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トップ > ドーベルマン・ピンシャー > ドーベルマン・ピンシャー - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年10月12日 7時)

歴史に翻弄されながらも、一族は造り続ける〜ワイン生産者SZEPSYの誇り

──セプシーの貴腐ワインが他の貴腐ワインと違う点はどこですか? まず、すべてが昔ながらの製法で作られているということでしょう。大切に守ってきたオールドバイン(樹齢の古い葡萄の木)が地中に深く根を張り、沢山のミネラルを吸って葡萄ができます。その葡萄はすべて手作業によって収穫されます。 また、たとえばフランスなどの他の地域の貴腐ワインと違い、砂糖を加えることをしません。すべて、貴腐葡萄の本来持つ自然の甘みです。だからこそ、セプシーのワインを飲んで「甘ったるい」と感じる人はほとんどいないでしょう……それは、葡萄本来が持つバランスによって引き出された甘味だから。セプシーのワインを飲むことで、数百年前に作られていたそのままの味を、現代でも味わうことができるのです。 ──セプシー家の長い歴史についてお話頂けますか? 私たち一族は、16世紀からずっとワインを造ってきました。トカイワインはフランス王家にも献上され、時の王であったルイ14世が『王のワイン』と称したことでも有名です。ローマ教皇やロシア皇帝もトカイワインを愛しました。歴史の波に翻弄されながらも、私たちは世代から世代へと貴腐ワインを造り続けてきたのです。 先代である父は、共産主義時代には中央モスクワから大量生産を命ぜられ、品質よりも量を重要視せねばならず、自らの理想と現実とのギャップで辛いことも多々あったようです。その後共産主義が崩壊してからは、昔ながらの製法に戻し、調整を重ね、苦労しながらも今のワイン造りの流れができたのです。現在のセプシーワインは中世の頃とまったく同じ製法で造られています。長い年月を経て、本当のトカイワインの姿をみなさんにご紹介することがやっと可能となったのです。 ──セプシー家に伝わる「哲学」はありますか? 哲学、といった大層なものは特にないのですが、何と言ってもセプシーワインは一族の手によって造られています。それだけに、家族を愛すること、お互いを尊重して助け合うことは何よりも大事だと私たちは考えています。それが、世代から世代へと受け継がれている。言い伝えというようなものではなく、自然に生まれてきたものだと思います。 ──貴腐ワインというと、日本ではデザートワインとして認識されることが多いのですが、セプシーさんはトカイワインをどのように飲むことをお勧めされますか? 「トカイワインはデザートワインである」という先入観を、ぜひ捨てていただきたいですね。ハンガリーでは、たとえば……お客様が来た際にお茶を出すのと同じ感覚で、トカイワインを出しておもてなしします。本当に様々な顔を持つワインで、どんな場にも合うんですね。今回の来日で日本料理をいただく際にトカイを飲みましたが、これも完璧にマッチしていました。 魚料理、肉料理、さらには少しスパイスの効いた料理などにも良く合います。もちろん、食後酒としても楽しんでいただけます。むしろ、甘いデザートと共に飲まれるのは、さらに砂糖を加えるようなものですから……甘すぎると思います。自然な甘みのあるフルーツ、トロピカルフルーツなどはとても合いますよ。ぜひ実際にお召し上がりになり、色々と試していただきたいです。 今回、多くの日本の方々にセプシーの貴腐ワインを試飲していただきましたが、みなさん「美味しい」と喜んで下さいました。甘いワインは好みではない、と思っていらっしゃる方も、ぜひ実際に試していただければ、気に入って下さると信じています。

テキスト:黒田晶(小説家)
SZEPSY WINE

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2008年10月2日 8時40分

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歴史に翻弄されながらも、一族は造り続ける〜ワイン生産者SZEPSYの誇り

 先日、コンラッド東京にて日本初となる「ボトリティス・フォーラム」が開催された。  「ボトリティス・フォーラム(Botrytis Forum)」とは、4大貴腐ワインと称されるEgon Muller(エゴン・ミュラー)、Alexandre De Lur Saluces(アレクサンドル・ド・リュル・サリュース)、Alois Kracher(アーロイス・クラッハー)、Istvan Szepsy(イシュトヴァーン・セプシー)が立ち上げたフォーラムである。1回目はロンドン、2回目はニューヨークで行われ、3回目となる今回は東京で開催されることになった。理由は2つ。「貴腐ワイン=デザートワイン」ではなく、より洗練された歴史あるワインである、ということを伝えるため、そして貴腐ワインは食卓ではもちろんのこと、他にも生活のあらゆるシーンにマッチする頼もしいワインであることを広めるため──。  フォーラムはイントロダクションから始まり、それぞれが持ち寄った自慢の2本のテイスティングと簡単な説明、テイスティングシートの作成という内容で構成され、参加者は“MULLER AUSLESE 1976”といった極上の貴腐ワインを味わえるという貴重な機会を得ることとなった。  今回VAGANCEではフォーラムの翌日、来日した貴腐ワイン生産者のなかでも最も若いセプシー家の17代目、Istvan Szepsy Jr.(28)に話を伺うことができた。 ──はじめに、SZEPSYワインが生まれる「トカイ」(ハンガリー)という土地について教えてください。 まず、独特な地質からお話します。1500万年前、地殻変動によってトカイ地方の東側に断層が生じ、プレートに深いヒビが入ったせいで1000個以上の火山が爆発しました。 そのうち400ほどの火山が、現在ワイン作りをしている地域となりました。つまり、火山質の成分が豊かな土地であるということです。 天候としては大陸性気候です。暑い夏、暖かくて長い秋、そして雪が降るほど寒い冬があります。ティサ、ボドログといった河が流れ、沢山の小川があり、葡萄が完熟する10、11月には霧が降り、湿度が高くなります。つまり、貴腐ワイン造りに非常に適した土地ということです。 ──そもそも、貴腐ワインとはどういったものでしょうか? 貴腐ワインはトカイ地方から始まりました。17世紀に起こったオスマン帝国の侵略によって、トカイでの葡萄の収穫が遅れたためです。しかし、収穫が遅れてカビが生えてしまった葡萄で苦肉の策としてワインを造ってみたら、それは素晴らしいものとなったのです。 完熟した葡萄に「ボトリティス・シネレア(Botrytis cinerea)」という菌が付着すると、その葡萄を皺々にしてしまいます。見た目はカビの生えたレーズンのようですが、絞ると素晴らしい芳香を放つ、濃縮された糖度の高い果汁を取ることができます。その果汁こそが貴腐ワインになります。ボトリティス菌が付いた葡萄をそのまま食べても、たいへん素晴らしい味がしますよ。 ──カビの生えた葡萄を食べるんですか!? もちろん! そのままワインになるのですから、食べられないわけがありません。たとえばウジ入りチーズ(フォルマジョ・コン・ヴェルメ)のようなものですよ。見た目は悪いけれど、味は最高です。美味しいものは美しい外見をしているとは限らないですよ(笑)。Next SZEPSY WINE

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2008年10月2日 8時43分

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日本初上陸のシャンパーニュに酔いしれて〜『Jean-Noёl HATON』

 数多のブランドの限定品に長蛇の列ができ、さらにそれらはオークションで定価以上の値がついても瞬時に落札される。百貨店のデパ地下限定のスイーツや惣菜を求めて始発電車に乗って買い求めに来る人たち……。我々日本人が、ファッション・グルメを問わず「限定品」や「初モノ」というものに目がない人種であることが思い知らされる。そういえば歴史をたどれば、江戸っ子が女房を質に入れてでも初ガツオを食べることが風刺の意味を込めて落語のネタにもなっている。どうやら日本人の「初モノ好き」は、綿々と遺伝子に組み込まれたものと潔く認めざるを得ないのだろう。  我々が初モノに魅せられてしまうのは、その“特別感”や“希少性”が、他人との違いをアピールする“優越感”を満たしてくれるからである。それが虚栄心と非難されても、やっぱり初モノは魅力的なのだからしかたがない。  そんな我々の欲望を満たしてくれる新たな「初モノ」を紹介したい。今度の黒船は、シャンパンだ。  シャンパンがハレの日の飲み物だったのは、今は昔。いつの頃からかワイン同様、日常的なものとして食卓シーンを彩るようになった。爽快感あるキレのよい酸味、後味のほのかな苦みが、どんな料理にも合うのもさることながら、その華やかさも我々の心を掴んで離さない要因だろう。 Jean-Noёl HATON
 今回、満を持して日本で初めて紹介されることとなった 『Jean-Noёl HATON(ジャン・ノエル・アトン)』は、1928年の創業以来3代続くシャンパンセラー。創業当時のレンジが守られ、当時の哲学がそのまま反映されている。クオリティへの投資を第一とし、それを守るためにすべての情熱を注ぐというポリシーは、ぶどうとワインの時間に合わせて人が働き、畑の手入れからぶどうの収穫まで、すべて手作業という徹底ぶりに表れている。  ブランドの代表作ともいえる『エクストラ・ブリュット』は、レッドカラント、桃、アプリコット等の甘い香りと、グレープフルーツやオレンジのようなシトラス系のニュアンスを併せ持ったフルーティで丸みを帯びた味わいながら、しっかりとした苦みが後味として残る力強さがある。フレッシュでコクがあり、エレガントな余韻が続く逸品だ。  キラキラと輝く黄金色の泡立ちは気品にあふれ、グラスの底からたゆみなく立ち上る、美しくきめ細やかな気泡は、舌の上で軽快にはじけて、心地よい刺激と共にのど元を通り過ぎていく。これほどにも贅沢な気分にさせてくれる飲み物は世界広しといえども稀であろう。  またもや人に自慢したくなる「初モノ」に出会えたことに感謝しつつ、トルーマン・カポーティが魅せられたように、今宵も「そして、すべてのシャンパンの泡とともに」……。 Jean-Noёl HATON

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2008年6月27日 2時50分

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竹の庭でいただく一杯の薄茶〜鎌倉・報国寺を訪ねる

 その寺を初めて訪ねたのは2月のことだった。  今年の雪の多さは別格だと、皆が口を揃えて困ったように言っていた頃だ。たしかに、例年に比べると厳しい寒さだったかもしれない。けれど、冬は寒いものだ。吐く息の白さや、北風に首をすくめる新鮮な感覚は変わらず毎年やってくる。  「いっそのこと、寒さを浴びにいってみようか……」  そんな酔狂な思いつきから、ふと鎌倉に赴いた。駅前のバスターミナルは予想以上の大賑わい。だが、それも鶴岡八幡宮を過ぎたあたりから閑散としはじめた。建物の陰には、おとといの雪のなごり。ときおり鋭い寒風に吹き付けられて、体感温度はみるみるうちに下がっていく。それでもさえざえと晴れ渡った空の下、足取りは重くなかった。  むかう先は『功臣山 報国寺』。通称“竹の寺”である。  1334年、足利尊氏の祖父・家時を開基とするこの禅寺の本堂裏には、見事な竹の庭がある。本堂脇で拝観料を払い、竹の庭へと続く回廊を進むと、その先には約2,000本といわれている孟宗竹(もうそうちく)が生い茂っていた。それらは1年を通して青々と鮮やかに伸び、視界を縦に遮っている。  竹林を縫うように敷かれた石畳の上を歩いていると、幹に残る葉がシャラシャラと軽やかな音を頭上に降らせた。小さな滝のせせらぎも混じり、それらの響きは不思議に遠い。かつて報国寺付近に居を構えていた川端康成は、この静けさを“山の音”と言い表したという。うん、それはいい得て妙だ。 竹の庭でいただく一杯の薄茶〜鎌倉・報国寺を訪ねる
 回遊しはじめてすぐ、ひっそりと奥ゆかしい佇まいで『休耕庵』は姿を現した。  『休耕庵』とは、報国寺を開山した仏乗禅師が、修行はもとより詩作などを行い心穏やかな余暇を得た場所であったと伝えられている。現在そこには竹林を臨むように席が設けられている。遊歩中の足をしばし休めるため、薄茶を提供しているのだ。引換券を渡し、腰掛につく。ほどなくして手渡された茶盆を膝の上に乗せ、まずは茶碗のそばに添えられた落雁を指先でつまむ。口に含むと和三盆の儚い甘さがサラリと溶けた。消えゆく甘さを追いかけるように、茶碗に唇をつける。  すると、さわやかな苦味と熱が舌を刺激した。茶の薫りで体の内側が満たされると、苦味がうっすらとした甘みに転じた。あまりの安息感に深いため息がもれる。一服し終わる頃には、薄皮を剥がしたように視界がいっそうクリアに広がっていた。薄茶によって感覚が研ぎ澄まされたにちがいない。  そうしたら長居は無用。また石畳の道へと歩を戻す。竹林を見上げると、太陽もこの気高い静けさに遠慮しているようだ。竹と竹の間からは、陽射しがひとすじずつ差し込まれている。光と陰が作り出す硬質なコントラスト。ひんやりと透明な空間は、冬の寒さとはまた別の味わいがあった。  そして桜も終わりを迎えた4月下旬、再び報国寺を訪れた。陽射しは前回よりも強く、吹く風に刺すような鋭さはない。それでも一足その庭に踏み入れると、凛とした空気はあいかわらず張り巡らされていた。きっと灼熱の時に来ても、この涼やかな静けさは不変だろう。この竹の庭は束の間の永劫があることを教えてくれた。 竹の庭でいただく一杯の薄茶〜鎌倉・報国寺を訪ねる

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2008年5月24日 10時47分

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バーボンのおもむくまま〜ある恋の行方について

 「わたしが(と、ここで3秒位の沈黙があった)父親と寝ているとしても、あなたはそんなこと全然関係無いと思うんだわ」  その突然の言葉に少なからず衝撃を受け、「寝てるの?」と聞いてしまう。 「だから。例えば、って、言ったでしょう」 僕があからさまな安堵の息を吐いたので、ふふ、と、ユカも溜息に似た笑い声を受話器の向こうで立てた。  「亮介さんみたいなロマンチストだとね、そういうことを言おうものなら、わたしを完全に物語の主人公に仕立て上げて、神みたいに祀り上げちゃう。疲れるから、あんまり仲良くはできないの。まあ、どちらにせよ、わたしはもう悲劇的な恋をしてるから、他に恋人を作ることはできないけど」    「なんだ? それ」  ユカの話は良く分からない。僕は突然痒くなった額をガリガリと掻きむしった。無神経な少年だとか、悲劇的な恋だとか、一体なんなんだ。分からなくていいの、説明するつもりもないから、と彼女は言った。  ――つまり、誰か好きな男がいるということだろうか。  そのようなニュアンスであることは、いくら鈍感な僕でも分かる。不思議と浮き立っていた心が、突然針で刺されたように収縮した感じ。それでも、僕とは友達になってもいいということか? 悔しい気持ちが湧きあがっては来るけれど、単純な男である僕は、少し嬉しいと思ってしまった。  それからね、と彼女は言った。  「あの加奈子さんて、素敵な人。あの人はすごく母性の強い人ね。あの人、もう少しであなたのこと一生面倒を見るつもりだったんだから。でも、あの人は自分で気付いたのね。自分が、あなたの母親じゃないってことに」 バーボンのおもむくまま〜ある恋の行方について
 ――言葉を失う。ユカは僕の言葉を待たずに、続けていく。  「長い間、一緒にいたんでしょ? その時間をもう少し信頼してもいいと思うよ。あなた、子供だからって彼女にばかり委ねているのは、どうかと思うよ。好きなんでしょ? それだけ長く一緒にいた人を、すぐに嫌いになれるわけが無いんだから」  まあ、わたしには関係ないことだけどね、とユカは言った。  まだ好きなんでしょ、という言葉を聞いて、加奈子の優しい微笑みが反射的に浮かんだ。携帯電話の奥から流れてくる声が、アルコールで高揚した意識を冷ましていく。身体の中に感じていたズレのようなものが、中心へと再調整されたような感じで。  僕は、数日前にユカに出会って心の中がとても暖かいもので満たされたことを思い出していた。この子が一体何なのか全然分からないけれど、僕はふう、と今日何度目かのため息を吐く。電話線によって繋がれた僕らの間に流れる沈黙が、冷たい夜の空気と重なり合って、僕はようやく言葉を搾り出した。  「――あのさ、また電話してもいいか?」  「別に良いけど、わたしを一方的にジャッジしたり、変に大人ぶらないでよね。あなたって、本当はすごく子供だよ。子供に言われるの、嫌かもしれないけど」  「――いや、正しいことを言われている嫌さはあるけれど、君のことを子供扱いはしてないよ」  そう、良かった、じゃあね。彼女は全く何でもなかったみたいに、電話を切った。  すっかり冷え切った指先をポケットに突っ込んだとき、通りの向こうから亮介がやって来るのが見えた。僕はなんとなく声を出したくて彼の名前を大声で呼んだ。親友の驚いた顔が、冷えた空気の中に吐かれた白い息越しに、僕を見た。    今夜は、まだまだ飲んでやる。

黒田晶(小説家)
バーボンのおもむくまま〜ある恋の行方について

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2008年4月3日 3時52分

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バーボンのおもむくまま〜ある恋の行方について

 まだ亮介は来ない。  僕はバーボンで、やや前後不覚。銘柄は メイカーズ・マーク。まろやかな液体が喉を滑り落ちると、すぐに強烈な熱が奥から昇ってきて、僕の意識は曖昧になってゆく。とろりとした琥珀色の液体に浸された氷が、クリスタルのように光を乱反射しているグラスの中。酒に酩酊すると、脳はどんどん原始的になっていくだとか、そんな話を聞いたことがある。  多分今の僕は、爬虫類とかそんなものだ。  長い馴染みであるマスターは、僕が店に入ってきた瞬間から「訳アリ」と読んでくれたらしく、注文以外に話しかけてくることもなく、別の常連と喋っている。カウンターに覆いかぶさるようにだらしなく座りながら、僕は再び琥珀色の液体を喉に流し込んだ。  ――そういえば、亮介も泣き言を言っていたな。  どんよりと濁った思考の底から、今日の約束を交わしたときの亮介との会話が浮かび上がってくる。あの、ユカとかいう女の子とは全然上手くいかないだとか、そんなことを言っていたような。  変な女の子だった。    亮介が普段一緒にいるような、僕らと同年代で派手な顔立ちをした美女というのではなく、まだ二十歳そこらの、かといってロリータのようなコケティッシュな少女ではなくて、冷たい横顔と見開いた眼が凛とした、綺麗な少年のような、そんな女だった。僕の記憶の中で、ユカはドーベルマン・ピンシャーやアフガン・ハウンドのような、何代も種の改良を繰り返されてきた、しなやかで伸びた身体を持つ洗練された獣のようになっている。  そこで、電話をかけてみることにした。僕は酔っ払っているから。  店に流れるブルージーなロックに背中を追われて階段を上がり、夜の街の入り口まで出た。身体が火照って寒さは感じない。手帳を取り出し、青白い街灯の光で、白いページの真ん中に乱暴に書かれた番号をダイヤルする。 バーボンのおもむくまま〜ある恋の行方について
 普段は絶対にこんなことをしない。でも、加奈子と駄目になりそうな僕は、自暴自棄な気分に陥っている。何故あの子が僕の手帳に電話番号を書きつける気になったのか、それは分からない。もしかして、僕と加奈子を見ていて同情的な気持ちになったのか?(どうやら彼女は加奈子が甘いものが嫌いであることを、会うや否や看破したらしいからな)半分以上、出なければいいのに、という気持ちで呼び出し音を聞く。  期待に反して、彼女は電話に出た。  「ああ、あなたか。どうしたの? 彼女に振られた?」  いきなり確信に触れられ、僕はぐっ、と息を呑んだ。  「ビンゴか。でしょ?」  「そんなに簡単に言って欲しくないよ。どうやら君を見て、彼女は色んな可能性に気付いたらしい」  「可能性?」  「……僕と一緒にいる以外の未来の、可能性」  「ねえ、逆恨みされても困るわ」  「さあね。僕は今酔っているし、機嫌が悪くて誰かに八つ当たりしたくて堪らないんだ」    ころころと軽やかに笑ってから、ユカは、心底呆れたというような声を出した。  「それじゃ、仕方ないわね。全然彼女のことを分かってなかったみたいだし」  かなりストレートな言い方だったが、なぜか不思議と腹は立たない。多分、声のトーンのせいだと思う。ぶっきらぼうだが冷たさは無く、かといって同情も込められていないからだ。そして、何故かは分からないが、彼女と話しているという事実に、僕の心は無性に浮き立っている。    「まあ、いいわ。あなたとは少なくとも、友達ぐらいにはなれそう」  酔った意識がまた僕を大胆にさせ、友達「ぐらい」には、とはどういうことかと聞いた。  「あなたはね、すごく無神経なの。それはなぜかと言うと、まだ少年だからなの」  だから例えば、と彼女は言葉を続ける。Next バーボンのおもむくまま〜ある恋の行方について

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2008年4月3日 3時50分

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バーボンのおもむくまま〜ある恋の行方について

 今の気分は、最悪だ。  定時で会社を出てから池袋に行く。大学時代からの友人である亮介と飲む約束をしている。別に定時で出なくても待ち合わせの時間は充分間に合うのだが、とにかく仕事に手がつかなくて、親父の跡を継ぐ自分の「二代目」という立場を利用させてもらった。  場所は大学時代からの溜まり場なので、独りで時間を過ごすのに丁度良い。池袋で降りて、東口からサンシャイン60とは反対方向の、暗い方の道へと歩き出す。冷たい風が強く吹いていて、人々がコートの中で身体を縮ませて早足で通り過ぎる。池袋の雑多な空気は、今の自分を完全に無視してくれるような気がして、ようやく人心地ついた気分だった。  数日前、僕は大学時代からずっと付き合っていた彼女にプロポーズをした。  言わせてもらえば、僕は僕らが結婚するものだと信じて疑ったことはなかった。だって僕らは10年以上も一緒にいた。今までプロポーズしなかったのを、逆に悪いと思っていたくらいだ。  確かに、心が燃え立つような恋愛の末にカップルになったわけではなかったけれど、僕らは確実に信頼を構築し、これまでのように、これからの人生も共に生きるものだと思っていた。僕が指輪を渡そうとすると、彼女はぽつりと言葉を洩らした。 バーボンのおもむくまま〜ある恋の行方について
 「……私、じつはね。甘いものが苦手なの」  ヴァレンタイン・デイから数日経ったある夜だった。僕はその言葉を聞いて、かなり驚いてしまった。何故なら、数日前に食事に行って甘いものをたらふく食べていたばかりだったし、それまでも勿論、彼女は一度だってそんなことは言わなかったからだ。  「あなたは私と一緒にいる間、私が甘いものを苦手なことに、全然気付かなかった」  責めてるんじゃないの、と彼女は言う。私だって、それが当たり前のことだと思っていたから。甘いものが嫌いな女であることを恥ずかしいように思っていたし、気付かれなければ良いと思っていたし、全然大したことじゃない、と思っていたわ。でも、最近思うの。どうして私は、あなたに甘いものが好きじゃないことを言えなかったのかしら? どうしてあなたは気付かなかったのかしら?  僕は頭の中から言葉を見つけることができず、そういえば数日前の食事の席で、彼女はあの絶品チョコレート・ケーキやトリュフを結局食べてはいないのだ、ということを思い出した。彼女の分のケーキやチョコレートは、亮介が連れてきた、あの不思議なユカという少女が食べてしまったのだ。  「もしかして、私たちは」彼女はまっすぐ僕を見つめ、言葉を続ける。 とても良い友達同士ではあっても、お互いを見つめあう恋人同士であったことは、一度も無いのかもしれないわ。だから、結婚するのは、無理かもしれない。  わからない、と言いながらぽろぽろと涙を零す彼女を、僕はただ呆然と見つめていた。Next バーボンのおもむくまま〜ある恋の行方について

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2008年3月25日 7時53分

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11月に色づく芋焼酎のつぼみ〜本坊酒造『黒麹原酒』

 11月は酒好きにとって待ち遠しい月である。  理由は新酒解禁に他ならない。それはボージョレーのみにあらず。芋焼酎もまた、11月が一般的な新酒の出荷時期なのだ。今年もそろそろ芋焼酎の“新入生”たちが店棚に並び始める頃となった。  新橋に『二貴』という焼酎バーがある。訪れたのは10月下旬のこと。店内はこじんまりとし、カウンターとテーブル席を合わせても20人も入ればいっぱいだ。その一方で、バックバーは焼酎の入った素焼きの甕(かめ)がずらりと並び、圧巻である。甕のほかにも、麦、米、芋、蕎麦ほか、ありとあらゆる種類のボトル仕様の焼酎が常備されている。「梅酒やワインなども合わせると、一体どれほどの数の酒があるのか把握できないんですよ」と、店主の石井氏は苦笑いである。それもあながち冗談ではなさそうだ。なにせメニューはドリンクの項目だけで34ページにも及ぶのだから……。  そんななかで強く興味を惹かれたのが本坊酒造の『黒麹原酒』である。  黒が混じった深い緑色のガラス瓶と、荒々しい筆跡が記された黒のラベルは、有無を言わせぬ存在感を放っている。そもそも焼酎の原酒とは一体どのようなものなのだろうか? そんな素朴な質問を店主に向けてみる。  「ご存知のように、焼酎とは蒸留酒です。一般的に知られている焼酎とは、蒸留したままの原液に水を足し――この作業を“和水”というのですが、アルコール度数を20度くらいまで落としたもの。原酒とは和水する前の原液のことで、この『黒麹原酒』は芋焼酎の原酒なのです」  蔵元は焼酎処・鹿児島を代表する大手蔵のひとつ、本坊酒造だ。その年に蒸留した芋焼酎の原酒のなかで、もっとも質のいいものを厳選し、数量限定で蔵出ししたものが、この『黒麹原酒』である。聞けばお店に訪れる人では、〆にいただく人が多いとか。なにしろアルコール度数が37%もあるのだから、それもうなずける。今夜の最後の楽しみにとっておくのも悪くない。 11月に色づく芋焼酎のつぼみ〜本坊酒造『黒麹原酒』  「今なら鮭が美味しくなっていますよ」    その日の美味しいものは、直接スタッフに尋ねるにかぎる。店主のお薦めに従い、今夜は「鮭のホワイトソース添え」「海老芋の葛餡かけ」「胡麻豆腐揚げ出し」をいただくことにした。  季節折々の和食も『二貴』の魅力のひとつである。旬を意識した食材は、品質を重視して選び抜いた天然もののみ。1号店である割烹料理店『以志井』から受け継がれた手仕事は、素材本来の滋味をぞんぶんに楽しませてくれる。本格派でありながら、どこか親しみやすさがある。この感覚に触れたくて、この店に足を運ぶ人も多いことだろう。   「美味しいお酒を心ゆくまで召し上がっていただくためには、きちんとしたお料理が欠かせませんから」  酒の品揃えだけに頼らない“おもてなし”の心に、ふと肩の力が抜けていく……。気分が軽くなり、思わずグラスが進んでしまうのが難点なのだが。 「そろそろお出ししましょうか」という店主の呼びかけに、ふと我に帰る。手元を見れば、皿もグラスも空になっている。  そうだった。今晩最後のお楽しみの1杯が待っていたのだ。  せっかくなのでストレートでいただいてみると、思った以上に濃い。1滴1滴が重いというべきか、トロリと粘度の高い甘みが体の内側にゆっくりと沁み込んでいく。高アルコール度数にも関わらず、舌を刺激する荒さはない。きっと1年の熟成期間が、このまろやかな口当たりを生んだのだろう。そして芋焼酎らしいコクのある芳醇な香りが華やかだ。しばし舌の上で温めたのち、ゆっくりと飲み込んでみる。すると香りが鼻腔に届き、膨らんでいく。あたかも香りの粒子が立ち昇る様子が目に見えるようだ。  「もう1杯」と、喉まで出かけた声を押しとどめる。今いただいたのは2006年のもので、瓶の底に残ったわずかな分が終わると、品切れになってしまうからだ。それに2007年ものが11月中旬に出荷されるのならば、それまで待とう。新酒解禁の喜びもまた、醍醐味のひとつである。 11月に色づく芋焼酎のつぼみ〜本坊酒造『黒麹原酒』

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2007年11月28日 1時15分

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伝えたいのは“ビール本来の姿”〜『COEDO』ブルワリー

 「それでは次はタンク室です」と朝霧氏が案内してくれた広い室内には、1基につき6,000リットル容量の貯蔵タンク33基が設置されている。ズラリと並ぶ巨大タンクはなかなか圧巻だ。ここは、さきほどの部屋とうって変わってとても寒い。  「室温は3℃くらいです。ホップのエキスを加えた麦汁は、パイプでこちらの部屋に運ばれて100℃から10℃以下に冷やします。麦汁は栄養価が高いので、微生物が入り込むとすぐに増殖してしまう。だから一気に冷却しないといけません」  麦汁が冷却された時点で酵母を添加する。その瞬間から酵母は糖分を摂取し始め、ビールができ始める。しかしそれはすぐには商品化されない。早いもので2ヶ月、長いものでは3ヶ月の熟成が必要となる。ここで朝霧氏から、「味見をしてみませんか?」という嬉しい一言が。もちろん喜んでお受けする。  「ちょうど熟成2ヶ月目の『瑠璃』ですね。モンドセレクション最高金賞を受賞したピルスナーです。瓶詰めの前にビールを濾過しますから、この状態で飲めるのは貴重ですよ」  グラスにたっぷり注がれたビールを、さっそくいただいてみる。舌を刺激する心地よい苦味は、喉を通ると儚く消える。炭酸の触感も爽快な、透明感のある美味しさだ。そういえば、普段飲むときと変わらない冷たさだが、タンク内のビールはどうやって温度を維持しているのだろう?   「タンクの表面に凹凸があるでしょう? その内側にビールと交互して水を流し、熱交換をしているんですよ。そうすると副産物としてお湯が得られるので、工房の洗浄などに使っています。熱のリサイクルですね」  こちらの工房でもっとも重要な作業のひとつが洗浄だ。この33基のタンクも、充填が終わる度に苛性ソーダによるアルカリ洗浄、酸洗浄、殺菌洗浄の3パターンのクリーニングが職人自らの手で行われる。充填後のタンクには違うビールが入る可能性もあるからだ。ここでまた疑問が浮かぶ。タンク内に入ったビールの種類は、どうやって見分けているのだろう。  「タンクごとに管理用紙がありますが、外付けの透明なチューブを伝う液体の色を見ればわかります」  チューブを見て回ると、確かに一目瞭然である。液体の色に由来したネーミングなのだから、それも当然だ。名残惜しさを感じながら、タンク室を後にする。そこでは缶と瓶それぞれの充填機と、出荷待ちの商品が置かれていた。残念ながら、このとき充填作業は行われていなかったが、こちらでの充填本数は1時間当たり3,000本という。樽生もあるというので見せてもらう。瓶や缶と同じくCOEDOというブランド名と花のロゴがプリントされている。  「ロゴの花は毬花、つまりホップを家紋の技法で抽象化させたものです。やはり日本のビールですから、日本の伝統美術をデザインに取り入れました。そのアイディアはデザイナーの西澤氏が提案してくれたものです。気付きましたか? ラベルや瓶の表面にもCOEDOの文字が浮き出ているんですよ。ちらしの技法を取り入れたものなんです」  さりげないけれど印象深い。そう伝えると朝霧氏は満足そうに頷いた。  “beer beautiful”という確固たる信念をより多くの人へ届けるため、COEDOは誠実なビール作りを365日続けている。職人を始めとする工房スタッフ、プロダクトデザイナー、マネジメントといったビール作りに関わる人は皆、一貫した理想のビジョンを持っている。だからこそCOEDOの世界観は力強く発信されているのだ。その事実を知った今、こう思わざるを得ない。ビールは素晴らしい。工房で受けた感動は未だ覚めずにいる。

(end)
小粋なビールに空想する夜〜『COEDO』の美意識

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2007年11月22日 2時20分

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伝えたいのは“ビール本来の姿”〜『COEDO』ブルワリー

 「それではこちらを身につけてください」  工房に入る直前、朝霧氏から手渡されたのは白衣と長靴だった。殺菌作用のある石鹸で手を洗い、消毒槽に長靴を履いたまま足をつけると、重厚なドアの前へと案内された。この向こうであの美味なるビールが作られていると思うと、ほんの少し気が昂ぶる。  COEDOで製造されているビールは5種類。2種類のブラックモルトによる風味豊かなシュバルツ『漆黒』、小麦麦芽を使用したフルーティーな無濾過ビール『白』、キリッとした苦味とクリアな後味のピルスナー『瑠璃』、上品な薫香とコクのあるボディが魅力のオリジナル製法『伽羅』、そして川越の名産・薩摩芋が原料のプレミアムラガー『紅赤』だ。COEDOのこだわりであるビールの多様性を伝えるためには、少なくとも5つのキャラクターが必要なのだという。  まず通された部屋は麦芽の保管庫だ。無数に置かれた麦芽の麻袋から放たれているのは、麦の独特の香りだという。「少し召し上がってみてください」と、朝霧氏が麻袋のひとつを開ける。勧められるまま、2、3粒を口へ入れてみる。噛み締めるとポリッという軽い食感とともに、香ばしさがじわりと広がった。  「これは麦芽です。いったん麦を発芽させ、その目と根を除いて乾燥させたものです。もともと麦には栄養素であるでんぷんが蓄えられているのですが、そのままではエネルギーに転換できないので糖に変える必要があります。発芽させることで発生する糖化酵素により、でんぷんが糖に変わります」  こうして出来上がった糖を酵母に摂取させ、エチルアルコールを発生させる。あらゆる酒類はこの原理で作られており、日本酒やワインなどの違いは糖が何に由来しているかで決まる。さらに、使う麦芽によってビールのタイプも変わる。例えば黒ビールには焙煎した麦芽を使うというように。  続いて隣の部屋へと通されると、円柱状のタンクのような機械が置かれている。室温は30℃を越しているのだろう。ずいぶん蒸し暑い。  「せっかくですから、これを飲んでみてください」  そう言って朝霧氏が手渡したのは、熱い液体の入った柄杓だった。恐る恐る口を付けてみると、ほんのりと甘い。麦汁だ。あら挽きに粉砕した麦芽を、酵素が働き始める温度のお湯に漬ける。そうすると溶け出したでんぷんが再び糖化を始めるので、甘い麦汁になる。残った麦の殻は、麦汁を濾過するフィルターの役目を果たし、その後は農家に引き取られ、堆肥として2次活用される。  「それと同時にこの部屋では、ホップを100℃のお湯で煎じて、エキスを抽出しています。だからこの部屋は暑いんですね。ちなみにホップは苦味と香り、そして白い泡をビールに与えるハーブ。麦芽もホップも、すべてドイツやオーストリアから輸入したノンケミカルのものです」  COEDOで使う原料は、徹底的にリサーチして厳選したもののみ。これは有機農法の産直業を営む協同商事が築いたノウハウの賜といえよう。さらに、職人自らが触覚、味覚など五感を使って原料の質を見極める。そのこだわりに、食品会社としての真面目さが感じられる。Next 小粋なビールに空想する夜〜『COEDO』の美意識

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2007年10月10日 12時55分

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伝えたいのは“ビール本来の姿”〜『COEDO』ブルワリー

 「もともと日本にマイクロ(中小規模の)ブルワリーというものはありませんでした。ということは、国内に技術者はいても、ブラウマイスター(ビール職人)はいません。それが1994年の酒税法の規制緩和によって、地ビール産業は職人不在のまま始まってしまったのです。ビール醸造の基盤がないために、品質に安定性を保てなかったブルワリーは少なくありませんでした」  ブルワリー運営のために朝霧氏が取った方法として、まずビール職人の招聘が挙げられる。工房創設にあたり、技術の導入と同時に後進の育成を図るため、ドイツからブラウマイスターを呼び寄せた。当時、コンサルタントとして職人を招くメーカーもあったが、朝霧氏は社員という形で職人を迎えた。限られた期間ではブルワリーの基盤確立には無理があると考えたからである。  「職人には、技術力だけでなく感覚的なものが必要です。たまたまドイツから呼んだ職人が曽祖父の代からブラウマイスターという家系だったことも幸いしました。つまり、COEDOはビールメーカーとしての歴史はまだまだ浅いのですが、長年のあいだ受け継がれてきた感覚を伝授できたのです。今では若いビール職人たちも着々と育っています」  そしてより広く流通させるために必要だったのは、適切な運用規模だ。現在COEDOの設備は地ビールの平均的な工房に比べると約20倍。それは職人による管理が可能な最大の規模である。逆に大手メーカークラスになると、クリエーティングから品質管理まで機械に頼らなければならない。「あくまで職人が最前線にいる生産キャパをキープしています」と朝霧氏は言う。  このしかるべき運用規模は大工場では出し得ないクラフトマンシップと、観光産業をターゲットとする地ビール工房とは一線を画す世界観を確立した。そして最後にブルワリーとしての存在意義を高めるべく、心血を注いだのはブランドの構築だった。                        「中身のビールが美味しいのは当然ですが、それ以上のこと……“COEDOを飲む行為”を楽しんでいただくために、重要なプレゼンテーションになったのはデザインでした」  朝霧氏がデザインを依頼したのは、プロダクトデザイナーである西澤明洋氏だった。デザインマネジメントを追及する西澤氏は、COEDOのブランドコンセプトの構築から携わりたいと申し出た。パッケージに留まらず、ボトルデザイン、製品のネーミング、果てはホームページのキャッチコピーやキャプション制作まで関わったというのだから、想像以上の密接さだ。ブランディングの完成に費やした時間はじつに2年。受発注関係を超えたコミュニケーションによって、実質とイメージが一貫した美意識が生まれたのである。  「しかし我々のブランドコンセプト“beer beautiful”は、デザインのことを示しているのではありません。beautifulという言葉には“美しい”のほかに“素晴らしい”という意味があります。ビールそのものが素晴らしい、ということを表しているのです」  朝霧氏いわく、パッケージデザインやネーミングは、“ビールは素晴らしい”というメッセージをより多くの人に届けるためのツールなのである。乾いた喉を潤すため、時には張り詰めた緊張をほぐすため。気分やシチュエーションごとに飲み分けることができるなら、ビールはなんて贅沢な酒だろう。自らのブランドを消費者に伝えることに留まらない姿勢には、計り知れないエネルギーが宿っている。これから案内される工房見学が終わる頃には、“とりあえず生!”という概念は覆されているのではないだろうか。そんな予感が頭をよぎった。(つづく) 小粋なビールに空想する夜〜『COEDO』の美意識

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2007年10月10日 10時21分

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伝えたいのは“ビール本来の姿”〜『COEDO』ブルワリー

 埼玉県・川越。かつて幕府の直轄地としての賑わいをみせ、いまなお“小江戸”の名称で親しまれている風情溢れる観光地である。COEDOはこの街で生まれたブルワリーだ。スタイリッシュなデザイン性、高い品質、そして味わい深い5つのバラエティ――そんなCOEDOが、2007年度のモンドセレクションにおいて、出品したビール5品のすべてが入賞、という嬉しいニュースを届けてくれた。しかもそのうちの2品は最高金賞を獲得。一企業が同時に複数の商品で最高金賞を受賞するというのは、日本のメーカーではモンドセレクション初の快挙だという。その後もインターナショナル・テイスト&クォリティ・インスティチュート(ITQI)でも全商品が三ツ星と二ツ星と一ツ星の評価を受けている。  快進撃を続けるパワフルなブルワリーを訊ねるべく、東武東上線鶴瀬駅に降り立った。工房を案内してくれるのはCOEDOの母体、協同商事副社長の朝霧重治氏だ。ブルワリーの責任者でもあり、快活な口調と物腰が印象的な人物だ。朝霧氏は、まずビール作りにかける思いについて語ってくれた。  「現在では、バーやカフェで多種多様なビールを飲む機会が増えていますよね。しかし日本のビールに対する認識は、依然として“とりあえず生!”なんです。ワインや日本酒なら銘柄でオーダーするのに、ビールはとにかく“生”。それではもったいないと思うんですよ。我々がビール作りをしているのは、“ビール本来の姿”を提案するためなんです」  ひとくちにビールといっても、原料や製法によって仕上がりはまったく異なる。海外、特にヨーロッパでは様々なビールがライフスタイルによって飲み分けられており、人々の生活に根付いている。イギリスなら、あまり冷やさずにゆっくりと味わうエールスタイル。ドイツは低温で長期間熟成させるラガーで有名だ。また、ベルギーには自然発酵のランビックなど、個性的なビールが揃う。このように幅広く文化として親しまれるビールに、朝霧氏は豊かさを見出した。  「ビール事業の創設は1996年です。当初のブランド名は漢字表記で『小江戸ブルワリー』。川越のビールメーカーということで、商品第一号は街の名産である薩摩芋を用いた『さつまいもラガー』でした。現在のブランド名に改めるにあたって“K”ではなく“C”を採用したのは、よりインターナショナルなイメージに近づきたいという思いが込められているんです。英語圏ではカ行は“C”で表記しますからね」  10年ほど前、地ビールがブームになった時期があった。同時に全国各地でローカリティを謳ったビールが次々と生産されるようになる。確かに地ビールは、それまで日本で飲まれていたビールにはない新鮮な魅力を教えてくれた。ときには唸るような逸品も生まれている。しかし、強すぎる地域色は“珍しいモノ”としての一過的な消費を招き、ブームはすぐに沈静化してしまった。その点、地ビールメーカーとしてのスタートを切ったCOEDOではあったが、現在の製品からは土産的なニュアンスは見当たらない。“ビール本来の姿”を伝えていくには、観光の産物から脱却しなければならなかった。Next 小粋なビールに空想する夜〜『COEDO』の美意識

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2007年10月3日 3時20分

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小粋なビールに空想する夜〜『COEDO』の美意識

 渇きを癒すだけではもったいない──そんな特別なビールに出会ってしまった。  それは7月、とある美術館のレセプションパーティでのことだ。強めの雨が降り、気温は30℃を超える、不快指数がきわめて高い日。だからこそ、この日のウェルカムドリンクがシャンパンではなくビールだったのがなおさら嬉しかった。  「お好きなものを、どうぞ」  ステンレス製のトレンチに乗せられたグラスには、それぞれ色の違うビールが注がれていた。頂に豊かな泡をたたえた黄金色、赤みがかったシックなブラウン、グラスの向こうが見えないほどの漆黒。タイプの違うビールを用意するとは、ますます嬉しい気持ちになる。すこし迷ってからブラウンを手に取り、「乾杯」と胸の中で一言、ビールを半分ほど喉へと流し込んだ。  その美味しさといったら、大袈裟ではなく止渇の域を超えていた。ホップのしっかりとした苦味と、果実を感じさせるアロマ、そしてほんのり甘い余韻が残る。これだけ味に奥行きがあれば、少々時間が経っても美味しくいただけそうだ。これはイギリスのエールビールだろうか? 銘柄が気になり、バーカウンターへと視線をめぐらす。  「これは洒落ている」  カウンターにずらりと並ぶボトルを見て思う。コロンと愛嬌のあるフォルムのボトルには、種類を表しているのだろうか、色違いのラベルが巻きつけられている。ラベルには、何かの花を抽象化させたロゴと、“COEDO”という変わったフォントがプリントされている。一体どこの国のビールだろう? サービススタッフに聞くと、「日本ですよ」と意外な答えが返ってきた。詳しくは埼玉県の川越のビールという……なるほど、“小江戸(COEDO)”というわけだ。“K”ではなく“C”と表記する丸い視覚的印象、口に出すと小気味のいい響きも洒落ている。 小粋なビールに空想する夜〜『COEDO』の美意識  こうなると、他の種類も気になってくる。COEDOビールは全部で5種類。『漆黒(Shikkoku)』『白(Shiro)』『瑠璃(Ruri)』『紅赤(Beniaka)』『伽羅(kyara)』と、それぞれの名前は液体の色に因んでいる。さきほどいただいたのは、オリジナル製法の『伽羅』というものだったらしい。スタイリッシュな外観と、日本の伝統的な古色を組み合わせているのがなんとも粋だ。  今度は『漆黒』を手に取る。じつは普段、黒ビールを好んで飲むほうではない。自分の嗜好から言えば、少々重過ぎる感があるのだ。しかしこのビールは予想に反して、サラリとした口当たりである。まろやかでコクのある味わいはバランスが良く、鼻腔にモルトのロースト香が抜けていく。期待以上に質がいい。  想像してみた。お気に入りのBGMが流れるプライベートルームで、読書の傍らにCOEDOをいただくシチュエーションを。無粋なデザインではせっかくの時間を台無しにしてしまうが、このルックスならば、グラスに注ぐ手間さえ楽しみに変わるだろう。それに5種類そろえておけば、気分によって選ぶことも可能である。ものによっては、ゆっくりと時間をかけて味わってもいい。思い浮かべるだけでも至福である。  今晩さっそく実行しよう。そう決めると、雨による鬱々とした気分など最初からなかったかのように、晴々とした喜悦で満たされていく。グラスの残りを飲み干し、会場を後にすることにした。  さて、COEDOはどこで手に入るだろう?Next 小粋なビールに空想する夜〜『COEDO』の美意識

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2007年10月3日 3時22分

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推理作家が作るウイスキーの味〜『シングルモルト&ミステリー』

 小池氏は明るく華やいだ気分の『希望』、石田氏は恋人たちのアフターディナーのための『ふたり』、馳氏は現住の軽井沢の雨上がりを表現した『雨の森』、今野氏は耐え忍んだのちの開花を意味する『華』など、イマジネーションをかきたてるような美しいテーマが並ぶ。また、桐野氏は『メタボラ』、福井氏は『ユニコーン』と、自身の執筆した作品タイトルをつけていた。「今回優勝できなかったら引退する」という逢坂氏は『あでやかな終章』とユニークなテーマで会場を沸かせる。そして注目すべきは北方氏だ。  「私は自分の好きな酒を絶対に変えないので、私の酒の味はすぐわかるんです。だから皆さん私の酒に一票を投じません。しかし私は自分の信念を変えません。今回はチーフブレンダーになった連中を一刀両断にかけようという思いを込め、『両断』というテーマを掲げました」  グラスに鼻先を近づけただけで感じるヨード香は、力強いテーマを表すかのようにヘヴィである。ピートの効いた原酒を50%も大胆にブレンドするとは、北方氏のウイスキーへのポリシーは固いようだ。ともあれ、酒に対するこだわりが強い面々が揃ったこのイベント、「9つのなかからひとつしか選べないのは断腸の思いです」と、輿水チーフブレンダーも頭を抱えるほどであった。  審査は、それぞれのウイスキーをアルコール度数20%に落ちるまで加水し、ブラインドテイストで判定する方法をとっている。当然作家たちは自分の酒を選ぼうとするが、これがなかなか難しいようで、「自分の酒がどれだったかわからない」とのコメントが続出した。それもそのはず、昼間から作家たちはテイスティングし続けており、すでに酔いが回っている状態での判断は困難を極めるだろう。自分のではないと判断した酒は真っ先に選考から外す。うまい酒を選ぶのでは? という疑問は敢えて伏せておこう。チーフブレンダーに選ばれることは、文学賞獲得に匹敵すると協会理事長自らが断言するのだから。  「厳正なる審査の結果、2007年サントリー『謎』チーフブレンダーは大沢有昌先生に決定いたしました」  アナウンスの瞬間、大沢氏から思わずガッツポーズが飛び出した。そして他の面々の揶揄まじりの落胆……“文学賞ひとつ分の栄誉”というのも大袈裟ではないようだ。輿水チーフブレンダーが評価したポイントは“透明感のあるスモーキーフレーバー”とのこと。ピートの効いた原酒をバランスよくブレンドし、軽快さにほんの少し感じるバニラ香が奥行きを与えている。  「普段使わないピーティな原酒は、北方先生が例年大量に使うお酒ですね(笑)。今年はこの原酒の出来が非常に良く、全体の25%くらい使いました。これまで頭で考えてレシピを作っていましたが、今年はいちばんいいと思ったお酒に身を委ねてみた、といったところです。それが良かったのではと思っています」  小説を読んでいるだけではわからない作家同士の掛け合いも楽しめた『シングルモルト&ミステリー』。それにしても……と思ったのは、各氏の酒に対する深い教養だ。原酒の特徴を心得たうえで、自分の好みの味を表現できるのである。酒を飲むのに気取る必要はないが、自分の好きな酒を語れるのはうらやましい限りである。己の好みを再確認するにはいい機会なのかもしれない。

(end)
推理作家が作るウイスキーの味〜『シングルモルト&ミステリー』

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2007年10月3日 3時19分

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推理作家が作るウイスキーの味〜『シングルモルト&ミステリー』

 眉根を苦々しくひそめ、無言のまま一杯──ウイスキーにはそんなストイックなイメージがつきものだ。もちろん、それもウイスキーが持つ味わいのひとつではあるが、ストイックさが先走り、味が二の次となってしまうのは言語道断である。ウイスキーの味は種類によって千差万別。どうせ飲むなら美味しい酒を選びたい。どんなにハードボイルドを決め込んでいても、心はハッピー。これぞウイスキーの醍醐味である。  5月29日、品川インターシティホールにて、酒好きにはたまらないイベントが行われた。その名も『シングルモルト&ミステリー』。推理作家がシングルモルトウイスキー作りに挑戦し、腕を競い合うという、日本推理作家協会サントリーのコラボレーション企画である。優勝者には“チーフブレンダー”の称号が与えられ、ブレンドしたウイスキーは4ヶ月の熟成を経て『謎』ブランドとして限定発売される。今年は協会の60周年、さらにはイベント10周年ということもあり、歴代チーフブレンダーが一堂に会すチャンピオンズ大会となった。ミステリー作家とウイスキーとは、なかなかハードボイルド魂を刺激するカップリングではないか。  今回出場したのは、日本推理作家協会理事長にして初代(2000年)チーフブレンダーの大沢在昌氏を筆頭に、小池真理子氏、桐野夏生氏、馳星周氏、石田衣良氏、福井晴敏氏、今野敏氏の歴代チーフブレンダーたちである(受賞年度順)。そしてスペシャルゲストとして欠かせないのが、8年連続出場の“無冠の2トップ”北方謙三氏と逢坂剛氏だ。彼ら9名の作家と、輿水清一チーフブレンダーを含むサントリーのスタッフ3名の計12名で審査を行う。  まずは輿水氏による、シングルモルトウイスキーについての説明から始まった。  「ウイスキーには大麦の麦芽“モルト”を原料としたモルトウイスキーのほかに、トウモロコシを原料とするグレンウイスキーなどがあります。それからさらに、モルトウイスキーのなかでもブレンデットとシングルに分類されます。今回先生方が挑戦されるシングルモルトウイスキーとは、ひとつの蒸留所で作られた原酒を混ぜ合わせて作られたものです」  今回バッティングに使われた原酒は、クセの強いスモーキーなもの、華やかなフラワリーなもの、バニラが香るコクのあるものなど、個性の異なる10種類。これらが作られた山崎蒸留所は、ひとつの場所で何十種類もの原酒を作り分けることが出来る、世界でも珍しい施設である。麦芽の種類はもちろん、発酵の方法や蒸留釜の種類、樽の使い分けによって、多種多様な原酒が作られる。  それらの原酒を用い、各々が定めたテーマをイメージする味を具現化すべく“バッティング”と呼ばれるブレンドを行っていく。『夜風』というバッティングテーマをつけた大沢氏が「火照った頬をなでる夜の風。そんな甘くて軽やかな大人の酒に仕上げました」と語るように、“イメージの味”作りとはクリエイティブな作業を求められる。Next 推理作家が作るウイスキーの味〜『シングルモルト&ミステリー』

作者: Vagance http://www.extravagance.jp/

更新日:2007年10月3日 3時19分

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歴史に翻弄されながらも、一族は造り続ける〜ワイン生産者SZEPSYの誇り

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歴史に翻弄されながらも、一族は造り続ける〜ワイン生産者SZEPSYの誇り

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日本初上陸のシャンパーニュに酔いしれて〜『Jean-Noёl HATON』

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竹の庭でいただく一杯の薄茶〜鎌倉・報国寺を訪ねる

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バーボンのおもむくまま〜ある恋の行方について

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11月に色づく芋焼酎のつぼみ〜本坊酒造『黒麹原酒』

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伝えたいのは“ビール本来の姿”〜『COEDO』ブルワリー

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小粋なビールに空想する夜〜『COEDO』の美意識

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推理作家が作るウイスキーの味〜『シングルモルト&ミステリー』

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