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RE:<日本は侵略国家であったのか>〈四〉−2ちゃんねるの厨房のコピペ懸賞論文−
田母神(たもがみ)俊雄(60)が〈日本会議〉のメンバーかどうかは知らない。木庵先生は−
о〈日本会議〉を批判すべきではない
−というようなことを再三、主張されていたようだが…
о木庵先生は、この田母神懸賞論文をどう思われるのだろうか?
−訊きたいものだ。国粋主義者たちは殊更に、
оコピペ田母神懸賞論文
−のようなことばかり、ほざいている。だが、
оかういう国粋主義的主張
−のどこに敵国(アメリカ合州国も)を納得させることができるだろうか?
それこそ−
о木庵先生『それが、どーした?』
−ということだろう。かういう国粋主義的主張は、
о与党外交の首を絞めるだけ
−あるいは、
о利敵行為(敵の攻める口実にされるだけ)
−に過ぎない。
▼RE:<日本は侵略国家であったのか>〈一〉−スターリンは20世紀の司馬(懿)仲達であった−
http://blogs.yahoo.co.jp/eraser1eraser/57363875.html
コメント(2)[NEW]
● 田母神さんの論文って、典拠にあげてる著書が新刊本ばかりで、何か高校生の読書感想文みたいな感じですよね。
もうちょっと、典拠にあげる著書について精査する必要があるんじゃなかろうか。
僕は戦争論はよくわかりませんので、一読した雰囲気のみなんですが、まぁそんなところだと思うんですけどね。
少なくとも新聞やTV論争する程度の代物じゃなかろうと思うんですけど。
どうなんでしょうね?
2008/11/16(日) 午後 9:58 こういち
こんにちは。>こういちさん 〈コメント〉ありがとうございます。
−こういち氏が、やさしく『高校生』と書かれたが、
оこういち氏『何か高校生の読書感想文みたいな感じ…どうなんでしょうね?』
−わたしなら、
о2ちゃんねるの厨房(それも4月の中学1年生あたり)
−と言います。実に杜撰なコピペ(いいとこどり)ばかりだ。よくこれで(いい歳をして)恥ずかしくないなと思います。こんなコピペ(著作権侵害の可能性も大きい)人間が肩書きだけだ、
о300万円懸賞受賞
−でいいんですかねー。わたしなら、
о2ちゃんねるの厨房の書き込みのほうが、もっとましだ
−と思いますね。それとも、こいつも≪漢字(熟語)も読めない≫(麻生)糞太郎同様に…
о2ちゃんねるに指揮下の航空自衛隊員と
≪スレ≫を立てたり
書きこんだり
−しているんでしょうか?
оあぶない危ない
−こんなアホーが引っ掛かっただけで、
оよかった良かった
−というところでしょうか。(麻生)糞太郎も、
о≪漢字(熟語)も読めない≫
о頻繁(ひんぱん)⇒はんざつ((麻生)糞太郎)
о未曾有(みぞう)⇒みぞーゆう((麻生)糞太郎)
о踏襲(とうしゅう)⇒ふしゅう((麻生)糞太郎)
−これがバレてから、ぶら下がりのインタビューにも依然の余裕の(金持ち喧嘩せずの)笑顔がない(嘲笑)。
о(麻生)糞太郎『あ〜ぁ、とうとうやっちゃった(バレちった)』『俺は漫画も絵しか見ないバカなんだ』
о(麻生)糞太郎『これで票も半減かあ』『任期満了まで先送りだなあ。解散は…』
−こんな嘆きが聞こえる(嘲笑)。でもね、
о<自民党>が退職金はやったが、(退職金と引き換えに)さっさと辞めさせた
−これも問題だ。防衛相の浜田靖一ではなく官邸((麻生)糞太郎)のことだ。
о(麻生)糞太郎は〈日本会議〉懇親議員だが〈日本会議〉の連中は、この元空幕長のようなことばかり言っている
−のだから、
о(麻生)糞太郎は〈日本会議〉懇親議員を辞めなければならない
−し、
о防衛相の浜田靖一も〈日本会議〉懇親議員を辞めなければならない
−ということだ。問題なのは、
о元空幕長が厨房のように得意げに、かようなことを書くこと
−よりも、
оかようなことが流布されていること
−さらによれよりも、
оかようなことが、ろくな批判にも晒されずに流布されていること
−で一部の国粋主義者らには既に定説化していることだ。
▼日本は侵略国家であったのか
http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf
さて日本が支那大陸や朝鮮半島を侵略したために、遂に日米戦争に突入し 3百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった、日本は取り返しの付かない過ちを犯したという人がいる。しかしこれも今では、日本を戦争に引きずり込むために、アメリカによって慎重に仕掛けられた罠であったことが判明している。実はアメリカもコミンテルンに動かされていた。ヴェノナファイルというアメリカの公式文書がある。米国国家安全保障局(NSA)のホームページに載っている。膨大な文書であるが、月刊正論平成 18年 5月号に青山学院大学の福井助教授(当時)が内容をかいつまんで紹介してくれている。ヴェノナファイルとは、コミンテルンとアメリカにいたエージェントとの交信記録をまとめたものである。アメリカは 1940年から 1948年までの 8年間これをモニターしていた。当時ソ連は 1回限りの暗号書を使用していたためアメリカはこれを解読できなかった。そこでアメリカは、日米戦争の最中である 1943年から解読作業を開始した。そしてなんと 37年もかかって、レーガン政権が出来る直前の 1980年に至って解読作業を終えたというから驚きである。しかし当時は冷戦の真っ只中であったためにアメリカはこれを機密文書とした。その後冷戦が終了し 1995年に機密が解除され一般に公開されることになった。これによれば 1933年に生まれたアメリカのフランクリン・ルーズベルト政権の中には 3百人のコミンテルンのスパイがいたという。その中で昇りつめたのは財務省ナンバー2の財務次官ハリー・ホワイトであった。ハリー・ホワイトは日本に対する最後通牒ハル・ノートを書いた張本人であると言われている。彼はルーズベルト大統領の親友であるモーゲンソー財務長官を通じてルーズベルト大統領を動かし、我が国を日米戦争に追い込んでいく。当時ルーズベルトは共産主義の恐ろしさを認識していなかった。彼はハリー・ホワイトらを通じてコミンテルンの工作を受け、戦闘機 100機からなるフライイングタイガースを派遣するなど、日本と戦う蒋介石を、陰で強力に支援していた。真珠湾攻撃に先立つ1ヶ月半も前から支那大陸においてアメリカは日本に対し、隠密に航空攻撃を開始していたのである。
−こいつ(〈日本会議〉)お得意の≪コミンテルン≫陰謀史観で、
оFDRも≪コミンテルン≫に操作されていた
−と言いたいらしいが、
оアメリカ人がそんな策謀の果てにやれる国民なら、
スターリンに、かくも出し抜かれたこと
−や、
оイラク戦争後の見通しの甘さ
−など(それ以前に)、
о蒋介石を見放し
支那大陸を赤化させるに任せ
毛沢東(裏スターリン)に韓半島侵略までやられてしまったこと
−など、アメリカ人古今随一の天才マッカーサーでさえ、あのざまであったのだゾ。
о後知恵
−さね。何とでも言えるさ。それに、
о≪ヴェノナファイル≫
−って以前に木庵先生があげておられたものではなかったか?
о『1933年に生まれたアメリカのフランクリン・ルーズベルト政権の中には 3百人のコミンテルンのスパイがいた』
−って、この300人って誰のことなのか?
о300人
−というと、
оホワイトハウス(大統領と補佐官、その他職員)
−から、
о国務長官以下
国務長官補
国務次官
国務次官補
国務副長官
国務副長官補
−ら、すべての高級官僚をおろか、
о各局長の下の課長クラスまで全員
−の数ではないか。と言ってもアメリカ合州国では≪戦後≫まもなく、
о赤狩り(マッカーシー)旋風
−が吹き荒れた。だが、
оFDRが失敗したニューディール政策も社会主義政策
−であり、
оFDR政権は≪アカ≫政権
−に過ぎずだから、
оFDRは(旧)ソ連(スターリン)のほうが好きだった
−これが真相だろうに。
оアメリカ合州国義勇空軍フライイングタイガース
−これが、やっと威力を発揮したのが例の、
о牟田口(東條)のインパール作戦の大敗前後
−であり、
оそれまで、わが帝国陸軍は支那兵に負けたことは一度もなかった
−のであった。インパール作戦は米英に制空権を奪われた中で敢行された作戦(1944年3月)だったが、
оインパール作戦の大敗以前
−までは、米英軍もビルマ駐屯軍に手を焼いていたのだった。だから、
оアメリカ合州国ご自慢の義勇空軍フライイングタイガースも(文字通り)3年以上、鳴かず飛ばず
−であったということだ(笑)。
<記2008年11月18日>(つづく)
作者:
更新日:2008年11月20日 1時37分
RE:<日本は侵略国家であったのか>〈三〉−これは2ちゃんねる厨房の議論だ−
いい歳をして田母神俊雄ずれのいうことは−
оはっきり言って時代錯誤
−でありこれは、
о<自民党>政府見解とも無関係
−であり、
о単なる勉強不足
−であり、
о防衛大などの教育力の危うさの証明
−であり、
о〈日本会議〉や国粋主義者を喜ばせるだけの妄言
−に過ぎない。これは、
о雑誌の懸賞論文応募作
−だそうだが、
о航空自衛隊トップの航空幕僚長(60=木庵先生の大嫌いな団塊の世代)
−の老人が書くことだろうか?
о1993年 - 河野官房長官談話
о1995年 - 村山首相談話
−などは、どうでもいい。
о<自民党>政権の一貫性
−なども、どうでもよいことだ。
оわが国は侵略国家であったのか?
−ではなく、
оわが国だけが(支那・東亜)侵略国家であったのか?
−という設問を、少々の知能と教養があるのならすべきだろうに。
われわれは未だ−
о白人支配
−の下で呻吟している。アメリカ合州国大統領にニグロのオバマが成れたとしても、
оアメリカ合州国から人種差別が消えた
−ということでは全然ない。
▼日本は侵略国家であったのか
http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf
李王朝の最後の殿下である李垠(イウン) 殿下も陸軍士官学校の29期の卒業生である。李垠(イウン) 殿下は日本に対する人質のような形で10歳の時に日本に来られることになった。しかし日本政府は殿下を王族として丁重に遇し、殿下は学習院で学んだあと陸軍士官学校をご卒業になった。陸軍では陸軍中将に栄進されご活躍された。この李垠(イウン) 殿下のお妃となられたのが日本の梨本宮方子(まさこ) 妃殿下である。この方は昭和天皇のお妃候補であった高貴なお方である。もし日本政府が李王朝を潰すつもりならこのような高貴な方を李垠(イウン) 殿下のもとに嫁がせることはなかったであろう。因みに宮内省はお二人のために.. 1930年に新居を建設した。現在の赤坂プリンスホテル別館である。また清朝最後の皇帝また満州帝国皇帝であった溥(フ) 儀(ギ) 殿下の弟君である溥(フ) 傑(ケツ) 殿下のもとに嫁がれたのは、日本の華族嵯峨家の嵯峨浩妃殿下である。
−わが国の皇室から、
оいわば野蛮人の王族に王昭君のように嫁いだ女はもっといた
−はずだった。わが国は、
о皇女和宮
−の降嫁も有名な話であり、
о身分の低い者が高貴な者を妃に迎えること
−は大昔からありこれは、
о男尊女卑の時代
−には女は、
о人身御供
−同然であった。これらから男女同権の現代史観を以て、
о野蛮人(植民地人)も【平等】に扱った
−とするのは笑止千万である。それに皇室は、
о明治天皇替え玉説
−や、
оヒロヒト大正天皇非御子説
−などと、それほどわが国では高貴な人々ではなかったということである。むしろ、わが国では≪戦後≫の象徴天皇が憲法に載ってから、皇室の格式が確定したのだ。だから≪戦後≫の国粋主義者ほど皇室を持ち上げるのである。幕末から明治維新のころ皇室やその天皇は、
о玉(ぎょく)という神輿の道具に過ぎなかった
−のだ。だから岩倉具視のような下級公家でも皇室を牛耳れたのだった。その傾向は、
о≪戦前≫の帝国陸軍の超エリート佐官たち(お目見え・恩賜の軍刀組)
−まで続いた。だから、
о天皇大権(統帥権)
−と言いながらも、
о陸軍省軍務局長
−や、
о参謀本部第一(作戦)部長
−が勝手に、
о張作霖爆殺事件(河本大作(関東軍参謀))
−や、
о越境事件(石原莞爾・板垣征四郎(関東軍高級参謀))
−を起こしたのだった。天皇ヒロヒトをそれほど尊敬していたら現場の一参謀風情が、
о勝手に軍を動かす(これこそ統帥大権干犯である)
−ことなど、やれははずがなかった。
これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本の満州や朝鮮や台湾に対する思い入れは、列強の植民地統治とは全く違っていることに気がつくであろう。イギリスがインドを占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。インド人をイギリスの士官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない。これはオランダ、フランス、アメリカなどの国々でも同じことである。一方日本は第2次大戦前から5族協和を唱え、大和、朝鮮、漢、満州、蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた。人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なことである。第1次大戦後のパリ講和会議において、日本が人種差別撤廃を条約に書き込むことを主張した際、イギリスやアメリカから一笑に付されたのである。現在の世界を見れば当時日本が主張していたとおりの世界になっている。
−≪5族(大和、朝鮮、漢、満州、蒙古の各民族)“協”和≫の標語は、いつごろ登場したのだろうか?
о1932年(昭和7年) - 傀儡国家満洲国を建国(Wikipedia)
−このころの急造だろう。
吉田松陰の『幽囚録』(林房雄著「大東亜戦争肯定論」より)
「艦ほぼ具わり、砲ほぼ足らば、則ち蝦夷を開墾し、諸侯を封建し、……間に乗じて加摸察加(カムサッカ)、険都加(オーツク)を奪い、琉球を諭し、……朝鮮を責め、質を納れ貢を奉ること古の盛時の如くならしめ、北は満州の地を割き、南は台湾呂宋諸島を収め、漸く進取の勢を示すべし。然る後、民を愛し士を養い、慎く辺囲を守らば、則ち善く国を保つというべし」
−と既に、
о吉田松陰『北は満州の地を割き…』
−とあり、その後の明治時代以降の推移は吉田松陰らが考えたとおりになっている。
о田母神俊雄『人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なこと』
−と<おめでいたいこと>を言っているが、あのアメリカ合州国すら、
о1964年7月2日 - リンドン・ジョンソン米大統領が公民権法に署名
о21世紀 - アファーマティブ・アクション、ミシガン州廃止
−であり、
о道半ば
−に過ぎず、
о【平等】の理念などは人類永遠の問題
−であり、これは全人類の混血による同化の後にしか達成できまい。だが、その前に…
о地球人の地球外移民問題
−があって、
о地球環境との重力や大気濃度などの違い
−によって、
о人類とはまったく違った人類の問題
−にも直面するであろう?
こいつは、こんな−
о甘っちょろいこと
−を書いていていいのだろうか?
時間は遡るが、清国は.. 1900年の義和団事件の事後処理を迫られ.. 1901年に我が国を含む.. 11カ国との間で義和団最終議定書を締結した。その結果として我が国は清国に駐兵権を獲得し当初2 600名の兵を置いた「廬溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会)」。また 1915年には袁世凱政府との 4ヶ月にわたる交渉の末、支那の言い分も入れて、いわゆる対華 21箇条の要求について合意した。これを日本の支那侵略の始まりとか言う人がいるが、この要求が、列強の植民地支配が一般的な当時の国際常識に照らして、それほどおかしなものとは思わない。支那も一度は完全に承諾し批准した。しかし 4年後の 1919年、パリ講和会議に列席を許された支那が、アメリカの後押しで対華 21箇条の要求に対する不満を述べることになる。それでもイギリスやフランスなどは日本の言い分を支持してくれたのである「日本史から見た日本人・昭和編(渡部昇一、祥伝社)」。また我が国は蒋介石国民党との間でも合意を得ずして軍を進めたことはない。常に支那側の承認の下に軍を進めている。1901年から置かれることになった北京の日本軍は、36年後の廬溝橋事件の時でさえ 5600名にしかなっていない「廬溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会 )」。このとき北京周辺には数十万の国民党軍が展開しており、形の上でも侵略にはほど遠い。幣原喜重郎外務大臣に象徴される対支融和外交こそが我が国の基本方針であり、それは今も昔も変わらない。
−ははは。≪対支21箇条の要求≫は、わが国の国際音痴(白人主導の国際社会=国際世論)の典型であり、
о外交の失敗(痛恨事)
−であり、
о外交に於いては反省すべきこと
−ではあっても、
о居直って正当化に走ること
−は、バカのやることだろう。こんなものは、わが国の国際政治史の常識(定説)だろうに。
оいまさら何だ?
−と言いたい。
<記2008年11月16日>(つづく)
作者:
更新日:2008年11月20日 1時35分
RE:<日本は侵略国家であったのか>〈二〉−近視眼による歴史の正当化などナンセンス−
わが国の軍人が、
оわが国は被害者だった
−などというバカなことを言うなら、
оわが国の不幸は、おまえらのような軍人を持ったこと
−すなわち、
о軍事軍略
−がゼロだったことであろうに。
▼日本は侵略国家であったのか
http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf
1928年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。「マオ(誰も知らなかった毛沢東)(ユン・チアン、講談社)」、「黄文雄の大東亜戦争肯定論(黄文雄、ワック出版)」及び「日本よ、「歴史力」を磨け(櫻井よしこ編、文藝春秋)」などによると、最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている。日支戦争の開始直前の 1937年 7月 7日の廬溝橋事件についても、これまで日本の支那侵略の証みたいに言われてきた。しかし今では、東京裁判の最中に支那共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人は支那共産党で、現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている「大東亜解放戦争(岩間弘、岩間書店)」。もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。
−わが国の旧軍人たちは、
о河本大作『実は、アレは俺(たち)がやった』
−と宴会で自慢することが常であった。法螺も当然あった。
о百人斬り
−も、この種の≪朝日記者のでっちあげ≫と軍人の法螺の合体であった。これは既に判明している。こういうバカな法螺を、
о南京城攻囲戦でもやったバカが居た
−ということであった。わが国の農民兵であり、
о故郷に帰れば小作人でも小屋はあり、自作農以上なら立派な≪家≫があった
−のだから、
о支那人でも人殺し自慢などは酒の肴にもならぬ
−当然、
о故郷での講演会
−などで自慢できるようなものではないということだ。だから、
о旅の恥はかき捨ての婦女子強姦
−はやったであろうが、
о強姦した支那女を憲兵にちくられないように殺す(殺しまくる)
−などは果たしてやれたであろうか?
※故郷では、どちらも口をつぐむことだった。
我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとした国は日本のみである。我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。満州帝國は、成立当初の 1932年 1月には 3千万人の人口であったが、毎年 100万人以上も人口が増え続け、 1945年の終戦時には 5千万人に増加していたのである。満州の人口は何故爆発的に増えたのか。それは満州が豊かで治安が良かったからである。侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけがない。農業以外にほとんど産業がなかった満州の荒野は、わずか 15年の間に日本政府によって活力ある工業国家に生まれ変わった。朝鮮半島も日本統治下の 35年間で1千 3百万人の人口が2千 5百万人と約 2倍に増えている「朝鮮総督府統計年鑑」。日本統治下の朝鮮も豊かで治安が良かった証拠である。戦後の日本においては、満州や朝鮮半島の平和な暮らしが、日本軍によって破壊されたかのように言われている。しかし実際には日本政府と日本軍の努力によって、現地の人々はそれまでの圧政から解放され、また生活水準も格段に向上したのである。
−『我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした』これは、
о2ちゃんねるなら厨房の常套句である
−というレベルの言い古されたことだ(笑)。
о『植民地の内地化』
−などというと、
о旧古代ローマ帝国の手法
−であり前近代だったわが国には合っていた。その統合の象徴は、
о天皇ヒロヒト
−なのだろう?
アメリカ合州国には−
о戸籍がない
−という?
わが国は−
о太閤(サル)検地
−以来、
о徴税のために農民の戸籍(人員と土地)をつくること
−が最重要事であった。明治初期にも、
о地租改正
−で、戸籍が重要となった。
о朝鮮
о満州
−の人口が日本人によって調査確定されたのなら、
оそれは管理(徴税)のためであった
−それ以外にはない。朝鮮・満州に短期間に人口が倍増したのならそれは、
о(旧)ソ連がロシア人の移住政策に加えて少数民族の強制移住を行った
−のと同じそして、アメリカ合州国でも起こった…
о黒人奴隷(現、ヒスパニック)
−と、
о白人移民
−との相乗効果に似た…
о日本人開拓移民
−と、
о満州人(支那人)奴隷
−の集合(日本人二三男の満州へ満州へ)による人口移動であった。このころの日本人の家族は、
о7人〜10人の子ども
−が、当たり前だったから…
о半数の4人が男子
−ならば、
о相続人の嫡男を残した3人(一家庭あたり)
−が満州へと雄飛したのだった。それでも、
оわが国の公称は一億の民
−であったからそれこそ、
о産めよ殖やせよ政策
−の果てであった。
現在−
оロシアでは移住して占拠したロシア人の排斥
−が起こっているし、
о支那は少数民族の土地に支那人を送り込んでいる
−ことで(旧)ソ連と同じ政策を、いまやっている。
о支那は(旧)ソ連から何も学んでいない
−ということだ。
о(旧)ソ連も中央アジアの乾燥地帯にアラル海に流れ込む河川の水を送ろうとした
−が、
оアラル海は干上がり、乾燥地帯には地の塩が吹き出し使い物にならなくなった
−この故事にも関わらず、
о支那は北京(華北)に水が足らない
−と、
о三峡ダム
−に加えて、
о揚子江の水を黄河を越えて華北へ運ぶ大運河の建設
−に邁進している。だが今は無限に近い洪水ばかりの揚子江(長江)にも、
о水には限度がある
−ということであり、この長江の水源は他にも大河が多い、
оヒマラヤ山系
−であり、ヒマラヤ山系にも…
о地球温暖化による氷河の後退
−が既に起こっているのだ。現在の工業力なら、
о人手によらず大運河建設など容易なこと
−であるが、それは逆に…
оそのような大国家事業も巨大雇用など創出しない
−ということであり、
о昔とは違う
−ことは知らねばならぬ。わが国のゼネコン(土木建築産業)も、
о昔のような人海戦術で大工事はしない
−のだ。だから、わが国の土木建築産業界も衰亡しつつあるのだ。
我が国は満州や朝鮮半島や台湾に学校を多く造り現地人の教育に力を入れた。道路、発電所、水道など生活のインフラも数多く残している。また 1924年には朝鮮に京城帝国大学、1928年には台湾に台北帝国大学を設立した。日本政府は明治維新以降9つの帝国大学を設立したが、京城帝国大学は6番目、台北帝国大学は7番目に造られた。その後8番目が 1931年の大阪帝国大学、9番目が 1939年の名古屋帝国大学という順である。なんと日本政府は大阪や名古屋よりも先に朝鮮や台湾に帝国大学を造っているのだ。また日本政府は朝鮮人も支那人も陸軍士官学校への入校を認めた。戦後マニラの軍事裁判で死刑になった朝鮮出身の洪思翊(ホンサイク) という陸軍中将がいる。この人は陸軍士官学校26期生で、硫黄島で勇名をはせた栗林忠道中将と同期生である。朝鮮名のままで帝国陸軍の中将に栄進した人である。またその1期後輩には金錫源(キンソグォン)大佐がいる。日支戦争の時、支那で大隊長であった。日本兵約1千名を率いて何百年も虐められ続けた元宗主国の支那軍を蹴散らした。その軍功著しいことにより天皇陛下の金賜勲章を頂いている。もちろん創氏改名などしていない。支那では蒋介石も日本の陸軍士官学校を卒業し新潟の高田の連隊で隊付き教育を受けている。1期後輩で蒋介石の参謀で何応欽(カオウキン) もいる。
−『何百年も虐められ続けた元宗主国の支那軍を蹴散らした』とあるが、
о2千年
−だ。『何百年』程度ではなかった。だが南韓には、
о韓人こそ支那人や日本人・満州人・蒙古人の祖
−という元型思想もあるのだ。日本にも、
о日本人こそアジア人の祖である
−という説もあるのだ。つまりは、
о古代は支那の…
長江文明
黄河文明
四川文明
−などから始まり、東アジア圏に広がったという説は、
о西アジア人(騎馬民族)説
о北アジア人(騎馬民族)説
−と同様に、
о農業・牧畜⇒遊牧⇒騎馬民族
−が定説であるから、
о中心の支那と周辺国は行ったり来たり
−しているのだ。その一部を捉えて、
о支那人(韓人・倭人それぞれ)も、われわれが祖だ
−と言っているだけだ。そういう遠い過去のいきさつからしたら、
о近代に誰が奴隷で宗主であったか
−など、どうでよいことのひとつである。
<記2008年11月16日>(つづく)
作者:
更新日:2008年11月20日 1時34分
RE:<日本は侵略国家であったのか>〈六〉−復古派同士討ち(笑)−
о北岡伸一(1948年4月20日 - 60歳)東京大学法学部教授(法学博士)
−の説を批判する形で、
о木庵先生の田母神俊雄(福島県立安積高⇒防衛大卒)擁護
−が垣間見られた。わたしの立場は(さあ)どこだろうか?
о親米保守(現状維持)派の〈日本会議(自称右翼)〉などに同調できるはずがない
−ということであり、北岡も田母神も…
о森喜朗
−や、
о安倍晋三
−の賛同を得ていたと思っていることだろう。では〈日本会議〉の…
о安倍晋三・(麻生)糞太郎・中川昭一(永久政権なら持ち回りのはずだった)
−こいつらは、
о北岡批判
−も、
о田母神批判
−もできなかったはずなのだ。なぜ木庵先生のような田母神擁護論陣を張ってやらなかったのか?
〈日本会議〉の(麻生)糞太郎内閣に対する落胆も大きかったはずだ。
このあたりの解説は以下にもあった木庵先生の例え話のような≪たとえ≫が分かり易いので−
昨日だったか、09年版ミシュランガイド東京が発売されたそうです。東京の中の中央部の区だけの話だそうですから、この地方には全然、無関係なことです。つまりは日本料理の頂点たる−
о京料理
−が入っていない。話は飛びますが≪ミシュランガイド≫の評価の精神に、
о冷えても美味い
−これが入っているような気がします。わたしのグルメ基準では、
о熱いものしか食べられないもの
−などは、
оB級料理
−を通り越して、
оC級料理
−に入れました。B級料理は、
о冷えてもうまいもの
−すなわち、
о(ざる)そば
−や、
о冷麺(本場、北韓の冷麺)
−などです。C級料理は、
о熱くなければ食べられないもの
−でありまして、
о熱いうちが華のラーメン
оお好み焼き
о鉄板焼き(焼き肉も…)
оたこ焼き
−などである。
оチャーハン
−や、
оギョーザ
оシューマイ
−に、
о焼きそば(焼きそばは冷えても食べてるが…)
−などもそうかも知れない?
本日、昼のワイドショーをちらりと観ていたら−
о植むら(★★⇒☆にダウン)『今までどおり(何も変わっていないのに)さっぱりわからない(※)』
※『さっぱりわからない』は今年の流行語大賞候補のひとつと思われる福山ガリレオ探偵のセリフ(常套句)。無論、凡人が言う『さっぱりわからない』とは意味が違う!
−それに対して、
оミシュラン『ご自分で行って食べてみてください!』
−と、つれなかった。もうひとつ余談…
о石かわ(★★⇒★★★今年唯一アップ)『嬉しくて涙が出た』
−ことしの09年版ミシュランガイド東京では、
о17店が消滅
−であり食品偽装の…
оトゥエンティーワン(★★⇒0)
−など店の評判を格付け会社たるミシュランガイド東京から得るのは至難のようだ、
さて−
ここにミシュランガイド東京の格付けをあげたのは≪現状維持≫とは何か?について−
о食通と、<自民党>政治の保守(現状維持)派を絡めて批判したかった
−からである。≪現状維持≫とは、
о現状(既得権)維持
−である。これは、
оばらまくもの
−があった時代は多かれ少なかれ、
о分け前
−を、みんな(過半数)にばらまくことができた。現在は(その結果)単に、
о国内産業を弱体化させ
−てしまい、
о国際競争力を育成できなかった
−さらに、
о<自民党>お得意の補助金(補填)政策
−も、
о財源がなくなってしまった
−それが<自民党>のレームダック化現象の顛末だった。
<自民党>は21世紀−
о(神の国)森喜朗=復古(国粋)主義(元隠れ竹下派)
о(竹中改革)小泉純一郎=アメリカの“ポチ”≒売国奴?
о(日本会議)安倍晋三=復古(的理想)主義(タカ派)
о(赳夫の息子)福田康夫=現実主義(だから辞めた)
о(日本会議)(麻生)糞太郎=自称経済通の経済音痴(熟語も音痴)=解散もできない尻貧
−わたしが見たところ(麻生)糞太郎は、
оただ野心だけのカッコマン
−であり今や≪復古主義者≫の、
оメッキが剥げて〈日本会議〉にも見限られた
−ような気がする。この中で〈日本会議〉を外さず背負っているのが、
о安倍晋三
−と、
о(麻生)糞太郎
−のふたりである。年齢的には順序が逆だがこれは、
о持ち回り
−である。だが現状(既得権)維持は、09年版ミシュランガイド東京の…
о植むら(☆)『今までどおり(何も変わっていない)のに、さっぱりわからない』
−という類の惨状に陥る運命なのだ。“植むら”はなぜ落ちたか分かるだろうか?
これは泥船<自民党>と同様であり−
о味というものは<(ただ)守る>ものではない
−ということ(それが(保守というものの)本質ということ)なのだ。
о味も去年より今年、今年よりは来年なのだ
−それを忘れたらミシュランガイドの圏外どころか、
о味を<カネ>で売る店
−にも当たらない。これは、
оC級料理
−以下だろう。熱さ(※)で誤魔化すのだ(笑)。
※熱ければ味覚を誤魔化せる。冷た過ぎても誤魔化せる。
昨今わたしが評価しているのは−
о弁当
−だ。これを電子レンジで温めて食べるバカも多いがこれは、
о冷たくて美味しいもの
−の極致だ。それに、
о安く
−て、
оうまい
−と、
оコンビニチェーン
−や、
о有名店
−
оJR(旧日本食堂)弁当
−までもが<しのぎ>を削っている。なんとなれば、
о数○兆円業界
−には、さまざまな企業が集まるのだ。
о<自民党>の既得権を共有した企業
−は≪数兆円産業≫からも転落した。それに、
о雇用も少なくなった(当然、票にもならん)
−ということでありこれは、
о時代を読み誤った
−ということなのだろう。
о守旧
−などは、あり得ないのである。
о
わたしに言わせれば
о北岡も田母神も
−同じ穴の狢だ。
【注記】混同されないように!!
〓わたしの書き込みは全角スペース一個に−から始まる<navy(#000080)>色である。
〓木庵先生は、<>内のgreen(#008000)色である。
〓北岡は−忘れなければだが−(北岡)「」内のgray(#808080)色である。
▼チベット大虐殺と朝日新聞#18○18(火)
http://blogs.yahoo.co.jp/takaonaitousa/27379821.html
○ 2008/11/18(火) 午前 8:34
<北岡の記事を紹介する前に述べなければならないことは、私は田母神の論文を読んでいないことだ。一般的報道から大体の内容は掴めても、田母神の細部の議論については分からない。それを了承した上で、私の分析を読んでもらいたい。
まず、北岡の記事の重要なところを抜粋し、それについて私の見解を述べる(< >の枠の中に)。>
こんにちは。>木庵先生 見つけましたよ。いやかも知れないが≪トラバ≫しますね。
−田母神の懸賞論文は論文の名に値しない。(おそらく)ネットなどの寄せ集めであり、
о読むにたえない
−から読まないで論じてもかまいませんよ。
(北岡)「論文の必要条件は、確かな事実と強固な論理である。田母神氏の論文には、事実の把握において、著しい偏りがある。例えば、日本は中国や朝鮮に対し、相手の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはないと書いている。しかし満州事変が、石原莞爾ら関東軍の幕僚による陰謀であったことは、誰でも知っている事実である。張作霖爆殺事件についても、コミンテルンの仕業という説が有力になっていると書く。ごく一部にそういう説はあるが、まったく支持されていない。関東軍参謀の河本大作によるものだという説は、揺らいでいない。」
−これは(わたしも)以前にも書いたが、
о河本大作や石原莞爾らは仲間同士の宴席での自慢話で自ら吐いたこと
−に過ぎず、
о酒席の自慢話は真偽のほどが定かではない
−ということだ。それに、
о陸軍省や参謀本部の幹部(佐官)たちも支持(応援)していた
−ものであり蚊帳の外は、
о帝国政府(内閣)
−と、
о将官たち
−ばかりであった。のちに越境将軍ともてはやされた林銑十郎朝鮮軍司令官(中将)も、
оあやつられた
−のがもっぱらであり、
оまずかったら他人(部下、あるいは石原ら)のせいにした
−はずだった。それに、
оリットン調査団(報告書)
−の認定もある。この利害関係にはあったが第三者の調査報告は第一に注目すべきことであろう。
<記2008年11月19日>(つづく)
作者:
更新日:2008年11月20日 0時1分
RE:<千葉東金5歳女児変死体遺棄事件>【特別編】〈四〉−さびれた小さい市(まち)に生きて−
▼千葉東金女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「妄想の尺度」@勝手に「妄」「想」 ケロっといきましょう!
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3530035.html
ここへきて、こうしてしゃがんで立てません。
線香がある。でも自分タバコ吸わないんで火がない。
−≪火≫はいけません。≪火≫をつけたら燃え終わるまで待つか消さなければならない。でも、
о呪われた遺棄現場の雰囲気
−が、これらの花々から人々の想いとなって、
о残留思念
−となっている気配が濃厚だ。
о得たいが知れない事件
−の場合、
оわけが分からない畏怖
−が人々のこころを惑わせる。それがいけない。だから、
о猟奇的事件は速やかに解決しなければならない
−のである。
このプレハブの場所がなんなんだか知りたかった。
隣に東京電力がある。その資材置き場なんだ。でもいつもブルーシートを掛けっぱなしの古い材料は、さび付いているみたいだ。
警察のウォーニンテープはもうなく、ただのバリケードで車輌は入れない。
でも人は簡単に入れる。探索しちゃいましたよ。
どうしても徒歩と思えるる車輌としても、ここなら、、、バリケードで断念?
−東京電力ビルは4F建てのようだ。東金には、
о3F
о2F
о1F
−の低い建物ばかりだ。確か、
оF−12|3|4|5|678910|11…41(超高層ビル)
4Fまでならエレベータ設置の義務を免れた
10Fまでなら複数のエレベータだったか、エレベータ独立棟だったが要らない
−こういう法的な制約があったはずだ。だから、
о5F建て(数億)
−あたりと、
о10F建て(倍)
−あたりとは、
о似たような強度・構造でよい
−はずだが、
о比例した資金が要る
−ということだろう?
о11Fだったか12F以上
−あるいは、
о41Fというような超高層ビル
−は、確か数百億円の資金が要ったはずだ。
≪超高層ビル≫
оワールドトレードセンター(110階)
竣工 1973年4月4日
総工費 6,000万ドル(2,160億円、現在の貨幣価値換算では2兆円)
оJRセントラルタワーズ(地上51階、54階・地下2階)
竣工 1999年
総工費 約2,000億円
о六本木ヒルズ森タワー(地上54階・地下6階)
竣工 2003年4月
総工費 約2,700億円
оミッドランドスクエア((トヨタビル)地上47階、塔屋2階、地下6階)
竣工 2006年9月29日
総工費 約1,000億円
−調べてみたら、
о世界一しょぼい高層ビル≪トヨタビル(ミッドランドスクエア)≫でも総工費公称約1,000億円
−となっていた。実質は数百億円の安さだったのかも知れない?
#さすがは落日のトヨタだ(笑)。
さて本論−
о徒歩なら自動車できても入れる
−ようだが、
о<資材置き場>のなかも無論、丸見えだ
−ということだ。
妄想するにも情報は必要。いつもチェックしています。
最新では、なにやら母親多恵子さん妊娠説?
そうだ、多恵子さん! 本日11/15の12時30分ごろ白いトヨタのワンボックスで現場通りませんでした?
ウロウロしている自分に気付いて、通り過ぎ、また前を通りませんでした?
ちらっと目があって、「ん、多恵子さんか?」と自分は思い、待ってましたが。
−≪多恵子さん妊娠説≫は、 yahoo! 検索では見つかりませんでした。
>ケロっと。君
оそれは多分<あたり>
−でしたね!
ケロっと。君が居たので(去ろうとしなかったので)この日は花を捧げずに帰ったか?
о毎日午後0時30分ごろ
−に本当に来ているのでしょうね。やはり、
о母親犯人説
−は、
о母親ら親族の〈コメント〉への違和感
−にも関わらず、
о母親犯人説はほかの事件に流された暴論
−ということでしょう!
よかったですね。>ケロっと。君
およそ300枚の写真。そして4時間あまり歩きました。
−二日だと何枚撮りました?
でも、デジタルカメラ時代でよかったですね。>ケロっと。君
о昔の36枚撮りなら数百本
−になって持ち歩けない。昨今は、
о数ギガ
−のメモリーが開発されたから、それも安くなって…
о充分ポケットに入る
−からだ。便利な時代になりました。
でも本当は、想像以上に狭い。近い。ミニマム。妄想の尺度を間違えていました。
−わたしには、このケロっと。君の≪尺度感覚≫は(たぶん)ない。だから、
оケロっと。君『想像以上に狭い。近い。ミニマム』
−を、わたしの近くの駅に当てはめて考えるようにしたい。駅へは500メートル弱だと思うたのが、
оたらたら歩いて6分
−であり、
о早足(一所懸命、一番)なら3分
−というところだと思っているのだ。だが、これも距離が時間を間違えているのかも知れない?
о家から出た時刻
−と、
о駅で電車待ちの時間
−を差し引いて、
о近い
−と思っているからだ。だが別の到着駅から目的地へは(たぶん)、
о約1キロ
−であり、
о一所懸命でも信号があるから10分で高架駅ホームまで掛かる
−から、だいたいこの距離感覚で考えればいいのだろう。そうすると、
о半径300メートル圏内
−になら、
о東金警察署
−や、
о<東金市立第一保育所>
−を除けば、
оすっぽりと入る
−のだから、
оケロっと。君『想像以上に狭い。近い。ミニマム』
−の感覚は、
о<JR東金駅>(西口だけ)⇒陸橋⇒≪公園前通り≫⇒≪公民館前通り≫⇒<サンテラス東金>⇒<資材置き場>
−まで、
о≪おとな≫の脚なら、ぶらぶら歩いても約5分以内
−であり、
о5歳の幸ちゃんでも早脚なら約10分圏内
−というところだろうか。
運良く、中央公園ではフリーマーケットが開催され、サンピアも自由自在に歩けそうなのかな?という妄想いだきました。
−この≪公園≫での<フリーマーケット(縁日の屋台)>は、
о土日毎に、人寄せのために<サンピア>と市がタイアップしてやっている
−というところなのだろうか?
でも、この市(まち)の感覚は−
оこうした≪フリマ≫ではない
−賑わいではないということだ。これが、この市(まち)の本質なのだ。言語的には、
оネクロポリス(死者の町、墓場)
−そのものだ。
・幸ちゃんの病院の出口は職員専用口だろう?
−これは、また後で出てくるから〈コメント〉しない。だが≪職員専用通用口≫が当然、クリニックなどの施設にはあるのだ。そして、それを幸ちゃんも知っていて当然のように使っていたのだということは想定内で考えなければならぬ。
・ドクターヘリが中学校に着陸したのは、小学校が何かやっていたからだろう?
−≪ドクターヘリ≫は、思い込んでいたのとは違い…
о<鴇嶺(ときがね)小学校>の運動場ではなく<東金中学校>の運動場に着陸した
−という。では東金市では全市一斉に、
о小学校の運動会が当日行われた
−ということなのだろうか?
だとすれば−
о中学生
−以上と、
о幼稚園(保育所)
−などが取り残されたのであり、それなのに…
оこの日の午前中は、町内会の清掃日だった
−など、ちくはぐだ。
ケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫は−
★★★★★ ケロっと。君の<ブログ>勝手に「妄」「想」 ケロっといきましょう!
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014
千葉東金女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「妄想の尺度」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3530035.html
千葉東金女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「まずは、、歩く」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3565603.html
千葉県東金市 5歳女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「妄想の精度?」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3615620.html
千葉県東金市 5歳女児遺体遺棄事件 現場からの妄想 「え〜と。画像について」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3638582.html
千葉県東金市 5歳女児死体遺棄事件 現場での妄想〓 「変な病院」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3676498.html
(どんどん、これからもつづく)
−であり、これは流石に≪傑作≫だ。写真も秀逸であり是非とも見てほしい。
<記2008年11月18日>(つづく)
作者:
更新日:2008年11月20日 0時1分
RE:<千葉東金5歳女児変死体遺棄事件>【特別編】〈三〉−名探偵ケロっと。君に期待しよう!!−
ケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫は−
★★★★★ ケロっと。君の<ブログ>勝手に「妄」「想」 ケロっといきましょう!
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014
千葉東金女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「妄想の尺度」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3530035.html
千葉東金女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「まずは、、歩く」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3565603.html
千葉県東金市 5歳女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「妄想の精度?」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3615620.html
千葉県東金市 5歳女児遺体遺棄事件 現場からの妄想 「え〜と。画像について」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3638582.html
千葉県東金市 5歳女児死体遺棄事件 現場での妄想〓 「変な病院」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3676498.html
(どんどん、これからもつづく)
−であり、これは流石に≪傑作≫だ。写真も秀逸であり是非とも見てほしい。
と書いているうちにも次が投稿されているはずだ。これは−
о最下部の日付の書きおろしだ
−ということである。振り返って書き直さないから注意して、
оケロっと。君の<ブログ>勝手に「妄」「想」 ケロっといきましょう!
−に日参して欲しい。事件はまだまだ警察には見えてないようだ。名探偵ケロっと。君に期待しよう!
▼RE:<千葉5歳女児変死体遺棄事件>〈五一〉−千葉県警本部の警察幹部がやる気がない−
http://blogs.yahoo.co.jp/eraser1eraser/57237184.html
コメント(2)[NEW]
● 東金警察署の無能ぶりはあちらこちらで聞きます。先日事件現場の花束が置かれている場所に「がんばれ千葉県警、負けるな東金警察署」という札が置かれてありました。バカにされる一方、応援している人も多いようですが、何一つ重大事件を解決できないんだから、自分の身は自分で守るしかありませんね。
2008/11/16(日) 午後 10:16 平和党代表-大坂佳巨
こんにちは。>平和党代表さん 〈コメント〉ありがとうございます。
−あなたも現場を見てきましたか。というよりも、あなたはここ、
о<鴇嶺((ときがね)=東金)市>が通り道
−でしたね。事件の最初から〈コメント〉をいただきました。東金警察署=地方警察所の無能というよりも、
о地方県警=千葉県警
−の無能が大きいのではありませんか?
о佐賀県警(さがせんけー=探せんけー)
−確か佐賀県警も、そうやってバカにされていました。千葉県ってロゴを、
оちば
−ってやってバカにされていた県ですよね?
TVドラマ≪相棒≫などでは−
о(首都警察)警視庁刑事部捜査一課第○強行犯捜査第○係長(警部)の無能ぶり
刑事部長=警視長
刑事課長=警視正
班長(係長)=警部
−逆に、
о右京・亀山らの生活安全部特命係の有能さ
−が描かれています。まあ、あれほどひどくはないと思いますが警視庁には、
о鑑識課
−があります。
о科学捜査研究所
−に、
о監察医制度
о東京都監察医務院
−まである。だが地方警察には(たぶん)、
о県警に鑑識課(地方警察署にはない)
о科学捜査研究所(千葉県警にはあるらしい)
о監察医制度なし
−であり、
о千葉県警刑事部(部長=警視長)
−と、
о東金警察署刑事課(課長=警部)
−が管轄を同一にしている。千葉県警刑事部から管理官(警視)が派遣されて東金警察署刑事課(警視以下警部など)を(捜査本部を東金署に立ち上げて)指揮する形になるようだから、
о東金警察署(刑事課)が無能というよりも千葉県警(刑事部)が無能ということ
−これは少なくとも、
о殺人事件
−などでは間違いない(ただし、<千葉東金5歳女児変死体遺棄事件>が県警指揮になっていたかどうかは不明)と思われる。ケロっと。君によれば、
о東金では交通事故扱い
−ということだから、もしかすると県警はさっさ手を引いて東金警察署扱いなのかも知れない?
оケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫からは、とても80人捜査体制で動いているようには思えない
−ような気配が伝わってくる。でも、
о重大事件なら≪千葉県警≫が管掌
−なのだからやはり、
о東金警察署(刑事課)のせいではない
−つまり、
о千葉県警(刑事部)が悪い(ただし責任もとらない)
−ということだ。この…
о最終責任は形式的に末端の東金警察署(刑事課)がとる
−このような体制が警察全体の無責任体制を助長し、
о迷宮入り事件ばかり千葉県警には多過ぎる
−という無惨なことになる。千葉県警本部長(警視監)も、
оすぐに入れ替わる
−腰かけ人事に過ぎないから、先の本部長の迷宮入りが次で問われることもない。これが官僚体質であり、わが国の全ての行政の体質である。
▼千葉東金女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「妄想の尺度」@勝手に「妄」「想」 ケロっといきましょう!
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3530035.html
プレハブに遺体は横たわってたわけだから、ここだろう。献花台のところじゃない。
すぐ向こうに南公園ですよ。
−これも、しょぼい(子どもの)私設のもののようだが<献花台>の位置もおかしいと思う。それは、
о誰かが自分の家の前の細い道端ではなく安アパート前へ置いた
−ということだろう。それは、
о<資材置き場のプレハブ小屋>の道路を隔てた向かいの大きなプラスチック製駐車屋根の家
−これだろう。これが目障りと<献花台>を動かしたのだろう。
о誰の家なのだろうか?
−この家からも、
о丸見え
−だったのだから、
о雨の日曜の正午に何をしていたのだろうか?
−と<サンライトハイツ>住人同様に気になる。前稿には書けなかったが、<サンライトハイツ>住人が、たった三室なら男子中学生の通報で第一発見者団を形成したのは…
о老男(60)
о男子中学生(13)の母親
о男子中学生(13)
−の3人であったのだろう。どうせ、
о洗車男
−は、こういう時も仲間外れが相場だ。洗車男は、黒い自家用車の感じからすれば、
о20代、せいぜい30代の独身男
−なのだろう?
献花台に水とお土産のお菓子を置いてとりあえず「南無妙法蓮華経」3回唱える。
−ん?
оケロっと。君も≪南無妙法蓮華経≫なのかい?
−と思った(笑)。わたしは、
о般若心経なら暗唱できる
−が、
о南無阿弥陀仏
−である。
оな〜む、あみだ〜、な〜〜む、あみだ〜
−という南無阿弥陀仏(なまんだぶ)の正信偈の宗派である。≪南無妙法蓮華経≫と唱える≪法蓮華経≫信仰が篤いのは、
о日蓮系
−と
о法華経系(天台宗)
−宗派であるという。やはり、
оエビアン=水
−であったか。
これしか知らないけど、心は伝えてる。花は新しい。いつも献花されている。思ったとおり。
だけど、ぬいぐるみも、お菓子も散乱している。触れないんだろうなみんな。
自分はなんかブヅブツ言いながら、直したりホコリ拭いたりしながら、ちょっとごめんよと手紙みたいなのひらいた。保育所の同級生かな。
涙溢れるだけですよ。ほんなこつ。こうやって書いていても。
ずっと献花台にらんでました。
−この『花は新しい。いつも献花されている。思ったとおり…』は確か、
о母親多恵子(38)が毎日日参している
−ソースは、
★東金の5歳園児変死:幸満ちゃん遺棄事件から1カ月 懸命の捜査続く /千葉
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081021-00000051-mailo-l12
10月21日12時1分
◇「私がもっと気を付けていれば…」 母が心境語る
多恵子さんは20日、毎日新聞の取材に応じ、「なかなか言葉にはできないです」と現在の心境を述べた。幸ちゃんがいなくなって1カ月。遺棄現場近くに設けられた献花台に毎日足を運び、花を供えているという。
−これである。ケロっと。君の『思ったとおり…』もこのことなのだろう!!
о非業の死でも愛されて(惜しまれて)死ぬのは最高である
−これですね。伝わってきます。
<記2008年11月18日>(つづく)
作者:
更新日:2008年11月19日 0時7分
RE:<問答集>木庵先生〈三二〉−新世界秩序理論いまだ−
わたしの目が黒いうちに−
〓<自民党>の消滅
〓支那の崩壊(分断)
〓アメリカ合州国の崩壊(分断?消滅?)
−これらを是非みたいものだ。<自民党>は既に、
оレームダック化
−であるが、
о数年、干さないと消滅しない
−だろう。要は、
о政治資金を断つこと
−である。そうすれば世界三大悪徳政治のひとつが消える。われわれには、
оそれが一番、われわれの生活と未来に影響する
−のである。実際は、
о支那などはどうでもよい(戦争ならまた勝てる)
−のだ。この世界の元凶は、
оアメリカ合州国
−である。これは何とか軟着陸させねばならぬ。そのアメリカ合州国の軟着陸とは、
о代わりにロシア連邦
−とかがないことだ。アメリカ合州国に大政奉還させたら、
о次は薩長(ロシア)だった
−なんてことは願い下げだ。われわれは、この地球の新世界秩序の22世紀像を描かなければならぬ。
оブッシュパパが1990年代に希求した≪新世界秩序≫はいまだ描けていない
−ということである。
▼新erasusさんへの反応#6@木庵先生の独り言
http://blogs.yahoo.co.jp/takaonaitousa/27304947.html
7)私は外国で暮らしているので、日本の現実的な渦に巻き込まれない利点がある。また上で述べた茶番劇の中に入らなくて良いという利点がある。だから、現実から遊離した、坂本竜馬夢想論をいくらでも発信できる。それも、無責任にと、思う人もいるだろう。「アメリカにいて日本の不景気の実態や日本の現実的人間像の変質を知りもしなくて、大きなことを言うな」という声が聞こえてきそうである。それは当たっている。またアメリカで生活しながら日本のことを書いているのは日本郷愁論であると言われれば、完全に否定は出来ない。「外国にいるから日本の様子がよく見えるのですよ」と、生意気なことも言いたくない。私の親族は日本で生活し、私も以前は日本の現実の生活を送っていた。それにまだ日本国籍であるので、ある程度私も日本について言える立場であると思う。私が思うより、読者の皆さんが、私のコメントに何かを感じてくれたり、共鳴してもらえればよいのであって、偉そうなことを(わりとこのごろ書いているが)言うつもりはない。
−木庵先生に≪日本郷愁論≫があるのならばそれは、
о30年前の日本
−すなわち、
оオイルショック後
−であり、
о失われし10年
−の前の…
оバブル
−と、
оバブル崩壊
−前の、
оジャパンアズナンバーワン(日はまた昇る)
−の日本が到来する前の時代である。この時代は、
оけっこうよい時代であった
−と、いま振り返るとそう思える時代であった。わが国は、
о省エネ
−と、それに伴う
о省エネ産業
−による新しい雇用創出にも成功したからだ。それが、
оジャパンアズナンバーワン(日はまた昇る)をもたらした
−のである。アメリカ人にせよ、日本人にせよ、浮き草のような在日南韓人せよ…
оどんな国籍人にせよ
−(自分の国)愛国主義だけで、これからやっていけるだろうか?
だが−
оソマリア人まで、われわれの税金で面倒をみなければならない
−としたらわれわれは、
о政策の優先順位からソマリア人は除かれる
ソマリア人は死んでも、どうしようとかまわない
−と言わねばならぬ。そうしたことは世界一のアメリカ人にしても、
оオバマはアメリカ人の大統領(総統)
−に過ぎず当然、
о世界の大統領
−とか、
оわれわれの大統領
−ということではない。だが、
оソマリア国大統領が何人でも大勢に影響はない(ソマリア人だけ)
−ということだ。すなわち、
оオバマ
−は、われわれに害を為す。
о胡錦濤もわれわれに害を為す
−に違いないし、
оプチーンは強く、われわれに害を為す
−だろうし、
о李明博も少しは、われわれに害を為す
−だろう。
о金正日は少しだけ、われわれに害を為す
−が、ほとんど害はない。
оアロヨは、われわれにほとんど害を為さないだろう
−と影響力ゼロの諸国も数多い。だから、
о問題はアメリカ合州国だ
−これは≪戦後≫半世紀も続いたことだ。
оそろそろ終わりにしたい
о(旧)ソ連だって崩壊したのだ
−と、わたしは思うのである。
8)近頃私へのコメント数が増えたという指摘だが、erasusさんのトラックバックが復活してからコメント数は減ってきましたよ(笑)。以前にも erasusさんが書いておられたが、我々二人の論議に第三者者の参入がほしいですね。私はコメントでもよいのですが、erasusさんは長い文章がお好きなようであるから、長い文章で、二人を批判なり、賛同する方おられませんかね。ここでそのような方を応募します。ただ誹謗だけとか、感情論だけで、我々が望むソクラテスの弁証法的な議論によってお互いに高めあうという主旨に合致しない方の参入はご遠慮願いたいところです。
−どうも、わたしは木庵先生にとっては、
о厄病神
−のようである(苦笑)。
о『ただ誹謗だけ』
−とか、
о『感情論だけ』
−ならば、わたしの書庫≪BW(バトルウォッチャー)≫に何人か入っております。
о木庵先生『ソクラテスの弁証法的な議論によってお互いに高めあう』
−これは、このわたしが一番手で赤面するほかはないだろうか。
о木庵先生『私はコメントでもよい』
−ということだから、是非ともお気軽に木庵先生のブログ…
木庵先生の独り言〈ブログ〉http://blogs.yahoo.co.jp/takaonaitousa
−に書き込んで欲しいものだ。わたしのブログに書くと、
о舌足らずに〈コメント〉でやらず
−に、
оブログの特性≪トラックバック≫を使って記事にせい
−さすれば、
оご自分のブログも繁盛するではないか!
−と言いたくなる。やはり、わたしは…
о『長い文章で』思う存分、遺棄現場尽くしてほしい
−と思うばかりである。わたしのブログには現在…
оキリスト教徒が『出入り禁止を申し渡した』にも関わらず大量の書き込みを繰り返している
−なぜ彼の〈コメント〉を消さないかというと、
оさらしもの(笑)
−である。わたしは、
о読む気もない
−し、
о〈コメント〉を返す気もない
−既に、
о長文で返答をした(終わった)
−と思っているからだ。わたしは、
о繰り返しの議論
−になったら、
о無視する
−か、
о削除してしまう
−としている。自分のブログぐらい…
о愚行の自由を発揮させて貰いたい
−ということである。
о毀誉褒貶は所詮、他人事
−であり、そりゃあ褒められればうれしいが…
оこんな意見(見解)もありますよ(どうですか?)
−とやられたら、
о一本取られた
−とか、
оこりゃあ参ったな(脱帽)
−もありだ。だが幸い、
оわたしのブログに書き込まれる(わたしへの)批判
−は、
о見当違い
−や、そもそも…
оわたしの本音を見抜けていない浅いもの
−ばかりで安心だ。だが、
о本当に批判したい賢人ならば愚行の自由から黙って立ち去る
−だろうか?
たぶん−
оそうなのだろう
−と思っている。木庵先生とは、
оこうして主義主張の座標が異なる(正反対かも…(笑)?)
−にも関わらずそして、
оわたしが大嫌いな国粋主義者=木庵先生にも関わらず(笑)
−だ、
о真摯な言論姿勢の尊敬すべき木庵先生の全人格
−に、ほだされて≪国粋主義者≫ぶりにも、このわたしは我慢している(慣れた)というところだろうか。わたしは気が短いが、
о木庵先生は気が長く(年の功ではないと思う。たぶん昔からだろう)
−して、
оさすがに哲学専攻だけのことはある
−から、
о思想的に(哲学的に)逸脱がない
−という安心感が大きい。それが木庵先生の長所であろう。だから木庵先生が強烈な≪国粋主義者≫でも、
о極右
−でも、わたしは我慢することにした。そして、
оヒロヒト批判ができない
−という木庵先生の弱点にも目をつぶることにした。だが、
оヒロヒトを護っても天皇制を潰したら何にもならない
−と思うのは、わたしだけだろうか?
ヒロヒトは−
о死人(しびと)である
−から、ヒロヒトに少しはわれわれの役に立って貰おうではないか!>木庵先生
оヒロヒトは、われわれの外交(詭弁)の道具である
−と思う。たとえば、
о南京大虐殺の戦犯もヒロヒトにしてしまえ
−などは名案だろう。かれは既に居ないのだ。反対するは、
о国粋主義者だけ
−だろう。<記2008年11月16日>■
作者:
更新日:2008年11月19日 0時1分
RE:<千葉東金5歳女児変死体遺棄事件>【特別編】〈二〉−あり得ない=謎−
さて、ケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫〓第一弾へのレスである。これはもう一度、いや何度も宣伝しておこう。
ケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫は−
★★★★★ ケロっと。君の<ブログ>勝手に「妄」「想」 ケロっといきましょう!
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014
千葉東金女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「妄想の尺度」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3530035.html
千葉東金女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「まずは、、歩く」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3565603.html
千葉県東金市 5歳女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「妄想の精度?」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3615620.html
千葉県東金市 5歳女児遺体遺棄事件 現場からの妄想 「え〜と。画像について」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3638582.html
千葉県東金市 5歳女児死体遺棄事件 現場での妄想〓 「変な病院」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3676498.html
(どんどん、これからもつづく)
−であり、これは流石に≪傑作≫だ。写真も秀逸であり是非とも見てほしい。
さて−
о幸ちゃんの行動圏と思われる全地域の狭さ
−や、
о幸ちゃんなら見えないと思われていた幸ちゃん遺棄現場は丸見え
−とか、
о当然TVレポーターなどからも報告されていなければならなかったこと
−が全然されていなかった。あるいは、
о言ったかも知れないが、われわれには実感が持てなかった
−だが、ここにケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫が出て、われわれにも…
о現場の感覚
−が正しく持てるようになった。だが、このことは何を指し示すのだろうか?
いや、それよりも−
оなぜ警察や現場へ赴いた記者たちは、
変質者説
車説
−で一斉に動いたのだろうか?
о東金駅からの近さ(狭さ)
−なら現場へ赴いた連中なら誰でも共有できたであろうに。そもそも、
о変質者説
о車説
−の根拠は何だったのだろうか?
ケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫第一弾からは−
о徒歩説
−しか出て来ないし、その≪徒歩説≫にしても、
о遺棄現場の説明はできない
−ということになる。
▼千葉東金女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「妄想の尺度」@勝手に「妄」「想」 ケロっといきましょう!
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3530035.html
○ 2008/11/15(土) 午後 7:23
東金に行ってきました。
休みが取れたら行きたいなと妄想していました。
妄想は実現しちゃ意味ないようですが、さらなる妄想のために。
過去にこの事件に最初に取り掛かったとき、自分の好きなブログ
☆★☆ 名探偵蒙裡胡伍浪之名推理教室 ☆★☆のいれいざすさんが「現場に認識のあるあなたの環境がいずれ導く」みたいな事を仰られていたので、正直触発されました。
こんにちは。>ケロっと。君 〈現地レポート〉ありがとうございます。
−いやあ、わたしのブログまで宣伝していただきまして本当にありがとうございます。
оこれは( yahoo! ブログ初の)快挙ですよ
−と申し上げたい。
оほんとに行っちゃったー
−わたしが知人にリアル社会で言ったら驚いていました。
東金駅は変。
降りる口はひとつ。線路をまたいで反対側へ行くには、大きな歩道橋が必要。
歩道橋の上で見る。降りた口は目の前「山」。田舎だ。
無駄に大きい歩道橋。
−こういう駅の両側から降りられない駅は、
о都会の私鉄
−にもありますが、
о都会の多くの私鉄も高架工事が進んで
−高架駅だから当然、両側へ降りられる。東京にも、たくさんの開かずの踏切があるというから、
о人口密集の東京でも高架工事化が完成していない
−ということなのだろう?
それなら−
о地方都市(大阪以下)
−も当然だろうし、
о田舎町
−などは無人駅でないだけ喜べというところだろう(笑)。
оJR東金線の駅が、ひとつか二つ
−の<鴇嶺((ときがね)=東金)市>の…
о中央駅
−がこれでいいのだろうか?
旧商店街を破壊してまで≪サンピア≫を誘致・造成しておいて−
оJR東金駅は、でっかい歩道橋を造っただけ
−というのは都市計画の基本からも、
оここの市長は何をやりたかったのだろうか?
−と不思議でならない。
оケロっと。君『目の前「山」。田舎だ。』
−これが率直な感想なのだろう。わたしは、やっぱし…と言いたい。
оケロっと。君『無駄に大きい歩道橋』
−なぜ、この<まち>唯一の鉄道駅に、
о駅ビル(駅の上にツイン高層ビル)
−とかせめて、
о駅の高架化
−をしなかったのだろうか?
これでは−
о東金線で<鴇嶺((ときがね)=東金)市>が西と東に分断されてしまう
−だろうに。実際、分断されているではないか。これでは、
о駅西(駅裏)
−は永遠に発展しないだろう。
ルートは頭に全部入っている。サンピアの前を通って(さらっと)セブンイレブンへ。
キャンディーとエビアンを買った。幸ちゃんの遺体発見現場への献花は朽ちるからね。
この辺は落ち着いてたし冷静でした。
と、、もうここから、サンテラスが見える。と言う事は、もうそこかよ、遺体発見現場。
近い。近すぎる。大きい複雑な駅なら駅のコンコースぐらいの近さ。
−≪エビアン≫って水かな?
о<セブンイレブン>と<サンテラス東金>が近いこと
−は地図からでもわかります。
оケロっと。君『もうそこかよ、遺体発見現場。近い。近すぎる。大きい複雑な駅なら駅のコンコースぐらいの近さ』
−これは、
оこの事件(事故)が徒歩圏であること
−の証明だろう!
現代人は−
о何もかも自動車
−と決めつけ過ぎる。既に、
о08年春のガソリン価格の高騰
−で、われわれは自動車離れを迫られた。それでも自動車に乗っている人は大金持ちではなく、
о電車で首都圏(都市方向)へ労働に出かけられない人
−むしろ、
о郊外へ向けて
−や、
о電車駅が近くにない区域への労働者
−には、どうしても車が必要だが…
о社会的エリートなら車など必要ない
別荘ではないが会社の近くに寝場所の確保とか
ついでにマンションを賃貸・購入とか
−わが国では、社会的エリートが地下鉄で通勤するのだ。それより偉くなれば、
о会社指し回しのハイヤーで重役出勤
−だろう。自分で自家用車を運転するのは、
о都会には高い駐車場しかないから駐車料金上できない
−し、
о渋滞
−や、
о運転は疲れる(自分で運転すると事故の責任もかかってくる)
−から、そんなことやる必要もないということだ。要するに車は、
оプー太郎(ワーキングプア)
−の足に過ぎない。
映像でよく見る現場の献花。
向こうに見えるはサンライトハイツなの。
そこに立って愕然とした。「ありえねぇ」再度360度見回し「絶対ありえねえ!」
わたしゃ座り込んでしまいました。
どこからも丸見え。そんで目の前にアパートだの民家だの、みんな玄関や窓こっち向いてるじゃないの。
оケロっと。君『絶対ありえねえ!』
−幸ちゃんの遺体遺棄現場は、
о<資材置き場のプレハブ小屋>(後)=蔭
−のイメージではなかった。そんなことは、
о現場写真からは分からなかった
−が、
о現場へ行ったTVレポーターなら容易に分かったこと
−であったはずだった。地図や報道の現場写真で見ると、
о確かにケロっと。君の言ったとおり『どこからも丸見え』の様相
−ではあった。だが警察は、
о車遺棄説
−で≪変質者(運転免許年齢)≫を匂わせて初動捜査をしていた。だが、
оケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫
−からは、
оあまりにも近い
−とか、
о(ここに捨てるなぞ)ありえない
−とか明確な≪車≫説の否定が伝わってくる。だが、
о徒歩説
−でも、ここに棄てることは『絶対ありえねえ!』なのだから分からない。もし、そうなら…
оここに棄てられる人とは、自ら『アパートだの民家だの、みんな玄関や窓こっち向いてる』部屋に棲んでいる者
−それ以外にはあり得ない。そもそも、それらの家々に、
о今は誰も居ない
−ここを決して、
о覗かない
−などと、どうして期待できるのだろうか?
逆に−
о必ず外を見ている誰かに見られる
−と思うはずだ。実際、
о誰かが見ていた
−のかも知れない?
оたまたま、ひとりも見なかった
−ということは、あり得るがそれは…
о雨の正午(飯時)だったから
−とか、
о小中学校一斉の運動会
−とかの学校行事でみんな居ないなどが重なったのだろうか?
それか−
о惚け老人ばかりが棲んでいた
−あるいは、
о外からの流入者ばかりが棲んでいた
−ということなのだろうか?
<記2008年11月16日>(つづく)
作者:
更新日:2008年11月19日 0時1分
RE:<問答集>木庵先生〈三一〉−考える力(昔なら読書は、バカでもできるただの知識集積)−
わたしが受けた学生時代の講義は、それは退屈極まるものであった。だが−
оアメリカ合州国の法科大学院
−などの教授と学生の問答はすばらしい。あんな講座なら、
о日頃、遊び呆けていられるはずはなく
−大学(高等教育)は勉学に励むところであるという本来のものに戻るのだ。これは、
о古代ギリシア・ローマの元老院(合議会)での弁論
−にも似たものがある。
▼新erasusさんへの反応#6@木庵先生の独り言
http://blogs.yahoo.co.jp/takaonaitousa/27304947.html
4)麻生首相が漫画で多くの知識を得ているということらしい。近頃の日本のテレビを観ると彼が言葉を知らないことを揶揄している。確かに常識的な読み方を間違えると知的能力を疑われることになるだろう。私だって麻生さん以下なので、偉そうなことは言えない。小林よしのりの漫画、読んだが、一つの表現方法としては良いのではないか。ただ教養の殆どを漫画に頼るのは困ったことだ。知り合いの家に行って、漫画ばかりが本棚に並べられていると、その人の軽薄さを感じてしまう。三文小説ばかりが本棚に並んでいるのも同様だ。全集物がずらっと並んでいるのも、全部読んだのかと疑ってしまう。各人の読書傾向でその人の教養程度が分かる。それにしても近頃の人、本を読まなくなった。読書は考える力を養う。三文小説や一般書籍だけでは深い考えは養えない。漫画ごときもの、子どもが読むもの、書物の中に入れるべきではない。風刺漫画などには、鋭さとかウイットがあり、文章表現を超えるものもあるが。
−ゴルゴサーティーンシリーズは、
о漫画家さいとうたかお
−の、
оイアンフレミングの007(ダブルオーセブン)の映画化
−以来の超長寿シリーズである。木庵先生は確か、
оないとうたかお(内藤貴雄?)
−あたりだから、<さいとうたかお>とは一字違いであり共に、
оご先祖様は藤原氏
−ということになろうか。
о斎藤氏=斎宮頭の藤原氏
о内藤氏=由来は不明だが藤原秀郷(俵藤太)を祖先とするらしい
※俵藤太は、平将門平定など武勇伝が多い伝説の人物
−つまり共に、
о武士の家系(それ以前は日本国皇帝百済倭国(フジワラ)王⇒公家=貴族)
−である。だから藤のつく苗字の人々は、
о臨済禅(大名・高級武士)
−の檀家信者が多く、わたしが聴いた医師の家系も…
о臨済禅で公案もやっている
−と言っていた。そういう豊かな格式の高い階級の檀家だから当然、
о臨済禅の葬式の僧侶の数は桁違いに多い(費用も莫大)
−である。
о木庵先生『三文小説や一般書籍だけでは深い考えは養えない。漫画ごときもの、子どもが読むもの、書物の中に入れるべきではない』
−これは、
о(麻生)糞太郎(ゴルゴ13)
о石破茂(亡国のイージス)
−ら<自民党>の薄らバカ議員たちに言ってやってください。そもそも議員も国会議員クラスなら、
о漫画を読んでいる
−とか、
о2ちゃんねるに書き込む
−とか、そんな閑はないはずなのだ。そんな馬鹿だから、
о日本語(漢字)も読めないのだ
−と、みんなに嘲笑されるのだ。こんな恥は、
оいくら下手な英語で国連演説して、やり直しさせられても
−誰も(麻生)糞太郎などを尊敬しない。それどころか、
о(麻生)糞太郎は解散権も切れない
−と最早<自民党>内でも知恵遅れのバカ扱いである。
※この恐慌が2年や3年で片付くはずがないではないか!
5) わが国に政治的風土はあるのだろうかという問題。勿論ある。政治的風土には、政治思想に根ざした政治運動とか、イデオロギーをイメージする必要はない。良くも悪くも、日本で起こった政治の歴史が刻みこまれたもの。それが政治的風土と呼ぶ。
−ははは。>木庵先生
そんなことを言ったら、わが国の≪戦後≫は−
о<自民党>の歴史
−しか存在しない。その他の政党が【政権交代】を繰り返した歴史を、わが国は持たないのだ。つまりは、
оわが国には【政権交代】がない
−すなわち、
оわが国には民主政が存在しない
−ということであり、
оわが国には<自民党>の主流派と反主流派間の疑似政権交代しか存在しない
−が21世紀になってからは、
о<自民党>総主流派体制
−が確立してなお、
о創価学会票(基礎票=1小選挙区約1万票)
−がなかったら総選挙もできない始末だ。だから、
о<自民党>よ、おまえはもう死んでいる
−ということであり、わが国は…
о死に体(レームダック)
−が、
о泥船
−が憲政を私物化しているのである。わが国は、
о南韓とそう大差はない
−現状維持政権を頂いているに過ぎない。つまりは、
оわが国は支那(一党独裁)とそう変わった体制ではない
−というに過ぎない。わが国(日本)が、
оまともな国
−と思ったらそれは、
о大間違い
−なのである。その本源は、
о<自民党>
−であり、
о(麻生)糞太郎政権
−なのである。わが国が、
о09年9月10日の衆院議員の任期切れ
−までに、この金融恐慌が片付くと妄想するなら、
оそんなやつは人間ではない
−と言っておこう。子どもですら、
оその程度の世相は感じ取っている
−ということだ。だから、
о(麻生)糞太郎こそバカだ
−そう、日本国民に周知されたということだ。その周知は、
о解散時期が遅れれば遅れるほど、ひどくなるだろう
−これが、わが国の現況である。
6)和辻哲郎は日本の風土を「冷めやすい台風的特徴」と述べた。だから全て古いものは顧みない風土であるというのもおかしい。日本は「過去の伝統と新しいものを上手く調合している」と書きたいところだが、それも合点できない。新しきものを求めるとは過去を否定しなければ生まれないのだろうか。坂本竜馬論でも触れたが、新しきを求めるというのは、ただ目新しいものに目がいくというだけのものでもない。司馬遼太郎の夢想坂本竜馬論に組すると、何か浅はかになる。新しきものを求めるのは人間が生きる原動力であり、古きを知ろうとするのは退化現象なのだろうか。読書は元々、古きへのベクトル、退化へのベクトルなのだろう。未来を向いている人間が本など読まない。コンピュータの操作の仕方の本を読んだり、金儲けのための経済学の本を読むことはべつにして、人間性を深めるような書物を読むことは、過去ベクトルへの方向を示している。だから読書人が新しい時代を構築するエネルギーなどないはずである。ただ言論界で活躍している評論家のような人たちは、若いときにマイナスベクトルに向かった時代があり、そこでの内省が教養の基盤になり、活躍できる才能として開花しているところがある。ところが現役で活躍している人はじっくり本など読める時間などない。ということは時代の最先端に流れている、その時代を維持するにせよ批判するにせよ、都合の良い情報だけを収集し、適当に言っているだけである。だから、テレビなどで活躍して政治評論家などは一般大衆に一番アピールする情報を集める能力があるというだけだ。そして小林よしのりではないが、漫画のように大衆にイメージとして強烈な印象を与える言葉を投げ掛けているだけなのである。つまり、現在表舞台で活躍しているような人は、大なり小なり、坂本竜馬タイプの人間であるということになる。大衆は坂本竜馬幻想を持っているので、奇抜な発想、しっかりとした学問的な基盤がなくても、訴える力のある情報だけを集め、放出している、著名(?)な評論家に踊らされているのである。じっくりと読書をし、沈思をすることを忘れた現代人は、表面的な丁々発止の世界に止まり、茶番劇の舞台で茶番劇を演じているに過ぎない。
−わが国で必要なのは『読書』なのでしょうかねー?>木庵先生
アメリカ合州国の法科大学(大学院)の教室をTVで見ていると−
о教授からの問いかけ
−に対して、
о日頃から勉強してきた学生が《解》を述べ
−て、それに対して教授が厳しい反論(反問)を投げ与え、
о学生の日頃の勉学(自修)の集積
−と、
о学生の…
≪考え≫
≪弁論する力≫
−を鍛えている(早押しクイズのようなブレーン(頭の回転)鍛練)。これらをみると、
о学習とは知識の集積に過ぎず、それは個人的に図書館でやればいい
−だが、
о詭弁力と言ってしまうが考える力は<カネ>を払った教授が教室で優秀な学生との問答で鍛えるもの
−ということだ。これなら、
о法科大学
о法科大学院
−へ行く意義は深い。どうせ法廷では、
о公的な弁論
−が待っているからだ。
<記2008年11月16日>(つづく)
作者:
更新日:2008年11月18日 0時1分
RE:<千葉東金5歳女児変死体遺棄事件>【特別編】〈一〉−まず<ネット探偵>ケロっと。君への【確認】から−
これは−
RE:<千葉東金5歳女児変死体遺棄事件>〈七〇〉−あり得ない=謎−
−に相当するのだが、
оおそらく yahoo! ブログ初の<ネット探偵>ケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫
−にちなんで、
оRE:<千葉東金5歳女児変死体遺棄事件>【特別編】〈一〉
−と〈追番〉を〈一〉から改めることにした。2008年11月16日現在
★★★★★ ケロっと。君の<ブログ>勝手に「妄」「想」 ケロっといきましょう!
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014
千葉東金女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「妄想の尺度」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3530035.html
千葉東金女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「まずは、、歩く」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3565603.html
千葉県東金市 5歳女児遺体遺棄事件 現場での妄想〓 「妄想の精度?」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3615620.html
千葉県東金市 5歳女児遺体遺棄事件 現場からの妄想 「え〜と。画像について」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3638582.html
千葉県東金市 5歳女児死体遺棄事件 現場での妄想〓 「変な病院」
http://blogs.yahoo.co.jp/hyyy2014/3676498.html
−まで、ケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫は投稿が進んでいる。最新の現場写真もすばらしいので是非みて欲しい。
さて今回は−
оプロローグ
−として今までの、ケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫〓〓〓に関する疑問を、<ネット探偵>ケロっと。君にぶつけてみたい。ケロっと。君には、わたしのこの質問には関係なく、
о≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫
−を続けて欲しい。その中で出来れば疑問に答えて貰えれば嬉しい。くれぐれも〓まで既にレポートされているので重複があれは無視して許していただきたい。>ケロっと。君
では、取り急ぎ−
【質問】1:地元に東金建設でもあって、ひとつの中建設会社が東金市の土木事業を独占しているかと思ったら、小土木建設業がいっぱいあった。だから−
о歩道橋(陸橋)の<錆>(や<落書き>)と<鴇嶺(ときがね)小学校>のプールあたりの外塀の<錆>と塗装が同一であった
−これは東金市の指定なのだろう?
だが−
о余程、貧しい市
−と思われる。錆止め塗装すらやれていないからだ。
о崖の下の(この崖崩れの補強はいまどき最低だ。持たない)家
−が早速、駅の上の陸橋から見える。新しい開発の波が、
о東金市には、ほかにいっぱい空き地もあるのに
−こんなところまで住宅が立ち並んでいる。さぞや安い建売りだったのだろう。東金市は、
о新しい規格の家
−と言っても2・30年前だが、
о50年以上100年近く
−の旧い立派な家がひとつも見当たらない。
о町全体が貧しそう
−であり、ケロっと。君が頼んで撮らせて貰ったという母子も
о貧しい服の親子(安い、かまわない衣服)
−に見えた。これは、
о土日なのに制服で出歩く太平堂(3F)前
−の東金中の生徒らの服装でも分かる。そして何よりも…
о土日なのに制服で出歩く太平堂(3F)前が見える≪(中央)公民館前通り≫と≪(中央)公園前通り≫(沿い)の交差点
−から、この東金市の基幹道路なのに、
о広いが片側一車線
−であり、
о電柱に落書きと張り紙を剥がした醜い痕
−まで残っている。これが駅前中央通りだ。何と言う都市計画なのだろうか?
о1970年代
−だ。
оマンホールはあった
−だが、
о細い道
−それに加えて、
о凸凹道
−さらに、
о再開発なのに
о町の将来のことを考えない(土地所有者たちが損するから道は減らしたい)道路づくり
−こんな都市計画(1970年以降)があるか。そしてどこかも、
о丸見え
−の、
о低い家並み
−ばかりであり、
о側溝方式
−という何十年前だった忘れたような旧方式、
о重いコンクリートの側溝蓋
оエキスパンドメタルの側溝蓋
−こんな第一世代の下水道工事のままだ。蓋のない小さな剥き出しの側溝も多い。関東地方のこの東金地区は九十九里浜が近く≪黒潮≫もあって暖かく、
о虫害(蚊、マラリア蚊?)
−も夏場を中心にひどいはずなのだ。
【質問】2:東金市には、黒い車ばかり目立つがこれは(東京近郊の)流行りなのだろうか?
【わたしの勘違いの訂正】1:<JR東金駅>東口
ケロっと。君の≪鴇嶺(ときがね)現場レポート≫から Google マップを再チェックした。それから確認できたことは−
о<JR東金駅>は西口だけ
−であり仮に、
о犯人は陸橋を渡らないと西口へは行けない
−ということで、
оわたしは、この<JR東金駅>西口側を駅裏と書いてきた
−が実際は駅表(正面玄関)であり、
о<JR東金駅>東口側が駅裏
−なのであった。この<JR東金駅>東口側は出口がない本物の駅裏でありながら、
о東金市の公共施設(市役所ほか)
−は、この駅裏にすべてある。こんな町づくりがどこにあるか?
оアホか!
−と言いたい。だが、
о<錆>や<落書き>だらけの『無駄にただっ広い』歩道橋(陸橋)の西側
−は、
о小山
о丘綾地帯
−がつづき、Google マップで<地形図>をチェックすると、ケロっと。君の陸橋から西を向いた写真に写った丘は、
о山王台公園
−でありその方向には、
о東金市は小高い丘陵地帯が続く地形
−であり、≪JR東金線≫から崖の下まで大した距離がない。すなわち、
о<JR東金駅>西口側の駅表は発展しようがない
−ということだろう。なぜ国鉄は、この西側に駅正面を持ってきたのだろうか?
全然、解せないが−
о当時の国鉄のバカ社員(平日でも半日も仕事しない)ならうなづける
−と笑うしかない。だが駅計画図は、
о地元有力者の誰か
−程度はチェックしていたはずなのだ。だから現在もそうであるように、
о東金市は貧しく有力者がひとりも居なかった
−ということだろう。
※現在も衆院議員・参院議員はおらず東金市代表の千葉県議がひとりと東金市長だけだ。
※もちろん東金市議はいるだろう。
о<JR東金駅>の踏切は前後200メ−トル
−の遠さだ。だが道路網は、
о<JR東金駅>西側の正面
−にある。
о≪JR東金線≫が幹線道路をぶった切っている
−と言っても、
оいまどき片側一車線
−の幹線道路だ(大爆笑)。一車線ではバスが塞いだら、はみ出し通行しかできないではないか。
【わたしの勘違いの訂正】2:東金ショッピングセンター<サンピア>ゲームセンター
これは−
оサンピア3F
−であり今まで書いてきたような、
о2Fではない
−ということだ。たぶん<サンピア>は一番高い屋上階が、
о4F
−なのだろう?
【質問】3:<スカイコート>と<鴇嶺(ときがね)小学校>間の東方向(の写真)は行き止まり?
о<鴇嶺(ときがね)小学校>のプールあたりの外塀
−が左手に見える。
【質問】4:<スカイコート>(3Fアパートつくり)〓〓間の塀の小さな入り口の看板には『関係者以外通行禁止!』とでも書かれていたのだろうか?
−もちろん、
о幸ちゃんは看板が高くて読めない
−はずだ。
【質問】5:<(アインズコート)サンテラス東金>は5Fで植え込みがあった。写真では、この植え込みに棄てられるのだが−
о駐車車両の裏になる
−から棄てられなかったのだろうか?
【質問】6:これは確認でもあるのだが−
о<サンライトハイツ>は2F建ての安アパート
−でありながら、
о6室中3室空室
−であるようだ。
о<サンライトハイツ>1F東端(階段側)鉢植えがあるから爺(60)
о<サンライトハイツ>2F西端(階段と反対側)母(約38)子(13)
о<サンライトハイツ>1F西端(階段と反対側)洗車男
−洗車男は、ここの1Fの自分の部屋からホースを引っ張って、
о写真に写っている黒い車を≪この駐車場のこの場で≫洗車していた
−ということだろう?
【質問】7:<東金中央クリニック>の壁の通路か窓をぬり潰している。これは−
о増設を断念か?
−何だろうか?
【質問】8:(南)公園の木は確か事件後に切っていたはずなのに−
оこのざま
−だとすると以前は、
о幼女なら完全に見えない(女子中学生も公園ごしに目撃できない)
−ほどの、
о非常識な公園に垣根だった
−のだろう?
≪立て看板≫
平成二〇年九月二一日午後零時二十分ごろ、東金市東上宿の東金南公園付近路上において女児の死体遺棄事件が発生しました。公園付近で不審な人や車を見掛けた方は東金警察署捜査本部までご連絡をお願いします。
連絡先
東金警察署捜査本部
電話 〇四七五−五四−〇一一〇
−公園付近は要らない(嘲笑)。
<記2008年11月16日>(つづく)
作者:
更新日:2008年11月18日 0時0分