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トップ > ブルドッグ > ブルドッグ - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年10月2日 8時)

犬の判断、人の指導

さて、今回は、「犬の判断、人の指導」と題して、書きますね。 私の場合、これまで何回も書いてきたように、犬はどんな仔でも自然と「名犬ラッシー」になるものだ、と思い込んでいたものですから、何の準備も知識もなく、衝動買いしたゴル男との生活はかなり悲惨なものでした。 クレートに入れれば、クレートをかじる、サークルに入れれば、ひたすらサークルを壊す、外に出せば家中を壊す、とにかくとんでもない「猛獣」でしたね。 まあ、飼い主が無知だったことが一番の原因なんですが、それでも一応「しつけ本」を読んだり、事後とはいえ、色々勉強もしました。 でも、結果的に言えば「ゴル男の成長に追いつけなかった」というのが正直なところですね。 今回は、こんなことを踏まえて書きたいと思います。 さて、これまで「犬のしつけ」とか「犬の学習能力」みたいなことを書いてきましたが、実際に「犬」は私達が意図的に教えようが教えまいが様々なことを「経験」や「観察」を通じて「学習」し、「成長」して行きます。 ですから、私達にとって望ましいことも望ましくないことも「覚えていく」んですね。 そして当然「自己判断に基づく行動」もするようになっていきます。 これは、私達と一緒に行動しているときにも現れるでしょうし、単独の時にはより一層顕著に現れると思います。 皆さん、良くご存知の飼い主不在時に窓から外を見て通行人に向かって吠える、なんてのは典型ですよね。 吠えるきっかけは「恐怖心」からかも知れませんし、もっと積極的に「縄張りを守る」ということかも知れません。 でも、結果的には「恐怖の対象が現れたら、吠えることによって、その対象を排除出来る」とか「自分の縄張りを守るためには、吠えれば不審者を退散させることが出来る」と学習した仔は、それからも同じ行動をするようになりますし、その「行動は強化」されます。 仮に「犬」を「番犬」として迎えた場合には、飼い主不在時に「見知らぬ対象に吠え掛かることで威嚇・警告して排除する」と言うことは「正しい行動」として誉めて良いんだろうと思いますし、「犬」としての行動としても間違っていないと思います。 でも、現実的に考えるならば、私達の住環境ではそんな状況が許される筈もなく、実際には「困った行動」となりますよね。 まあ、この問題は、テレビでも散々放送されていますから、これ以上書きませんが、意外と皆さんが気付かないうちにも似たような事は起きているんですよね。 例えば、ドッグランとか散歩中に見知らぬ若い仔に出会ったとします。 あなたの愛犬はごく普通に「犬のご挨拶」をしようとします。 でも、先方の仔は犬の社会化が不足しているらしく、異常に興奮し、ご挨拶どころではありません。 この場合、私達の愛犬には二つの選択肢がありますよね。 ①先方の非礼に対し、年長者として指導する⇒当然、身体を使いますから見た目は乱暴です ②「君子危うきに近寄らず」とばかりに先方を無視する。 ①の選択は「群れ社会」の年長犬としては、当然のことです。 「上位」「下位」ということを考えれば、年少の者が年長の者に対して「服従的な態度」をとることが普通ですし、これが変わる際には「闘争」を伴う事が普通だと思います。 ですから、普段は飼い主さんに付いて大人しく散歩をしている仔が若い新参者の仔に吠え掛かられて「吠え返す」という事は決して犬として間違った行動をしている訳ではないですよね。 オーバーに表現するならば、犬の「メンツ」「意地」「プライド」をかけているかも知れません。 でも、多くの場合(もちろん私も)愛犬に対して②の選択を求める、と言うか「教えます」よね。 そうなると先方の若い仔は犬語(そんなのあるかな?)で「ザマ~ミロ、馬鹿、馬鹿」なんて言っているかも知れません。 そんなちびっ子の悪たれに耐えながらも愛犬には「無視すること」を望みますよね。 実際に私達は愛犬に対して「群れ社会の行動」を求めている訳ではありませんし、いくら「犬として正しい行動」であったとしても、先方に怪我をさせる訳にはいきませんから当然ですよね。 でも、これを立場を替えて考えると、少し違って来るとは思いませんか? この状態が続くと、その若い仔はいつまで経っても「犬のご挨拶が出来ない仔」⇒「犬付合いの出来ない仔」⇒「犬が苦手な仔」になってしまう恐れがありますよね。 まあ、こんな仔の場合には、これまで何回も書いて来たように、環境を整えて、落ち着いた仔の協力を得ることで、治すことが出来ると思います。 まあ、「犬が苦手な仔の治し方」については毎度書いていることなので、今回は、「教える仔」についてもう少し書きます。 先程、書いたように年少の仔の「非礼」に対して、「怒り」、力づくで「教える」ことは犬の行動としては少しも間違ってはいません。 群れとして犬を飼っている場合には、必要不可欠な行動とも言えると思います。 でも、私達と暮らしていく上では、何としても「我慢してもらう」必要がありますよね。 「指導をさせるのか」 「我慢をさせるのか」 実は、このことは私達のランでも常に直面する問題なんですね。 この判断は誰がするのか? やっと、今回のテーマにたどり着きました! 毎度のことですが、長い前置きですいません。 実際には、どうしているかというと「管理犬」には判断を委ねています。 ですから、「行動するか否かを判断する」のは全て「管理犬任せ」です。 ただし、「止めるきっかけ」は私達の「声」です。 「犬としての指導」ですから、結構、人からすると乱暴に見えるんですが、「管理犬」という名のとおり、たとえ乱暴に見えても管理犬の指導は「制御」されているんですね。 少し格好をつけて書くと「水戸黄門」の助さん・格さんって感じかな? 「懲らしめる」ことはしても「傷つける」ことはしないんですね。 そして私達管理人の「もう、良いでしょう」って感じの声で止めるんです。 実際は「止めろ!」ですけどね。 とにかく黄門様の「印籠」の登場なんですね。 ここで、一同が平伏してジャンジャン、目出度し目出度しとなる筈なんですが・・・ 犬達の場合にはそうは行きませんけどね。 管理犬は多少不満げな表情を見せるときもありますが、一応は動きを止め、私達の元に来ます。 その間に相手の仔を飼い主さんが確保!みたいになりますね。 でも、これも自然と出来るようになったのではなくて、私達と一緒にドッグランを始めてから出来るようになったんですね。 それまでに、少なくともきちんとした「自己制御」=「我慢」が出来ていたのは葉月だけです。 多分、全ての「判断」をバルトやゴル男に任せていたとしたら、バルトは決着がつくまで完璧に先方の仔を叩きのめすまでやったかも知れませんし、ゴル男も首根っこを噛んでガンガン首を振って手が着けられなくなっていたかも知れません。 私達と暮らしていくうえで、私達飼い主の指導なしに、名犬ラッシーのように全てを自分で判断し、そしてそれが常に正しい、なんてことは有り得ないですよね。 何と言っても、これまでに書いて来たように「犬としての常識的な判断」と「人の判断」では「正解が違う」んですから。 今、私達のドッグランには「管理犬」と「卒業生」と「修行中の仔」がいますし、10月からは「新入生」もやってきます。 多分、「卒業生」の仔達はもうじきそんな仔達の面倒を見る「管理犬」になると思います。 今は、まだ、行動を躊躇したり、どうして良いか分からないって表情を見せることもありますが、この部分を人がきちん導いて上げれば、かなり優秀な「管理犬」となるのは間違いないと思います。 何と言っても、それだけの「賢さ」を持つ仔達なんですね。 今の管理犬連中にない「遊び心」を持っています。 多分、後輩の仔達と一緒に遊ぶことも出来ると思います。 ですから、犬の判断力と人の指導力を合わせる事で「鬼に金棒」になるんですね。 これはどんな仔にも言えることだと思いますが、犬が迷いを見せたら、犬の判断が間違っていると「人が判断」したら、速やかに私達飼い主が「導いてあげる」ことが必要だと思います。 「結果」を見て修正するのは大変です。 だから、飼い主さんは「犬の行動を予測し、正しい行動を教えること」が必要ですし、「犬の判断が間違っていると思ったら、速やかに矯正しなければいけない」と思います。 皆さんはどう思われますか? さて、今回も長くなってきましたね。 続きは、また後日書くことにして、今回はこれで終わります。 もしも、このブログを読んでいただいている方で「愛犬の行動で悩み、どうしていいか分からない」なんて方がいらしたら、ご遠慮なく連絡してくださいね。 出来るだけ具体的な内容をメールしていただければ、助かります。 ということで、次回もまた、何か面白い話題やお役に立ちそうなことを書きますね。 次回もまた、乞う、ご期待! さて、ドッグランについてのお問い合わせ、私へのメッセージは、Wan’s LifeのHP http://wans-life.org/の相談室からお願いします。 私のみならず、メンバー全員で応援しますからね。 何といっても「三人寄れば文殊の知恵」と言いますから。 力になりますよ!

作者: フレンチブルドッグのゴル男

更新日:2008年10月1日 20時15分

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犬の条件付け学習法

さて、今回は、「犬の条件付け学習法」と題して書きますね。 以前、「犬の学習法」の中で「古典的条件付け」「オペラント条件付け」という言葉を書きましたが、最初にこれを簡単に書きますね。 「古典的条件付け」で、恐らく皆さんご存知なのが「パブロフの犬」ですね。 ノーベル賞学者のイワン・パブロフが犬にベルを鳴らしてから、餌を与えることを繰り返したところ、ベルを鳴らすだけで唾液を分泌するようになった、というやつですね。 「オペラント条件付け」は、古くから「犬や動物の訓練」に利用されているんですが、スキナーという人が「オペラント」という言葉を作った位なので「確立した」と言っても良いんだろうと思います。 例を書くと、マウスを使った実験で、「ブザーがなる」、「レバーを押す」、「餌が出てくる」、これを繰り返すとマウスの「ブザーが鳴る」と「レバーを押す」、という行動が定着して、そして「レバー押しの動作」が「餌」という「報酬」で強化される、って言うんですね。 ですから、犬に何かをさせる⇒報酬として食べ物を上げる⇒行動を強化する、なんてのがオペラント条件付けの典型なんですね。 まあ、両者の違いの説明は専門家にお任せするとして、こんな風に何かを繰り返して「条件付けする」ことで「犬に学習させる」ということが、定番だと思いますね。 確かに「犬に何かを教えよう」とする場合、「繰り返すこと」と「報酬で強化する」ということはかなり効果的なことだと思うんですが、先程書いたオペラント条件付けでの「報酬」というのは、「食べ物」に限定したことではなくて、「犬」が自分で「報酬」と考えるもの(行為も含めて)全てが「報酬」になるんですね。 「誉めて育てる」というやり方では、最初は「おやつ」や「おもちゃ」を報酬として使うことはあっても、もう一つの大きな報酬として「飼い主が誉める」ということを上げていますよね。 一時的報酬、二次的報酬とか言いますけどね。 ですから、こういった学習は、必ずしも私達飼い主が何かを教えようとすることばかりとは限らないんですね。 例えば「通行人が家の前を通る」⇒「縄張りを守ろうと吠えて威嚇・警告する」⇒「(当然のことですが)通行人は立ち去る」⇒「吠えることにより不審者を退散させた」、これを犬が「報酬」と考えた場合、「吠える」行動は「強化される」ということになるんですね。 では、どうしたら、犬に効果的に学習させることが出来るのか?と言う事が重要ですよね。 先ずは「何をどうする」という「目的」が明確でなければいけないですよね。 そしてそれを「強化する」ということが必要になりますよね。 詳細は「しつけ本」「訓練マニュアル」を立ち読みすればお分かりになると思いますから、私は予想外を生み易い「叱ること」を書かせてもらいますね。 9月22日に書いた「犬の叱り方は難しい」の中での事例でバルド君が実際に「何をして叱られた」のかが分かり難いと書きましたが、このような事は結構私達の日常生活でもあるんですよね。 例えば、あなたが夕食の準備をしているときに愛犬が台所に入って来て、野菜入れの中に頭を入れていたとします。 当然に、飼い主としては叱らなければいけない場面ですよね。 そこで、あなたは愛犬の首をつかみ、身体をゆすってきつく叱ったとします。 叱った目的は「野菜入れに頭を入れることを止めさせたい」です。 まさに現行犯で叱った訳ですから、タイミングにも誤りはないと思います。 でも、それ以来、あなたが夕食の支度をしている時に限って、愛犬が台所に入ることをためらうようになってしまいました。 可能性は低いと思いますが、何となく実際にありそうな話でしょ。 場合によっては、こんな風に全く違うことと「叱られたこと」が結びついてしまうことがあるんですよね。 誤解する可能性を考えてみると ①時間帯と結びつくと「夕方になると叱られる」 ②場所と結びつくと「台所に入ると叱られる」 ③人の行動と結びつくと「料理をしていると叱られる」 ④音と結びつくと「換気扇が回っていると叱られる」 まだまだ、ガスレンジに火がついていると叱られるとか、もっと色々なことが考えられるとは思います。 ですから、もしも、本当に「野菜入れに頭を入れることだけを止めさせたい」とするならば、①②③④の事をしても叱られない、ということを明確に教えてあげる必要がありますよね。 これは「誉めること」でも有り得る話ですからね。 ですから、これまでも私は「犬に分かり易く伝える」ことを繰り返し書いているんですけれどもね。 実際に私が経験したことを書きますね。 私はゴル男を迎えたときにやった失敗です。 ゴル男と遊ぶときにボール遊びを結構したんですが、これが不味かったですね。 いつの間にか、ゴル男とのボールの引っ張りっこになっていたんです。 ゴル男はボールを取って戻って来ることよりも、私とボールの引っ張りっこをするほうが好きだったんですね。 それなのに私は「ボールは必ず、飼い主さんが犬から取り上げて遊びを終了すること」と「しつけ本」に書いてあることを忠実に実行しようとして、失敗したんですね。 今でもゴル男はブールをくわえて私のところにやって来ますが、奴の場合には、「投げて欲しい」+「引っ張りっこをしたい」なんですね。 これを無意識に強化してしまったので、未だにゴル男からボールを取り上げるのは至難の技です。 まあ、私に限らずかなり高名な方でもご自分の愛犬が覚えてしまった「飼い主にとっては不都合だけど愛犬にとっては喜び」ということ(簡単に書けば「犬のいたずら」ですね。)でかなり悩まされたようですから、仕方ないですね。 一度愛犬が覚えてしまった「楽しみ」を奪うのはかなりの努力がいると思った方が良いのかも知れません。 さて、今回はこれで終わりです。 もしも、このブログを読んでいただいている方で「愛犬の行動で悩み、どうしていいか分からない」なんて方がいらしたら、ご遠慮なく連絡してくださいね。 出来るだけ具体的な内容をメールしていただければ、助かります。 ということで、次回もまた、何か面白い話題やお役に立ちそうなことを書きますね。 次回もまた、乞う、ご期待! さて、ドッグランについてのお問い合わせ、私へのメッセージは、Wan’s LifeのHP http://wans-life.org/の相談室からお願いします。 私のみならず、メンバー全員で応援しますからね。 何といっても「三人寄れば文殊の知恵」と言いますから。 力になりますよ!

作者: フレンチブルドッグのゴル男

更新日:2008年9月30日 20時33分

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犬の条件付け学習法

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