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トップ > 児童福祉 > 児童福祉 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月5日 12時)

教育系レポート作成例;学習指導要領について。

 ちょっと古い版なのですが、学習指導要領についてのレポート作成例です。

出題:学習指導要領について説明し、現行の学習指導要領について論じなさい。

 学習指導要領は、小・中・高校の一般的な教育内容・指導方法、各教科の内容組織について各学年の配分、単元や事項の配列を指示したものである。これによって学校の教育計画がたてられ、教科書が編纂される。学習指導要領は文部科学省が定めると規定されている。
 1947年3月、従来の教授要目と国定教科書教師用書にかえ、文部省により、アメリカのコース・オブ・スタディなどを参考として作成された。1947年版においては、学習指導要領はあくまで「試案」であった。それは、戦前の教育の画一的傾向を反省し、「こんどはむしろ下の方からみんなの力で、いろいろと、作りあげて行くよう」にするためつくられたものであった。したがって学習指導要領の基準とは大体の範囲を示し、教師の良識と社会的同意にもとづいて解釈されるのが当然であると思われる。「試案」というのは暫定的という意味ではなく、随時改訂されるばかりでなく、教育現場における教師の自主的計画を重視するという意味を含んでいたといえよう。しかし、1955年の高校指導要領改訂の際、「試案」の2字が削除され、58年改訂以降は官報に告示され、教科書編集の基準としての拘束力が強化された。
 その後学習指導要領は、ほぼ10年ごとに改訂され、最近の改訂は、小・中学校が98年12月、高校と盲・聾・養護学校が99年3月であり、2002年4月から小・中学校で実施されている。この改訂では、完全学校週五日制を実施し、各学校がゆとりの中で特色ある教育を展開すること、子どもたちに学習指導要領に示す基礎的・基本的な内容を確実に身につけさせるとともに、自ら学び自ら考える力などの「生きる力」をはぐくむことが目指されている。そのための主な改革点としては、子どもの主体的な学びを実現するための「総合的な学習の時間」の創設、授業時数の縮減、教育内容の厳選(三割削減)、中学校と高等学校における選択学習の幅拡大、絶対評価の重視などがあげられる。
また、近年文部科学省は、学習指導要領の位置づけを、各学校において教育課程を編成し、実施する上での「最低基準」としての性格があると新たな見解を表明した。これにより、理解の進んでいる子どもは発展的な学習で力をより伸ばすとされ、教科書の検定基準も変更された。学習指導要領の内容の改訂にとどまらず、位置づけそのものが変わったことは、特記すべき事項であると思われる。
(994字)

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月28日 9時1分

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教育系レポート作成例;教師論・今後の教員養成にとって重要だと思われることについて。

 教育系レポートの作成例です。今回の出題は、テキストが示されていて、該当の章の全体を要約した上で、「今後の教員養成にとってもっとも重要だと思われることを」論じることになっています。要約をしなければならないという制約があるため、私としては書ききれなかったなあ、という気分がしないわけでもないのですが(汗)、掲載しておきます。皆様、ご批判をお寄せいただければ。

出題:今後の教員養成にとって最も重要だと思われることを1つ取り出して、その重要性を論じなさい。

 多岐にわたる深刻な教育問題が多発する中で、教育実践の担い手である教師の資質能力の向上が求められている。この期待に応えるため、文部大臣から「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について」の諮問を受けた教育職員養成審議会によって、3次にわたる一連の「答申」が提出されている。
 第1次答申(「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について」)では、教員に求められる資質能力を検討し、期待される「教師像」が明らかにされている。続く第2次答申(「修士課程を積極的に活用した教員養成の在り方について」)では、第1次答申で求められた教員の資質能力を一層高め、得意分野づくりと個性の伸長を促進して、高度な実践的指導力を有する質の高い教員の確保のための方策が提言されている。そして第3次答申(「養成と採用・研修との連携の円滑化について」)では、「求める教員像」といった教師像をめぐって積極的な表現がなされている。
 それでは、これからの教師に求められる資質能力とは何か。答申では、「得意分野を持つ個性豊かな教員」「現場の課題に適切に対応できる力量ある教員」が求められる教員像として掲げられている。このような教員像を目指して、教員養成や現職教員の研修において様々な取り組みがなされている。
 教員養成に関わっては、学部の教員養成課程の再編が進められていることがあげられよう。また、大学院修士課程の活用も目指されている。伝統的に日本の大学はアカデミズムが根強く、高度専門職業人養成のための体系的なカリキュラムが編成されていないという問題が残されているものの、積極的に改革を行う大学も現れている。また、06年7月には「教職専門職大学院」の創設が中央教育審議会によって提言されており、今後ますます、修士課程段階での教員養成が重要となってくるものと思われる。こうして、明治以来の聖職、戦後教職員組合主導の労働者的教師を経て今日では、専門職的教師像が定着してきている。
 では、専門職としての教師はどのような教師像なのであろうか。どのような専門職的教師像が目指されているかということは、今後の教員養成にとって最も重要だと私は考える。教師像という目標の内実によって、教員養成に関わる実践の内実が変わってくると思われるからである。専門職像の一つのイメージとして本稿では、D.ショーンの「反省的実践家」としての教師像に注目しておきたい。
 ショーンによれば、従来の専門職モデルは、「技術的合理性」モデルであった。このモデルによれば、「専門家の活動は、科学的な理論と技術を厳密に適用する具体的な問題解決」(ショーン2001:19)にあるという。したがって、専門性の基礎は専門領域の科学的な知識と技術の成熟度に置かれる。教師の場合、教科内容の専門的知識と教育学や心理学の科学的な原理や技術が専門的力量として求められることになる。
 しかし、このような科学的で合理的な技術の実践への適用という考え方に基づく専門職概念ではなく、「行為の中の省察」を中心的な概念とする「反省的実践家」という専門職像をショーンは提起している。教育の現場で考えるならば、教室や学校という場は、複雑な文脈の場である。そこでは、一人ひとりの子どもに即した問題解決が求められるのであり、ショーンがいうような「省察」と「熟考」によって問題をとらえ、その解決策を選択して判断することが、教師の専門性としてきわめて重要だと思われる。
 このような教師像は、専門職としての教師を確立する上で、一つの指針となるのではないだろうか。その上で、教員養成のあり方を具体的に考えていくことが必要なのではないだろうか。(1500字;文献含まず)

引用・参考文献
ショーン(佐藤学・秋田喜代美訳)、2001『専門家の知恵――反省的実践家は行為しながら考える』ゆみる出版

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月26日 2時23分

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教育系レポート作成例;教職の意義と教師の役割・教師像(東井義雄編)

 教育系レポートの作成例です。

出題:テキストから任意の人物をとりあげ、その人物について更に調べて、テキストでは説明・言及されていない面を中心に、この教師像の特徴について説明しなさい。

*今回の出題は、テキストが指定されているケースを想定しています。テキストで説明・言及されていない面というのが出題の条件ですから、やや、マニアックな内容になっています。

*取り上げる人物:東井義雄
 東井は生活綴方教師である。『村を育てる学力』が彼の戦後の代表作であるには違いないが、戦前にも、兵庫県豊岡小学校での実践をまとめて、『学童の臣民感覚』という著作を著している。東井のこの著作は、1944年に単行本として刊行されている。
 戦時下という時代状況下で刊行された著作であるから、当然、戦争を批判するような内容を記述することはできない。かといって、カモフラージュで戦争協力をしたことを綴ったものでもない。東井は戦後、当時のことを、「努力しても努力しても戦いになじめず、戦争祈願の神社参拝に参らされても、どうしてもかしわ手がうてなかった私が、遂にかしわ手をうつようになったのは、子どものいのちの中に、本然に民族のいのちの流れを感じるようになったからだ」(東井1959)と表している。始めは抵抗をしていた戦争に対して、東井は、子どもたちの日常感覚から、理屈や思想以前の「臣民感覚」とでもいうべきものを感じ、そこから「本気」の戦争協力をしていく。
 1945年8月15日、東井は自刃をしようと思ったがそれもできず、自らの戦争協力に対する責任を感じ、教育に関する発言を行わないでいた。しかし、12年の沈黙を破って1957年に出版されたのが『村を育てる学力』である。
 東井の戦争協力について、どのように考えたらよいのだろうか。現代の感覚・尺度をもってして、東井の戦争協力を批判することはたやすい。現にそのようにして東井批判をする者もいると聞く。
 しかし私は、そのように黒白をはっきりつけるような論理で東井を評価することになじめない。
 東井の転向をどう評価するかは、とても私には手が負えないテーマではある。が、ただ、今回、東井について調べて思うのは、『学童の臣民感覚』においても、『村を育てる学力』においても、東井は、現実の子どもから出発しようとしていたことである。そして、その時代時代において、子どもと共にあるために、ぎりぎりの選択をしたのではないだろうか。
 そう考えると、単純に東井を戦争協力者として切り捨てることはできない。そしてまた、このようなぎりぎりの、また、矛盾を抱えた選択をもせざるを得ない教育の現場の困難と緊張を感じる。東井は、あまりにも正直に、子どもたちの生活現実と時代に向かっていった教師だったのではないだろうか。(955字;文献含まず)

引用・参考文献
 坂元忠芳、1981「子どもとともに生きる教育実践」国土社
 東井義雄、1944『学童の臣民感覚』日本放送出版協会
 ――、1957『村を育てる学力』明治図書
 ――、1959「私の「いのち」の思想について」国土社、4月号
 原芳男・中内敏夫、1962「教育者の転向――東井義雄」、思想の科学研究会編『共同研究:転向 下』平凡社

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月26日 0時17分

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教育系レポート作成例;教育心理学・ピアジェの発達段階論について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:ピアジェの認知能力を思考の発達段階として、具体例をあげて説明しなさい。

 ピアジェによると、思考の発達は生得的に規定されるものでもなく、経験によって獲得されるだけのものでもない。思考の発達は、子どもが環境にはたらきかけ、また環境から働きかけられるという相互交渉を通して行われるという考え方をとる。すなわち子どもは、すでにもっている知識の枠組み(シェマ)に、新しい情報や経験を取り込んでその中で理解しようとする(同化)のだが、そのシェマの中で理解できないときにはシェマの枠組みそのものを変える(調節)という、同化と調節を繰り返すことで発達するとした。
 ピアジェによれば、ヒトの思考は、生まれてから14、5歳までに5段階の質的変化を見せるという。それらを順に見ていこう。
① 感覚運動的思考段階(0~2歳)
この段階は、本当の思考に入る前段階と考えられ、象徴・記号・言語を必要としない、使いこなせない段階のことである。感覚器と運動能力との協応を使って、外部環境を認知して、新しい場面に合った行動をしていく段階のことである。例えば乳児は、何でも口に運んでしまう。それは、口唇で得られる情報が、他のどこよりも多いからである。このように、なめる、触る、見るといった感覚器官を通じて外界を知るのである。
② 前操作的思考段階(2~4歳)
この時期は、1)象徴的思考段階と、2)直観的思考段階とに分けられる。
1) 象徴的思考段階
 乳児は、母親が見えなくなると泣き出してしまう。これは、単に寂しいといった感情なのではなく、母親がこの世からいなくなってしまったと思ってしまうからである。しかし、象徴的思考段階に入ると、目の前にいないものを思い浮かべることができるようになる。具体的な物だけでなく、その代わりとなる象徴・記号・言葉などが使えるようになってくる思考であり、記憶・推理が可能になることから、ままごと遊びができるようになる。
2) 直観的思考段階(4~6、7歳)
 知覚の影響、見た感じ・聞こえた感じ・触った感じなど、によって思考がコントロールされる時期である。思考が直観(見た目)によって左右され、その背後にある本質まで考えが及ばない時期である。例えば、ピアジェが行った「液量保存の実験」では、コップの液量について、同じコップに同じ量の液体が入っていれば、確かに同じ量だと分かるのであるが、細いコップに移すと子どもは混乱してしまい、液体の高さが高くなったのだから量も増えたに違いないといったように、目立つ変化に目を奪われてしまうのである。形は変わっても量は変わらないといった「保存」の概念がまだ成立していないのである。また他にもピアジェは、「対応の実験」「空間理解の実験」等を行い、幼児期の直観的思考は、すべてが自分の知覚に影響されていること、自分の立場でしか物事が判断できないという「自己中心的な思考」になっていることを示している。
③ 具体的操作段階(6、7~11、12歳)
この段階では、先ほどの例でいえば、見た目は変わっても水の量は買わないことがわかるようになり、保存の概念が獲得される。すなわち、具体的事物の助けがあれば、直観(見た目)に左右されずに、ものを把握できるようになる。保存概念ができあがる年齢は種類によって異なり、物質量の保存の成立が最も早く(8歳)、重さの保存が続き(9歳)、体積の保存の成立が最も遅い(11歳)とされている。
④ 形式的操作段階(11、12~14、15歳)
これまで述べてきたように、児童期までの知的操作は、認知や記憶が中心で、思考は具体物をとおしての因果関係は初歩的論理の体系の理解にとどまっていた。しかし、形式的操作段階に至ると、具体世界から自由になって抽象概念を操作し、可能性の世界に対しても論理を適用し、思考できるようになる。この段階においては、①頭の中で2つ以上のカテゴリー(命題、変数、条件など)を同時に扱う、②将来おきるであろう変化をとらえ、その結果を論理的に予測する、③行為の結果を思い描いて現在とるべき行動を選択する、④一連の事柄の論理的可否や一貫性を把握する、といったことができるようになる。このような知的操作の発達は、抽象的思考を可能にするだけでなく、思考と動機、意欲を結びつけて行動できるような原動力となっていく。
以上、ピアジェの認知能力を思考の発達段階として捉え、概説した。

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月24日 14時37分

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教育系レポート作成例;教育社会学・いじめ問題と教師・生徒について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:「いじめ問題と教師・生徒」について考察しなさい。

*今回の出題は、テキストが指定されているケースを想定しています。テキストで言及されている図表からのデータは、自明のこととして使用しています。

*指定テキスト
 苅谷剛彦・濱名陽子・木村涼子・酒井朗編、2000『教育の社会学――<常識>の問い方、見直し方』有斐閣アルマ

 最近また、中学生がいじめを理由に自殺した。心が痛む出来事である。いじめについては、日本固有の出来事として語られることが多いが、必ずしもそうではない。
 ある調査によれば、例えばノルウェーの場合、小学校2年生男子で17.5%をピークに、学年が上昇するにつれてその割合は減少するものの、10%前後が「いじめられている」との報告がある。この数字は、日本の1学級に換算すると1学級の中で3~4人がいじめられているということであり、少ない数字だとは思われない。また、オーストラリアの8歳男子の場合には、37%がいじめられているとの報告もある。
 日本のいじめに関しては、文部科学省の統計がある。いじめ発生率は小学校で0.07%、中学校でも0.27%でとの試算もあり、ノルウェーやオーストラリアと比較すると、きわめて低い数字となっている。
 日本はこんなにいじめの少ない国だったのだろうか。これは実感とはきわめてかけはなれた数字ではないだろうか。
 そこで、別の調査を検討してみる。東京都生活文化局の調査によれば、「友だちからいじめられたことがある」と応えた小学生・中学生は全体の36%であったという。この数字は、先の文部省調査とは大きく異なるものであり、また、ノルウェーやオーストラリアの調査を大方超える数字である。
 ではなぜ、日本のいじめ調査では、0.07%と36%といった大きな数字の違いが出てしまったのだろうか。それは、調査方法の違いによる要因が極めて大きいと思われる。
 文部省調査の場合、このデータのものである「生徒指導上の諸問題の現状について」という調査は、教師が把握したいじめを市町村・都道府県教育委員会を通じて文部科学省に報告するという悉皆調査である。このような調査方法によっていじめが把握されていくためには、いくつかのハードルがある。
 まず第一に、教師がいじめの事実を認識できるのか、という点である。そもそもいじめは、教師に見えるように行われるものではない。一件の教師が把握したいじめの背後には、その数倍ものいじめの事実があると言ってよかろう。
 また、教師がいじめを把握した場合でも、それをこのような調査に厳密に全部を報告するか、という問題も残る。そもそも、いじめを定義すること自体が難しく、このような調査に報告するレベルのいじめであるのか、それとも単なるふざけ、からかいとみなすのか、この判断は主観的なものとならざるを得ない。
 そして、これはもちろんあってはならないことではあるのだが、これだけ教師を評価し、不適格教員が話題になっている今日において、自分の学級でいじめがあったと報告することは、自らの評価を下げることになることから、それを隠蔽しようとする教師の心理が働くおそれもあるのではないだろうか。
 このような理由から、教師の把握したいじめを、教育委員会を通じてカウントするという文部省統計では、子どものいじめの事実を、より現実に近いかたちで把握することはきわめて難しいと思われる。
 その点、東京都生活文化局の調査は、いじめの事実を子どもたちに聞いているという点で文部省統計とは大きく異なる。教師がいじめとは認識していないようなことでも、当事者であるその子にとっては、いじめとして体験されていることも少なくないからだ。
 いじめは、他者からいじめと認定されるような事実でもって把握されるようなことではない。他者がいじめと認定しなくても、その子がいじめられたと感じているのであれば、いじめとして教師はそれを捉え、解決していくために努力をしなければならない。
 いじめのような子どもの内面に関わることであればこそ、丁寧に子どもの声を聞いていくことが重要であると思われる。(1534字)

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月23日 15時12分

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教育系レポート作成例:西洋教育史・ペスタロッチ

 レポートというか、用語説明レベルのものではありますが、レポートの作成例を掲載します。教師論との関わりで書いています。

* ペスタロッチ
 ペスタロッチは「民衆教育の父」と言われている。彼の生涯については、彼の墓碑に端的に要約されている。「ノイホーフにおいては貧民の救済者、「リーンハルトとゲルトルート」においては民衆の伝道者、シュタンツにおいては孤児の父、ブルクドルフとミュンヘンブフゼーにおいては新しい民衆学校の創設者。イフェルテンにおいては人類の教育者。人間、キリスト者、市民。すべてを人のためにし、自分のためにはなにものをも。かれの名に恵みあれ」。おのれを捨てて、他の人、特に民衆の教育にささげられた一生であった。
 ペスタロッチは、『隠者の夕暮』の冒頭において、「玉座の上にあっても木の葉の屋根の蔭に住まっても同じ人間、その本質から見た人間、そも彼は何であるか」と問いかけ、また教育目的については、「人間本性の内的諸力を純粋な人間的真理に向上させることが陶冶の、また最下層の人間の陶冶の一般的目的である」と述べている。
 そして、『リーンハルトとゲルトルート』では、無学な主婦がいかにその家庭や村を立て直したかが描かれている。ペスタロッチは、教育による社会改革、民衆の救済を目指していた教師だと思われる。

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月22日 1時47分

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教育系レポート作成例;発達社会学・現代日本における親子関係の特徴。

出題:発達社会学的視点から現代日本における親子関係の特徴を述べなさい。

 発達社会学は、諸個人の発達について社会学的に研究を行うものである。個人の発達については心理学的な手法を用いた研究が圧倒的に多いが、発達社会学においては、社会構造や社会規範、文化的あるいは歴史的な諸次元が発達にとっていかに重要かという視点をもって研究を行う。個人の発達は、社会のなかで起こるということを前提とするものである。
 このように個人の発達を社会の中で起こるということに注目する概念の一つが、<社会化(socialization)>である。社会化とは、個人が社会的な状況のなかで、他者との相互作用を介して、価値や行動のパターンを学習する過程である。
 親子関係と発達社会学の関係でいえば、生涯にわたる親子関係のそれぞれの段階において、子どもと親双方の価値観と行動パターンは、どのような社会的過程を経て、どのように変化していくのか、こうした過程と変化を規定する社会的要因は何か、親子間の関係自体が、それぞれの段階でどのような様相を呈し、どう変化していくのか、それらを規定する社会的要因は何か、といったことを探究することが発達社会学の課題とされる。親子関係の具体的な様相を追求するのではなく、それを規定している社会構造や社会規範、社会の変化に注目して、親子関係の様相を成立させている社会的要因を探ろうとするのが発達社会学の視点から捉えた親子関係である。
 では、このような発達社会学の次元から現代日本における親子関係を捉えてみるならば、どのように見えるのだろうか。
 近年、家族は大きく変化している。それは当然、親子関係にも変容をもたらす。その典型的な例は、マルティプル・ペアレンティングの喪失である。近年の親子関係は、母親のみに養育役割が集中するというケースが多い。
 前近代社会の養育環境では、マルティプル・ペアレンティングが実現していた。例えば祖父母やオジ・オバ、地域コミュニティ等によって、子どもは複合的なソーシャライザーによって社会化されていた。したがって、母親の社会化責任も相対化されていた。
 これに対して、近代産業社会では、核家族化、父親の職場への長時間の拘束、親族ネットワークの拡散、地域コミュニティの弛緩といった状況のなかで、子どもの社会化は母親が独占的に担わざるを得ない状況になっている。前近代社会のような複合的な養育構造から、ほぼ全面的に母親が背負うという単純な構造に移行していったのである。
 このような単純な育児構造の中で、専業主婦としての母親の関心やエネルギーが、少ない子どもに注がれていく。過干渉や過保護といった親子関係である。また、全面的に母親が育児を背負うことから、母親の育児不安も増加している。単純な育児構造においては、母親と子どもの関係をサポートしたり、補完・相対化したりする社会的な仕組みが脆弱である。その結果、様々な問題が生じている。例えば、子ども虐待の増加の背景には、このような育児構造の変化があると思われる。
 したがって、今日、新たな養育構造への変化が求められている。それは、母親と子どもといった単純な養育構造ではなく、複合的な養育構造である。母親のみでは担うことが不可能な養育機能を、父親を含む家族全体や地域社会とも連携していくようなこと、そして、子育てのネットワークを形成していき、多くの養育担当者が子どもの周りに存在する、という養育構造である。
 性別役割分業が疑問視され、女性の生き方が変化しつつある今日、子どもの養育を母親が独占するといった親子関係・養育構造ではなく、養育関係が分担されていくような新たな親子関係・養育構造の構築が求められている。(1496字)

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月21日 5時51分

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教育系レポート作成例;発達社会学・子ども虐待の社会的背景について。

出題:子ども虐待の社会的背景を説明し、解決策を具体的に提示しなさい。

 近年、子ども虐待の増加が懸念されている。全国の児童相談所が受けた虐待に関する相談・通告の件数は、統計を取り始めた1990年度の1001件から、2005年度には34297件に増加している。もちろんこれは、あくまで児童相談所に相談・通告があった件数で、それは氷山の一角にすぎず、実際の発生件数はこれをはるかに上回るものだと思われる。
 では、このような子ども虐待にはどのような背景があるのだろうか。衝撃的な虐待の事実が知らされるたびに、その母(父)親自身に原因があり、彼女(彼)らを批判する声が高まる。しかし、子ども虐待は、決して個人的な要因に帰着させることはできない。社会的な背景に目を向ける必要がある。
 現代は、特に母親が子育てに専念することができるケースが多く、一見、育児が困難な時代だとは思われない。しかし、現代ほど、子育てが危機的な時代もそれほど多くはない。
 戦前から戦後初期の段階では、日本の農村共同体はまだ健全であった。親たちは、仕事で忙しかったものの、地域には、子どもたちの異年齢集団が存在し、子ども集団の中で子どもたちは育つことができた。
 しかし、1960年代に入り、高度経済成長期を迎えると、農村共同体は崩壊した。農村では欠かせない労働力だった女性たちも、農村共同体の崩壊で「失業」し、専業主婦となり、子育てに専念するようになった。
 父親は仕事をし、母親は子育てに専念するという性別役割分業が徹底する中で、母親は子育てを行った。「専念」であるからには、子育ての失敗は許されない。そのことが子育て場面において母親を追い詰めていく。
 しかし、このような農村共同体の崩壊や性別役割分業の確立にのみ子ども虐待の社会的背景を求めるのでは、やや不十分なように思われる。もしそうだとしたら、90年代後半以降の子ども虐待の急増を説明できないからだ。
 90年代後半以降の社会の変化として、圧倒的に「中流意識」が強かった社会から、「勝ち組」「負け組」「二極化」といった階層分化が広まったことがあげられる。貧富の差が拡大し、非正規雇用といった不安定就労が増加している。このような生活の背景の変化の中で、日々の生活に追われる家族が急増している。社会で生き残るために大人たちは必死に競争する。このような競争原理の強まりの中で、大人たちが孤立し、地域社会は分断し、家族も子育てにおいて孤立していく。そもそも子育ては、今日のような構成員が少ない家族で背負いきれるような営みではない。それにも関わらず、特に母親に子育ての負担が集中するため、そのことが母親自身を追い詰めていくことになっているのではないだろうか。
 子ども虐待をする親自身が、大きな不安を抱えて生きている。親自身の生活が危機を迎えたときに、それが引き金となって、家族の中の最も弱い存在である子どもに暴力が向けられる。それが子ども虐待の社会的背景なのである。
 このような背景を考慮すると、子ども虐待の解決策としては、長期的には、親自身が安定した生活を送れるよう、現代のような過度の競争社会、階層分化を押しとどめていく必要がある。そして、孤立した親・家族をつないでいくことが求められる。
具体的には、地域社会で、親の生活を支え、子育てを間において親や家族がつながっていくような場づくりが必要なのではないだろうか。現在、保育所などで行われている「子育て支援」の取り組みや、地域子育て支援センターの設置は非常に重要だと思われる。このような場を通じて、親の不安が受け止められ、子育ての悩みを共有する過程で、子育てを共同で行うという意識が高まっていくことによって、子ども虐待を少しでも減らすことができるのではないだろうか。(1526字)


作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月21日 5時50分

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教育系レポート作成例;課題文型(大田堯)

 昨晩、ブログを書いていたのですが、なぜか途中でデータが消えてしまった(涙)。PCがフリーズしてしまったんです。ああ……。

 気を取り直して、課題文型のレポートを書いてみましたので、掲載します。
 今回、課題文で取り上げた大田堯は私の大好きな研究者の一人。教育学を学ぶ方、教師を目指す方にはぜひとも触れてほしい方の一人です。

出題:次の文章を読んで、子どもの発達と大人の関わりについてあなたの見解を述べなさいい。

 実際、考えてみると現在の子ども・青年はあまりにも大人たちからあてにされなさすぎます。彼らは失業者です。ごく幼いころからそうなのです。なめるように可愛がられ、保護されるということはあっても、あてにされていないのです。保護の対象ではあっても、目的をもった主体としてあつかわれていないのです。(中略)
 あてにされるほどひとを“やる気”にするものはありません。そうすることが、大人世代が子ども・青年を内面から尊重することなのです。貧しく、ときに虐待もされましたが、かつての子ども・青年は、ある意味で早くから大人からあてにされて発達したことはたしかだと思います。小学生でも水汲みから牛の鼻とりまで、いろいろなことで大人にあてにされる仕事があり、任務がありました。
 自治とは、相互にあてにし、あてにされる関係の中での人間の創造的活動とでもいうべきでしょうか。私たち大人世代の立場でいえば、子ども・青年を庇護し、保護するだけでなく、思いきって彼らをあてにし、彼ら自身が目的を持ち、試練に耐えながら、責任ある任務分担を果たしてもらうという関係をつくり出すことです。彼らの自治を大胆に期待するということです。
(出所:大田堯、1983『教育とは何かを問いつづけて』)


【解答例】
 真剣な意味で「あて」にされることによって、自分が持っている以上の力を発揮し、成長の契機にしていくということは、私自身の経験とも重なるものだ。「あて」にすることの教育的効果をねらって、それ程「あて」にしていないにもかかわらず、「あて」にしているような「演出」は、子どもは直感的に見抜いてしまう。本気で子どもを「あて」にすること、そこに子どもの発達の重要な契機がひそんでいるように思うし、その意味で筆者の主張に私は全面的に共感する。
 保育園の保育士から、このような話を聞いたことがある。保育園で年長の子どもたちは、最上級生として年下の子どもたちの面倒を見るし、行事などでもリーダーシップを取って大活躍する。しかし、小学校に入学したとたん、何もできない1年生として、面倒を見てもらうだけの存在になってしまう。あの子たちは、いろいろなことができたのに、と。
 保育園で見せた年長の子どもたちのこの活躍こそ、子どもを「あて」にすることによってなされた発達ではなかろうか。保護の対象としてのみ大人が子どもに関わることによって、子どもの発達の契機を奪ってしまうこともあるのではないか。
 子どもの発達のために大人がなすべきことは、直接的に教えるということだけではない。一歩ひいて、子どもに任せることによって発達を保障することができる場面があるのではないか。それは、放任とは異なる。子どもを「あて」にする場面が減少している今日だからこそ、大人と子どもの関係性を問い直していく必要があるのではないかと私は考える。


【解説】
 まず、子どもの発達と大人の関わりについて述べる際、出題文に言及しながら見解を述べることが重要である。テーマが独自に展開されていたとしても、出題文との関わりが読みとれないものでは、出題の意図が理解されていないと判断されてしまう。また、出題文をなぞるだけのような解答も避けたい。出題文の筆者の考えと自分の考えを区分けしていくことが大切である。
 出題文の大田の「あて」にするという子ども・青年との関係性認識は、子ども・青年を生活者として捉えるという大田の子ども観が反映しているものと思われる。子ども観をめぐっては、近代以降、何度も議論されている。他の子ども観についても学習しておきたい。
 なお、出題文である大田堯の『教育とは何かを問いつづけて』は、教育を考える上で是非読んでおきたい。

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月20日 16時27分

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教育系レポート作成例;教育心理学・エリクソンの発達段階論について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:エリクソンの理論からパーソナリティがどのような影響で形成されるかを論じなさい。

 エリクソンは、フロイトの精神分析学を基礎としながら、自我発達には文化、社会的要因、すなわち対人関係や社会的義務などが大きく関与すると考えた。そして、従来の精神分析学が幼児期から思春期までの発達を重視し、とくに幼児期がその後の人生を決定すると仮定するのに対して、人生全体を生活周期(ライフサイクル)ととらえ、生まれてから死ぬまでが発達の過程であると考えた。
 エリクソンは、人間の生涯を8つの段階に分け、それぞれの段階に克服すべき「心理社会的危機」があると仮定した。この危機とは、次の段階に移行するか、その段階で停滞するか、あるいは横道にそれてしまうという分岐点の意味で用いられている。人は、身体的成熟とともに必ずすべての発達段階を進んでいくが、前の段階での失敗や成功は次の段階の達成に大きな影響を及ぼすと考えられている。つまり、それぞれの発達段階に重要な心理社会的成長のきっかけが潜んでいて、それをどのように克服するかがその人のパーソナリティを形成するという仮説である。以下、それぞれの発達段階毎に、パーソナリティがどのような影響で形成されるかについてみていこう。
①乳児期(0~1歳頃):「基本的信頼」対「不信」
 乳児は、養育者からの授乳などの行動を通じて身体的・精神的安定を得る。母親が子どもの要求に適切に応じ、一貫した養育をすれば、乳児は母親を通じて自分及び外界との信頼性を形成する。そうではない場合は自分や外界への不信感を形成することになる。
②幼児期前期(1~3歳頃):「自立」対「劣等感・恥」
 幼児はこの時期、養育者から排泄のしつけを受ける。幼児はこのしつけによって、自ら排泄を規制して自立すること、自分をコントロールすることを学ぶ。しかし、しつけが厳しすぎると劣等感や恥を経験することになる。
③幼児期後期(3~6歳頃):「積極性」対「罪悪感」
 この時期には、自分の欲求と周囲の規律という両方の力をコントロールする力を身につける。規律を守ると同時に、その範囲内で自分の要求を表現し、主体的に行動することが求められる(自発性)。これに失敗し規律を乱してしまう子どもは罪の意識を感じることになる。
④児童期(6~11歳頃):「勤勉性」対「劣等感」
 この時期に児童は、学校で勉強し、対人関係の技術を身につけ、様々なことに取り組むことで有能観を実感し、自分の能力を信頼して自己確信にいたる。これらのことができないと劣等感が生まれる。
⑤ 青年期(11歳頃以降):「自我同一性」対「同一性拡散」
 エリクソンはこの時期を、「自分とは何か」という問いへの答えを見つける時期であるとした。これが「自我同一性(ego-identity)」である。自我同一性は、以下のような特徴を持つ。
1)これこそは過去から現在、そして将来も変わらない一貫した自分らしさであると思えるものである。
2)その自分らしさを、自分の周りの他者からも同じように認められて位置づけられている。
3)そのようなことが頭で理解しているのではなく、自己確信として感じられ意識されている。
青年期はこの自我同一性を形成するために、社会的義務や責任を最小限にして、様々な経験をすることを認められた猶予期間であるとされ「心理・社会的モラトリアム」と呼ばれた。この自我同一性がうまくいかなかった場合には、「自分がバラバラに感じられる」「自分が何であるのかわからなくなってしまった」という状態の「同一性拡散」になる。
 エリクソンは、青年期以降の発達課題として、成人初期(20~30歳頃)は、青年期に形成した自我同一性を見失うことなく、他の人の同一性を認め、親密で永続的な関係を継続する時期(「親密性」対「孤立」)、壮年期(30~60歳頃)は自分の子どもを育て、次の世代へと引き継ぐものを生産することに関心を向ける時期(「生殖」対「沈黙」)、老年期(65歳以上)は今までの自分を統合し、次の世代の人を育てる時期(「統合性」対「絶望」)とした。
 以上みてきたように、それぞれの発達段階毎に子どもが獲得すべき発達課題が存在している。これらにどう対応するかによって、パーソナリティが形成されていく。基本的信頼や自律性、自発性、勤勉性が獲得できるか否かといった点は、パーソナリティ形成において分かれ目となることである。その際に、保護者や周りの大人が適切な対応ができるかといった点に影響を受ける。発達段階毎に獲得課題を明確にして、働きかけをする必要があることを保育者や保護者は強く認識すべきである。

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月18日 14時28分

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教育系レポート作成例;学習指導要領について。

 ちょっと古い版なのですが、学習指導要領についてのレポート作成例です。

出題:学習指導要領について説明し、現行の学習指導要領について論じなさい。

 学習指導要領は、小・中・高校の一般的な教育内容・指導方法、各教科の内容組織について各学年の配分、単元や事項の配列を指示したものである。これによって学校の教育計画がたてられ、教科書が編纂される。学習指導要領は文部科学省が定めると規定されている。
 1947年3月、従来の教授要目と国定教科書教師用書にかえ、文部省により、アメリカのコース・オブ・スタディなどを参考として作成された。1947年版においては、学習指導要領はあくまで「試案」であった。それは、戦前の教育の画一的傾向を反省し、「こんどはむしろ下の方からみんなの力で、いろいろと、作りあげて行くよう」にするためつくられたものであった。したがって学習指導要領の基準とは大体の範囲を示し、教師の良識と社会的同意にもとづいて解釈されるのが当然であると思われる。「試案」というのは暫定的という意味ではなく、随時改訂されるばかりでなく、教育現場における教師の自主的計画を重視するという意味を含んでいたといえよう。しかし、1955年の高校指導要領改訂の際、「試案」の2字が削除され、58年改訂以降は官報に告示され、教科書編集の基準としての拘束力が強化された。
 その後学習指導要領は、ほぼ10年ごとに改訂され、最近の改訂は、小・中学校が98年12月、高校と盲・聾・養護学校が99年3月であり、2002年4月から小・中学校で実施されている。この改訂では、完全学校週五日制を実施し、各学校がゆとりの中で特色ある教育を展開すること、子どもたちに学習指導要領に示す基礎的・基本的な内容を確実に身につけさせるとともに、自ら学び自ら考える力などの「生きる力」をはぐくむことが目指されている。そのための主な改革点としては、子どもの主体的な学びを実現するための「総合的な学習の時間」の創設、授業時数の縮減、教育内容の厳選(三割削減)、中学校と高等学校における選択学習の幅拡大、絶対評価の重視などがあげられる。
また、近年文部科学省は、学習指導要領の位置づけを、各学校において教育課程を編成し、実施する上での「最低基準」としての性格があると新たな見解を表明した。これにより、理解の進んでいる子どもは発展的な学習で力をより伸ばすとされ、教科書の検定基準も変更された。学習指導要領の内容の改訂にとどまらず、位置づけそのものが変わったことは、特記すべき事項であると思われる。
(994字)

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月28日 9時1分

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教育系レポート作成例;教師論・今後の教員養成にとって重要だと思われることについて。

 教育系レポートの作成例です。今回の出題は、テキストが示されていて、該当の章の全体を要約した上で、「今後の教員養成にとってもっとも重要だと思われることを」論じることになっています。要約をしなければならないという制約があるため、私としては書ききれなかったなあ、という気分がしないわけでもないのですが(汗)、掲載しておきます。皆様、ご批判をお寄せいただければ。

出題:今後の教員養成にとって最も重要だと思われることを1つ取り出して、その重要性を論じなさい。

 多岐にわたる深刻な教育問題が多発する中で、教育実践の担い手である教師の資質能力の向上が求められている。この期待に応えるため、文部大臣から「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について」の諮問を受けた教育職員養成審議会によって、3次にわたる一連の「答申」が提出されている。
 第1次答申(「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について」)では、教員に求められる資質能力を検討し、期待される「教師像」が明らかにされている。続く第2次答申(「修士課程を積極的に活用した教員養成の在り方について」)では、第1次答申で求められた教員の資質能力を一層高め、得意分野づくりと個性の伸長を促進して、高度な実践的指導力を有する質の高い教員の確保のための方策が提言されている。そして第3次答申(「養成と採用・研修との連携の円滑化について」)では、「求める教員像」といった教師像をめぐって積極的な表現がなされている。
 それでは、これからの教師に求められる資質能力とは何か。答申では、「得意分野を持つ個性豊かな教員」「現場の課題に適切に対応できる力量ある教員」が求められる教員像として掲げられている。このような教員像を目指して、教員養成や現職教員の研修において様々な取り組みがなされている。
 教員養成に関わっては、学部の教員養成課程の再編が進められていることがあげられよう。また、大学院修士課程の活用も目指されている。伝統的に日本の大学はアカデミズムが根強く、高度専門職業人養成のための体系的なカリキュラムが編成されていないという問題が残されているものの、積極的に改革を行う大学も現れている。また、06年7月には「教職専門職大学院」の創設が中央教育審議会によって提言されており、今後ますます、修士課程段階での教員養成が重要となってくるものと思われる。こうして、明治以来の聖職、戦後教職員組合主導の労働者的教師を経て今日では、専門職的教師像が定着してきている。
 では、専門職としての教師はどのような教師像なのであろうか。どのような専門職的教師像が目指されているかということは、今後の教員養成にとって最も重要だと私は考える。教師像という目標の内実によって、教員養成に関わる実践の内実が変わってくると思われるからである。専門職像の一つのイメージとして本稿では、D.ショーンの「反省的実践家」としての教師像に注目しておきたい。
 ショーンによれば、従来の専門職モデルは、「技術的合理性」モデルであった。このモデルによれば、「専門家の活動は、科学的な理論と技術を厳密に適用する具体的な問題解決」(ショーン2001:19)にあるという。したがって、専門性の基礎は専門領域の科学的な知識と技術の成熟度に置かれる。教師の場合、教科内容の専門的知識と教育学や心理学の科学的な原理や技術が専門的力量として求められることになる。
 しかし、このような科学的で合理的な技術の実践への適用という考え方に基づく専門職概念ではなく、「行為の中の省察」を中心的な概念とする「反省的実践家」という専門職像をショーンは提起している。教育の現場で考えるならば、教室や学校という場は、複雑な文脈の場である。そこでは、一人ひとりの子どもに即した問題解決が求められるのであり、ショーンがいうような「省察」と「熟考」によって問題をとらえ、その解決策を選択して判断することが、教師の専門性としてきわめて重要だと思われる。
 このような教師像は、専門職としての教師を確立する上で、一つの指針となるのではないだろうか。その上で、教員養成のあり方を具体的に考えていくことが必要なのではないだろうか。(1500字;文献含まず)

引用・参考文献
ショーン(佐藤学・秋田喜代美訳)、2001『専門家の知恵――反省的実践家は行為しながら考える』ゆみる出版

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月26日 2時23分

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教育系レポート作成例;教職の意義と教師の役割・教師像(東井義雄編)

 教育系レポートの作成例です。

出題:テキストから任意の人物をとりあげ、その人物について更に調べて、テキストでは説明・言及されていない面を中心に、この教師像の特徴について説明しなさい。

*今回の出題は、テキストが指定されているケースを想定しています。テキストで説明・言及されていない面というのが出題の条件ですから、やや、マニアックな内容になっています。

*取り上げる人物:東井義雄
 東井は生活綴方教師である。『村を育てる学力』が彼の戦後の代表作であるには違いないが、戦前にも、兵庫県豊岡小学校での実践をまとめて、『学童の臣民感覚』という著作を著している。東井のこの著作は、1944年に単行本として刊行されている。
 戦時下という時代状況下で刊行された著作であるから、当然、戦争を批判するような内容を記述することはできない。かといって、カモフラージュで戦争協力をしたことを綴ったものでもない。東井は戦後、当時のことを、「努力しても努力しても戦いになじめず、戦争祈願の神社参拝に参らされても、どうしてもかしわ手がうてなかった私が、遂にかしわ手をうつようになったのは、子どものいのちの中に、本然に民族のいのちの流れを感じるようになったからだ」(東井1959)と表している。始めは抵抗をしていた戦争に対して、東井は、子どもたちの日常感覚から、理屈や思想以前の「臣民感覚」とでもいうべきものを感じ、そこから「本気」の戦争協力をしていく。
 1945年8月15日、東井は自刃をしようと思ったがそれもできず、自らの戦争協力に対する責任を感じ、教育に関する発言を行わないでいた。しかし、12年の沈黙を破って1957年に出版されたのが『村を育てる学力』である。
 東井の戦争協力について、どのように考えたらよいのだろうか。現代の感覚・尺度をもってして、東井の戦争協力を批判することはたやすい。現にそのようにして東井批判をする者もいると聞く。
 しかし私は、そのように黒白をはっきりつけるような論理で東井を評価することになじめない。
 東井の転向をどう評価するかは、とても私には手が負えないテーマではある。が、ただ、今回、東井について調べて思うのは、『学童の臣民感覚』においても、『村を育てる学力』においても、東井は、現実の子どもから出発しようとしていたことである。そして、その時代時代において、子どもと共にあるために、ぎりぎりの選択をしたのではないだろうか。
 そう考えると、単純に東井を戦争協力者として切り捨てることはできない。そしてまた、このようなぎりぎりの、また、矛盾を抱えた選択をもせざるを得ない教育の現場の困難と緊張を感じる。東井は、あまりにも正直に、子どもたちの生活現実と時代に向かっていった教師だったのではないだろうか。(955字;文献含まず)

引用・参考文献
 坂元忠芳、1981「子どもとともに生きる教育実践」国土社
 東井義雄、1944『学童の臣民感覚』日本放送出版協会
 ――、1957『村を育てる学力』明治図書
 ――、1959「私の「いのち」の思想について」国土社、4月号
 原芳男・中内敏夫、1962「教育者の転向――東井義雄」、思想の科学研究会編『共同研究:転向 下』平凡社

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月26日 0時17分

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教育系レポート作成例;教育心理学・ピアジェの発達段階論について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:ピアジェの認知能力を思考の発達段階として、具体例をあげて説明しなさい。

 ピアジェによると、思考の発達は生得的に規定されるものでもなく、経験によって獲得されるだけのものでもない。思考の発達は、子どもが環境にはたらきかけ、また環境から働きかけられるという相互交渉を通して行われるという考え方をとる。すなわち子どもは、すでにもっている知識の枠組み(シェマ)に、新しい情報や経験を取り込んでその中で理解しようとする(同化)のだが、そのシェマの中で理解できないときにはシェマの枠組みそのものを変える(調節)という、同化と調節を繰り返すことで発達するとした。
 ピアジェによれば、ヒトの思考は、生まれてから14、5歳までに5段階の質的変化を見せるという。それらを順に見ていこう。
① 感覚運動的思考段階(0~2歳)
この段階は、本当の思考に入る前段階と考えられ、象徴・記号・言語を必要としない、使いこなせない段階のことである。感覚器と運動能力との協応を使って、外部環境を認知して、新しい場面に合った行動をしていく段階のことである。例えば乳児は、何でも口に運んでしまう。それは、口唇で得られる情報が、他のどこよりも多いからである。このように、なめる、触る、見るといった感覚器官を通じて外界を知るのである。
② 前操作的思考段階(2~4歳)
この時期は、1)象徴的思考段階と、2)直観的思考段階とに分けられる。
1) 象徴的思考段階
 乳児は、母親が見えなくなると泣き出してしまう。これは、単に寂しいといった感情なのではなく、母親がこの世からいなくなってしまったと思ってしまうからである。しかし、象徴的思考段階に入ると、目の前にいないものを思い浮かべることができるようになる。具体的な物だけでなく、その代わりとなる象徴・記号・言葉などが使えるようになってくる思考であり、記憶・推理が可能になることから、ままごと遊びができるようになる。
2) 直観的思考段階(4~6、7歳)
 知覚の影響、見た感じ・聞こえた感じ・触った感じなど、によって思考がコントロールされる時期である。思考が直観(見た目)によって左右され、その背後にある本質まで考えが及ばない時期である。例えば、ピアジェが行った「液量保存の実験」では、コップの液量について、同じコップに同じ量の液体が入っていれば、確かに同じ量だと分かるのであるが、細いコップに移すと子どもは混乱してしまい、液体の高さが高くなったのだから量も増えたに違いないといったように、目立つ変化に目を奪われてしまうのである。形は変わっても量は変わらないといった「保存」の概念がまだ成立していないのである。また他にもピアジェは、「対応の実験」「空間理解の実験」等を行い、幼児期の直観的思考は、すべてが自分の知覚に影響されていること、自分の立場でしか物事が判断できないという「自己中心的な思考」になっていることを示している。
③ 具体的操作段階(6、7~11、12歳)
この段階では、先ほどの例でいえば、見た目は変わっても水の量は買わないことがわかるようになり、保存の概念が獲得される。すなわち、具体的事物の助けがあれば、直観(見た目)に左右されずに、ものを把握できるようになる。保存概念ができあがる年齢は種類によって異なり、物質量の保存の成立が最も早く(8歳)、重さの保存が続き(9歳)、体積の保存の成立が最も遅い(11歳)とされている。
④ 形式的操作段階(11、12~14、15歳)
これまで述べてきたように、児童期までの知的操作は、認知や記憶が中心で、思考は具体物をとおしての因果関係は初歩的論理の体系の理解にとどまっていた。しかし、形式的操作段階に至ると、具体世界から自由になって抽象概念を操作し、可能性の世界に対しても論理を適用し、思考できるようになる。この段階においては、①頭の中で2つ以上のカテゴリー(命題、変数、条件など)を同時に扱う、②将来おきるであろう変化をとらえ、その結果を論理的に予測する、③行為の結果を思い描いて現在とるべき行動を選択する、④一連の事柄の論理的可否や一貫性を把握する、といったことができるようになる。このような知的操作の発達は、抽象的思考を可能にするだけでなく、思考と動機、意欲を結びつけて行動できるような原動力となっていく。
以上、ピアジェの認知能力を思考の発達段階として捉え、概説した。

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月24日 14時37分

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教育系レポート作成例;教育社会学・いじめ問題と教師・生徒について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:「いじめ問題と教師・生徒」について考察しなさい。

*今回の出題は、テキストが指定されているケースを想定しています。テキストで言及されている図表からのデータは、自明のこととして使用しています。

*指定テキスト
 苅谷剛彦・濱名陽子・木村涼子・酒井朗編、2000『教育の社会学――<常識>の問い方、見直し方』有斐閣アルマ

 最近また、中学生がいじめを理由に自殺した。心が痛む出来事である。いじめについては、日本固有の出来事として語られることが多いが、必ずしもそうではない。
 ある調査によれば、例えばノルウェーの場合、小学校2年生男子で17.5%をピークに、学年が上昇するにつれてその割合は減少するものの、10%前後が「いじめられている」との報告がある。この数字は、日本の1学級に換算すると1学級の中で3~4人がいじめられているということであり、少ない数字だとは思われない。また、オーストラリアの8歳男子の場合には、37%がいじめられているとの報告もある。
 日本のいじめに関しては、文部科学省の統計がある。いじめ発生率は小学校で0.07%、中学校でも0.27%でとの試算もあり、ノルウェーやオーストラリアと比較すると、きわめて低い数字となっている。
 日本はこんなにいじめの少ない国だったのだろうか。これは実感とはきわめてかけはなれた数字ではないだろうか。
 そこで、別の調査を検討してみる。東京都生活文化局の調査によれば、「友だちからいじめられたことがある」と応えた小学生・中学生は全体の36%であったという。この数字は、先の文部省調査とは大きく異なるものであり、また、ノルウェーやオーストラリアの調査を大方超える数字である。
 ではなぜ、日本のいじめ調査では、0.07%と36%といった大きな数字の違いが出てしまったのだろうか。それは、調査方法の違いによる要因が極めて大きいと思われる。
 文部省調査の場合、このデータのものである「生徒指導上の諸問題の現状について」という調査は、教師が把握したいじめを市町村・都道府県教育委員会を通じて文部科学省に報告するという悉皆調査である。このような調査方法によっていじめが把握されていくためには、いくつかのハードルがある。
 まず第一に、教師がいじめの事実を認識できるのか、という点である。そもそもいじめは、教師に見えるように行われるものではない。一件の教師が把握したいじめの背後には、その数倍ものいじめの事実があると言ってよかろう。
 また、教師がいじめを把握した場合でも、それをこのような調査に厳密に全部を報告するか、という問題も残る。そもそも、いじめを定義すること自体が難しく、このような調査に報告するレベルのいじめであるのか、それとも単なるふざけ、からかいとみなすのか、この判断は主観的なものとならざるを得ない。
 そして、これはもちろんあってはならないことではあるのだが、これだけ教師を評価し、不適格教員が話題になっている今日において、自分の学級でいじめがあったと報告することは、自らの評価を下げることになることから、それを隠蔽しようとする教師の心理が働くおそれもあるのではないだろうか。
 このような理由から、教師の把握したいじめを、教育委員会を通じてカウントするという文部省統計では、子どものいじめの事実を、より現実に近いかたちで把握することはきわめて難しいと思われる。
 その点、東京都生活文化局の調査は、いじめの事実を子どもたちに聞いているという点で文部省統計とは大きく異なる。教師がいじめとは認識していないようなことでも、当事者であるその子にとっては、いじめとして体験されていることも少なくないからだ。
 いじめは、他者からいじめと認定されるような事実でもって把握されるようなことではない。他者がいじめと認定しなくても、その子がいじめられたと感じているのであれば、いじめとして教師はそれを捉え、解決していくために努力をしなければならない。
 いじめのような子どもの内面に関わることであればこそ、丁寧に子どもの声を聞いていくことが重要であると思われる。(1534字)

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月23日 15時12分

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教育系レポート作成例:西洋教育史・ペスタロッチ

 レポートというか、用語説明レベルのものではありますが、レポートの作成例を掲載します。教師論との関わりで書いています。

* ペスタロッチ
 ペスタロッチは「民衆教育の父」と言われている。彼の生涯については、彼の墓碑に端的に要約されている。「ノイホーフにおいては貧民の救済者、「リーンハルトとゲルトルート」においては民衆の伝道者、シュタンツにおいては孤児の父、ブルクドルフとミュンヘンブフゼーにおいては新しい民衆学校の創設者。イフェルテンにおいては人類の教育者。人間、キリスト者、市民。すべてを人のためにし、自分のためにはなにものをも。かれの名に恵みあれ」。おのれを捨てて、他の人、特に民衆の教育にささげられた一生であった。
 ペスタロッチは、『隠者の夕暮』の冒頭において、「玉座の上にあっても木の葉の屋根の蔭に住まっても同じ人間、その本質から見た人間、そも彼は何であるか」と問いかけ、また教育目的については、「人間本性の内的諸力を純粋な人間的真理に向上させることが陶冶の、また最下層の人間の陶冶の一般的目的である」と述べている。
 そして、『リーンハルトとゲルトルート』では、無学な主婦がいかにその家庭や村を立て直したかが描かれている。ペスタロッチは、教育による社会改革、民衆の救済を目指していた教師だと思われる。

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月22日 1時47分

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教育系レポート作成例;発達社会学・現代日本における親子関係の特徴。

出題:発達社会学的視点から現代日本における親子関係の特徴を述べなさい。

 発達社会学は、諸個人の発達について社会学的に研究を行うものである。個人の発達については心理学的な手法を用いた研究が圧倒的に多いが、発達社会学においては、社会構造や社会規範、文化的あるいは歴史的な諸次元が発達にとっていかに重要かという視点をもって研究を行う。個人の発達は、社会のなかで起こるということを前提とするものである。
 このように個人の発達を社会の中で起こるということに注目する概念の一つが、<社会化(socialization)>である。社会化とは、個人が社会的な状況のなかで、他者との相互作用を介して、価値や行動のパターンを学習する過程である。
 親子関係と発達社会学の関係でいえば、生涯にわたる親子関係のそれぞれの段階において、子どもと親双方の価値観と行動パターンは、どのような社会的過程を経て、どのように変化していくのか、こうした過程と変化を規定する社会的要因は何か、親子間の関係自体が、それぞれの段階でどのような様相を呈し、どう変化していくのか、それらを規定する社会的要因は何か、といったことを探究することが発達社会学の課題とされる。親子関係の具体的な様相を追求するのではなく、それを規定している社会構造や社会規範、社会の変化に注目して、親子関係の様相を成立させている社会的要因を探ろうとするのが発達社会学の視点から捉えた親子関係である。
 では、このような発達社会学の次元から現代日本における親子関係を捉えてみるならば、どのように見えるのだろうか。
 近年、家族は大きく変化している。それは当然、親子関係にも変容をもたらす。その典型的な例は、マルティプル・ペアレンティングの喪失である。近年の親子関係は、母親のみに養育役割が集中するというケースが多い。
 前近代社会の養育環境では、マルティプル・ペアレンティングが実現していた。例えば祖父母やオジ・オバ、地域コミュニティ等によって、子どもは複合的なソーシャライザーによって社会化されていた。したがって、母親の社会化責任も相対化されていた。
 これに対して、近代産業社会では、核家族化、父親の職場への長時間の拘束、親族ネットワークの拡散、地域コミュニティの弛緩といった状況のなかで、子どもの社会化は母親が独占的に担わざるを得ない状況になっている。前近代社会のような複合的な養育構造から、ほぼ全面的に母親が背負うという単純な構造に移行していったのである。
 このような単純な育児構造の中で、専業主婦としての母親の関心やエネルギーが、少ない子どもに注がれていく。過干渉や過保護といった親子関係である。また、全面的に母親が育児を背負うことから、母親の育児不安も増加している。単純な育児構造においては、母親と子どもの関係をサポートしたり、補完・相対化したりする社会的な仕組みが脆弱である。その結果、様々な問題が生じている。例えば、子ども虐待の増加の背景には、このような育児構造の変化があると思われる。
 したがって、今日、新たな養育構造への変化が求められている。それは、母親と子どもといった単純な養育構造ではなく、複合的な養育構造である。母親のみでは担うことが不可能な養育機能を、父親を含む家族全体や地域社会とも連携していくようなこと、そして、子育てのネットワークを形成していき、多くの養育担当者が子どもの周りに存在する、という養育構造である。
 性別役割分業が疑問視され、女性の生き方が変化しつつある今日、子どもの養育を母親が独占するといった親子関係・養育構造ではなく、養育関係が分担されていくような新たな親子関係・養育構造の構築が求められている。(1496字)

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月21日 5時51分

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教育系レポート作成例;発達社会学・子ども虐待の社会的背景について。

出題:子ども虐待の社会的背景を説明し、解決策を具体的に提示しなさい。

 近年、子ども虐待の増加が懸念されている。全国の児童相談所が受けた虐待に関する相談・通告の件数は、統計を取り始めた1990年度の1001件から、2005年度には34297件に増加している。もちろんこれは、あくまで児童相談所に相談・通告があった件数で、それは氷山の一角にすぎず、実際の発生件数はこれをはるかに上回るものだと思われる。
 では、このような子ども虐待にはどのような背景があるのだろうか。衝撃的な虐待の事実が知らされるたびに、その母(父)親自身に原因があり、彼女(彼)らを批判する声が高まる。しかし、子ども虐待は、決して個人的な要因に帰着させることはできない。社会的な背景に目を向ける必要がある。
 現代は、特に母親が子育てに専念することができるケースが多く、一見、育児が困難な時代だとは思われない。しかし、現代ほど、子育てが危機的な時代もそれほど多くはない。
 戦前から戦後初期の段階では、日本の農村共同体はまだ健全であった。親たちは、仕事で忙しかったものの、地域には、子どもたちの異年齢集団が存在し、子ども集団の中で子どもたちは育つことができた。
 しかし、1960年代に入り、高度経済成長期を迎えると、農村共同体は崩壊した。農村では欠かせない労働力だった女性たちも、農村共同体の崩壊で「失業」し、専業主婦となり、子育てに専念するようになった。
 父親は仕事をし、母親は子育てに専念するという性別役割分業が徹底する中で、母親は子育てを行った。「専念」であるからには、子育ての失敗は許されない。そのことが子育て場面において母親を追い詰めていく。
 しかし、このような農村共同体の崩壊や性別役割分業の確立にのみ子ども虐待の社会的背景を求めるのでは、やや不十分なように思われる。もしそうだとしたら、90年代後半以降の子ども虐待の急増を説明できないからだ。
 90年代後半以降の社会の変化として、圧倒的に「中流意識」が強かった社会から、「勝ち組」「負け組」「二極化」といった階層分化が広まったことがあげられる。貧富の差が拡大し、非正規雇用といった不安定就労が増加している。このような生活の背景の変化の中で、日々の生活に追われる家族が急増している。社会で生き残るために大人たちは必死に競争する。このような競争原理の強まりの中で、大人たちが孤立し、地域社会は分断し、家族も子育てにおいて孤立していく。そもそも子育ては、今日のような構成員が少ない家族で背負いきれるような営みではない。それにも関わらず、特に母親に子育ての負担が集中するため、そのことが母親自身を追い詰めていくことになっているのではないだろうか。
 子ども虐待をする親自身が、大きな不安を抱えて生きている。親自身の生活が危機を迎えたときに、それが引き金となって、家族の中の最も弱い存在である子どもに暴力が向けられる。それが子ども虐待の社会的背景なのである。
 このような背景を考慮すると、子ども虐待の解決策としては、長期的には、親自身が安定した生活を送れるよう、現代のような過度の競争社会、階層分化を押しとどめていく必要がある。そして、孤立した親・家族をつないでいくことが求められる。
具体的には、地域社会で、親の生活を支え、子育てを間において親や家族がつながっていくような場づくりが必要なのではないだろうか。現在、保育所などで行われている「子育て支援」の取り組みや、地域子育て支援センターの設置は非常に重要だと思われる。このような場を通じて、親の不安が受け止められ、子育ての悩みを共有する過程で、子育てを共同で行うという意識が高まっていくことによって、子ども虐待を少しでも減らすことができるのではないだろうか。(1526字)


作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月21日 5時50分

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教育系レポート作成例;課題文型(大田堯)

 昨晩、ブログを書いていたのですが、なぜか途中でデータが消えてしまった(涙)。PCがフリーズしてしまったんです。ああ……。

 気を取り直して、課題文型のレポートを書いてみましたので、掲載します。
 今回、課題文で取り上げた大田堯は私の大好きな研究者の一人。教育学を学ぶ方、教師を目指す方にはぜひとも触れてほしい方の一人です。

出題:次の文章を読んで、子どもの発達と大人の関わりについてあなたの見解を述べなさいい。

 実際、考えてみると現在の子ども・青年はあまりにも大人たちからあてにされなさすぎます。彼らは失業者です。ごく幼いころからそうなのです。なめるように可愛がられ、保護されるということはあっても、あてにされていないのです。保護の対象ではあっても、目的をもった主体としてあつかわれていないのです。(中略)
 あてにされるほどひとを“やる気”にするものはありません。そうすることが、大人世代が子ども・青年を内面から尊重することなのです。貧しく、ときに虐待もされましたが、かつての子ども・青年は、ある意味で早くから大人からあてにされて発達したことはたしかだと思います。小学生でも水汲みから牛の鼻とりまで、いろいろなことで大人にあてにされる仕事があり、任務がありました。
 自治とは、相互にあてにし、あてにされる関係の中での人間の創造的活動とでもいうべきでしょうか。私たち大人世代の立場でいえば、子ども・青年を庇護し、保護するだけでなく、思いきって彼らをあてにし、彼ら自身が目的を持ち、試練に耐えながら、責任ある任務分担を果たしてもらうという関係をつくり出すことです。彼らの自治を大胆に期待するということです。
(出所:大田堯、1983『教育とは何かを問いつづけて』)


【解答例】
 真剣な意味で「あて」にされることによって、自分が持っている以上の力を発揮し、成長の契機にしていくということは、私自身の経験とも重なるものだ。「あて」にすることの教育的効果をねらって、それ程「あて」にしていないにもかかわらず、「あて」にしているような「演出」は、子どもは直感的に見抜いてしまう。本気で子どもを「あて」にすること、そこに子どもの発達の重要な契機がひそんでいるように思うし、その意味で筆者の主張に私は全面的に共感する。
 保育園の保育士から、このような話を聞いたことがある。保育園で年長の子どもたちは、最上級生として年下の子どもたちの面倒を見るし、行事などでもリーダーシップを取って大活躍する。しかし、小学校に入学したとたん、何もできない1年生として、面倒を見てもらうだけの存在になってしまう。あの子たちは、いろいろなことができたのに、と。
 保育園で見せた年長の子どもたちのこの活躍こそ、子どもを「あて」にすることによってなされた発達ではなかろうか。保護の対象としてのみ大人が子どもに関わることによって、子どもの発達の契機を奪ってしまうこともあるのではないか。
 子どもの発達のために大人がなすべきことは、直接的に教えるということだけではない。一歩ひいて、子どもに任せることによって発達を保障することができる場面があるのではないか。それは、放任とは異なる。子どもを「あて」にする場面が減少している今日だからこそ、大人と子どもの関係性を問い直していく必要があるのではないかと私は考える。


【解説】
 まず、子どもの発達と大人の関わりについて述べる際、出題文に言及しながら見解を述べることが重要である。テーマが独自に展開されていたとしても、出題文との関わりが読みとれないものでは、出題の意図が理解されていないと判断されてしまう。また、出題文をなぞるだけのような解答も避けたい。出題文の筆者の考えと自分の考えを区分けしていくことが大切である。
 出題文の大田の「あて」にするという子ども・青年との関係性認識は、子ども・青年を生活者として捉えるという大田の子ども観が反映しているものと思われる。子ども観をめぐっては、近代以降、何度も議論されている。他の子ども観についても学習しておきたい。
 なお、出題文である大田堯の『教育とは何かを問いつづけて』は、教育を考える上で是非読んでおきたい。

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月20日 16時27分

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教育系レポート作成例;教育心理学・エリクソンの発達段階論について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:エリクソンの理論からパーソナリティがどのような影響で形成されるかを論じなさい。

 エリクソンは、フロイトの精神分析学を基礎としながら、自我発達には文化、社会的要因、すなわち対人関係や社会的義務などが大きく関与すると考えた。そして、従来の精神分析学が幼児期から思春期までの発達を重視し、とくに幼児期がその後の人生を決定すると仮定するのに対して、人生全体を生活周期(ライフサイクル)ととらえ、生まれてから死ぬまでが発達の過程であると考えた。
 エリクソンは、人間の生涯を8つの段階に分け、それぞれの段階に克服すべき「心理社会的危機」があると仮定した。この危機とは、次の段階に移行するか、その段階で停滞するか、あるいは横道にそれてしまうという分岐点の意味で用いられている。人は、身体的成熟とともに必ずすべての発達段階を進んでいくが、前の段階での失敗や成功は次の段階の達成に大きな影響を及ぼすと考えられている。つまり、それぞれの発達段階に重要な心理社会的成長のきっかけが潜んでいて、それをどのように克服するかがその人のパーソナリティを形成するという仮説である。以下、それぞれの発達段階毎に、パーソナリティがどのような影響で形成されるかについてみていこう。
①乳児期(0~1歳頃):「基本的信頼」対「不信」
 乳児は、養育者からの授乳などの行動を通じて身体的・精神的安定を得る。母親が子どもの要求に適切に応じ、一貫した養育をすれば、乳児は母親を通じて自分及び外界との信頼性を形成する。そうではない場合は自分や外界への不信感を形成することになる。
②幼児期前期(1~3歳頃):「自立」対「劣等感・恥」
 幼児はこの時期、養育者から排泄のしつけを受ける。幼児はこのしつけによって、自ら排泄を規制して自立すること、自分をコントロールすることを学ぶ。しかし、しつけが厳しすぎると劣等感や恥を経験することになる。
③幼児期後期(3~6歳頃):「積極性」対「罪悪感」
 この時期には、自分の欲求と周囲の規律という両方の力をコントロールする力を身につける。規律を守ると同時に、その範囲内で自分の要求を表現し、主体的に行動することが求められる(自発性)。これに失敗し規律を乱してしまう子どもは罪の意識を感じることになる。
④児童期(6~11歳頃):「勤勉性」対「劣等感」
 この時期に児童は、学校で勉強し、対人関係の技術を身につけ、様々なことに取り組むことで有能観を実感し、自分の能力を信頼して自己確信にいたる。これらのことができないと劣等感が生まれる。
⑤ 青年期(11歳頃以降):「自我同一性」対「同一性拡散」
 エリクソンはこの時期を、「自分とは何か」という問いへの答えを見つける時期であるとした。これが「自我同一性(ego-identity)」である。自我同一性は、以下のような特徴を持つ。
1)これこそは過去から現在、そして将来も変わらない一貫した自分らしさであると思えるものである。
2)その自分らしさを、自分の周りの他者からも同じように認められて位置づけられている。
3)そのようなことが頭で理解しているのではなく、自己確信として感じられ意識されている。
青年期はこの自我同一性を形成するために、社会的義務や責任を最小限にして、様々な経験をすることを認められた猶予期間であるとされ「心理・社会的モラトリアム」と呼ばれた。この自我同一性がうまくいかなかった場合には、「自分がバラバラに感じられる」「自分が何であるのかわからなくなってしまった」という状態の「同一性拡散」になる。
 エリクソンは、青年期以降の発達課題として、成人初期(20~30歳頃)は、青年期に形成した自我同一性を見失うことなく、他の人の同一性を認め、親密で永続的な関係を継続する時期(「親密性」対「孤立」)、壮年期(30~60歳頃)は自分の子どもを育て、次の世代へと引き継ぐものを生産することに関心を向ける時期(「生殖」対「沈黙」)、老年期(65歳以上)は今までの自分を統合し、次の世代の人を育てる時期(「統合性」対「絶望」)とした。
 以上みてきたように、それぞれの発達段階毎に子どもが獲得すべき発達課題が存在している。これらにどう対応するかによって、パーソナリティが形成されていく。基本的信頼や自律性、自発性、勤勉性が獲得できるか否かといった点は、パーソナリティ形成において分かれ目となることである。その際に、保護者や周りの大人が適切な対応ができるかといった点に影響を受ける。発達段階毎に獲得課題を明確にして、働きかけをする必要があることを保育者や保護者は強く認識すべきである。

作者:教員養成サポート教室

更新日:2008年10月18日 14時28分

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