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トップ > 四国犬 > 四国犬 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年9月7日 10時)
今日の。お知らせデス
またまた天気が心配な週末…。ゲリラ雨、降りませんように。
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作者:
更新日:2008年9月5日 17時47分
今日の。降ったのに…
毎日変な天気ですねぇ~。
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作者:
更新日:2008年9月4日 20時2分
四国犬の古典鑑賞25:長龍号(血統と展覧会編)
関連記事として【四国犬の古典鑑賞】より下記リンクをご参考くださいますようお願いいたします。
■熊号の血を受け継ぐ貴重な犬
今までそれほど語られてこなかった長龍号ですが、考えてみれば純系会(土佐純系作出研究会)のブリーディングプログラムに於いては非常に重要な役割を担っています。
純系会の古城先生は【定太号】の作出にあたって、綿密な計画を立てて何年も前から陸奥号のお相手の台メスを探していました。そして生まれる前から貰い受ける約束までして、ようやく陸奥号にふさわしいお相手【長美女号】を手に入れ大事に育てて台メスとしました。
この“最高の台メス”を陸奥のお相手にできたからこそ、かの【定太号】や兄弟犬の【或羽号】という名犬が作出されたわけです。
では、古城先生は長美女の血統のどこがそんなに気に入っていたかということですが、それは純系会のブリーディングで作出された【黒旋風号】 と【定太号】 の血統構成を今一度ご覧いただきたいと思います。(それぞれ犬名をクリックすると別窓で図が開きます)
ここに登場する2頭の台メス、長美千号と長美女号はそれぞれ長秋号と長龍号の血統を引き込むための台メスであったともいえます。この話は上記の関連記事に詳しく書かせて頂きましたので省略しますが、私がお話を伺った時にも古城先生は是が非でも長龍号の血統をご自分のブリーディングに組み込みたかった、というような口ぶりでした。
長龍号の血統はもう皆さんお気づきかと思いますが、本川の山出し3大祖犬がバランスよく配置されているところが最大の特徴でしょう。この時代にはもう、初期の山出し犬である熊号の血統をしっかり引き込んだベタな本川系はこの一胎くらいしかいなかったのではないでしょうか。
ちなみに先の記事で写真をご紹介しました同胎犬の長俊号は熊号の表現が強く表れていますね。
長龍号は高松の村上氏の持ち物だったために、古城先生はその血統の良さを見抜きながらも作出に使うことが出来ませんでした。しかしなんとしても熊の血を引く長龍の血統をご自分のブリーディングに組み込みたかったのだと思います。
古城先生は感情をあまり表に出されるタイプではありませんでした。しかし、長龍号と富士女号からメスが産まれると、すぐさま喜び勇んで貰い受けに行ったというエピソードからもそれを伺うことができます。
■戦後の日保展覧会
ところで、長龍号が生きた昭和20年代中頃の日保展覧会での四国犬はどうだったのでしょうか。
やっと戦争が終わって日本犬保存会も活気を取り戻しかけた頃、数頭の山出し犬を戦中の食糧難から守った古城先生によって作出された【陸奥号】が先陣をきって登場したのです。陸奥は「四国犬中興の祖」と言われ、展覧会もにわかに盛り上がりを見せることとなりました。その後すぐに陸奥を追いかけるようにして【松風号】と、この【長龍号】が登場し、何度か一騎打ちを演じることになったのです。
上の写真は昭和24年の秋に開催された本部展の記録です。遠目ですが長龍と松風の表現の違いがよく見て取れますね。松風のリードを持ってしゃがんでいるのが松風を所有していた名ハンドラー、北村卯之介氏です。
この甲乙付けがたい2頭の台頭によって、四国犬の愛好家の趣向は「松風派」と陸奥,長龍に代表される「長春系派」に二分されるかたちとなりました。
これ以降、両者の表現のよい所だけを持った犬を作ろうと、意図的な異系繁殖(アウトブリード)による作出を試みる愛好家が増えていきます。
そして四国犬は系統mixの時代へと移っていくことになるのです。(be-so)
_______次回も通常の古典鑑賞の予定です。
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作者:
更新日:2008年9月3日 15時24分
四国犬の古典鑑賞24:長龍号(プロフィール編)
犬名: 長龍号[ ちょうりゅう-ごう ] ( S22.5.9生 雄/日犬籍中型 第3537号 )
作出: 銀鈴荘 父・長昭号( 慈美荘 籍2353 ) /母・くま号( 高知(銀鈴荘所有) 籍2851 )注:長龍号の母、くま号は高知の日本犬保存会非会員の犬舎で生まれ銀鈴荘に譲渡されている。
※同胎犬情報: 長俊号( 籍3538 ) 長智女号( 籍3539 )
賞暦: 第1回香川展/日保本部賞,第12回本部展/推奨,第13回本部展/農林大臣賞,第14回本部展/農林大臣賞
毛色毛質: 胡麻,毛色毛質共に良好,綿毛と剛毛のバランス良好,非常に平均的な胡麻毛
顔貌体躯: 丸頭と平頭の中間の頭部,丸吻と角吻の中間の吻,切れ長のアーモンドアイ,あぶらげ耳,インクの染みのような舌斑あり,体高51~52cm,太く開立が良い平尾,伸びやかな四肢
鑑賞ポイント: 本部展で数度に渡り松風号と争った長春系四国犬の勇。毛色毛質が優等生的であるが故に第一印象が弱く感じる面もあったが、非常に切れ長い目が特徴の顔貌は目を見張るものがあり、腰高で伸びやかな四肢をもつ体躯に本川原産の血統の良さが表現されていた。
血統的には長春号に楠号と熊号を補完した強固な構成となっている。後に定太号の作出にあたって、大きな役割を果たした。
今回は秋の展覧会シーズン前ということで、昭和20年代に日本犬保存会の展覧会で活躍した正統派の長春系をご紹介いたします。
長龍号は陸奥号や松風号の時代の犬です。私はずいぶん昔に一度だけ長龍を見ることができましたが、まだ中学生でしたので昭和26年か27年のことだと思います。
父(初代)に連れられて見学した四国連合展だったでしょうか。参考犬として紹介されていました。
その時の長龍は若輩の私にも一目見て「ベタな長春系」とわかる姿をして佇んでいました。
■長龍号の顔貌
上記のプロフィールでも書かせて頂きましたが、この犬の一番の良さは顔貌、特に印象的な目にあります。
目の良さは表現の重要なポイントであり、これまでも【古典鑑賞】で目型の良さを特筆した犬が何頭かあったと思いますが、一口に「目型が良い」と言ってもそれぞれに特徴があります。
長龍の目型の特徴は目頭と目尻が大きく切れ込んでおり、杉良太郎の「八方流し目」のような目の表情が非常に印象的でした。
その他の頭部の特徴としては切れ長い目にマッチした大きな“あぶらげ耳”であったこと、また平頭気味の広い額とそれにちょうど釣り合う、これまた若干角吻気味のしっかりしたマズルが付いていました。それぞれに大きなパーツがバランスよく配置された表現といえます。
■毛色と体躯の表現
それに対して毛色は派手な方ではありませんでした。胡麻毛の色は赤くも無く黒くも無く、平均的な胡麻の色調です。
また、モノクロの画像でも四肢の先や頬などが淡い色で写っていることでお分かりいただけるかと思いますが、タンカラーが若干薄い色でした。同胎犬の長俊号の方が赤毛が強くタンカラーもはっきりしており、どちらかというと赤胡麻に近い胡麻だったと記憶しています。
ちなみにどちらの犬も毛色に濁りは感じられませんでした。
長龍号のもう一つの特徴はスリムで伸びやかな肢体にあります。中学生の私ですらはっきりと長春系であることがわかる、伸びやかでバネの強い四肢をもった体型をしていました。
ただ、このスリムさは高松の市内で飼われていたという生活環境や、戦後の食糧難の時代背景も関係していると思われます。穀物や芋ばかりで育った犬も珍しくない時代でした。(be-so)
_______長龍号『血統と展覧会編』につづく。
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作者:
更新日:2008年9月1日 20時47分
今日の。まだまだせつない俺ら
ところで、二代目の箱【四国犬の古典鑑賞】の件ですが。次回は長龍号をご紹介したいと思っています。
このところおねーちゃんずに振り回されて、なかなか落ち着いて打合せが出来ていないのですが近いうちにupしますね…
長龍号は陸奥号の異母兄弟で定太号の祖父犬です。
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更新日:2008年8月31日 13時48分
赤と赤。
関東&東海地方をはじめとしたゲリラ豪雨にみまわれた地域の皆さん…大丈夫でしょうか?被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げますm(__)m
当地は若干降っていますがワン散歩に行けるくらい。へのつっぱりにもならんですw
現在危機的状況の「早明浦ダム」の貯水率ですが、ただ今2%で明日にも0%の予定なんです。あ、空いてますよ~。溜まった水、お困りでしたらこっちに捨ててもらえませんか。国民的バケツリレーとか…出来るわけないかorz
ワタスは幸いな事に今日は外出の予定もなく、頼まれていた色紙なんぞをカキカキしながらテレビ中継を見ていたのですが、一言申し上げてよろしいでしょうか。
「急遽被害状況を中継していたNHKの『お元気ですか日本列島』という番組の中の人っ!こんな日くらいは『ご無事でしょうか日本列島』とかにしなされ。このタイトルが画面の隅に出たままの被害地中継…気の毒過ぎです」(´・ω・`)
ところで、先日いただいたコメントで赤毛について気になっていたので、うちに居る二種類の赤毛=リュウとアカの画像を撮ってみました。
昨日と今日の画像なので夏毛バージョンですw
ハスキータイプの頬白の赤胡麻、アカ姉さんです。
おっと!こっちも雷雨になってまいりますた(;´Д`A
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作者:
更新日:2008年8月29日 19時28分
またまた1号。画像キタ━ヽ(゚∀゚)ノ━!!!
作者:
更新日:2008年8月28日 13時2分
今日の。ゆめのあと
>そうでつか。じゃあいつでもモフモフしていいでつよ♪
上京のスケジュール悩み中~(`・ω・´)ゞ
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作者:
更新日:2008年8月26日 17時6分
四国犬のふるさとへ。(トラと猪猟:後編)
それでは四国犬のふるさとへ。『トラと猪猟』の後編です♪
関連記事【トラちゃんのご主人、猟犬を語る】 (←クリックで別窓が開きます)も併せてご覧くださいましm(__)m
トラちゃんはまだおデート中につき…( ´艸`)ムフフ。ご主人との茶飲み話は続きます。
いただいた写真を時系列で並べてみました。
ご主人>二枚目の写真くらいまでは犬の興奮が冷めてないのう。
ワタス>これはまた大きな猪ですね!これで目方何キロくらいですか?
ご主人>そうじゃの。100キロちょっとじゃなかったかの。
ワタス>この黒胡麻の犬は怪我しちゃったんですか?凄い雪山を背負って降りてますね(・ω・ノ)ノヒョエー!
ご主人>この時は犬が猪の下敷きになって脳震盪をおこして動かんようになったんよ。山を降りて2時間くらいしたら息をふき返したわい。
まさに死闘。犬も人も必死です。
こういった猟での猪猟犬はだいたい10歳くらいで引退するんだそうです。猟犬の現役は案外短いですね。トラちゃんの現役生活もあと2~3年というところでしょうか。ご主人もトラちゃんたちも皆元気でこれからも頑張って欲しいものです(^人^)
…そして長春や楠などの写真を見ながら本川の犬についてもう少し伺いました。
ご主人>本川の犬は足がええ。前足の格好を見てみい。こことここ(肘にあたる部分と手首にあたる部分)にタメがあるじゃろ。真っ直ぐ立った時につま先は真正面を向いて、横から見るとこの2箇所がどちらもくの字になってないと山は走れん。あと、足の関節は柔軟で踏ん張る時には横にも開くようになっとる。
ワタス>なるほど。車のサスやダンパーみたい…やっぱり足回りの良さが肝心なんですね(笑)
ご主人>本川系は“素軽い”っちゅうが別に痩せて細いんじゃない。トラ見たら分かるやろ。足と目がええもんですばしこいし、持久力もあるけん急な山を走らしたら大概の犬はついて行けんわの。ワシらもよう追えん時があるわ。
最後に。
古い犬についてこんな話を聞く事が出来ましたよ~ん(・ω・)/
■楠号を知っていた最後の猟師
桑瀬地区の近くで猪猟を営んでいた「高橋せつお」氏は古参の猟師であり実力者でもあった。氏はつい最近98歳で亡くなったのだが楠号を知っている最後の猟師だったとのこと。
これでついに、楠号を実際見たことがある人は居なくなってしまったのかもしれない。
トラのご主人は楠号と長春号の写真を見ながらこう語ってくれた。
「ワシは昭和12年生まれで戦前の犬は知らん。戦後はこの写真のような犬は居らんようになったと言われとるが、戦後でも多くはないがこういう犬は居ったよ。楠に似たような犬を最後まで飼っとったのがその高橋せつおさんじゃったと思う」と。
■長春号は猟師から盗まれた犬だった!?
長春号が世に出た昭和初期、山出し犬は高価なコレクターズアイテムとして日本犬の愛好家の間で高く取引されていた。
その頃の猟師は仲買人=ブローカーに若い犬を2頭売れば年収に相当する現金が手に入った。しかし、ブローカーは更に3倍以上の値で愛好家に売り渡していたという。
当時、ブローカーがやって来て1,2頭若い犬を買い付けた猟師の家では、直後にそこの一番いい犬が盗まれて居なくなるという事が相次いだ。そして、トラのご主人の古い親類である「山中よりたね」氏の元でも同じような犬の盗難があったそうだ。
その後、よりたね氏はかの名犬、長春号を目の当たりにした際に「この犬はウチから居なくなった猪犬だ」と感じた。
長春号はよりたね氏の元では違う名で呼ばれていたし、ブローカーは良い犬を独り占めせんとして山出しの出所を隠して明かすようなことはしない。残念ながら、長春号が本当に氏の所有していた犬であったかどうかを確認するすべはなかったといっていいだろう。
当のよりたね氏も確信はあったが何も証拠がないために、どうすることも出来なかったという。そしてこの話はそれからずっと親戚内だけで語られることになった。
今となっては“真実は闇の中”である…。
面白い話が聞けて楽しい本川村訪問でした。ピロもお疲れさま(^ω^)v
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更新日:2008年8月24日 4時15分
四国犬のふるさとへ。(トラと猪猟:前編)
四国犬のふるさとへ。今回は『トラと猪猟』の前編でっす♪
本川系四国犬を使った実猟と犬のお話をご主人に伺ってきました。
※えーっと。はじめに当ブログを覗きに来て頂いた皆さんへ、猟について、記事の内容やupする写真について、ちょっと先におことわりさせてくださいm(__)m
今回訪れた四国犬の故郷である本川村(現在の高知県いの町)は「四国のチベット」と形容される土地で、昔から作物が獲れるような場所ではありませんでした。
昭和の初め頃になってもこの地域の主食は稗や粟のような雑穀だったそうです。江戸時代には氷室を作り、年貢米のかわりに氷を納めていたというきわめて特殊な地域です。
今回お話を伺った方をはじめとしてこの地の猟師は先祖代々生業として猟をしてこられたお宅です。捕まえた猪・鹿・キジなどは昔からこの地域の人たちの貴重な蛋白源であり、また塩や生活用品などを手に入れるための財産となりました。
昨今里の世には動物愛護の風が吹き荒れていますね。私も犬だけでなく色々な動物が好きです。もちろん、むやみに産ませる事も私欲にまかせて殺す事にも嫌悪の気持ちがあります。
しかし、この地域の猟師達は趣味の猟をしているのではありません。生きていくための職業として実猟を行ない、自然と共存しながらこの山奥の地で暮らしている方たちです。
記事中の写真や会話の内容によっては不快に思われる方もいらっしゃるでしょうが、本川系四国犬のルーツを深く理解して頂くために必要と思われる事実です。どうぞ以上の旨をご理解くださいましたうえで、記事をご覧頂きますようお願い申し上げます。
― ― ― ― ―
まずは、トラちゃんの猟能の特徴について伺ってみました。
ワタス>トラの能力は他の犬と違う点がありますか?
ご主人>そうじゃの。トラはどんなところからでも戻ってくる。他の犬がなかなか戻らん時でも必ず一番に戻ってくる。
「他の奴らはどしたんじゃぁ」と言うと他の犬も探しに取って返して連れて戻ってくるわい。他のは全然戻ってこん時もある。
ワタス>他の子達はどこ行ってるんでしょうね?
ご主人>大体そんな時は犬だけで小さいのんを倒して食いよる時。トラは「親父早よう来い」と言いに来よるんよ(笑)
ご主人>だいたいトラっちゅう犬は、よいよぉりこいんよ(とても利口なんだよ)
ワタス>???
ご主人>トラは自分らが勝てる相手かどうか値踏みする。無理と思ったら戻ってきよる。いつの間にかワシの足元に居ったりするんよ。
ただその利口さが裏目に出たこともあった。他の犬は大きな猪に向かって行きよったけどトラは負けると思って行かんかったんよ。どんなに行けと言うても加勢せんかった。
それでトラ以外4頭の犬全部が猪にやられて死んでしもた時があったんよ…
ワタス>トラはヘタレだって…うちに返却されそうになった時ですよね。ゴメンナサイ(_ _。)
ご主人>あれはトラも若かったし、猟をやりよるといろいろあるわの。今はトラも若い犬(前記事の2歳の子達)を連れて猟に行くようになった。
トラは自分の子じゃなくても子犬の世話をしよるけん、世話されて育った犬は皆あれには頭が上がらんようになっとるよ。
そういえば、他の犬達は私達が来たときにはちょっと警戒して吼えましたけど、トラちゃんをモフモフしてからは「自分も撫でて~」と甘え始めました。
トラが私達にしたリアクションを見て「甘えていい相手」と認識したんでしょうかね(;^ω^A
このあといただいた写真についてと古い犬の話を伺いましたw
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作者:
更新日:2008年8月22日 12時44分
















































