ・インソン&チュ・ジンモ、同性愛シーン公開
チョ・インソン&チュ・ジンモ、同性愛シーン公開
【動画】チョ・インソン主演『双花店』の予告編公開
チョ・インソン主演映画『双花店』メインポスター公開
例によって石公さんのブログ『夜目、遠目、幕の内』で知ったのですけど(すみませんいつも)
他にも記事が色々と。
チョ・インソン、ベッドシーン前に「腕立て伏せ」
なんてのも。
気になる映画です。
作者:フェイユイ
更新日:2008年11月27日 0時27分
『青空娘』増村保造
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このDVDの表紙写真があまりにも印象的でこれはちょっと観たいなと思わせてしまう。
瑞々しい若さと青空が溶け込むようで凛とした横顔と真っ白なブラウスに包まれた胸が眩しい。きゅっと細いウエストに真っ赤なスカートを穿き、髪が風にそよいでいる。
内容もまさしくこの通りで青空そのもののような若い娘を若尾文子が生き生きと演じている。
一連の増村保造監督作品で大好きになってしまった若尾文子でその色香に惑わされてしまうのだが、この時の彼女はほんとに可愛らしくて元気いっぱいである。とはいえその若々しさの中に色っぽさがすでに滲んでいるのだが。この時の文子さんは前歯の真ん中がすきっぱになっていて確か後では矯正しているのではないだろうか。そんなとこも若さなのかもしれない。
増村監督作品はテンポがよくてしかもきっちり台詞で言いたいことを述べてくれるので詮索などせずに映画を楽しめてしまう。
4人兄弟のうち1人だけ何故か田舎で育てられた少女ゆうこが高校卒業と共に父親から東京へ呼び寄せられる。
ところが東京へ行くと父親は不在で彼女は他の家族からは女中扱いを受けてしまうのだ。
実はゆうこだけは兄弟たちとは違う母親の子供だったのだ。
義母と義姉から執拗な虐めを受けてもけなげに頑張るゆうこ、という定番の物語なのだが、ぽんぽんと軽快に話が進んでいくのとほんとにゆうこが可愛くて明るいのでついつい観てしまう。
当時の東京の雰囲気も楽しい(って言っても今の東京も知りはしないのだが)変てこな人がいっぱいいてさすが都会だという気がする。
しかしゆうこが上京していきなり会うのがミヤコ蝶々さん演じる女中さんで関西弁なので混乱してしまった。とはいえミヤコ蝶々さんのおやえさんのしゃべりが面白くて惹きこまれてしまうのだ。
高校の恩師から助けられ、おやえさんに気に入られ、最初は反発していた弟ヒロシを味方にし、義姉が結婚相手と考えてるお金持ちの御曹司からは好意を持たれ、ゆうこは奮闘していく。
どう考えてもこの話、ゆうこの父親が根源で本人は自分が被害者だと思っているから性質が悪い。
ゆうこが父の家を出て病気になってしまった父親にきっぱりと言うのである。「すべてはあなたが誰も本気で愛さなかったからだ」
それまでゆうこを苛め抜いていた義母が夫の謝罪の言葉で泣き崩れるのを観てこの人もずーっと意地を張り通してきて辛かったんだなあと思いすべてが丸く収まり大団円という作品だった。
単純な話なのにとても魅力的なのだ。この作品の力強さというのは他のどれにも同じように感じるものである。
なんとなくこの明るさに高野文子の作品を思い出した。
監督:増村保造 出演:若尾文子 川崎敬三 菅原謙二 品川隆二 東山千栄子 ミヤコ蝶々
1957年日本
作者:フェイユイ
更新日:2008年11月26日 22時46分
『L.S.D. プロブレムチャイルド&ワンダードラッグ』マカティア・マイケル
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LSD - Problem Child & Wonder Drug
正直、これは胡散臭いDVDかも、と何も知らない自分は半分おっかなびっくり鑑賞始めたのだが。
なにしろ「LSD」というと自分は直接体験したわけではない「ヒッピー」だとか「フラワーチルドレン」などと呼ばれていたかつての若者達の文化の中で「サイケデリックアート」などを生み出した怪しげな薬。怖ろしい幻覚を見る薬の中でも最も強いもの、ということだけが伝わってきていてそんなものを体験するだとかいうことはまったく別世界でのお話として読んだり聞いたりしただけのもの。
ヒッピー達が消えていくと同じくしてLSDの使用も研究も禁止されたということで私として遠い昔の遺物なのかと思っていたのだが。
このドキュメンタリーはドキュメンタリー自体の出来がどうのとかいうのは問題ではないだろう。
LSDの生みの親であり自らも体験を重ねてきた化学者アルバート・ホフマン氏がアメリカ政府の禁止により世界中の禁止になった「問題児」LSDについてシンポジウムで語った記録映画というもので100歳と言う年齢にはとても思えない熱くはっきりとした語り方であった。
ご本人はこの2年後に亡くなられたそうなのだが、この薬「LSD」が命を縮めることはないのかもしれない。
シンポジウムではホフマン氏以外の人物からもLSDがいかに有効な薬物であるかの説明が続く。他の薬品では効き目が薄い、もしくは副作用が激しいというような難病の場合にもLSDによって抜群の効果が得られるなど強く奨励するものばかりである。LSDによって世界観が変わり人生が変わるなど。
だが一方でこの薬がその作用の激しさの為、自白剤として使用されるほど恐怖に満ちた幻覚を見るなど使い方を間違えると怖ろしい結果を生んでしまうのだ。ホフマン氏自身も研究室で服用した際、状況が悪かったのでバッドトリップしてしまい気持ちよく設えた我が家で気の合う仲間と服用した時は非常に幸福な体験をするという環境に左右されるものであるらしい。
とにかく説明を聞いても信じられるものではなく、自分で体験した時初めてその素晴らしさがわかるのだ、と言われてしまっては未体験者は何も言えなくなってしまう。
難病に効果がある、と聞けばそれなら正しい方法で治癒に使って欲しいと思う。例えばサリドマイドも私たち世代には怖ろしい薬の名前だがこれも正しく処方されれば重い病気に素晴らしい効果があると聞く。
だがLSDといえばそういう方向ではなく、やはりサイケデリックな幻覚を見る薬というイメージが強く実際それが目的で使用するほうが遥かに多いはずだ。
それによって優れた芸術が生まれるのだと言われても素直に賛同はできない。
しかしこのドキュメンタリーを観たということ自体自分がどこかやはりそういう精神の解放とか新しい感覚というものに憧れているのも確かなのだろう。
それでも幼かった頃の自分のままで「凄いものがあるんだなあ」とびっくり驚いて恐々こういう話に聞き耳を立てるまででありたいと思う。
監督:マカティア・マイケル 出演:アルバート・ホフマン
2008年スイス
作者:フェイユイ
更新日:2008年11月26日 0時38分