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トップ > 成人女性 > 成人女性 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月2日 3時)
笑わない美人の謎
どんな世界にも自分から見て変わってるなぁと思う人っているもんです。
最近、資格を取るために学校に通い始めたんですが、クラスには常時だいたい10人くらいの生徒がいます。もうそろそろお互いの顔もわかってきて、フランクに話をするようになってもいいころだと思うんですが、年齢もバラバラだし、授業の内容自体がみっしりつまってるので、なかなか休み時間に雑談っていうことにもなりません。まーそれはいいんですが、挨拶してもまともに返せない人って何なの、と?いるんですよ、そういう人。
エレベータでたまたま一緒になって、二人きりなので、
「こんにちは。同じクラスでしたよね」
ってニッコリしたんですよ。そしたら、
「ええ」
って、こちらを向いて少し頭を動かしただけ。あとは、シーンとした空気。ちょ、この気まずさは何?
欧米じゃ、赤の他人でも、エレベータに乗り合わせたってだけで、無言のままであれ、ほとんどオートマティックに笑顔を交わし合いますよね。日本ではそういうことはしないけど、顔見知りで、しかも相手から挨拶されてるのに、笑顔もなく「ええ」の一言だけですませられる女性の神経がわからない。いや、腹立ててるっていうより不思議なんですよ。私には絶対にない行動パターンだから。なんでそうなるのか想像もつかないんです。
まだ二十歳ぐらいで、社会にでたことないんだろうなっていう感じの若い子ならわかりますよ。だけど、明らかに格好から顔つきから、もういい歳した大人の女性。少なくとも30半ば?ぐらいには見えます。身なりなんかも、私よりはずっときちんとしてるし、顔もすごくってほどじゃないけど、まあまあ美人です。その美人が笑わない。これは怖いですよ。はっきり言って。何か私が嫌われるようなことをしたのかと思いましたが、まだ顔見て一ヶ月、名前も知らないし一度も話したことないし、そのときはじめて挨拶しただけなんです。嫌われる理由がないじゃない。不思議な人だなぁ、この人、何のためにここに通ってるのかと気になっちゃいました。
で、そのことを人に話して、いろいろと無責任にプロファイリングしてたんです。ああだこうだと考えた挙句、可能性としては、
「世間に出たことない家事手伝いのお嬢さんがそのままおばさん化」
「学校でてわりとすぐ結婚して専業主婦になって子供はいない」
「ものすごく不器用な性格で他人に慣れるのに時間がかかる」
「何かの理由で『あなたとは違うのよ』という高慢さがある」etc...
まあ、いずれにしても、自分がつらいと思うんですよね。資格とってそれを活かすということになったら人間相手の仕事だし。たとえば、その人なりの理由があって、喋ったこともない私がうっとおしい存在であったとしても、ああいうシチュエーションでは、それはひとまず棚上げしてニッコリと「ええ。今日は寒いですね」ぐらいの返しができないと、人と人がけっこう密接な距離をもつ仕事なんかできないっていうか、しんどいでしょう。っていうか、もういい加減な歳なんだから、そんなこともできないと、どこ行っても、どんな立場でもしんどいと思います。仕事しなくて主婦になってもママになっても、むしろそっちのほうが、ビジネスライクに割り切れない人間関係だけが勝負ってとこありますから。いやもう想像すればするほど、「この人、これまでどうやって生きてきたんだろう?」って。
とにかく謎です。ミステリです。
プロファイリングが当たってるかどうか、またこっちから話しかける機会をうかがってみたいです。無邪気にね。
作者:marineko
更新日:2008年12月1日 10時58分
おしゃれ
今はさほどでもないですが、お洒落するのは好きなんですよ。女のお洒落って、男の気を惹くためっていうのもあることはありますが、もっと純粋に、自分がちょっとでも綺麗に見えると嬉しいとか、服やメイクの組み合わせを考えるのが楽しいとか、なんか趣味的な部分ですね。少なくとも、私はそうです。逆にあまり親しくない男性と会う、とかいう状況だと、お洒落はほどほどに、あまり頑張らない方向になりますね。髪型から服から爪先から香水から、いかにも凝っていて、お洒落が大好きですっていう女性は敬遠されるでしょ。どこか隙をつくらないと、よほどマニアックな男性以外にはウケないですよね。
私は中学生までは母の行きつけのお店に連れられて行って、そこで服を選ばせてもらってました。母もけっこうお洒落好きな人で、高価な海外ブランドの物は買わない(買えない)けど、国内ブランドでちょっとしっかりしたものを買ってました。まー、ベンツじゃなくてクラウン、とか。そんな感じ。
好みは基本コンサバなんだけど、どこか個性的なテイストが感じられるものです。これは私も同じ。高校生になって自分で服を買うようになってから十年くらいは、ずいぶん変な格好もしましたが、今の路線はやっぱり母と同じ、違うところは、母の好みはあっさり大人系だけど、私のはちょっと少女趣味も入ってるってことですね。小花模様とか、控えめなフリルとか・・・
人から服装を誉められることもあったし、たとえノーブランドのものでも、「それ、どこの?」と訊かれることもありました。それに、私には買い物の神様がついていて(そう信じてます)、なぜか、「これいいな」と思ったものが、あと一点しか残ってないから70%offですよ、とかいうラッキーな事によく遭遇してたんです。そんなこんなで、あまり定価でなんか買わないし、言うほどお金かけてないのに、「お洒落してる人」のグループに入ってました。
ま、学生って暇じゃないですか。で、綺麗なもの可愛いもの見るの好きだから、学校帰りには繁華街とかデパートでしょっちゅうウィンドウショッピングしてたんですよ。お気に入りのショップの前を通ると、たとえお金がなくて買えなくても、素敵にコーディネートされてるマネキンの服をガラス越しに見てるだけで楽しい。でも、私はファッション雑誌は買わないんです。今まで数えるほどしか買ったことない。香水雑誌は出ると必ず買っていた時期がありましたが、ファッション雑誌はね・・・興味なかったです。あれはモデルが着るから綺麗なんだ、と思ってました。実用的でない、と。
いつも何が流行ってるとか、ああこんなの好きだなとかいうのは、街を歩いていて感じ取りますね。例えば電車を待ってるとき乗ってるとき、私はいつも同性ばかり見てます。それこそ女子高生からお婆ちゃんまで。暇だからファッションチェックしてますよ。何でも観察してます。いろんな人がいろんな小物や服やメイクを工夫してるのを見て、「あれいいなぁ、私もあんなの欲しい」「あの人は太ってるから似合わないけど、私なら着られるかも?」「お、簡単で綺麗なネイルの塗り方思いついた」とか、無表情の内側でいろんなこと考えてます。それでまあ、できる範囲でやってみる。それが楽しい。学生の頃はね、新しく気に入った服を買うと、手持ちの服や靴とどう合わせるか、それこそ姿見の前の床に新聞紙まで敷いて、脱いだり着たり履いたりアクセサリーやスカーフや帽子などをプラスしてみたり、トータルコーディネートで一人ファッションショーですよ。一時間や二時間、くたびれるまでやっていたものですが、さすがに今はね。もうだいたいわかってきたのでそんなのやりませんが。
アリゾナにいた二年間は、ほんとにお洒落とか無縁でした。日本と違って、女の子がそんな着飾ったりフルメイクとかしてないし。特に、ネイルアートなんてしてる人見たことない。せいぜい普通のフレンチ。乾燥した気候で、爪が割れやすくなるうえに、車社会でしょ。自分でガソリンとか入れるんですよね。よっこらしょって。それに、買い物に行くと、何もかもがデカくて重いし、ほんと、爪伸ばしてたら危ない感じでした。それでも適当に伸ばして時々ネイルしてたんですが、普通に一色べた塗り。帰国してから、電車の中の観察でラメフレンチを覚えました。これすごい簡単で「飾り過ぎない可愛げ」があるじゃないかと、今のお気に入りです。爪が寒色だとか立体的にごてごてしてるとかは嫌いなんですよ。基本、コンサバですから。でも、二種ラメフレンチは、ささっと塗れて綺麗だし、年配の方にも引かれないくらいの清楚感はあります。いかにも頑張ってる感じがしないからカジュアルな服装でもOKってのも嬉しい。

ちょっと大きめのラメ入り透明ネイルカラーを全体に塗って、細かいラメで先だけフレンチ塗り。あるいは、その逆でもいいし。あるいは、また同じので半分くらいから先を塗って、また同じので先だけ塗って、グラデーションにしてもいいけど、三回も塗るの面倒よね。トップコートだって面倒だから塗らないのに。
大きなラメのいいところは、爪を磨かなくてもそれなりに綺麗に見えてしまう点。爪が薄くて割れやすい性質だと磨くの嫌でしょ?面倒でもあるしね。ちょっとぐらい表面にに凹凸があってもカバーしてくれるのがいい。この写真は丁度私の指の倍くらいの大きさですね。わかりやすく、と思ったんですけど、あんまりラメが綺麗に撮れてないなぁ・・・
作者:marineko
更新日:2008年11月30日 0時48分
はてなブックマークが変わって・・・
はてなブックマークがリニューアルされましたが、その新デザインが美しくも可愛くもないうえに、個々のユーザによるカスタマイズもろくにできない状態です。これ、ブスなのにメイクするなって言ってるようなものじゃない?それとも、もとがブスだからちょっとぐらい整形しても骨格から悪いし無駄ですって宣言してるわけ?とにかく、はてなブックマークは「ブス」ってことでいこう、みたいな感じです。
そりゃー私だって何事も見た目がすべてとは言わないけど、みんなおんなじ顔したブス集団が大手を振ってるって、怖いじゃない?中身がそれぞれ違っても、まず、ぱっと目が行くのはデザインだし。ねぇ?
って、タグとかスタイルシートもろくろくわからない私が言うのもどうかと思いますが・・・でもさ、だってそうなんだもん。よくわからないくせにカスタマイズ好きなんだもん。人と同じ、しかもブス顔なんて嫌すぎるわ。まったく、はてなって何考えてるの?洒落っ気のある女性に利用してもらおうっていう気はないのかしら。このままじゃますます○○な(適当に「反スイーツ」な形容詞を入れてください)イメージになるだけじゃない。
そうそう、ついでにここで、私が「まりねこ」の名前で管理してるネット上のあれこれについて、確認しておきます。といってもLINKされてるもの三つだけなんですが・・・
まず、まりねこ文芸館。これは十年以上前からやってるメインサイト。最近は放置してますし、改装したいけれどなかなかどうしたらいいかわからなくて、もう永遠に「改装中」になりそうな気配ですが、とにかくこのブログができるまではメインでありアクティブな会場でした。もちろん今も営業中です。
そして、このブログFragmentsですが、これは、まりねこ文芸館の中のコンテンツのひとつ、という位置づけです。これだけが独立した存在ではないんです。現在、ここが、まりねこ文芸館のアクティブなコンテンツです。
さらに、携帯サイト(PCからも見られます)の「ぷちまり」ですが、これはブログとはリンクしているものの、サイトとのつながりはないです。文字数を節約するために文体も変えてあります。短い日記だけなので、「つぶやき」とか瞬間的に思ったことをメモっておく、という感じのくだけた文章が多いです。
あと、冒頭でぐちぐち言ってたはてなサービスのひとつ、はてなブックマークを、自分のコンテンツのひとつとして利用しようと試みた「まりねこ部熊館」ですね。コメントはできるだけ書くようにしていますし、それは主に、ここの読者に向けたものです(これも字数制限のため、文体は変えています)。一種のリンク集みたいなものかもしれません。こんなん読みました、こんな感想をもちました、という究極に短いリポートと言えるかも。昔レンタル掲示板つけてたんですが、その感覚です。
そもそもの動機としては、ブクマのコメントで一方的に何か言われたとき、それにレスする手段としてアカウントとったんですけど、まーそういう使い方はもうやめてます。たいていの場合、不毛だし。
なんでもいいんですが、自分の名前のついたものには自分の好みを反映させたいと思うのは誰しもでしょ。はやく自分でカスタマイズできる幅が広がればいいなと願ってます。べつにそんな凝ったこともできないんですけどー。それでも可愛くなさすぎると見る気も失くすわ。
作者:marineko
更新日:2008年11月26日 18時9分
ググッてもわからないこと
というのはたくさんあって、たとえば、今、この「『クロック城』殺人事件」という本を読んでいる途中なんですが、まあたまたまメフィスト賞って何?みたいなのが目に付いただけで、図書館から借りてきてしまったんです。
殺人事件が起こる場面まで読みましたが、ここから読み続けるか、それともやめて、また他のを借りに行くか悩み中。なんだかSFな設定が読みづらいし、ここから面白くなるのか?それがわからない。
いや、書くほうはこういうのラクだし楽しいんだろうけどね、地道に時代考証とかしなくていいし、ファンタジーなら後だしでも何でもありだから。で、Amazonの他人のレビュー読んで、どうしようかなと思うんですが、これも十人十色。・・・うーん。もう少しつきあってみるか。連休だし。
話は変わりますが、昨日、実家に行って親とお昼ごはん食べてたら、日経新聞の広告欄に週刊ポストの見出しが載っていて、なんと、年金テロ事件の犯人から犯行声明文を入手したみたいなことが書いてあったんですよ。だけど、ポストでしょ?なんでポストなのって思うじゃないですか。なんで大手新聞とかNHKじゃなくて、ポストにしか載ってないし、誰も騒いでないの?って。うちの両親も私も、めっちゃ不可解やなぁと。
家に帰ってさっそくググってみたけど、その時点で、それについて詳しく書かれた記事ってのは発見できず。ほんとだったら、もっと他のマスコミが一緒になって騒いでてもよさそうなもんじゃない。一体何なの、これ?と思ってたら、容疑者が自首してきたし。まあ、その容疑者自体も胡散臭いというか、この事件自体、まだよくわからないところだらけですが、とにかく、週刊ポストの記事って何だったの?いや、私、実物は確認してませんよ。ただ、週刊ポストのサイトで見出しを確認しただけ。これって、捏造?
で、また話はガラっと(みみっちく個人的な方向に)変わりますが、最近、気になってることがあって。
実は、昔から持ってるウエッジウッドのカップ&ソーサーがあるんです。でも、それ、買ってまだまもない頃、カップの持ち手をうっかり割っちゃったんですね。すごく気に入ってたものなのでショックでした。まぁ新しいの買えばよかったんですが、私もケチだし、その割れたカケラの面がけっこうきれいだったもんで、つい、もったいないなぁと、家にあった瞬間接着剤でくっつけてみたんですよ。お客様にお出しするものじゃなくて、自分専用だからこれでもいいかって。そしたらきれいにくっついて、びくともしないじゃありませんか。継ぎ目の線さえ気にしなければ充分使える。瞬間接着剤ってすごいなぁと感動したわけですが、何しろそれが十年以上まえの話。毎日使うものじゃないけど、今もたまに使います。洗うときは手洗いするし、できるだけそっと扱うようにしてますが、最近気になりだしたのが接着剤の耐久性。ねー、熱い紅茶のんでるとき、いきなり取っ手がポロってとれたら悲惨じゃない?
瞬間接着剤でくっつけたものって、どれくらいもつの?ググッてみても、わかりませんでした。それは材質とか割れた面の状態とか取り扱い方によって違ってくるだろうから一概には言えないんでしょうけど・・・でも、目安として知りたい。Yahoo知恵袋に投稿すべきなのかと密かに悩んでます。あまりにも馬鹿馬鹿しくケチくさい悩み・・・同じカップ買えば?って話ですよね。でも、修理してここまできたら、なんか愛着もわいてきたり。それに、今も同じもの売ってるかどうかわからないし。あー、いったいどうしたら[:悲しい:]
作者:marineko
更新日:2008年11月23日 20時20分
信じられないことは
まず、オコタンが私の枕の上で寝ること。
まあ、夜はたいてい一緒に寝てますけど、この前までは掛け布団のうえで寝てたんです。でも、寒くなったので、掛け布団を冬用の羽根布団に変えたんです。そしたら、なぜか私の頭の上のスペースで寝るように。いや、どういう状況かというと、枕(これも羽根枕)のうえに私が頭をのせますよね、でも、その上のほうにはまだスペースが余ってる。そこにオコタンが寝てるわけ。これ、激しくやめて欲しいんです。オコタンにしてみれば、羽根布団の上はふわふわすぎて寝心地が悪いのかもしれないし、まだ布団の中までもぐりこんでくるほどの寒さでもないし、枕の上がクッション的にちょうどいいのかもしれませんが。とにかく自分の頭に感じるくらい近くで、体重5kgの猫が寝返りうったりもぞもぞしたりしてるのを想像してみてくださいよ。落ち着いて寝られないですよ。これはなんとかしないと。
次に、元厚生次官宅連続襲撃事件。
テロか?などと言われていて、驚きました。けど、事件の内容よりもっとビックリしたのは、Yahooニュースのコメント欄とか2chの関連スレの書き込み。被害者に対して、「ざまぁみろ、誰が同情なんかするか」的なものが多かったんです。
年金問題がやっぱり、相当めちゃくちゃですから、私も「よその国なら、暴動や大規模デモが起こってもおかしくないよなぁ」と感じてはいました。けど、だからって、こういう事件があっていいとは思わないですし、もしも本当にテロだとしたら、危険なことだなぁと。たとえ理不尽な行政であっても、関係者の命を奪うというやり方はどうみてもね。もちろん、理不尽さは正されなければいけないし、問題の原因をつくった関係者の責任は厳しく問われなければいけないんですが。
今回の被害者に対する非情な声が匿名のコメントとして出てくることは、いままでの経緯から理解できますよ、でも、あまりにも数が多くて殺伐としすぎていて、みんなこんなに怒っていたのか、と。なんか、その「鬱積された怒りが言葉になりました」という感じが怖いです。殺人という状況下でね。
悪い奴なら私刑もやむなし、というのはもう法治国家じゃないですから。それが引き金になって、けっきょくは治安が荒廃していくことにもなりかねませんから。怖いです。
最後に、その事件に関する首相の言葉なんですが・・・
ちょ、かいがって何なの?かいがって。
もしかして、怪我のこと?
ちょっと噛んだだけとかいう発音の仕方に見えないんですよね。それに、前にも間違った読みを披露したことあったらしいし・・・
そりゃね、話の中でやたら難しい漢字とか成語のたぐいが駆使できればいいってもんじゃないし、それも嫌味な場合ありますよ。だけど、怪我を「かいが」って・・・言い訳できるレベル超えてません?少なくとも、超要職にある日本人の日本語力として。
日本・・・大丈夫か?いろんな意味で。と心配になったことです。
作者:marineko
更新日:2008年11月20日 13時49分
「聖者の行進」栗本薫
この歳になるまで、栗本作品には目を通したことありませんでした。有名だから名前は知っていたんだけど。私の中では、この作者が書くのは王様や姫が出てくる擬似中世ヨーロッパなファンタジーものって印象で、そういうの好きじゃないし、と敬遠してました。でも、ミステリものも書くんだなぁと思って、伊集院大介シリーズを三冊ぐらい読んだんです。
で、思ったのは、まず非常に読みやすい。つるつると読めてしまう。それは文体がそうなんですね、会話が多いし、凝った表現とかないから。文字がつまったライトノベル、というか。それで、実は内容的にちゃんとしたミステリでもない。いや、ミステリってけっきょく謎解きでしょ?どういうスタイルであれ。三冊読んだけれど、まともな謎解きのストーリー、何かしら事件が起きて、その犯人は誰かと読者にふっかけ、伏線を仕掛け、読者をミスリードして右往左往させ、最後に衝撃の真実を明かして終わり、みたいなみたいなのはなかったですね。なんかテンションゆるいです。それこそ、テレビのサスペンス劇場よりゆるいかも。だけど、そのぶん頭使わなくていいから楽です。つるつる読める。
何が読みどころかって、この栗本女史独特の考えですね。「私はこう思うの!」という作者自身の社会批評なり何なりが物語の表に出すぎていて、もはやエンタメの皮を被ったエッセイみたいになってる。なんか、無理にミステリ本なんか出さないで、はてなダイアリーでも書けばいいんじゃないの?って感じですよ。が、それはそういうもんだと思って読めば面白いんです。
そんな伊集院シリーズですが、最近読んだ「聖者の行進−伊集院大介のクリスマス」が季節がら合ってるし、しみじみと過去を振り返らされるようなメランコリーが物語全体に漂っているので、これをチョイス。
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この本の影のテーマはバブル時代への憧憬とレクイエムですね。
この本が出たのが04年で、物語のなかでは約二十年前に大繁盛していたゲイクラブってのが舞台になってますから、80年代半ばの話がずっと出てきます。んー、それぐらいからバブルの狂乱と喧騒の日々がだんだん顕著になって、90年代前半には息絶えたわけですが、いやもう私なんか懐かしいんですよ。そのころ青春していた人は、「青春時代」というものを振り返るだけでも、甘酸っぱいものが胸にこみ上げてくるのに、あの時代、特殊でしょ?よけいにね、「ああ、あの頃はなぁ・・・」と思うんじゃないでしょうか。
あれはね、あの短い閃光のような煌きの日々、拍手と喝采の日々は、もうあの時代を生きて体感した人でないと、わからないでしょうね。今の二十代前半ぐらいの人だとピンとこないと思います。私が例えば団塊の世代の人たちから、学生運動の話なんかされても、「なんかすごい時代だったんだなぁー。そのとき自分も大学生なら面白かったかも?」とぼんやり感じるようなもんでしょう。
私たちが子供のころは学校で反戦教育をみっちりされました。アジア諸国を侵略したことを懺悔しなくちゃいけない、アメリカに原爆落とされたけど、それは日本がいつまでも戦争やめなかったから仕方なかった、こういう感じで、まあ、侵略のほうはおいといて、原爆の件は今考えるとずいぶんひどい話だと思うんですが、当時はアメリカの行いを非道だと思うことすら許されない、そういう雰囲気がありました。そして私たちは、音楽や映画、ファッションや食文化までもアメリカナイズされて、漠然と「アメリカは豊か、アメリカはすごい国」・・・ってね。何を疑問に思うこともなく。
景気はずっと上り調子で、その最後に打ちあがった花火がバブル。日本の企業がアメリカのシンボルみたいな大きなビルを買い取ったりして話題になるたび、心の中で「やった!」と叫んだ人は多かったのでは?毎日がお祭でした。私はそのころ、海外旅行に出てはNYや香港でディナークルージングを楽しんだりしてましたが、日が落ちてビルの明かりだけが闇を背景に煌々と迫ってくる、その圧倒的な夜景のなかに、いくつもの日本企業の看板、ネオンサインがバンと大きく目に飛び込んできて、思わず胸がつまった覚えがあります。私が働いてここまできたわけじゃないけど、日本がこんなふうにのしあがって経済大国になれた、その象徴としてのそれらの看板が誇らしい、いとおしい、と感じたんですよ。ナショナリズムですね。でも、あの気持ち、なんだかしらないけど、「ここまで来たんだね、勝ったんだね、私たち」という一種の高揚感は、あの時代にしか持ち得ないものだったと思います。それが時代の空気でした。皆が共有していた、時代の空気。それこそ、二十年後に「女にもてないし、ろくな仕事もないから」と秋葉原で無辜の市民を何人も刺し殺すような輩が出てくるなんて、そのころの私たちには想像もできなかったんです。
まあ、バブル崩壊後は皆さんもご存知の通り。もがきつづけても日は再び昇らず。果てはアメリカ経済までがあのザマ。そりゃー今の二十代の若者に、車買えとか言っても無駄なことですわな。で、貯金にはげむ堅実な若者たちが増加しているとか。いや、気持ちわかりますよ。彼らはずーっと「これから日本はどうなるんだろう、景気は上向くのか?」という不安の時代にしか生きてきてないんですもん。
だから、この本「聖者の行進」は、二十代の人が読んでもしょーがないような内容です。ちっとも理解できないし、哀切さも感じない、誰にも何にも感情移入できないと思います。これを読んで、早々とクリスマスツリーの飾られた雑踏に、遠ざかるレクイエムの残響を聴き取れるのは、あの祝祭と喧騒の日々を知っている人だけです。
作者:marineko
更新日:2008年11月17日 10時32分
GyaOの回しもんじゃないですが
今、ハマッてるものが多くて、ネット見てても他人のブログとかほとんど見てないんですよ。まー、そんなもんですよね。
まず、ちょっと前からGyaO(ギャオ)というサイトに入り浸ってまして。昔からあるので皆さんご存知かと思うんですけど、なんかまだ見てなかったんですよ。存在は知ってたけど興味なかったというか。
でも、ここでカラオケができるっていうことをどこかで見かけてアクセスしてみたんです。「やっぱり一人でカラオケに行くのは恥ずかしいなー、でも、練習はしたいし、自分に合う曲を見つけたい」という私には有り難い存在でした。曲は少ないし、ほんとのカラオケと違って、音はぺこぺこしてますが、まあ、家でちょっと口ずさんでみるにはいいです。
ちなみに、昔のオフコース・ファンにしかわからないかもですが、オフコースで検索するとけっこう渋い歌が入ってます。「雨よ激しく」とか「幻想」とか。もっとデビュー当時の曲もあります。著作権とかの絡みでそんな選曲になってるのかなぁ?面白いですね。とにかく、「雨よ激しく」はヤスさんの曲のなかでは一番好きだし、「幻想」なんかは、「えーっ、こんなの皆のまえで歌われたらドン引きじゃない?」という曲なんで、こんなのこそ一人カラオケにもってこいですよ。
有料パソコンカラオケなら、「パソカラホーダイ」ってサイトを知ってますが、同じようにサウンドはぺこぺこだけど、曲はたくさんあります。キーの調整やテンポの調整など、自分でカスタマイズ可能なところが本格的?海外の曲もたくさんあって、あのKate Bushの「嵐が丘」もありました!でも、タイトルは「恋のから騒ぎ」になってる!なんのこっちゃい!勝手なことすんなって!Deep Purpleの「ハイウェイスター」やら「スモーク・オン・ザ・ウォーター」もありますけど、これも盛り上がるかドン引きされるか、その場のメンツによってはっきりくっきり分かれる曲ですねぇ。ていうか、平成うまれのお子さんは知らないでしょ。
あと、GyaOでは、いろんな動画が高画質かつ無料で見られるんです。なんとなんと、今や懐かしのグラナダTV製作ホームズも、デヴィッド・スーシェでおなじみのポワロも見られます。今やってるのは、「まだらの紐(ホームズ)」と「邪悪の家(ポワロ)前・後編」だから面白いですよ。おすすめ。他に、いろんなドラマや映画など、盛りだくさん。
ポワロのデヴィッド・スーシェはこの方ね。もう、クリスティのポワロものを読んでいても、この顔しか思い浮かばないほどのハマリ役。
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男性向けにエロもあります。それを見てみましたが・・・なんですの、あのグラビアアイドルが布地の少ない水着とか下着を着て、くねくね腰を振ったり、わざとらしく胸を隠してシャワーしたりしてる映像は?あんなん何が楽しいのかサッパリ・・・どうも私は女のほうから「ねえ、来てぇ〜ん(ハァト」と誘惑される状況は駄目みたい。自分が男だったら、やっぱ、ちょっと恥じらいながらか弱く抵抗する女を優しく押し倒して、だんだんその気にさせる、というのがいいよなぁと。はじめっから女がノリノリだと醒めるっていうか。征服感がないじゃない。かえって征服された、みたいな。こういうの見て、その気になるって、けっこう男ってMなんだな、とか、いやいや楽なほうに流れてるだけか、とか、余計なこと考えてしまいました。おっと話がそれましたね(笑
ま、GyaOではそんなんも見られますってことで。あ、もうご存知?それはどうも。
えー、次なんですが、ふとしたことで何日か前から、eBayにハマッてるんですよ。やはり、楽天とかヤフオクとは品揃えが違う!見てるだけでも楽しいなぁって感じです。あわせて三年余りアメリカ生活してましたから、もう懐かしい感じなんですよね。あー、こういうのあそこで売ってたよなぁって。日本じゃ買えないものってあるんですよ。お金出しても日本じゃそもそも売ってないんだから、それはもうpricelessな価値があります。でも、送料が気になるでしょ。たとえworldwide shippng可能でも。煩悩はすごく刺激されるんですけどね。ひとつのsellerから、まとめ買いするとかしたらいいのかな?とにかく、見てるだけで楽しいです。
洋服とかはどうせサイズが微妙ですし、見ませんが、ベッドシーツやら食器やら、バッグ、アクセ、香水、バス&ボディ用品・・・好きですねー。とくにバス&ボディ用品。日本人ってお風呂好きなのに、バス用品にはあまり凝らない感じがします。いや、凝る方向が違うというか。
日本ではバスタブにいれる入浴剤が発展してますよね。やっぱ温泉の国?でも、バブルバスとかシャワージェル、湯上りのボディケアに関しては、欧米のほうがよりどりみどりな印象。私は乾燥肌なので、ボディローションは欠かせないんですが、アメリカなんかだと、クリスマスやバレンタインなどのシーズンには、ギフトとして、香水とボディローションとシャワージェルの組み合わせってのが、どこのデパートでも山と積まれてます。それがシーズン売れ残ると半額になったりして嬉しいんですが。
とにかく、香水でも、そういうラインづかいをするわけです。その香りの洗浄料で洗って、その香りのローションやタルカムパウダーを使って、そしてその香りをシュッとスプレィ。かさねづけの妙。お洒落だなぁ、やっぱ香りに関しては、一歩も二歩も進んでるなぁと思わされますね。
あー、eBayで海外の香りモノを買いまくりたい!という煩悩を抑えるのに一苦労です。
作者:marineko
更新日:2008年11月11日 21時14分
ググレカス
電話で人と話していて、話題が、あの「水伝」のことになったんですよ。
日本では、そういうニセ科学を公立学校が道徳の授業に取り入れようとする動きがあったりして、けっこう問題になっている、というふうに説明していたんです。私も一度、江本氏の本を読んでみようかと図書館へ行ったものの、江原などの著作がたくさん置いてある「精神世界コーナー」には見当たらず、なんと、物理学のコーナーに置いてあるんですよ。波動で病気が治る、みたいなうさんくさい本が、量子力学の解説書などと並べて置いてある。中をチラッと読んでみて、すごい脱力感を覚えたので、これは最後まで読む気にならないと判断、けっきょく借りてこなかったんですが、この図書館の司書さんは、何考えてるのかと思った、そんな話をしていたんです。
でも、ネットの世界ではそこそこ知ってる人は知ってるこういう騒動、関心ない人は知らないんですよね。そこで、その江本ってのは誰?水からの伝言って何?ということをいちいち説明しなきゃいけない。
まー、相手がうちの母なんかでパソコンの前に座ることもないし、「ネットで話題になってること」など、当然知らないよなぁーという人なら、私もいちいち知ってる限りのことは解説しますよ。だけど、相手はいっつもパソコン使ってて、もちろんネットも毎日見てる。だから、私もついつい「こんなことも知らないの?」という感じになってきて、「んもぅ、目の前にパソコンあるんでしょ、人に何でも訊いてると、そのうち『ググレカス!』って言われるよ」って。そしたら、そっちのが受けて、「ググレカス」をググり出したんです。そんなのググッてどうすんの、と思いましたが、なんとなんと、今や「ググレカス」って、ひとつの単語のようになってるわけですね。
日経トレンディネットで記事にもなっていて、その基本的な意味は、
「ググレカス」とは、ネットで検索すればすぐに分かる質問に対する決まり文句で、「ググれ(グーグルで検索しろ)、このカス野郎」の意味なのだ。
ということなんだけど、もうそれが人名化されるやら何やらで、面白いことになってるんですね。たまに2chなどで、そのAAを見かけたりしてましたが、また馬鹿なことやってる暇人がいるなー、わけわかんない、ぐらいの感覚でした。でも、けっこう流行ってたのね。
いや、遅いよ、私も。まあ、早かったからって、それがどうしたってだけなんだけど、ちょっと笑っちゃいました。
少し真面目なことを言いますと、私が文章のなかに、wwとかワクテカなど2chが発信源と思われる記号や語を極力使わないようにしているのは、誰でもわかる読みやすさを重視しているためです。あと、私個人の美意識の問題ですね。これは、別に他の人が使ってても、意味がわかれば個人的嗜好なんだなと思うだけで、必ずしも「良い悪い」という面での判断ではないんです。
作者:marineko
更新日:2008年11月9日 18時55分
「オレとエロ本」山村広太郎
俺は学校の帰り道にある川の辺に落ちてたエロ本に目を付けてた。
「読みたい」
そんな思いを抱きながら友達と下校してた。
毎日集団で下校するから拾えなかった。
悶々とした数日を過ごしてる雨の日、俺は皆より遅れて下校した。
そう、ヤツを手に入れる為に。
学校を出た当初はなんともなかったけど、
エロ本が捨てられてある場所に近づいて行くにつれて心臓が激しく鼓動し始めた。
(どうやって拾おうか・人に見られたらどうしよう)そんなことばかり考えてた。
そして現場に差し掛かる頃はもう興奮状態になってた。
エロ本が数メートル先に見える場所に来た時は時々通る車や自転車にすらビクッとするほどに神経が研ぎ澄まされてた。
そして・・・あたりには車も人も居なくなった。 (よし・・・)
俺はガードレールを超えて雨で塗れた草に足を滑らさないように土手を降り、エロ本がある川の辺まで降りていった。
ゆっくりと、そして焦り興奮しながら。
そしてとうとう念願のエロ本を掴んだ。
雨に塗れたエロ本は子供の手にはズシリと重く、
その重さがなぜか罪の意識を芽生えさせた。
(僕は今いけない事をしている・・・ハァハァ)
土手から道路に上がる時に人が居ないかを確認したら一気に駆け上がって塗れたエロ本を用意してた白いスーパーの袋にしまって走って帰った。
当時の俺はカギっ子で、夕方5時前の家にはまだ誰も居なかった。
俺は焦りながらカギを開けて自分の部屋に駆け込み、エロ本が入ったカバンを開けるより先にズボンを脱いでた。
小学生ながらすでにそこはビンビンだった。
下半身をむき出したままカバンを開けてエロ本を取り出し床に置いた。
塗れたエロ本は思ったよりも破れやすくて1ページをめくるのにも大変で俺的に(ビンゴ)なページにたどり着くまでに時間を要してた。
やがて親が帰ってくる時間になり、俺はエロ本をベットの下にしまい込んで隠しておいた。
翌日は早めに下校して、同じようにパンツを脱いで(今日こそはエッチなページでオナニーするんだ!)と興奮しながらエロ本を取り出しガクゼンとした。
※※※※※ 続きはこちらからどうぞ ※※※※※
この次の行にはどこか怪しげなサイトへのリンクが貼ってあり、これはいわゆるスパムメールなんですが・・・こんなに長文で、凝ったものは初めてです。
件名が文章のタイトルになってるし。
なんかね、もう、
文才ないのに無理すんな。
って、言ってあげたい。
いやー、こういうの書いていくらもらえるのか知らないけど、人をして一気に萎えさせるような文章を撒き散らさないでよ。なんかさー、明日は何時にこれをやって、ああしてこうして、とかスケジュール考えてるときに、こんなメール読んでしまったら、もうその瞬間から、人生の無常について深く考えざるをえないじゃない。何なのよ、「塗れた」って。そこは「濡れた」でしょうが。この手のエロなら「濡」の字だけは欠かせないものなのに、あなたの誤変換、言い訳できないレベルなのよ。で、ベットって何よ。ベッドでしょ、それは。ああもう、添削する気にもならない駄文。2chや増田に書いても、きっとうざいからスルーされてしまうだけでしょう。他人事ながらやるせなくなってしまうわ。
はぁ〜、今日はもう少し真面目なこと書こうとしてたのに、このメールのせいで脱力しきっちゃった。めっちゃ迷惑。ちょっと理不尽な怒りすらわいてきたわ。
作者:marineko
更新日:2008年11月6日 22時28分
「おしろい蝶々」加門七海
この人のこういう耽美系な話って、好きかもしれない。と、思った一冊でした。
いや、「祝山 」はマジで怖い話だったし、「怪談徒然草」
は、実話系ホラー本では文句なく最恐だったけど、加門七海って、恐いだけじゃなく、こういう耽美な話も書くんだなぁと。もちろん、そこにはホラー作家ならではの「この世のものならぬ」ニュアンスが漂っているんですが、それがいい。漫画の挿絵がちょっと恥ずかしいんだけど、さらりと妖しく耽美な世界に触れられる短編集。
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この中に、書き下ろしの「琅玕(ろうかん)物語」というのが入ってるんですが、それが一番良かったです。正直、その話がなかったら、この本の価値もさほどないような。2度読み返すほど、気に入りました。
時は戦国の世。代々主従を誓った家柄に生まれた男たち。幼少の頃は若君と乳母の子、長じては主と従者として、信頼という固い絆で結ばれた彼らがたどる、哀しくも過酷な運命。
戦に敗れ、落ち延びて行く先々で、ただ主のためと一人密かに罪をかさねる従者。そのことを知りながら口に出せず、その罪は己が犯させたものと心で悔いる主。お互いが純粋に相手を思いやるさまに、ちょっと泣きが入ります。言ってみればストーリー自体は、どうということのない話なんですが、昔風の文体と話の運びがきれいですね。直接的な言葉で登場人物の気持ちや、ある事実を表すのでなく、ただほのめかしや、五感で知り得ることのみを積み上げて描き、読者にそれとなく「たぶんこうなんだろうな」と悟らせる手法に、耽美な内容が合っています。
作者:marineko
更新日:2008年11月2日 23時13分
かわいそう、という言葉
よく、人生相談などで、「その人は、心の貧しいかわいそうな人なんですよ」という言い方がありますよね。だから、何かされても気にしないようにしましょう、だとか、無視しましょう、他の楽しみをみつけましょう、いろいろあるんですが、共通してるのは「怒りや悔しさをはねのけるため、そう考えましょう。そして無為な報復はやめましょう」ということでしょうか。
例えば、これといって落ち度のない高校生の女子がクラスで誰かに「ブス」と罵られている。これは理不尽で悔しい。どうしたらいいですか、という彼女の問いに、「そんな悪口を言うなんて、その人は高校生にもなって幼稚ですね。かわいそうな人です。あなたに非はないのですから、相手にせず毅然としていましょう。周りの人たちはその人の態度がおかしいと思っているはずです。そのうちその人も自分を恥じるときがくるでしょう」・・・とかなんとか回答するような場合。
まあ、全体として、言ってることはわかりますけど、けっきょく「かわいそうな人だから」と相手を見下して、心の平静を保ちましょうってのはなぁ・・・わからないですね。だって、私ならそんなことですませるなんてできない。理不尽なことをしてくる相手を「かわいそう」と位置づけることで、なんだか自分が高みに立ったような気分になれる?なれませんよ。心底かわいそうだなんて思えないし。むしろ、そんな「かわいそうな人」から理不尽な扱いを受けている自分って、もっとかわいそうじゃないか、と思ってしまいます。あと、周りの人なんか関係ないしね。周りが味方になって理解してくれれば、理不尽なことをした人への不快感が消えてしまうかというと、それまた別の話でしょ。
どうしても力の差があって不愉快な相手にface to faceで立ち向かえない、立ち向かうと非常に不利なとき、あるいは、もう面倒だからいいやって思うときは、そうやって流してもいいし、流すしかないわけだけど、「かわいそうな人」と見下して終り、という態度しかできない、多くの場合無自覚にやってしまう、となると、なんだか問題解決能力がないみたいじゃないですか。いや、根本的にはないんですよ。流してしまう、というのは「生きるのを楽にする知恵」であっても、物事をきちんと解決する方法ではない。
このような「かわいそう」という言葉の使われ方が、私は好きじゃないです。こんなふうに使うから、ほんとうにかわいそうな気持ちになったときに、素直に使えない。誰かが困っているとか悲しんでいるのは、状況からしてすごくよくわかる気がするし、できたら何とかしてあげたい、そう思うときあるでしょう?そんなとき「ああ、かわいそうに」って言うでしょう?いや、口に出さずとも心の中でも。でも、なんとなくその言葉、上から目線みたい。違うのに。ほんとに心の底から同じように怒りや悲しみを共有したいと思ってるのに。
「かわいそうに」がいけないなら、何と言うの?
お気の毒、でも一緒だし。同情するわ、というのもなんだかね。じゃあこの気持ちを表す言葉は何?考えていたら、言葉なんてなくなってしまう。
「かわいそう」を言うのは難しい。本当にかわいそうな人には使わないから、難しくなっちゃうんですよ。
作者:marineko
更新日:2008年10月30日 15時3分
冬が来るまえに
最近、寒暖の差が激しいです。この前の週末は暑いくらいだったのに、今朝はぐっと冷え込んで、なんだか暖房が欲しくなるくらい。オコタンも、この秋はじめて、私のベッドのなかにもぐりこんできました。いつもはベッドの掛け布団のうえで寝てるのに。こんな調子だと、風邪ひかないように注意しなきゃ。とりあえず寒いし、足先を暖めたいなぁと思って、電気ストーブを引っ張り出してきたんですが、これ、最大で900ワットのもの。なんだか、めちゃ電気代かかりそうじゃない?調べてみたら、一時間で約20円弱かかるみたいです・・・
うおぉぉぉっ!
一時間で20円計算してたら、五時間で100円、一日では、一ヶ月では、と計算していくと、こんな小さなストーブで、部屋の空気も暖まらないくせして、えらい電気代。やっぱ電気は高いなぁと思うんですが、実は、ガスも高い。いや、去年びっくりしましたもん。ガスファンヒーター使っていたんですが、まあ、私は家にいることが多いし、寒がりだから朝から寝る前までずっと付けっぱなしだったりするんですよね、そしたら、なんと、一ヶ月のガス代が一万二千円!料理やシャワーなどで使うだけの夏場はせいぜい数千円以下ですよ。なんでいきなり一万円超えるの!?ガス代あなどるべからず、と思いましたね。
ガスファンヒーターは、灯油くささもないし、手間もかからず、スイッチポンですぐ暖まれるから好きなんですけど、実は高くつくもんだったんですねー。と、調べてみたら、最近のエアコンは昔よりずっと性能が良くなっていて、省エネ設計なので、むしろエアコンのほうが安くすむという話。本当でしょうか。私はずっと、エアコン=高いもの、という印象があったんですが、この夏、エアコンを新調して、けっこうフルに使っても、一ヶ月の電気代が一万円もいかなかったんです。んじゃー、単純に考えて、冬もエアコンのほうがお得なの?って調べてみたらば、それがそう単純な話でもないようで、冷房と暖房にかかる電気代は、必ずしも同じじゃないとか。それに、エアコンの暖房、足先だけを特に暖める、とかできないし、最初からすぐに暖かい風にならないし、いろいろと不便なとこもあるんですよね。
なんだかみみっちい話なんですが、請求書見て、一万円以上だと、私なんか一人で使ってるだけだし、やっぱもったいない感じがします。冬が来るまえになんとか節約する方法を考えねば。
今年は、本当に寒くなるまではエアコン暖房、外気温が8,9度をきったら、ガスファンヒーター、というふうに使い分けてみようかしら。まあ、なんだかんだいって一番嫌なのは寒さを我慢することですからね。なんだろう、暑さを我慢するより、寒さを我慢するほうが、惨め感とかイライラ感が募りません?思うんですが、生まれた場所の気候風土って、けっこう人間性とか生き方に影響してるような気がするんですよ。ほら、例えばロシア人とタイ人とかね、比べてみたら、なんとなーく国民性ちがうような気がするじゃないですか、ねっ?同じ日本のなかでも、東北の人と九州の人では、県民性が違うような気が・・・しません?
作者:marineko
更新日:2008年10月28日 14時57分
元祖人類はニートであった
いや、ふと発見したこの替え歌動画を見ていて、これすごいな、どうやって作るのかと感嘆しつつ、ゲラゲラ笑ってたんですが、一晩たって冷静になったら「私も、もしかしてニート?」と。
調べてみたら、当てはまるようで当てはまらないような、そもそもニートって若者だし、と思っていたら「最近では高齢ニートが問題に」とか書いてあって、いやーん、働いてない人とか就職活動してない人はニートなのぉ?としばしパニクり。でもまあ私はニートではないですけどね。公的にはどういう基準から見ても、ニートじゃない。しかしてその実態は限りなくニートに近い、と認めざるを得ません。ていうか、私自身みとめちゃうけど、自分のなかにはニート・メンタリティがあると(笑
思い起こせば大学出るにあたって就職活動してるとき、本人は真面目にやってるつもりでしたが、やっぱ「一生働くとか、そんなんうんざり」「総合職とかいって遅くまで残業されられたり、それでも男女間で昇進に格差があったり、会社に都合のいい人になるのなんか嫌」と思ってましたから。
私は経営者の娘なので、働くということに疑問や不満を感じることなく真面目にやってくれる人が社員としてどれだけ有り難く、また、どれだけ損してるか見てわかってましたよ。だってその人の働きで会社が太って、その人もちょっぴり報われたとしても、それ以上に沢山トクしてるのはトップにいる経営者だもん。私がそんな土俵にあがって勝負して生きようだなんて、徒労だと思ってましたし、今も思ってますよ。女だしね。
もし自分が起業して誰かを雇う側になったとしたら、私だって、女を重要なポストにつかせたりしない。女の身体の仕組みは不安定で体力的に無理がきかず、結婚して子供をもつことを視野に入れれば、女の人生は出会う男に左右されることが多いし、そんな現実のなかで「男並みに働いて」ったって無理じゃない。会社は慈善事業じゃなくて己の利潤を追求してるわけだから、足手まといになる人は極力雇いたくないと思うでしょ。そんな人には使い捨てのポストでいいと、私なら正直そう思います。で、自分がそんな世界で真面目に生きても不利なだけだと思ったら、べつの、もっと自分に有利な土俵で生きようと画策するのは当たり前じゃないですか?そこに留まって戦って、社会の仕組みを変えようとか意気込むつもりもないし。変わらないものを変える活動は誰かにまかせて、私は私が快適に生き延びられる土俵を見つけたほうが早いじゃないですか。
これは過酷な社会の競争に親がすでに勝ちを収めていたので、許されるやり方でしたけどね。親が病気だったりして、自分が扶養者にならなきゃいけないような状況にあれば、そんなことも言ってられないわけですが。うん、自分が快適に生きてくためには親も利用する、これこそパラサイト根性。ニート・メンタリティ。今でこそ、白い目で見られますけど、昔なら、女子が学校を出て何もしないで家事手伝い、花嫁修業と称して労働に手を染めないのは、良いとこのお嬢様ということだったんですのよ。時代は変わりましたわね。
殿方にはそういう生き方のバリエーションがないので、さぞ不自由だろうと思っておりました。ま、自分の弟見ててもね、私と弟では生きてくうえでの過酷さの質が違う。うちの親も弟には私のようなパラサイト根性をもつことを許しません。「男やろ」という言葉で、働き蜂人生を余儀なくされてしまう。トップになれんのやったら、サラリーマンに甘んじろ、と。職は変わってもいいが、履歴書に空白作るな、と。私が語学学校行ったり留学とかしてる間にも、ずうっと働きつづけてた弟なわけです。それでも、私に文句言ったことないですね。我が家では、父による「男馬車馬説(おとこ・ばしゃうま・せつ)」が浸透していて、いわく「男は馬車の馬。一生懸命に走る。女は馬車に乗ってる御者」だと。私がそれを聞いたのはたぶん十代終りの頃ですが、「だから、おまえはうちのお母さんを見習え」と言われました。いや、私は必ずしも、両親が馬と御者の関係だったとは思わないですが、父の感覚ではそうだったんでしょう。子供だからって、親夫婦のことがみんなわかってるわけじゃないですからねぇ。
何か働いてお金を得てないと、老若男女共に肩身が狭くなったような昨今ですが、ニートへの嘲笑は、端的にそういう時代のギスギス感を表しているよう。とりあえず、あいつら落ちこぼれだから嘲っとけ、みたいな。「働いたら負け」という言葉を上手く引き出して独り歩きさせたマスコミもどうかと思うんですけど、わからなくもないんですよね、あれは。馬鹿だなぁと思うけど、反面、科学技術や政治形態など、いろんな物事が発展しても、まだまだ普通の平凡な市民は、ギュウギュウ詰めの電車で死ぬ思いして通勤して、いじめやリストラに怯えつつ働かないと生きていけない・・・それが何十年、人生の大半続くって、どうなのって思いますよ。スタートレックのボイジャーで、ジェーンウェイ艦長が異星人に「私たちはとうの昔に貧困と差別を克服しました」って言う場面があったように記憶してるんですが、そんなのいつのことになるやら。
そんなしゃかりきに無理しないでも生きていける世界が、私たちの目指しているものじゃないの?携帯やPCやネットやいろんな技術が発展したのに、まだ生活に追われてる。その貧しさに疲れ、とりあえず下に見てる者を馬鹿にして満足してる。働かざる者、食うべからずって昔から嫌な言葉だと思ってたけど、ますます皮肉めいてきたような気がします。
エデンの園で幸せに暮らしていた頃、アダムとイヴはニートだったんですよ。神の怒りにふれて、罰として労働を科せられたけれどね。私たちはまたああいう豊かな暮らしを自らが取り戻すべく知恵を傾けなきゃならないわけで、いろんな人が能力や事情に応じて社会参加できるよう、数多い選択肢、人生における土俵をつくる、それを認める、その結果、いろんな面での理不尽な格差をできるだけ少なくしていくしかないでしょう。能力のある人、すでに勝ち抜いた社会的強者が、今より少し欲を減らして、社会全体の幸福ということにも思いを馳せられればベターなんだろうと思いますけどね。
最後に。これはきついなぁ、という替え歌動画。若いって、残酷だわ。
作者:marineko
更新日:2008年10月26日 0時56分
悲愴感
いまさらな話ですが、私テレビ見ないし、ほんとうに芸能情報とか疎いんですよ。でも、巷で話題になったものの名前ぐらいは知る機会あるじゃないですか。羞恥心とか悲愴感は、義妹から教えてもらいました。甥っ子たちが今小学校低学年ですが、ああいうの好きなんですよね、子供って。「羞恥心?悲愴感?なにそれ」って訊いて、義妹から、「悲愴感はアンガールズの誰それと何とかの誰それとが・・・」って説明されても何のことやらさっぱりわからないし、まあ、そういうのあるのかーって程度でした。興味もわかないし。でも、先日、動画サイトをのぞいたついでに、ふと思いついて、甥っ子たちの好きな羞恥心と悲愴感ってのを見てみました。
いや、これ全然別モンやん。知らんかった。羞恥心のセカンドシングルが悲愴感かなぁとか、勘違いしてました。けど、人も違うし、楽曲の雰囲気もまったく違うやん。はっきりいって、
悲愴感のほうがずっと完成度高いやん!
どっちも音楽という入れ物にパッケージングされたお笑い、というのがコンセプトでしょ。けど、羞恥心は「お馬鹿で脳天気なイケメントリオ」で、悲愴感のほうは「ブサメントリオの自虐ギャグ」みたいな。それは後者のほうが面白いに決まってるやん。だいたい、お馬鹿なイケメンってのは、田原俊彦の時代からあったわけで、珍しくもないし、わざとらしさが鼻につくし。まー、今の時代の気分は後者じゃない?いや、悲愴感は完成度高いよ。もうね、いっぺん見ただけで、あの振り付けと曲のフレーズと歌詞が、三位一体となって頭のなかぐるぐる回りだす。まだ見てない人は、このPVどうぞ。
あ、すごい下品なので、お食事中とかには向きませんよ。
この完成度の高さに一番貢献してるのは、向かって右端の鈴木とかいう人だと思うんです。この人、顔出ししない声優になったほうが良かったんじゃない?声質いいもんね。
なにこの顔とのギャップ。
「正直ブサイクな顔」ってのは、この人だけで、あとの二人はまあまあ普通の領域に入るんじゃない?私個人の感覚ですが。でも、この歌声にやられたわ。なんだか遠目に見ると素敵って感じになってくるじゃない。この人のソロパートだけ妙に聞き入ったりして。音楽やってたらよかったかもねー。槇原とかさ、いるんだし。ほんと、槇原デビュー当初の、クリーンで透明感のある歌声を彷彿とさせるじゃないですか。
しかし、なんですか、男も脱ぐ時代になったんだなぁというか。いや、こういうのも昔からあったんだけども。思うに、女が脱いでも、綺麗かエロかブサイクか、というだけで「笑い」にはならないけど、男が脱ぐと、カッコいいかエロかブサイクかプラス、「笑い」になるんですよね。
なんでかわかりませんが、やっぱ女の身体ってのは鑑賞用という側面が強くて、女の私でもジッと観察したくなるんですが、男の身体なんてそこまで「見たい」と思う人、男女ともにそう多くはないんじゃ?そういう「期待されてないもの」をあえて披露してしまうことで「笑い」になるという・・・
ま、ぎりぎり許される下品さの範囲で、悲愴感のPVは良く出来ていたと思います。
一曲だけですぐに解散しちゃったのもいいですね。あんなの次々出されても、飽きるじゃないですか。解散コンサートも見ましたが、女性ファンがきゃーきゃー言ってて、これはどういう現象なのかと。いや、面白いんだけど、それが「好き」とは結びつかないんですよ、私は。鈴木くん大好き〜!きゃーっ!みたいなことには絶対ならない。でも、あの大勢の女の子たちは、なんだかそういう「好き」って感じに見えてしまう。まぁ、それが普通のファンなんだけど。うーん。キモカワイイ、というやつなの?よくわかりません。
お口直しにカッコいい曲をひとつ。UVERworldの激動。いや、べつに彼らのファンじゃないです。ただこの曲が単発で好きなだけで。Jポップ、Jラップにほどよく歌謡曲が入ってて、そこが売れ線ですよね。やっぱわかりやすさというか大衆性は必要ですよ。あのリッチー・ブラックモア大先生も、ABBAとか好きだったらしいじゃないですか。しかも、ときどきメロディに泣きを入れたがる習性からして、リッチー先生には演歌魂もあるんですよ、きっと。
このボーカルの人の声も好きですね。ただ高いだけじゃなく少年ぽいというか。もう年齢は少年ではないはずですが。こういう声でもこんな「男のバンド」にしかできない曲をやれるんだなぁ、あらまあ男の子なのね、という印象。うん・・・顔が整ってると、やっぱいろいろトクかも。
作者:marineko
更新日:2008年10月23日 9時22分
つくられた欲望
最近、梅田界隈へ行く機会が増えて、しかも、ファッショナブルな高層ビルの前を通ったり、中を通り抜けたりするんですね。一階には海外一流ブランドのお店が入ってる。ブルガリとかアルマーニとか・・・見るともなく見ていると、やっぱり「おおっ」と心惹かれる美しい商品はあるわけですよ。私の今の生活レベルではまっったく必要ないんだけど、「ああ、ああいうモノに囲まれて暮らしている人たちも世の中にはいるのね」と思うんです。やっぱ「囲まれて」ないと駄目ですよ、家も調度も普段着も、すべての質がある程度は均等でないと。築20年の2Kアパートに住んでるのに、鞄だけヴィトン、時計だけブルガリ、だなんて、どこのお笑い番組?って感じでしょ。なんだか惨めじゃない。美しくないじゃない。
こういうのって、いささか不自然というか、「つくられた欲望」だと思うんですよ。
見なければ別に欲しいとも思わないのに、さあさあ見てくださいとディスプレイしてあるから、つい見てしまう。結果、いいなぁ、欲しいなぁと思う。当たり前ですよね、そういうふうな戦略で売っているわけですし。まあ、私の場合は、一点豪華主義じゃなくトータルコーディネイト重視ですから、そこで欲望を喚起されても、買わない(買えない)んですが。買うんなら、まず家から買わなきゃいけないってことになって、大金が必要ですからね。
ファッションの話になると、二十代とかの若い人はああだこうだと熱を入れますが、もうそれをはるか通り越してしまうと、自分に似合うものがわかってくるので、他人とはあまり話さなくなります。
「歳をとると、自分に似合うものがわかってくる」って、私が二十代の頃のファッション雑誌なんかでもよく使われた言い回しで、そのときは、「そんなもんかねぇ?保守的になるってだけじゃないの?」と実感も湧かなくて、それよりいろんなものをとっかえひっかえ着たかったし、これいいと思えば即チャレンジしたかったもんですが、あのトライ&エラーの大部分は、けっきょく「つくられた欲望」に引きずられてたところがあると思ってます。流行ってるから、見た感じ可愛いから、と買ってしまう。で、どうも自分にはしっくり来ないと思って、たんすの肥やしにしてしまったもの数知れず・・・メイクだったら、オレンジ系の口紅やチークなどでどれだけ失敗したか。可愛いからと買ってきても、肌や目の色がブルーベースなので、もう壊滅的に似合わない。実際は染めませんでしたが、試しに私が茶髪のウィッグをかぶってみると、肌がくすんでみえて、瞳の黒さだけが目立って、なんだかすごいチグハグで下品。あー、こりゃ駄目だ、みたいな。茶色というよりワイン系なら合うと思います。
ま、こんなふうに、今、手当たり次第に分不相応なブランド物を買っている若い人たちも、いつか自分が家でも買う、自分で自分の暮らしをトータルコーディネイトする年齢になったとき、わかってくると思います。外部から喚起された欲望に引きずられるんじゃなくて、欲しいと思っているものは自分の容姿やライフスタイルに見合ったものか?ということですよね。そういうことを考えるようになる。
いや、べつに一生引きずられて生きていてもいいんですよ、それはそれで消費する楽しさがあるし。気晴らし、暇つぶしになります。でもね、ほんとうのお金持ちじゃないと、そういうかたちで消費を道楽にするのって、限界あるから。そこで幸せ感じられなくなっちゃう。フラストレーションたまるんです。まー、そんなこんなで、多くの人はそこで方向転換するわけですよ。つくられた欲望と、個人の内部から湧いてくる欲望とを切り離す。
こういうのって、他のことでもそうでしょ。たとえば、異性に求めるものが違ってくるとか。つくられた欲望を手放すと、人生自体が、手探りになりますね。つまり、自由ってことなんですけど。でもそこに安心感はないんです。それが、自由だから。
作者:marineko
更新日:2008年10月21日 10時35分