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トップ > 警察問題 > 警察問題 - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月2日 6時)

神田高校不適正入試問題

 「子どもの可能性の芽が摘まれてしまった。謝罪されても,もう時間は戻らない」。神奈川県立神田高校(平塚市)が入試で選考基準を逸脱し,本来なら合格していた22人の生徒を服装の乱れなどを理由に不合格にしていた問題で,突然届いた県教育委員会からの手紙に当該の生徒やその保護者は戸惑っている。ある保護者は「(こうした事態を招いた)関係者が処分されないのは甘い」と怒りをあらわにした。 神田高で基準点を超えながら不合格になったのは2004年度,05年度実施の入試でいずれも6人,07年度は10人。 現在18歳になる長男が05年度の後期選抜を受けた小田原市内の母親(53)は今月半ば,県教委から「お話したい」と手紙が届いた。その数日後の二度目の手紙に「合格圏内に入っていたにもかかわらず不合格にされていた」と理由が示されていた。母親は事態をのみ込んだ。「息子もあの時入学していれば違った人生を歩んでいたはずなのに」と悔しさを隠さない。長男は「俺だって高校生をみるとうらやましいし,高校に行きたかったよ」と話すが,進学した同級生は高三。「ようやく仕事を見つけ車の免許も取った。今さら三年間通う気にはなれない」中学生時代,茶髪にしたことが原因で教室に入れてもらえず,中二半ばから不登校になった。再起をかけ中三から横浜市内の公立中に転校。親類の家に下宿し,塾に通って個別指導を受け高校受験に備えてきた。塾の先生とも相談し,小田原市内の実家から通える距離も考慮して神田高を選んだ。母親は当時,「お母さん,受かったと思うよ」と長男が明るく話していたことを覚えている。ピアスの跡もあったが,髪を黒染めして受験に挑んだ。「息子は外見とは違い思いやりのある子。周りに迷惑をかけるようなことをする子ではない」(母親)。 入学した通信制高は続かず,交通事故でけがしたことをきっかけにふさぎ込み,うつ状態になったこともある。ことし夏前からハローワークに通い,とび職の仕事を見つけて働き始めたところに,手紙が届いた。 神田高の前校長の復帰を求める嘆願書が提出されたことを,母親は報道で知った。複雑な思いをにじませた。「不合格にされた息子のことも理解してほしい。(外見という)偏見で22人の人生を変えたのだから」 県教委は不合格にされた受験生とその保護者に手紙を出して当該者と伝えている途中。「生徒や保護者と直接会って謝罪し,今後の対応を相談したい」(高校教育企画室)としている。(11/26 カナロコ) 入試の問題や,喫煙室のあった高校の寮。もう数年前?になるが,内申書の底上げなど実は入試にかかわる問題は,その後の学校運営に大きくかかわってくる。前校長の嘆願書を出した親にしてみれば「おかげで,子どもたちが平穏に高校を過ごせた」という安堵感だろう。一説には「茶髪やピアス」は合格できないと入試要綱に書いておけば良いよいと言う人もいる。基本的には,不十分な子どもを育てるのが教育であり,全てを受け入れるのが本当の教育だろう。ただ現実として,他人に迷惑をかける子どもがいるといないとでは,指導に多大の労力が科せられる。少なくとも排除した方が教育効果は高くなるだろう。 問題は昔の校則のように,茶髪やピアスをするという一つの流行をきちんと規定して要綱化することは難しく,表に出せばそういう,要綱が社会的に認められるかどうかという難しさがある。多分マスコミの餌食になるでしょう。一つはそういう外見で評価をして良いものかどうかという問題。突っつけば観点は山ほど出てくるだろう。もう一つは,そこを指導するのが教育だという理想論。そうして本音は教育することより,問題点をいかにオブラートで包み平静を装うか。そしてできれば進学率を良くして評価を高めたい方向に流れていくのです。 一番大切にしたいのは現場の声だと私は思います。必ずしも外見ではんだする教師ばかりではないと思います。ただ,こうしたものは流行と関係しているので,一つ一つ定義していくのは難しいと思います。ただし,義務教育でもないし,問題を起こす生徒に制裁処置は必要でしょう。学校は学力を高め,人間として成長することを期待するとき場所であるはずです。それに反する行動には「停学」「退学」の措置が現状では必要でしょう。ただ,法的な解釈にまで進めば学校にも弁護士を置かなければならなくなるでしょう。 結局は教育が時代の流れについていくか,学校としての権威を保っていくかの方向性の違いだろう。神田高校は権威を高めようとした意図が見え隠れし(それに同調した親御さんがいる),一方外見で落とされた側にしてみれば,学力とは関係ない事柄で判定される(時代の流れについていけない)事を問題にする。ただ,これは形を変えて大人の社会でもある。企業によっては,作業服を決めているところは山ほどあり,職業によっては数々の規定がある。そうしたものが,学校という教育機関内では一般化されてはいない。ここは一つ,学校側の指導の方向を明確化し,そのためにはペナルティーを科すことはやむをえないと思う。そうした学校の示す方向性の中で,生徒は選んで進路を決定してけばいいのだ。そうすれば評議委員会も,ちゃんとした評価が可能になるだろう。* 神田高校の中退者は年間100人以上に上る。最近4年生大学の進学者も出てきており,評価は上がってきていたという。渕野辰雄前校長は10月31日付で解任し,11月1日付で神奈川県教育委員会の総合教育センター専任主幹に異動になった。...

作者:Jei

更新日:2008年12月2日 7時52分

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もう一つの医師不足

 医師不足が言われて,毎日のように医師不足に起因するニュースが飛び交っている。そんな医療崩壊の中,もう一つの医師不足があった。それは病人の治療をする医師ではなく,遺体の司法解剖をする解剖医である。 '07年に見つかった変死体は15万4579体である。変死体の数は毎年増えつづけており,10年前の1.6倍である。そのうち事件性の疑いのあるものは司法解剖がおこなわれている(はずである)。ところが全国での司法解剖医は129人しかいないのである。県に医師一人というところも14件ある。病死なのか,事故なのか,事件なのか,司法解剖がおこなわれず,事件が闇に葬り去られている可能性もある。千葉大の法医学教室の岩瀬博太郎教授は語る。「千葉で毎年7000,変死体が出ている。それで我々一生懸命頑張って,190前後で飽和状態なんですね。かなり限界に来ています」現在千葉では解剖医は2人でふえてはいない。ところが変死体は10年前の1.6倍になっている。岩瀬教授は犯罪捜査に影響が出ることを懸念している。「司法解剖が出来ないから,仕方なく減らしている側面もあるし,検死官が足らないから所轄がやって見逃されていくのと両方だと思いますね」これって,事件の可能性があっても見逃されている? 今年の相撲のけいこ中に死亡した時太山(17)事件。当時愛知県警は病死と判断,司法解剖には回されなかった。しかし病死に疑問を抱いた両親が新潟大に解剖を依頼。死因は「外傷性ショック死」だと分かった。もし,解剖せずに火葬していれば事件は闇に葬り去られていたかもしれない。 フィンランドでは100%の変死体を解剖し死因を特定するという。それに対し日本では検察官や警察官が検死を行い「犯罪の疑いのある遺体だけが司法解剖に回されることになっている。検死とは「見た目と当時の状況で死因を判断」することだ。ある教授の調査では1969年~1989年の20年間で検死と解剖の結果を比べてみたところ6084の変死体で945体の著しい誤診があったという。細かいことは分からないが検死では15%の誤診があったということだ。つまり解剖が必要なのだ。岩瀬教授は「検死官がいくら熟練してても,もう,見逃すものは見逃すようにシステムができている。構造的に誰が見たって,一定の確率で殺人とか事故とかを見逃していくシステムができている。努力とかそういうレベルではない」という。解剖医がいないため,検死の段階で解剖の必要のない,病死ということでことを済ませられるようにシステムができているということなのだろう。遺族には信じがたい「自殺」で事片付けられる場合もある。遺族には自殺の理由が考えられない。へんな傷跡がある。こういう場合,解剖が必要なのだろうが,遺族にその知識がなければ火葬にふされてしまう。 解剖は1体の解剖検査に4~8時間かかるという。その謝礼は1体20~30万円国から出るようだ。その金は検査費用や設備維持費に消えてしまうというのだ。「他の臨床科に行っていればそれなりの待遇が得られただろうに,こんなとことろにきたばっかりに,安月給で退職金もないようなポストになる。今後はね」と岩瀬博太郎教授はこぼす。正規の医師や職員は雇えず,アルバイト医師や技師を雇うのがやっとだという。 日本の司法解剖はほとんど大学の法医学教室でおこなわれている。しかし,大学にとっては経営上のメリットがない。「司法解剖はいくらやっても評価されない。解剖ばっかりやっていたら,自分のクビも危ないと思っています」と岩瀬教授は言う。ある解剖医師は使命感がなかったら,他の病院へ移るという。39歳で医師免許を持ち,月収25万ではやっていけない。同僚医師は1000万だ。(11/26 朝ズバ)* 杏林大学医学部の佐藤善宣教授によれば,「まず第一に大学にポストがない。そして法医学は学際的なもので医者だけじゃなく,多くの人たちが鑑定をしているので,医者だけを増やせない」という。それに解剖費は(3年前は1体6万円だったという)全て消耗品に消えてしまう。ポストがない,常勤になれない(日雇い)。129人の解剖医は検察庁から嘱託を受けた解剖医で,そこで研修しても将来がないという。この構造は,どうなっているのか正直よく掴めない。まず,解剖にふされるようなことがつらい。それでも,犯罪などには原因追求の大切な手段だろう。ただ,システム的なおかしさはすごく感じる。アクセス数=682(朝日の高地白バイ事故の報道後,一気に250ほどupした。)...

作者:Jei

更新日:2008年12月1日 7時4分

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派遣労働どん詰まり

 これだけ経済が行き詰まると,いったいどうしていいのか分からない。内定取り消し,派遣雇用の解雇,そしてついには正規雇用者のリストラまですすんでいる。会社にとっても,企業がぶっ潰れるかどうかの瀬戸際に立っているところもあるだろう。世界同時不況みたいだから,政治力でしか解決はないだろう。そのおかげでかというべきか,石油価格は下がり続けているが・・・ ついこの前の就職氷河期の再来どころのさわぎではなさそうだ。どうもことはもっと深刻なようである。私は派遣労働などという不安定な雇用形態そのものが嫌だったのだが,十数年前に数回派遣労働者に会ったことがある。当時は職場(図書室の本のバーコードのないものの入力や,職員へのパソコン指導とやらに来ていた。私は入れ違いで,ほんの少しの間だけ接した事がある。すぐに他所へかわっていった。しかし,本人は夫婦とも派遣労働で,「色々(嫌になったらすぐ)かわれていい」と言っていたのにはびっくりした。俺はもう,良いとか悪いとか,好きとか嫌いとかじゃなくて,嫌でもしがみついていないと不安になってしまう歳だったしね。しかし,あっけらかんとそう言われると,そういうのが良いと思う人もいるんだと勝手に解釈していた。確かに,教員も1年契約(または数ヶ月契約)で来る人もいる。でも,そういう人は試験に合格して正規雇用になることを希望している。短期の雇用を望んでいるわけではない。 そもそも派遣業というのは即戦力の頭脳集団だったはずではなかったのか。IT関係など高度な専門家を指していたはずだ。ある(多分派遣の)コンピュータの専門家がリストラされていく過程をHPに綴っているのを見て,唖然とした。Windowsなど全く知らないという。どうもUNIXで会社のシステム構築をして,派遣先を渡り歩いている感じだった。即戦力と言われるには,仕事は相当きつくそれほど高給取りとも思えなかった。結局辞めて(辞めさせられて),どこかの小さな店の雑用で雇ってもらい,そこで初めてWindowsに出会ったようだ。それでもパソコンの吸収は早く,重宝がられ,本人は前の派遣より精神的に楽しくできて喜んでいるという結末だったように覚えている。当時の先端業種である,即戦力の派遣でさえつらい職業だなという思いを持っている。 派遣労働と言うと,やはり不安定要素が大きくて嫌だ。しかし不況風→企業そのものの減退→人件費削減→解雇され,次の職がないという構図が出来上がってしまった。派遣労働自体がどん詰まりになったのだ。それも40代50代のいわゆる働き盛りの人たちである。2004年:製造業にも派遣労働ができるようになる。2006年:次年度の期限3年を見越して大量に派遣を雇用。2007年:派遣が最長3年になる。2009年:'06年に雇用された労働者の雇用期限が切れる。数10万人ともいわれる(2009年問題)。雇用期間が満了した場合はそのまま契約を終えるか,引き続き雇用したい場合は正規雇用など直接労働者と(派遣ではなく)契約する必要があると法的に決められている。 2009年は派遣労働者にとっては,正規雇用のチャンスであるはずだったが,キャノン(期間社員と請負業務に分ける)やトヨタ車体(3ヶ月と1日の雇用で回す)など,抜け道をいろいろ考えているようだ。雇用側はなるべく正規雇用を減らし派遣で人件費を減らしたいのだ。キャノンは役員の給料を上げておいて,人件費を減らそうと偽装請負までやっている。この景気後退と'09年問題の重複で,労働者はますます不利な状況に立たされる。全国ユニオンの関根秀一郎氏は「抜本的な労働者派遣法を改正して,使い捨てを許さない雇用のルールを作っていくべきだ」と言っている。こんな派遣法を,日本の労働者の一番の職場であった製造業まで拡大したことが,そもそも問題なのだ。あゝこれもやはり小泉君がやっちゃったんだよね。 いま,ニュースで人事の人が内定者に告げた。「君たちを受け入れる財力がなくなったということですね」これで内定取り消し。雇用なんてこんなもんだ!...

作者:Jei

更新日:2008年11月30日 7時31分

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憎しみの連鎖

 インドのムンバイ(旧ボンベイ)で26日に起きたイスラム教武装集団によるとみられる同時多発テロ事件で,インドのメディアはパキスタン側を拠点とするイスラム過激派組織の関与を指摘。インド当局もパキスタン非難のトーンを強めている(11/28毎日) インド・パキスタンの問題なのか,インド内部での問題なのかはまだ定かではないが,多分からんでいるだろう。ねじれの一つだ。 悲惨なことだがインド・パキスタンの対立はイギリスからの独立時からの問題だ。多分イスラム教(パキスタン)とインド(ヒンドゥー教)が混在するカシミールの領有権をめぐる戦いと見ていいだろう。イギリスからの独立に際し,カシミール藩王がヒンドゥー教で住民の8割がイスラム教であったところが根っ子にある。こうした宗教の問題は細分化していくとどこの国にもあるだろう。以下これまでのメモ。第一次印パ戦争 (1947年~1949年)カシミール領有権問題で戦争に。国連が仲介分割。将来的には住民投票によるとされたが,イスラム勢力が強いためインドは応じていない。第二次印パ戦争 (1965年~1966年)カシミール問題。パキスタンの軍事クーデターによってムシャラフ大統領が就任。一応終結。第三次印パ戦争 (1971年)東西パキスタンの対立。東パキスタンがサイクロンで30万~50万人の死者被害を出し,西パキスタンの怠慢に独立運動を始めた。インドは大量難民のため西側についた。西パキスタンはバングラデシュとして独立。'01年12月にイスラム過激派がインド国会を襲撃した。インドは軍をパキスタンとの国境地帯に集結させ、「核武装国同士の全面戦争の一歩手前」といわれるまでに緊張が高まった。'06年7月ムンバイで連続列車爆破テロ発生。約190人が死亡した。インド側が直後に予定されていたパキスタン外務次官との協議を延期。しかし約2カ月後に両国首脳が会談し,和平対話の全面再開で合意。'08年7月首都ニューデリーでも連続爆発テロが起きている そして今回である。26日インドのムンバイ(旧ボンベイ)のホテルで26日客を人質にした同時多発テロ(13ヶ所)が起きた。28日PM7:00のNHKのニュースではトライデント・ホテルでは100人以上が取り残されたままだった。宿泊していた人によれば27日の明け方からは銃撃戦がやんだという。治安部隊は残された人は全てホテル外に脱出し,部屋に爆発物がないか調べている。また制圧したとしたタージ・マハール・ホテルやユダヤ教施設には少数のテロリストが残っているという情報もあり,まだ緊迫した状況だという。28日午前の情報では119人が死亡(内日本人1名),315人以上が負傷しているという。ターゲットはアメリカ人やイギリス人であるという情報もあり,対テロ戦争の報復を思わせる。しかし,インドにはイスラム教だけではなくヒンズー教やシーク教などのテロリストもいるという。 これまでに拘束された犯人のうち3人がパキスタン人で,カシミール地方の分離独立闘争を展開するイスラム過激派組織「ラシュカレ・タイバ」のメンバーであると自供しているという。これとは別に「デカン・ムジャヒディン」と名乗る組織が「イスラム戦士の解放を求める」との声明を出したという情報もある。警察当局は,犯行グループは26日に商船でパキスタン南部カラチを出航し,ムンバイ沖で小型ボートに乗り換えてテロ現場付近に上陸したものとみている。ホテルの構造を熟知しており,インドに拘束されているイスラム人の解放を要求しているとのとのこと。緻密な計算で動いていることは間違いない。憎しみを忘れさせてくれるのが宗教かと思いきやそうではない。9.11で「テロは許さない」といったとき憎しみの連鎖は始まっていたのだ。 早く平穏になるのを祈るばかりだ。昔はこうした勢力を,武力で押さえ込むことができると考えられてきた。しかし,今は必ずしもそうではないことは明白であり,戦争と変わりはない。彼らには宗教的なバックボーンがある(これはある意味強力な武器になる)。何度も聞く「ジハード」という言葉(神のために戦う)がまた思い起こされる。BRICsの一つインドへの経済的な恨みもあるかもしれない(彼らはある意味,格差社会の貧困層だという)。人種問題も当然絡んでいることだろう。我々はオウムという宗教団体がサリンという化学兵器で無差別テロを松本と東京地下鉄で行っているということを忘れてはいない。宗教はそれだけで大きな武器にもなりえるのだ。本当は心を癒すはずの宗教が,憎しみを抱き無差別殺人を行う。昔日本も戦争に行って国のためにと死んでいった人たちがいる。でも戦っている人たちは,国やリーダが決めた敵と戦っているのであって,自分の本当の敵を知らないのではないのか。本当の敵は○○組みの心の中にあるような気がする。それこそグローバルにだ。...

作者:Jei

更新日:2008年11月29日 7時14分

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麻生「迷言集」

麻生迷言集メモ 失言とかいいながら,案外そんなところに本音が見え隠れするように思う。■読み間違い(これが事実ならちょっと勉強してもらわねば,学力とか言うなよって)漢字(正しい読み)→麻生氏の読み間違い(でも,堂々としています)頻繁(ひんぱん)→ハンザツ未曾有(みぞう)→ミゾウユ踏襲(とうしゅう)→フシュウ詳細(しょうさい)→ヨウサイ■朝鮮人の人たちに、「創氏改名は、朝鮮人が名字をくれと言ったのが始まり」■'07年7月19日:米の内外価格差について、「どちらが高いか、アルツハイマーの人でもこれくらいわかる」■'08年9月14日:集中豪雨のあった(のが)愛知県安城市や,岡崎市だったからよかったが,「名古屋で同じことがおこったら,全部洪水だ」■'08年11月19日:全国知事会議で地方の医師確保について「自分が病院を経営しているから言うわけじゃないけれど,大変ですよ。はっきり言って社会的常識がかなり欠落している人が多い」と語った。さらに「(医師不足が)これだけ激しくなってくれば、責任はお宅ら(医師)の話ではないですかと。しかも『医者の数を減らせ減らせ,多すぎる』と言ったのはどなたでした,という話を党としても激しく申しあげた記憶がある」と続けた。その上で、医師不足の一因とされる臨床研修制度の見直しなどに取り組む考えを示した。地方交付税:特定財源の一般財政化,1兆円。株価が下がっているこの時期に出さない。郵政の株式凍結化!・・・(結構ですな)■'08年11月19日,都内のホテルで開かれた私立幼稚園PTAの全国大会であいさつし「家庭でしつける力がなくなってきた」と指摘した上で,「幼稚園は、お子さんの後ろにくっついている親で苦しむ」「じいさん、ばあさん、やかましいおやじさんの存在が薄くなってきたせいもあって、幼稚園で何とかしろと負担が掛かってきている。しつけるべきは母親だ」などと苦言を呈した。・・・(質問)政治家の後ろにいる官僚。政治家の指示で仕事をしているはず。でも無駄金使い。しつけるべきはどっち?(答え)両方。■1兆3000億のうち1兆円は一般財源として地方に交付する。道路族の反対にあう。・・・とにかく,見える財源,無駄金かどうか国民が審判できるようにすべき。■政府が持っている郵政の株はこの株価が下がっている時に売ることはない。すぐさま中川直秀は「民営化に反対か」と相当激怒していたね。・・・オイラは反対だけど。■'08年11月27日昼,麻生太郎首相は,20日の経済財政諮問会議で「たらたら飲んで,食べて何もしない人(患者)の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」と自ら発言したことについて「気分を害された方がいるならおわびする。予防を全く考えないのはいかがなものか」と釈明した。・・・(麻生総理は自分は高額納税者だということで,その金が高齢者医療に使われるのが嫌という意味のようだ。税金は私たちも払っているし,保険料も支払っている。計算すれば損をしている。それは麻生さんだけじゃない。一国の総理がそういったら,みんなが言い出すでしょう。つまり本音は「病人,障害者は自分で医療費を払え」ということで『公的医療保険制度』の否定そのものだ。) 一方、河村建夫官房長官は27日午前の記者会見で,「医療費をいかに抑制するかという中には自助もあるということだ。首相の性格から,これからもいろいろな発言はあるだろう。ひとつの個性だ。真意を理解してもらいたい」と述べた。・・・「♪もう,どうにもとまらない」 ええ,真意はわかっていますよ。自助ねえ。誰が好んで病院へ行くのでしょうね。みんな,安心を求めて,苦痛を和らげるために行くのですよ。まるで暇つぶしに行くかのよう捉え方。藤子・F・不二夫の「定年退食」という漫画で,時の首相が語る。「73歳以上の人の・・・年金,食料,医療,その他一切の国家による保障を打ち切りにします」真意はここにある。じわりじわりと目標に向かって首を締め上げていく。国家の保障はないから,自力で生きていける「勝ち組み」しか生き残れないといわけだ。だからさ,本音で「苦しんで長生きする医療を,安楽に引き取れる医療に変更していけばいい」のだ。いかに医療費を抑制するのか答えはある。ただ,黙って極秘裏に実行していくのだ。「予防医学」なんていうからまた寿命が延びて,苦しみながら長生きせねばならなくなる。医療を「ぴんぴん,ころり」という視点から,見直すべきだ。 こういう発言って,普通ハラスメントとして責任問題になるんじゃないの。一国の総理だったら報道で取り上げられても,のうのうとしていて,大臣クラスだと(中山成彬じゃないけど)即座に首じゃないの。こういう人を首相にしたという,国民の責任も報道は追及しなければいけないと思う。「はい,やり直し」アクセス数=527「麻生・失言」で拾われてるみたい。「迷言」じゃ拾わないわな?...

作者:Jei

更新日:2008年11月28日 7時13分

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県芸大定期演奏会

愛知県立芸術大学第19回定期演奏会11月25日(火)PM7:00~山田耕筰作曲◇交響詩≪曼荼羅の華≫マーラー作曲◇交響曲第5番嬰ハ短調 指 揮:外山雄三 管弦楽:愛知県立芸術大学管弦楽団 会 場:愛知県芸術劇場コンサートホール2階11列29番0.8K 本当のことを言ってしまえば,山田耕筰の「曼荼羅の華」は初めてだし,マーラーは一時の流行にちょっと流されたけど,あまり好きにもなれなかった。「さすらう若人の歌」「巨人」程度はなじみがあるが,2番,7番,9番,「大地の歌」なども持ってはいるが,どこがいいのか分からず1回聴いただけで,ほとんど聞いていない。今回一番の魅力は「指揮:外山雄三」という名前だったのだから,ちょっと不遜だ。外山雄三がどれだけ学生を引っ張れるのか,非常に邪な態度だとは思いながらいった。予習はワルターのNY版と小沢征爾のBSOだ。曲は特別好きにもなれないが,まあ,マーラーなら聴けるでしょうと思った。どの道,冒頭のTpの3連符が通過できるか,とにかく動機が不純すぎます。今回も日頃は高くて買えないプラチナ席を確保できた。やっぱ見晴らしがいいです! 配置が通常と全く違う。パンフに外山雄三の解説があった。マーラーの当時の配置らしい。左手前に1st.Violin,その奥がCello,右手前が2nd.Violin,その奥がViola,そしてその右に手前からHarp,Tuba,Trumpet,その右奥にTromboneなどの管楽器,最も左端は奥へズラーっとContrabassが8人並ぶ。そして,Celloとの間にHornがくる。中央後ろ半分は木管(前列Flute・Oboe,後列Clarinet・Bassoon)がならぶ。最後列にTimpaniを中心にPercussion郡(大太鼓・小太鼓など)結構色々ならぶ。相当大掛かりだ。■山田耕筰:曼荼羅の華 初めて聴く曲で,宗教的なものが現代音楽の形で・・・なんて思っていたのだが。ハープのグリッサンドから始まる。現代音楽のような違和感はないし,不協和音でもないし,つかみづらいリズムであったりということもない。ただメロディーがつかめないんだよね。どこが主題なのか不明。これかと思うとハタと変わる。ただ楽器の組み合わせか不思議な音色がする。大きくうねって,清涼感が漂ったり,弦の刻みが入ったりで,オケはうまくうねりを作っているのだが,なにぶんにもメロディーらしき主題がよく分からない。違和感はない。大きさは感じる。弦よりも管を鳴らす響きがすごい。正直,曲には取り立てて魅力を感じなかったが,オケの技能はすごいと思った。■マーラー:交響曲第5番 第1楽章:冒頭のTrumpetの3連符がうまくいくか正直ハラハラしていた。無事通過。弦の響きも落ち着いている。どういう音色の作り方なのか木管と何かが交じり合ったような,マーラー独特の音色も嫌味がない。どうしてか2回目のTrumpetの3連符で泣けてきた。木管と小太鼓の奏でるメロディーにちょっと濁りを感じるが,TrumpetやHornが左右から咆哮の雄叫びを上げると巨大な音の塊となって襲ってくる。これがいい。Timpaniの最小の音で3連符,その後の弦との交代の妙,これらが重心の低い感じで(でも完全に地に付いてはいない)奏でられる。最期のピチカートはあってないんじゃないの? 第2楽章:荒れ狂う出だしから弦が結構ゴリゴリ感を出して力を入れて引いている。木管が入ったCelloのメロディ。メリハリはあるがちょっとつながりが不自然。とにかく大掛かりで人数も多いのだが,弦がこれだけいてって感じで・・・弱いとか小さいとかじゃない。むしろ管がうますぎるのか,ソロで吹いてもうまい。小傷はあっても即座に修正されるので気にならない。HrnとTpが左右から掛け合うと凄まじい。だからこういう配置になっているのかと思った。木管が管を水平にこちらに向けて演奏しているシーンが何度か合ったがマーラーの指示だろうか。Timpaniはもっと強打させた方が釣り合いが取れるのではと思った。何か後半ちょっとだれ気味かな? 第3楽章(スケルツォ)になかなか入らない。ちょっと第2楽章の反省かな?というわけでHrので出しとってもよかった。管はのびのびと弦はゴリゴリとうまくまとまっているのだが何か一つ足りない。これは私がマーラーをそんなに好きになれないことが原因かもしれない。息の長いHrもうまい。Clが歌口を頻繁に変えている。木管・金管に破綻がなく,受け渡しも違和感がない。しかし,この楽章というのは,結構長大で,大掛かりで迫力もあるのだが,正直何を言いたいのかよく分からない。一部小傷はあるがこれだけの迫力で迫られると参るね。最期終わってからの残響がすごく長い感じがしたのだが。 第4楽章(アダージェット):この楽章が好きで,マーラーが好きになる人が多いみたいだが,私にはなんともその魅力がわからない。それとなく美しいメロディだとは思うが,陶酔は出来ない。癒されることもないだろう。私にとっては,この冗長なイメージはワーグナーのイゾルデの「愛の死」のようで,何か長い静かな曲というだけなのである。なんという不遜な!演奏はすばらしいのだろうと思うが,私にはメロディーについていくだけで精一杯である。 第5楽章:切れ目なく入る。フーガになるところ,チェロ → 2ndVn → 1stVnと受け継がれるところでやはりこういう配置がいいのかなと思う。でも主題が短すぎるんじゃないのかな。少しずつ盛り上がって,最期にグワーと盛り上がってと思うと,はたとピアニシモに入る。こういう曲の作り方を効果的と思える向きにはいいのだろうが,ここらへんは欲求不満になる。そうしておいて,最期に大きくコーダーに持っていくのなら分かるが,何か中途半端さを感じる。ただ演奏はすごいと思った。TpetやHrnなど,名フィルよりうまいんじゃない。■アンコール①リヒャルト・シュトラウス作曲「バラの騎士」より「ワルツ」:初めて聴く曲だ。オーケストラ効果の高い華やかな曲だと思った。最期の盛り上げがすごい。②矢代秋雄編曲「七つの子」:矢代がパイヤールかなんかに,日本の歌を元にした曲を頼まれて,アレンジしたもののようだ。楽譜はなく,レコードを何回も聴いて譜面に起こしたという。ヴァイオリンソロに弦楽5部とハープによる演奏。ドビュッシーを思わせる和音がとても美しい。ちょっと聴きなれない,耳をそばだてるような和音展開が新鮮で美しい。ああ,弦に色が欲しい。* 今回は学生オーケストラであっても,非常に瑕が少ない。あっても即座に修正されるので,ほとんど分からないというか,気にならない。この点はすごいと思った。曲が曲だけに大オーケストラ(約120人?)でフォルテのすごさも凄まじいものがある。欲を言えば色というか華というか,美しさを感じる何かが欲しい。今回で名音大,名芸大,名フィル,愛知セントラル,今回の愛芸大と5つの中部のオーケストラを聴いてきた。名フィルなど何回も聴いてきているが,さすがはプロと思うところがある。華とまではいえないにしても,色がある。何かしらの音の美を感じるのだ。ただ木管やホルンなどの瑕は愛芸大のほうがはるかに少ないと思う。あの3連符でソロをとっていたトランペットなど,学生とは思えない。PetとHrnには先生らしき人も入っていた。こうやっていっしょにやれる雰囲気がいいね。* 昔ある雑誌で読んだ記憶がある。ある日本の音楽家(著者)がウイーンフィルだったかベルリンフィルだったかのオーケストラの練習を見に行ったそうだ。そしたら練習中,急に音が良くなりびっくりしたという。回りを見たら,ドアのところにフルトヴェングラーが立っていたというのだ。大指揮者はそこに立っているだけで,楽団員に緊張感を与え,良い音楽をつむぎだしてくれるという結びだったような気がする。この愛芸大も外山雄三という大指揮者を前にすごい練習を重ねてきたんでしょう。ここまでのものを学生オーケストラで演奏できるとは関心!感心!* 外山雄三という人は最初は作曲家 として知った。確か岩城宏之指揮のNHK交響楽団による「管弦楽のためのラプソディ」だったと思う。日本民謡を組み合わせたものだが,他にもTVでもしばしば見てきた。その重心の低いドイツ的な演奏はとても安定感がある。今回初めて生で見て,学生オーケストラとはいえ,そのスケールの大きさに感動!プロのオーケストラを凌駕するほどの演奏だと思った。やっぱりすごい人の手にかかると,これだけすごい演奏ができるんだ。そして肉声で矢代秋雄の話も聞いた。きちんと手を前に揃えて礼をするところなど,なんと謙虚ですばらしい人なんだと「人間として」学ぶところが多かった。不思議と指揮姿は残っていない。巨大な音楽が心に残っている。...

作者:Jei

更新日:2008年11月27日 7時23分

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大麻汚染

 覚せい剤の入り口に大麻があるという。こればっかしは経験がないのだが,芸術家がよく麻薬などに手を染め,興奮させて自己喚起させる話を聞く。大好きなバッド・パウエルも麻薬と闘った1人だ。彼の言動の中にも,演奏の中にも,調子の良し悪しがわりとはっきり出ている。病院へ行ったりずいぶんと苦しんだみたいだ。まあ,自分も大麻じゃないけど,タバコでさえやめるのに相当苦労した。今じゃ何ともないが,やめたというのを公には拒んでいた(今は吸わないけど,吸ってもいいよと自分に甘えの余地を作っておいた)。酒でもそうだし,ギャンブルでもそうだ。みんな怖いけど心の余地は残しておきたい。そんな中に大麻・マリファナ(乾燥大麻)があるんじゃないのかな。 ここのところ矢継ぎ早に大学生の大麻汚染が伝えられてる。6月法政大(5人大麻所持),9月同志社大(女子学生大麻所持),10月慶応大(男子学生2人大麻所持),11月早大(3人大麻所持,別に16年度から計4人が大麻で逮捕・退学させられていると発表)有名な大学の学生の大麻所持にも驚く。 その大麻を栽培をしていたとして8月早大商学部の学生(21)のマンションを捜索,大麻取締法違反で逮捕された。その時の学生の言葉に驚く「どこからですか?」「どこからか言われたわけですよね」「誰ですか」という。つまりなぜバレタのか,誰がチクッタのかを必死に聞こうとしているのだ。子どもじみたその対応にちょっとびっくりだ。学生は授業で海外の薬物事情を知り,興味を満ち,インターネットで大麻の種10個を1万1500円で購入し栽培していた。 9月,早大生に大麻の種を販売した落合光太郎容疑者(34)が逮捕される。部屋からはオランダ・イギリスから大量に密輸した種が見つかった。落合容疑者はホームページを開設し,インターネットを通じて5年間で2100人に種を販売した。売り上げは3200万円に達していたという。落合容疑者のパソコンには摘発された大学生14人を含む約2000人の顧客名簿があったという。今年の大麻に関する逮捕は1868件そのうち65%が30歳未満という。有名大学の学生がと思っていたら,現状は大学にとどまらず高校生にまで広がっているという。 専門学生や大学生,高校生に広がっている。高校生自身が吸ってる友達がいると答えている。どうするのと聞くと「別に・・・,ご自由に」「止めないですもん,言ってもね」という。渋谷で若者100人に聞いてみると使用しているのを聞いた=25人,使用しているのを見た=12人である。警視庁の発表によると今年上半期の大麻取締りの摘発件数1686件でそのうちの800人(65%)が29歳以下だという。どうも拡大低年齢化しているようだ。【3年前まで大麻の売人をやっていたA氏の話】「簡単に捌ける,簡単に売れる」「月に100万~300万の売り上げ(7割が利益になるというから純益は70万~200万ほどということになる。いい商売だな?)。時によってバラつきはある」「仕入れは海外(オランダ)から」「代理人がいる(向こうも明かさないし,こっちも聞かない)」「私は栽培はやっていない。簡単にオランダ産といえばみんな飛びつく。『栽培した』と言ったらみんな買わない。値段も当然落ちる」(自主栽培は質が落ちるということらしい)客と接するには何人も代理人を入れる「直接はあまりやらない」という。買う人は「飲み屋関係の女の子とか,大学生くらいの年頃。私の場合は高齢者とか中年の人はいなかった。ほとんど若者」大麻を吸うことに関しては「普通にタバコを吸う感覚で,タバコよりもマリファナの方がいいとかいう簡単な甘さ。罪の意識はないと思う」「大体,大麻やっていたら次はやっぱり覚せい剤に走りますよね。自分の友だちが死にそうになったところも見たことあるし・・・何でこの人がと・・・逆にそれを見て私は怖くなりましたね」それが暴力団脱退のきっかけになったという。「今,たまたま問題になっているだけ(氷山の一角)で,これはなくなることもないと思っているし『自分がよければそれでいいじゃん』という感覚で(吸っている人には)『法律が逆におかしいんじゃない』と思っている人間ばかりじゃないですか・・・」 顧客の大麻に対する認識が甘いということを示している。この売人は人が変わっていくところを何度も見ており,自分は絶対に手を出さなかった(吸わなかったけど,売ってたんですね)という。暴力団員でそんなことをしてたんだろうけど,その怖い状況?を高校生や大学生に見せて教育に役立てたらどうなんだろう。 インターネットの普及が情報の入手のしやすさ,大麻の入手のしやすさを促進した。いわゆる普通という意識だ。そのあたりに大麻に対する認識の甘さのがあるのだろう。(11/25ワイドスクランブル)* 麻の種は七味唐辛子などにも入っており,種そのものは持っていても違法にならない。ただし育だてると違法になる。したがって取り締まりに難しさもある。調べてみるとオランダではコーヒーショップで大麻(マリファナだろう)を買うことが出来る。マリファナを吸引していたことと,後に他の麻薬などに手をつけるということとの相関関係はないという。どうも麻薬・覚せい剤は厳禁でも,大麻の取り扱いは国によって違うようだ。...

作者:Jei

更新日:2008年11月26日 7時50分

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事務次官殺傷事件

 殺害事実ははっきりしても,今までの殺人とも何か違う。了解できる動機らしきものが見つからないが,無差別でもない。なぜか,オウム事件の村井秀夫刺殺事件を直感的に思い浮かべた。オウムの実行犯(徐裕行)は「教団幹部なら誰でもよかった」と供述。それでも「誰でも良いわけではなく,村井を狙っていたと見られる節がある」 そして,私には,メディアを通して語られる,小泉 毅(たけし)容疑者(46)の像に,何か徐裕行と同じような像を思い浮かべるのだ。それは多分,不適にも殺害したあとの○○感とでもいおうか「凛とした毅然たる姿勢」。それは人に恐怖感を与えるには十分だ。警視庁(麹町署)へ移送される時のあの厳しくも揺らぐことのない鋭い視線は・・・いまだ何ら解明されているわけでもないのだが・・・【事件の経緯】・17日夕食時:元厚生省事務次官 山口剛彦さん夫妻が何者にか殺害された。・18日午前10時頃:大量の血痕と共に,山口剛彦さんと夫人が自宅玄関先で倒れているのを,隣の住人に発見された。・18日午後6時半頃:元厚生省事務次官の吉原健二さん宅の玄関先で,吉原さんの妻,靖子さんが胸を刺され,都内の病院に運ばれた。・22日午後:小泉 毅(無職46歳)が父親に手紙を送ると連絡。・22日午後7時過ぎ:報道局のHPに書き込みをする「34年前保健所に犬を殺された」・22日午後9時20分頃:霞が関の警視庁本部へ出頭(さいたま市の住民票を持って行く)移送されたのは警視庁麹町署。 この小泉容疑者。子どもの頃(小中学生の頃)は優しかったという。高校も進学校(補欠入学?)で,大学も国立理工系である。何の不服があるのか卒業はしなかった。大人になってからは,転職に継ぐ転職で,回りのみんなに恐れられるようになっていく。いわゆる近隣トラブルメーカーで,それも相手に恐怖感を与えるのだ。普段は挨拶もなく昼夜逆転の生活で,仕事に行っていた気配もない。それでも家賃の滞納はないという。バックに何かがいるのではという気がしてしまう。近くの高級料理店へ女性と2人連れで行くが,1人7000円のコースで2人で1万4000円。高級な夕餉だと思うが,店の主が言うのには「(2人)は一切しゃべらない。本当に会話がない。二人とも」というのだ。仕事もなく,何を話すでもなく,7000円コースでいうのは大盤振る舞いだ(支払いは女性がしたという情報もある)。とにかく仕事が見えないで,どうして生活が出来たのか(保護家庭?)不思議だ。そして,報道へ届けられたメールを見る限り,これまでの酒鬼薔薇聖斗や,秋葉原事件のような自己顕示欲を感じる。【 報道に届けられたメール 】受付日時:2008年11月22日19時09分件名:元厚生次官宅襲撃事件内容:今回の決起は年金テロではない!今回の決起は34年前,保健所に家族を殺された仇討ちである!(中略)やつらは今も毎年,何の罪もない50万頭ものペットを殺しつづけている。無駄な殺生はするな!!!無駄な殺生をすれば,それは自分に返ってくると思え!<日本警察の捜査能力に疑問>・私は左利きである。(中略)・吉原の妻に使った凶器は山口を殺した包丁を使用した。・山口の件では最初に出てきたのは剛彦である。 最初から逃げる気はないので今から自首する。以上 犬と厚生労働省と無理やり結びつけた論理(妄想かも?) 報道では,元厚生省事務次官を調べ上げていることなどの計画を持ってしても,心神耗弱などはありえず責任能力はあるといっていたが,私の関心はあの悪びれもしないで堂々と顔を見せている怖さである。鋭い眼光。当初,1人では不可能という説が多かったが,事細かな詳細よりも,無職で家賃(6万2千円)の滞納もなく,一応の生活ができてきたということが不思議でならない。つまり,よくある計画的な替え玉じゃないのかなと思ってしまう。または殺害を依頼されたとか・・・「決起」と言う言葉には右翼を思ってしまう。 父親が「優しいええ子じゃったですよ」「まともにやっておることと思っておりました」「電話しても留守電で,なしのつぶて」と言っていた姿が(顔は分からないが)哀れでならない。46歳と言えば,今とは違って,大学中退でもバブル期でしょう。就職先に困るわけでもなかったろう。働くことが嫌だったのだろうか。仕事先はころころ変わり長続きはしていない。そんなところへ「何か」巨大なものが舞い降りたのだろうか。それは恐怖のような闇の世界を思わせる。農水省に多分あったであろう巨大な裏社会のようなもの。見えない組織の鉄砲玉?* 2人の元厚生省次官。マスコミでは年金改革をやった凄腕ともてはやされているけど,あの時の厚生大臣って小泉純一郎ですよね。年金支給額を減らし,支給年齢を60→65歳にし,そして全国にグリーンピアとかいうとんでもない施設をつくったんじゃなかったっけ。そして自分が総理になってぶっ潰した?「年金の神様」とかいうけど,正直支離滅裂。ちゃんと光と影も報道して欲しい。* 父親当ての手紙が届いてから,記者が「手紙は息子さんからでしたか.それだけ教えてください」としつこく迫る。そして父親が「そうです」というとテロップは大太文字になる。そして,「なんて書いてありましたか」と聞くのである。プライバシーの侵害だ。僕はマスコミには絶対何も答えてはいけないなーと思った。でも,もし自分が何か被害にあったりしたら,警察に頼るのだろうが,それがダメならマスコミを味方につけないと終わっちゃうしなー。こまったなー。この記者に激怒!* 付属池田小学校事件の宅間守も,また,鋭い視線でにらんでいた(でも今度の方が怖い)が,生い立ちや,社会への恨み(精神病詐称が多い),裏に隠されたものがないと思われる点で同質とは思えない。粗暴で粘着質な性格は似ているかもしれないが。また,秋葉原の加藤容疑者は,宅間以上に対象がなく全くの無差別だ。それに裏に何かがとも考えられない。秋葉は格差社会に封じ込められた様相を強く感じる。したがって逮捕時の様相に同一性を考えにくい。(11/25 追加)* 新たな供述(11/25 再追加)・元次官とその妻ら10人前後を殺害する計画だった。・高級官僚が悪だと思った。これをやるために生きてきた。・警備が厳しくなったから出頭した...

作者:Jei

更新日:2008年11月25日 6時57分

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裁判員制度に反対する

 昨日の「そこまで言って委員会」でまた,裁判員制度が取り上げられていた。これは本当に問題で,何回でも取り上げて欲しいと思うが,辛坊氏は「来年5月21日に確実に始まる」といっている。だったらCMで裁判員制度の広告などやる必要はない。金の無駄遣いだ。裁判員法2条2項には「施行の日を決める政令を定めるに当たっては(中略)『裁判員の参加する刑事裁判が円滑かつ適正に実施されるかどうかについての状況に配慮しなければならない』と規定している」つまり適正に実施される素地が出来ていないからCMを流しているのである。それを確実に5月21日に実施されると言ってはいけないのである。あくまで予定でしかない。もっと言うなら,「みんながみんな反対すれば延期,または廃止になるかもしれません」と言わなければならないと思う。だいたい番組に出ている知識人や評論家でもあいまいな部分が多分にある。こんな制度を,それも死刑を含む重大犯に適応するなんていうのは悪魔の仕業としか思えない。 最高裁のHPにはこう書いてある。「国民のみなさんが刑事裁判に参加することにより,裁判が身近で分かりやすいものとなり,司法に対する国民のみなさんの信頼の向上につながることが期待されています」と。逆にいえば,司法が国民に信頼されていないことの表明であり,裁判員制度を通して信頼されるなどと本気で思っているのだろうか。国民が信頼していないのは法と現実(結審)との乖離なのである。そして被告を裁くことではなく,裁判官を審査したいのである。その違いが理解されていない。というより,それを回避するために国民を巻き込もうとしている構図に見える。 「そこまで言って委員会」で,これまで疑問符をもちながらも,関心を持ち続けてきた田嶋陽子氏の発言には頭に来た。まず初めに裁判員制度は実施すべきかどうかで「初めは問題点も出てくるが・・・」というのである。ばか者!「初めに問題点があるかも」というのなら,これで死刑になって冤罪だったらどうするのだ。とりあえずやって冤罪だったら,被疑者にとっては一生が終わる。 その一方で,「法律も知らない素人に裁判ができるのかどうか,そこから論じたほうがいい」という井上薫氏(元判事)に,田嶋陽子氏は噛み付く。「国民が選挙で1票を投じて議員を選ぶ。(素人に裁判ができるかどうかに疑念を持つということは)選挙をも否定することだ」というのだ。つまり選挙権を持っている人間は裁判官もできるということだ。私に言わせればめちゃくちゃな論理だ。まず,選挙(政治)は立候補した人を選択するのである。それはどんな観点から選ぼうと自由である。今度の裁判員制度は,くじ引きで当たったら,最悪被告本人が否定しても死刑を宣告する場合もありうるのだ。たとえ自分は反対したとしても多数決だからありうるのだ。選挙で政治家を選ぶこととは,全く条件も内容も違う。そして選挙では一人を選ぶことは自由であり,棄権することもできる。しかし,裁判員制度は思想が違う(裁判員制度に反対だ)からといって棄権することも許されないのだ。不思議なことに農繁期で忙しいといえば拒否できるとか?そして田嶋氏はアメリカでもイギリスでも陪審員制度はあるという。しかし,根本が違う。アメリカでは陪審員は量刑を決めない。イギリスでは重大犯ではない(難しい言葉が並ぶのでちょっと不安だが)犯罪だけのようだ。イギリスではどうも陪審員を買収したりするという問題もあったようで結構揺れ動いている。イギリスでは問題を抱えているし,アメリカも原住民をやっつけ支配するために銃を持ち侵略したのだ。そしてアフリカから大量の黒人奴隷をを連れてきて支配した。そこで起きる犯罪には平等な関係で裁判されては困るのだ。だから仲間内で裁判をし,白人には有利な判決を得るために陪審員を設けたのだ(これは私の憶測・妄想の類ですが)。 マスコミは「法律を知らないものには裁判官が説明するから」とみんなを安心させているが,私はそこにこそ問題があると思う。第一田嶋氏は「警察・検察と裁判官の癒着」を問題にしている。それにもかかわらず,裁判官に教えてもらっては,先入観を植え付けられる可能性がある。だから教えられること,説明されることには問題があるのだ。そもそも裁判員制度は,素人の生活観を取り入れるということではないのか。素人の判断そのものが受け入れられるのでなければ意味がない。この段階ですでに矛盾がある。本来,司法は法律と証拠によってのみ成立するのである。国民が司法に文句を言うのは感情論なのである。司法はその折り合いをつけるのであって,そこに国民の理解を求めたり,国民の感覚を取り入れるのは立法府のやる仕事(法律化)なのである。 話を聞いていると,賛成者の多くは「国民が裁判に参加することは,司法の襟を正すためにも必要だ」という考えのようだ。これは私も同意見だ。マスコミ報道からしか分からないのだが,実におかしな裁判がまかり通っている。そういうことに異議を唱える方向で裁判に介入できる方法(国民審査のようなもの)なら分かる。裁判員を裁きたいとう気持ちになることは,結構ある。たとえば高地白バイ事故などだ。しかし,被告という人間を裁くのは独立した司法という場なのである。その独立した司法を監視し,シビリアンコントロールを働かせる必要性を説くのなら,すごくよく分かる。しかし,それと裁判員制度とは全く違う。司法を監視するなら,簡単に言って国民審査をきちんとできる制度にすべきだ。今は未記入は○と解釈されているが「○」か「×」のみを有効投票とすべきだ。これは,多分未記入が多く,はっきり意思を示す人は「×」にするから,「○」が少なくなるのを拒んでいるだけだと思う。 だから,裁判員制度は,国民に関心を持ってもらうといいながら,内実は裁判という高度な仕事に,いい加減な口を挟むなという警告・脅迫なのである。これを実体験してもらうために,良心的な国民を断崖のがけっぷちに立たせる必要があるという,実に国民を愚弄した制度なのだ。 だいたい,知らないことが多すぎる。三宅久之氏は一審では裁判員制度だが,二審(高裁)では裁判員制度ではないという重大なことを話していた。一審だけ裁判員制度で,高裁では国民の意思を採用しないのなら,一審でだけ裁判員制度を採用しても意味がない。最高裁は「一審の判断を尊重する」という。そこで「二審が一審の判断を尊重しては三審制の意味がない。一・二・三審がすべて白紙の状態から考えていかなければ三審制の意味がなくなる。結局は一審でのみ裁判員制度にしてみても,本来意味はないのだ。【裁判員制度の問題点=今の裁判の問題点も含む】・取調べの可視化・被告の選択権(裁判官に裁いてもらうか,裁判員を含むか,選択権を与える)・検察側・弁護側双方の証拠提示と検討の徹底(どうも偏りがある)・裁判員が量刑を決めることはまだ検討すべき。意見は述べても判断は・・・・裁判員になることを拒否する権利・裁判員制度は三審全てに採用すべきまだまだあると思うが,私としてはこうした問題点をクリアにすべきだと思う。 最高裁のHPのQ&Aを見ていたら,いかにも嫌そうな雰囲気(国民が嫌がっていることを知ってて書いているよう)で笑ってしまった。本当は最高裁もこんな面倒なことやりたくないのではと思ってしまった。やりたいのは日弁連なのか。共同通信が全国52の弁護士会の会長に質問したら,制度に問題点や課題を持つ会長が18人もいたという。弁護士も1/3は問題を感じているのだ。そして報道では,裁判員を辞退することはできないといっていたがQ&Aには「辞退を希望される方などは,御記入・御返送に是非とも御協力をお願いします」とある。なんじゃコリャである。でも,「考えに賛成できないから」とか言ったら「ダメです」って言われるんでしょうね。知識人,評論家,元判事,弁護士とかでさえ「分からない」とか「・・・と思います」などといっている。問題点を抱えたままなのである。これをCM垂れ流しで強行しようという行為は,まさに狂気の沙汰だ。これもまた年金問題・後期高齢者問題と同じく,あの小泉が残した課題だ。(-"-;)...

作者:Jei

更新日:2008年11月24日 7時25分

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Realforce 報告

 あこがれの東プレRealforce 86Uを入手して約一週間。その経過報告である。 購入してから1週間。いろいろと慣れてきた部分もある。しかし,どうにも気になる部分がないわけではない。それは,多くの人が新しいキーボードを手にした時に,経験しているであろう,ちょっとした違和感である。新しいキーボードに触れたときも,指が覚えちゃっている以前の感触との違いやら,何かしら気になる部分が出てくる。特に今回はお気に入りだったMXキー黒軸からの変更だったのでその違いは大きい。(MX黒軸は現在もFILCOから英語標準配列のまま東プレの半額で出ている) 今日はRealforceのキータッチの感触とキー配列の問題についての報告です。 まず,最初にこのキーボードはどうしてもいいもの(満足できるもの)でなくては困るのだ。それは高額であるということもあるが,何より憧れのキーボードであったからだ。そのくらい僕の頭の中では,東プレというイメージは出来上がっていたのだ。今時「MADE IN JAPAN」と書いたパソコン部品なんて,そうそうあるもんじゃない。あれやこれやで期待は高まるのだ(自分で勝手に作り上げている)。 ところが届いて,恐る恐る開けてみて,開口一番は特別品位の高いイメージをもてなかったことに,まずがっかりした。色の光沢感もなければ,色そのものに「新品」という感じがない。プラスチックの表面は「最初ちょっとざらついた感じがする」という記事も読んだ記憶はあるが,1週間たってもそのイメージはまだある。机の上を見ても今までのFILCOの光沢の方に上品さを感じてしまう(つくりはFILCOの方が軟で信頼感は薄いが)。と言うか,東プレのちょっとしたざらつき感が苦になるのだ。考え方によると,これが接触感を持たせているのかもしれないが。多分FILCOは黒という色目と光るような光沢感に上品さを感じ,東プレは全く逆で,美を求めずシンプルで筐体の頑丈さを訴える。この無骨さに惚れるには時間が要りそうだ。 東プレが自慢の静電容量無接点方式は指先では特に何も感じない。メカニカルでもないしメンブレムでもない。ただ,強烈なクリック感が「堅さ」を感じさせる。それはキーに触れた瞬間から始まる。少し押してクリック感を感じるのではなく,触った瞬間に(押し始めから)硬質感を感じるのだ。東プレでは「指に優しいソフトタクタイルフィーリング」といっている。そして,使う指によって押下圧を変えている(45g~30g)ということが売り文句である。しかし私には正直,これは押し込むのにずいぶん力が要る感じである。従ってCherryのMXリニアー(黒軸)よりイメージ的に重い感じになってしまう。いや重いのではない硬いのだ。引っかかりがあるとか,スムーズさに欠けるとかというのとも違う。むしろしっかり感とでも言った方がいいのだろうか。音楽でいうとちっともレガートさがなく,全てがフォルテでスタッカートで演じられている雰囲気である。ただ,非常に堅いのだが,不思議とミスタッチは少なくなったような気がする。何か自然に押したいキーに指が行っている感じだ。 東プレがいう「横から見た形が指の動きに合わせて,列毎に異なるステップスカルプチャータイプ」に配列してある効果なのだろうか。ブラインドタッチで打っていると,キーがちょっと大きくなって,打ちやすくなったような感覚になる。キーに触るというのが,Cherry社(FLCO)のMXリニアーキー(黒軸)は女性の肌に触れる感じで,東プレは無骨な男だが確実に仕事をしてくれるという感じだ。キータッチは慣れもあるし,以前に使っていたものとの落差にも関係する。これらは感触として心地に判断されるからややこしくなる。いまだ心地いいという感触でもない。無骨な男と格闘中である。 なお,音は打ち方で変わる。ゆっくり押してゆっくり離すと無音だが,私の打ち方だと結構うるさい。今回始めて意識したのだが,どうも私は底打ちしているようだ。底へ叩きつけて離しているようで,結構カチャカチャとうるさい。ALPSのメカニカルのようなけたたましさはないが,底に当たった時と,指がキーから離れる時に音がする。底打ちの音は軽めの音で気にならないが,離れる時の音はあまり上品でもない。cherryのMXはほぼ無音状態だったからこの違いも大きい。だから見た目上も美しさはないし,声も良くはない。つまり少なくとも僕にとって美人秘書ではない。むしろSPだ。誰にも狙われていないのに,マッチョなボディーガードが付いている感じだ。だから正直(あれだけ待ち望んでおきながら)余り対面したくもないし,いまだ愛で可愛がりたいという気持ちも起きない。 次にキー配列が日本語から英語(ASCⅡ)へと配列が変わった。配列が違うと,違うキーを押してしまうからやっかいだ(記号キー)。あるべきところに違うキーがある。日本語キーボードから英語に乗り換えても,ローマ字入力であれば日本語入力に問題があるわけではない。日本語キーボードと違うところは次のようだ。(気になっているキーについてだけ述べる。他の記号文字キーはキートップを見ながらでないと打てない)①「半角/全角」という名の切り替えキーがない。「Alt + ~」で日本語入力になる。「Alt」を押し忘れていることが多い。1週間ではまだ慣れない。「~」だけ押してローマ字を少し打ってから気づくことが多い。②「括弧( )が8と9のところに合ったのが,9と0のところに一つ移動している。これもいまだ慣れず苦労している。③それに「 」の位置が横に並んでいるのはこの方が普通でいいのだろうが,間違える。斜めにある日本語配列に指が行く。しかし,この配列は理にかなっていると思う。④「;」と「:」はShiftで切り替え。日本語配列(別キーになっている)と頭が切り替わっていない。頭の中では単独で「:」(コロン)で,Shift+で「;」(セミコロン)のイメージだが,実際は全く逆だから慣れにくい。これはスタイルシートでよく使うので,早く慣れればいいがなーと持っている。「”」もShift+だ。早く慣れたい。⑤<>や,。は同じだからいい。「/ ・ ?」もいい。これが3つならんでいるのは納得させられる(日本語キーはその右に「 \ 」があるが,4つを一組としては考えられず,かえって煩雑。これは英語配列の方がいい。⑥英語キーボード(ASCⅡ配列)の一番の問題はバックスラッシュキー「 \ 」の位置である。「Enter」を押したつもりで日本語で「¥」になる。これは「\ 」を押しているからだ。「Enter」を押したつもりで,上のキーに引っ掛けてしまうのだ。それほど多くはないが時たま起きる。慣れで治るものなのかもしれないが2段の配列がいいと思う。だって日本語配列でEnterキーを押し間違えたことなど皆無だからだ。そこで考えたのが図(灰色キー)のように,2つのキーをちょっと工夫する。これで日本語キーボードの「Enter」並に使いやすくなるはずだ。右Shiftの左に置くという手もあるがそうするとEnterキーは相当巨大になる。まあそれでもいいが,図の配置で日本語キーと同じ大きさで,これまでEnterを押し間違えることはなかったので・・・ キー配列を考えていたら,同じようなことを考えている人がいるものだ。BackSpace(BS)を大きくすること,Enterキーを2段にすること。この二つをするだけで,日本語キーも英語キー(AscⅡ配列)も同じようにできるのだ。Mac用だがAKB-MACKEY-WE( MacKey 秋葉館オリジナル)というキーボードがある。配列だけしか比べていないが,記号は英語キーと同じようだ。「かな」は「む,へ,ろ」がJIS配列と違うみたいだが,Macはこうなのかな。でも,これで統一すれば日本語キーボードも英語キーボードも同じにできるのでいいなーと思う。「かな」入力の人は困るかもしれないが。...

作者:Jei

更新日:2008年11月23日 7時4分

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武雄市民病院

 またまた,起きた地方医療の崩壊。今度は佐賀県武雄(たけお)市の武雄市民病院。今,武雄市では市民病院を民間委譲するのか,そのまま市民病院として存続するかが問われている。すでに千葉県銚子市では9月末で廃止となり,大阪府阪南市では,一度は歩合制を取り入れ内科が復活したが,新市長選で歩合制を取り入れた旧市長は敗れた。新市長は就任直後歩合制に疑問符を投げかけ,8名の医師から辞表を出され問題となっている。そして,今度は佐賀県武雄市民病院である。累積赤字6億4000万円,極度の医師不足(今年7月は5人,今日のTVでは8人と言っていた)である。(でもH19年度はWikiによれば黒字だという)’96年2月:国立療養所武雄病院は,国立療養所の統合・再編計画に基づき,市に売却される。'07年11月:市が独立行政法人か,民間委譲するか経営方針を発表。'07年12月:市長が福岡市の民間病院などと交渉していたことを認める。'08年1月:地元医師会が存続を求める署名1万4000人分を市に提出。医師11人が辞表願いを提出。以後退職が始まる。'08年4月:医師不足で救急病院の指定を返上'08年5月:市議会が民間委譲関連議案可決。’08年6月:市が委譲先法人の公募開始。'08年7月:医療法人池友会(ちゆうかい)へ譲渡する議案可決。'08年9月:佐賀大学医学部から武雄市民病院に派遣されていた常勤外科医二人が退職することが判明。(市長は池友会から優れた医師を派遣していただく」と,佐賀大学の医師が劣っているかのような発言)佐賀大と池友会との方針の違いも大きいようだ。'08年11月19日:樋渡 啓祐(ひわたし けいすけ)市長は21日付けで退職したい旨申し出る。(21日にリコール運動開始予定だったが,これを前に『信を問う』として選挙に打って出たというわけだ)21日市議会が同意,12月28日選挙と決まる。 これまで武雄市民病院医療統括監として蒲池真澄(かまちますみ)氏が携わってきた(21日市長と一緒に辞めたという)。蒲池氏は今年8月から週4日,市民病院改革のために通い,市民病院の改革に乗り出していた。たとえば救急出入り口をデザイナーにやらせた(見かけも大切だという),受付をオープンカウンターにした。また,医師不足で休止していた夜間救急医療も,自ら経営する病院から医師を引き連れ,復活させた。そしてICU(集中治療室)も新設した。そして「私は5年後には医師は40人ぐらいにしたいと思っている」「20年後には(医師は)60人~70人ぐらいになるのではと思う」と語る。さらに,今の市民病院を無くし新たに9階建ての病院を作る計画を持っているという。 民間委託に反対する宮本栄八市議は「最初からどれをとっても納得がいかない。もう,納得いかないことばかりが強行に推し進められている」「今全国で言われている公立病院の赤字とか,医師不足にかこつけた,市民病院という市民の財産の便宜供与の売却だ」という。まあ,言葉には出てなかったが,樋渡市長の独断で赤字病院(昨年度は黒字だったという)を地元で著名な病院オーナー蒲池氏に売却したということのようだ。つまりM&Aですな。また,医師会会長の古賀義行氏も「民間委譲に反対しているわけではない」「きちんと話そうと申し上げてきたが,それが全く受け入れられない」と独裁体制に異議を申し立てている。 樋渡(元?)市長は「公立病院の三重苦だ」という。「1つが医師不足。これは大学病院に頼っているから(だから佐賀大を追い出して池友会にした?)。それと財政赤字ですよね(昨年黒字になったので早く委譲した?)。そして救急が出来なくなっちゃうんですよ(今やっていますよね)」という。6兆円という累積赤字で厳しくなる(言い切れるのか)のに,さらに高度な医療を提供したい。そのためにはあと2年ぐらい何とかなるとしても,体力のあるうちにハンドルを切らなければいけないという。これが民間に委譲すると可能になるというのだ。 ここが分からない。公立では出来なくて,民間になるとなぜ出来るのか。蒲池氏は「公務員の甘えを捨て,きちんとしたサービスを提供すれば,患者は増えて経営は改善できる」としている。しかし,基本的に全体の患者数は同じであるはずだから,患者が増えるということは,他所へ行っている患者を引き寄せるという意味である。そうでなければ,病人をどこかで作り出していることになる。医療報酬は点数制であり,これは医師であれば誰が診療しても同じはずである。民間に患者が集まるということなら,公立はダメな医師で,民間は良い医者が集まるという結論になってしまう。しかし一般のイメージとして,私はより高度な医療を求める(たとえばMRIを撮ってみてもらいたい)など,近くの開業医(1次医療)ではできない時に,公立病院(2次医療のできるところ)を選択する。公立は待たされるが,より高い医療かな?などと勝手に思っている。武雄市民病院の委譲を受けた,池友会側は同病院を3次医療専門の病院にするといわれている。俗にいう「金持ち専門病院」であり、本来の市民病院の理想からは程遠いものとなってしまうという声も聞こえる。結局大金持ちが,巨大な資本を基に経営すれば金が金を呼び利潤を上げることができるってことなのか。病人を増やすマジックでも知っているのか,他所から病人を引っ張ってくるマジックを使うのか?ああ,分からない。やはり金持ちのために利潤の高くなる診療をして,保険の利く医療は低額な稚拙な医療なのだろうか。そう考えるとカラクリはよく見えるが,納得はしがたい。 これまで医者はとにかく頭のいい人しかやれない職業で,だから儲かる商売だと思ってきた。そして,医者がこんなに不足するとは露ほども知らなかった。こうして次々と地域医療が崩れていく。私は公立の学校や福祉・医療は初めから赤字があたりまえだと思ってきた。そのために税金を出しているのだと。でも,世の中の動きは全く違うようだ。安心がなくなってしまった。年金問題でもそうだ。安心して生きられないのなら,せめて安心して死ねる工夫ぐらいしてくれよと。そうだ,2週間分くれる薬の中に分からないように安楽死の薬を入れるのだ。もちろん国家の大機密事項である。老人に多い治る見込みのない病気に投薬する。そういう研究をした方が医療費削減はできるんじゃないの。結局庶民の病院潰しをやり,患者が病院へ行かれないようにしているわけだから,やっている中身は一緒ですよね。■武雄市・武雄市民病院■武雄市民病院問題対策室「はい,やり直し」* 一つに佐賀大医学部と池友会が対立構造にあり,市長が池友会を優遇しているような構図が見える。医師会は中立的でもやはり反池友会であることは間違いなかろう。* いわゆる「偽メール事件」で議員辞職した永田寿康氏が蒲池真澄氏の実子である。偽メールを渡したとされる「西澤孝は『永田は金持ち』だということがわかり,『永田を引っ張り込めば今後も金になる』と思い・・・」との記述にぶち当たった。やはり相当な大金持ちのようだ。その金が病院M&Aの資金源?祖先をたどるとすごいですよ!...

作者:Jei

更新日:2008年11月22日 7時16分

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格差なき成長(2)

 2006年の米ミシガン大学の調査で「国民の幸福度」で第1位に選ばれたのは小国デンマーク。高福祉だが国民の税負担は,なんとフィンランドの60.5%をはるかに超える,73%である。それでも国際経済力第3位を維持する政策は雇用政策にあった。デンマークの雇用政策は①手厚い失業保険②充実した職業訓練③労働者の解雇が容易(解雇が容易というのは雇用政策ではない。おかしいな?)の3つであるという。雇用政策のマッズセン教授は「失業しても心配のない社会を作り,労働市場の流動性(を確保すること)が重要です」「労働者にとって解雇や失業はあたりまえで毎年1/3が転職するのに,完全失業率1.6%(10月)だ」解雇・失業があたりまえという発想が,そもそも異常な気がする。それが「あたりまえ」と考えられるのは,そこに国家の手厚い保護があるからだろう。 昔ヒットした「レゴ」(おもちゃメーカー)は90年代末からコンピュータゲームに圧倒され,倒産の危機に晒されていた。業績が悪化,工場労働者7割の解雇を決めた。副社長デューダルは「当時のレゴは収益が不安定な時期でした。生産コストを下げるため,海外に工場を移すことになったのです」2006年6月レゴは工場労働者1250人のうち900人の大量解雇を決定。労働者には家庭もありショックは隠しきれない。でも,レゴでは大量解雇に反対するストライキやデモが起きなかった。それにはデンマーク特有の事情がある。労働組合の委員長が「デンマークでは工場移転などの場合,労働者は会社に残って結果的に仕事が減り給料が下がるより,次の職場で働こうと考えます」という。ちょっと日本人とは考えが違うというより,合理的というか固執感が薄い。ただ,最近の若者はこういう考えに近いのかもしれない。 またデンマークの労働組合は会社単位ではなく,33種の職業ごとに組合が組織され,労働者の8割が加入している。失業保険は組合が管理しており,レゴの場合失業保険は働いていた時の87%を補償している。組合は失業保険を支払いながら,次の仕事を見つける手伝いをしますが,会社に残れるように働きかけたりはしない。一方,企業も人員削減に備え,訓練や教育制度を設けている。レゴでも解雇されても復職もあるので,敬意を持って教育することが将来のレゴにとっても必要だと考えている。そしてレゴでは,06年に発売したキャラクター商品が大ヒットし,900人の解雇は行われなかった。レゴの副社長は「解雇する社員に正直に話し,敬意を持って対応すればデモやストライキは起きない」という。 デンマークでは長期(夏休みは1ヶ月)の休暇など,残業規制も厳しい。それなのに高い生産効率を維持できる。雇用大臣は「デンマークの労働市場は女性の参加率が高いのです。フルタイムではありませんが,ほとんどの女性が働いています。GDPが高い要因はそこにあります」でも,日本では現状男でも,働きたくても職がないというのが現実である。CEOなどが高い給料をぶん取っていて,一般労働者の賃金は低い。そういうのはどうなのだろう。デンマークでは考えられないのでしょうね。職種別に賃金比較(格差)を一覧にしてもらえるといいな(日本と比較して)。 一方デンマークは高齢者福祉の先進国としても知られる。あるお年よりは「年金生活者になることは人生で一番すばらしいことです」と笑顔で語る。どうも老後には,何の不安もないという。スケアスコー高齢者ケアセンターでは,24時間介護が必要な高齢者37人が住んでいる(写真は右半分だけである)。2人の職員で1人の面倒を見る。バリアフリーで全て個室。費用は年金で負担できるようになっている。ここで生活している86歳の男性は「特に規制もないので自由に生活できるところが気に入っています」という。ある女性は夫に先立たれ介護が必要になってここへきた。長男は母がセンターに入ったというので,仕事を変えて,近くに越してきた。「母も『一人で暮らすのが気楽』と言うし,私も時間があるときに訪ねられるので,この方が私たち親子にはあっています」といっている。さらにデンマークでは介護施設の入居待ちもない。介護が必要で施設に入れない人は一人もいないのだ。(これはすごい!) 国の財政や,経済成長の足を引っ張りかねない,高齢者福祉や労働者保護がどうしてできるのか。雇用政策を研究しているマッズセン教授は「労働市場に直接関係ない高齢者福祉は,労働者に効果的な安心感を与えます。安心できる社会で働くことが経済成長の大きな要因になる」という。日本はちょうど真反対ですね。先行き不安が労働意欲を阻害している。その元凶は,政治家,官僚,天下り官僚,CEOらでしょう。 つまり「高負担の税が,将来の安定を与えてくれる」「したがって高福祉が可能」というのだが,日本じゃ絶対無理でしょう。財部さんは道州制という小さい単位で見ると(フィンランドやデンマークのような)視野が広がるという。でもこれだけ不正がはびこってちゃ,高い税金を取られるだけ損だという方向へすでにシフトしつつあるのが現状じゃないだろうか。年金を払わないというのも,当てにはならないからだろう。そして政治家自身も倫理のかけらもなく,地元の道路や箱物にどれだけ財源を持ってくるかに勤しんでいる。公務員改革制度もふたを開ければ公的に天下りを決めるだけみたいだし,一般財源化といっても道路は作りますよと平然と言ってのける。これじゃあ,みんな働かなくなって,保護を求めるようになる。高負担の前に,やるべきことをやっておかないと,将来の安定なんて望めない。道州制といっても,いまだふるさと的なイメージだけで,「地方行政がすばらしいので永住したい」なんて希望のもてるふるさとが見えないもんネ。 「サブ-」(11/16 サンプロ)(アクセスカウント=568)...

作者:Jei

更新日:2008年11月21日 6時56分

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G20 金融サミット 首脳宣言

 G20 金融サミット首脳宣言は,金融市場改革のための共通原則を5つ挙げたが,中でも「健全な規制の拡大」の項目では,すべての金融市場,商品,参加者が,適切に規制・監督の対象になることを制約するとしたうえで,信用格付け会社に対する強力な監督を挙げるなど,規制の拡大に力点を置いた内容といえる。 また,IMF(国際通貨基金)などの国際金融機関の改革では,新興国・途上国が,より大きな発言権・代表権を持つべきとしている。 一方で,主にアメリカが強く主張した保護主義の拒否も宣言に盛り込まれ,今後1年間,投資や貿易に関する新たな障壁を設けないことなどで合意した。 各国は,2009年3月までに終えるべき具体策などを盛り込んだ行動計画を策定し,4月までに第2回会合を開くとしている。(11/16 FNN) G20 金融サミット 首脳宣言では危機の根本的な原因を次のように述べている。「市場参加者はリスクの適正評価なしに,高利回りを求め,脆弱な引き受け基準,不健全なリスク管理慣行,複雑で不透明な金融商品と,結果としての過度のレバレッジ(てこの原理=少ない投資で多くの利益を得る)が,システムを脆弱にした。いくつかの先進国では,政策・規制当局はリスクを適切に評価せず,金融の技術革新についていけなかった。」(11/16 サンプロ) 経済は良く分からないが,結局市場競争経済といいながら,要は放任主義で家庭が崩壊したのと同じじゃないですか。すでにヘッジファンドが「わりに安定した」円買いで「円高」が進んでいる。対米,対欧ともに円高である。こうしたヘッジファンドなどは一定の規制をしたり,格付け会社の(AAAが実は0だった)の管理も必要だろう。つまり一番の問題は,市場競争経済は悪い経済を駆逐し,良い経済が勝ち抜くはずだったのに,逆転しちゃったということだろう。中身のよく見えない複雑すぎる証券化によって,わけがわからなくなり,ある時,数社が倒産したら,みんな突如その影響を受けてすっ飛んじゃったというわけだ。そして複雑すぎる証券化はたぶん意図的に隠すために行われており,すでに噂は飛んでいた。そこを放置し,よい経済のみが残ると高を括っていたんじゃないのか。要はヘッジファンドのような鷹を放置しておく市場経済主義(元凶はアメリカだ)の崩壊なのだ。そこにまだどこも手をつけていないというのは,問題の解決を遅らせる。規制すべきなのだ。「金儲けは悪いことですか」といったとき,「悪い金儲けはいけない」とはっきり言うべきだったのだ。ことさら日本の金融は被害が少ないというが,トップであるはずの自動車産業が悲鳴を上げている。この巨大産業は参加に下請け孫請けという構造でなっており,ボーナスカット,リストラも叫ばれ,中小企業は倒産も視野に入ってしまっている。もろに家庭経済に響いてくる。それでいて,今臨時国会で経済政策は何ら手が打たれる様子はない。まあ,討議に値する内容でもないとも思うが,被雇用者,中小企業,失業者には絶対対策が必要だろうと思う。 まあ,こんなことになったのも,世界がアメリカ経済の傘下に入り,競争経済・市場主義経済を良いものとしてきた結果ではないのか。この期に及んでもでも,ブッシュは「保護主義の拒否」を謳たっている。これを御旗に今までアメリカがミスリードしてきたことを忘れてはいけない。森永卓郎氏は8月に石油バブルに関して「原油バブルをつくりだした投機資金というのは、ブッシュ政権が強化してきた金融資本主義の下で膨張したものにほかならない」といっている。それに追随してきたのは日欧なのである。現に規制が必要だとの声がやっと出始めたのだ。私は必要な規制は行うべきだと思う。得体の知れないヘッジファンドは一体何者なのか。自由経済には必要なものなのか?空売りで実体経済を見えなくする悪しき障壁だけではないのか。規制緩和がヘッジファンドに自由を与え,今の格差を生んだ。日本では,この金融不安の中,ばら撒き作戦だけが表面化し,なんら国会での反応が見えてこないよなー。麻生君!「はい,やり直し」...

作者:Jei

更新日:2008年11月20日 7時19分

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格差なき成長

 かって,高負担であっても福祉の充実した国として,スウェーデンやノルウェーを浮かべていた。半分ほどが税金で持っていかれるのはつらいが,老後の福祉や,いつどんな病気になるか分からないという不安を取り除いてくれるというのはいいなーと思っていた。しかしスウェーデン経済は軍需産業で,ノルウエーは資源(石油・鉄鉱石)を持っているという話を聞いて,日本では真似の出来ないことだと思っていた。 北欧で最近脚光を浴びているのがフィンランドだ。それは教育においてもPISAでトップの成績をあげた。そしたら,先日サンプロで「格差なき成長は可能だ」としてフィンランドとポーランドが取り上げられた。 財部氏は言う「フィンランドと日本は非常に似てるんですよ」「第2次大戦に負けて,ベビーブームが起こって,団塊の世代がこれから定年を迎えていく」「日本とそっくりなのに社会不安がない上に,若い人の不満もない」と。こんな社会がどうして出来上がったのだろう。 面積は日本の9割ほど,そこに524万人が暮らしている。人口密度は17人/km2。ちなみに日本は343人/km2。この人口も少ないフィンランドだが,世界経済フォーラム(WEF)発表の「国際競争力*」では2001年~04年に1位を3回,2位を1回とっている。行き届いた福祉だが,税負担率は所得の60.5%(日本は38.3%)だ。 ヘルシンキ郊外に住む平均的な家族(30代夫婦子ども1人)で住居4LDK(100m2が約6000万円,夫婦の月収は合わせて84万円,ここから税金・家のローン・食費を除くと手元に残るのは10万円ほど。それも衣料品やレジャーに使い貯金はない。財部「重税感はありますか」夫「今の生活に満足しています。安心して子どもを育てられるし,将来の生活も保障されているから,税金が高いとは感じません」妻「本当に幸せな生活なので,高い税金も全く苦になりません」この夫妻の買い物,2日分の食費だけで6500円(税込み)を払っている。消費税は食料品が17%,その他が22%である。 年金生活者の暮らしはどうであろう。50歳過ぎて体を壊し年金生活を送っている59歳の夫婦。年金は31万2000円,所得税が8万7000円,手取りは22万5000円である。「所得税28%がかかり,医療は無料だが,目の予約診療が8ヶ月待たされている」と夫が不満を漏らすと,「でもいろんな福祉が受けられるので,税金が高いとは思わない」と妻がいう。 出産費用は無料で,夫婦あわせて1年の産休が取れる。さらに赤ん坊には育児セット(オムツや絵本衣類など4万円)も支給される。いらなければ代わりに現金2万円が支給される。 こうしたフィンランドの福祉制度は1938年に始まり,2年後に全国民に支給するようになった。それでも第2次世界大戦でソ連に敗れ,戦後木材,パルプで経済成長を果たし,1960年代になって北欧独自の社会福祉制度が確立した。しかし1990年度初頭,金融危機に見廻れ16.5%の失業率を出した。ここからわずか7年で国際競争力1位にまでのぼり詰めた(1996年16位→2001年1位)秘密は何だろう。 雇用経済大臣はこう話す。「90年代は財政的に厳しく,各部門で予算を削らなければなりませんでした。しかし,ハイテクの研究開発と教育には予算を投入し,これが巧を奏したのです」 高い経済成長を牽引したのが携帯電話で世界シェアトップとなったノキアだ。2007年携帯電話世界シェア38.8%,売上約8兆2000億円,従業員約6万人に上る。もともとノキアは1865年製紙メーカーとして創業。その後電気・通信会社などを買収し巨大な事業グループを形成していった。しかし1991年,最大の輸出国ソ連が崩壊し瀕死の状態に陥った。当時を振り返ってノキアの副社長カイ氏は「厳しい時代でした。従業員にとっても社会的にも厳しい状況でした」と語る。そしてこのノキアを救ったのが当時41歳の元銀行員オリラ氏だった。オリラ氏は携帯電話と通信事業以外を売却し,携帯電話と通信事業に賭け,携帯電話のデジタル化に投資を集中したのだ。オルラ氏は「社運を賭けてデジタル携帯電話の研究開発に全力を注いだ。しかも,最初からグローバル市場を考え,開発・工場・販売網を世界中に構築した」という。これは怖いですね。もう賭博の世界じゃないですか。あたれば良いけど,もし外れたらそれこそ国中がどん底でしょう。どうしてデジタル化なのか,どうしてグローバルかなのか,そこを語って欲しいなあ。 もう一方オルラ氏は役職を廃止して官僚主義を一掃した。そしてオープンに話し合い,徹底的に討論し合って社員の一体感を培った。全ての社員が携帯電話世界一を目指して燃えていた。1993年欧州連合(EU)が創設されチャンスが来た。当時のアナログ携帯電話は各国別々の規格で,デジタルでの統一規格が求められてきた。ノキアは独自のデジタル技術を公開しノキアの企画はヨーロッパ全土に普及していった。そして1998年それまでトップだったモトローラ社を抜いてノキアがシェア1位になった。90年代ノキアは世界中で携帯電話の市場を手中に収めた。その結果フィンランド経済も上昇した。 このカギとなったのが政府・産業・大学の共同開発だった。ノキアのデジタル携帯電話もそうした中で生まれたという。公的機関が大学の研究開発を企業の商品化に結びつける橋渡しをしているのだ。学生たちの研究も同じようにしているようだ。 フィンランド技術庁「テケス」は総予算600億円をもち,職員(民間)350人で有望な産業を見つけ必要な資金の15%~50%を援助する。テケスは成果を上げることが重要だ。テケスがどんな効果を及ぼしたか政府からも企業からも評価されるという。実はノキアの携帯電話もテケスの援助を受けたのだ。さらにテケスは大学と連携してベンチャー企業の創設も支援している。こうした中から学生の起業家も生まれる。何かこうした産学協同は利益追求(成果主義)に陥りやすいと思う(日本では贈収賄の温床になりかねない不安がある)のだが,それを支えるのが教育だという。 バンハネン首相は「人口わずか500万人の中から優秀な人材を見つけ出すことが必要でした」「そこで田舎にいても,貧しい家庭でも全ての子どもが無料で十分な教育が受けられる環境を作りました」「そのことにより優秀な人材を労働市場に送り出すことが出来たんです」フィンランドの学校は全て公立で,学費は小学校から大学まで全て無料。さらに大学生には月額7万円が支給される。こうした環境の中から2004年OECD調査で学習到達度第1位となったのだ。ペロスコー小学校は9学年までの小中一貫校で一クラスは平均20人,時にはそこに2人の教師がつく。教育の基本カリキュラムはあるが,教える内容や方法は各教師の自由。そして教師は修士号をもち社会的評価も高い。塾はないので子どもは宿題を休み時間に教えあってやる。自宅で勉強することもないという。それでも学力世界一に成れたのは「全ての子どもが平等に学べる環境が世界一の要因だ」という。全てが平等というのは日本も同じだと思う。まあ,私立や塾などへ行くいう余分なことが多いが。それよりも教師の質(修士取得は大学6年間である。でも無料なら良いよね)とか,一人あたりの担任数とかが日本(40人まで)とは全然違う。個人的にはそういう影響が大きいと思うが。ただ,首相の言う「平等な教育」は動機が不純だ。優秀な人材を見つけるために平等な教育をしたという発想は問題発言だと思う。平等な教育の結果優秀な子どもが生まれてきて,国をリードしてくれたが正しいでしょう。 また,教育の影響か国民の政治参加意欲も大きいという。中には大学生で立候補する人もいる。また,年金受給者も2007年度は87万人だったが2020年には127万人になるという。更なる経済発展が望まれている。グローバル経済の中でフィンランドのような小国が成長していくには「ノウハウの蓄積」と「革新技術の開発」し「政治汚職が少なく信頼される社会で」「常に努力していくことが必要です」とは経済相の言葉だ。 フィンランドと日本は少子高齢化が似ていると番組では言っていたが,少なくとも教育に対する考えの大きな違いを飛び越えて,「それでも日本がんばってるじゃん」と思ってしまう。日本では教員数(担当する子どもの数)だけでも倍以上の労力を課されているのだ。別にフィンランドを否定はしないけど,大きくチャンスを物にしたという感じはする。一種の賭けに勝ったという感じは否めない。日本もその意味では工業製品の生産(電化,車)で大きく成長した。ただ,全く違うのは,フィンランドは,社会が良質な環境で子どもを育て,競争主義というよりも内から沸き起こる熱気のようなものを醸し出す環境にあるということだ。その点日本は低い教育環境で競争することで熱意を持たなければつぶされていくという構造だ。ここに大きな違いを感じる。フィンランドの人々の満足度が高いのは,そういうところじゃないのかな。その点には大いに学ぶべきものがあると思うのだが,どうだね麻生君。(11/16 サンプロ)* 教育の原点が産業に必要な優秀な子どもを見つけ育成することにあったとすると動機に不純を感じる。ここで負け組みの子はどうなるのかを知りたくなった。どこかの記事で手厚い個別指導があるというのを読んだような・・・* 世界経済フォーラム(WEF:World Economic Forum)の報告。2008年-9年は次のようになっている。第1位 アメリカ,第2位 スイス,第3位 デンマーク,第4位 スウェーデン,第5位 シンガポール,第6位 フィンランド,第7位 ドイツ,第8位 オランダ,第9位 日本,第10位 カナダ(Wiki)* WEFは世界中に至上主義や自由主義を蔓延させ,世界的な格差を生んでいる根元だという意見もある。世界経済フォーラムは,ただのビジネスフォーラムで,世界最高レベルの金持ち(=勝ち組)企業同士で容易に交渉でき,世界最強の政治家たちに容易にロビー活動を行うことが出来る場で,貧困問題のような社会問題の解決ではなく,むしろ金銭利益を作り出すことを目指している。また,エリート主義者たちのフォーラムで,民主政治を通さずに,秘密主義的な意思決定を行っているとの批判もある。(Wiki)分野別があって「男女差」では米日は,はるか下位になっている。...

作者:Jei

更新日:2008年11月19日 7時37分

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自然と がんと

 先日筑紫哲也氏が肺がんでなくなられた。TVでは色々な特集が組まれた。大きくその偉大さが報じられたが,私には姜 尚中(カン サンジュン)氏が「友人をガンで亡くしたとき」の話が一番心に響いた。残された家族は,誰も語らないが,ペインコントロール(痛みを押さえる)をしても身近にいるものには,耐えられないほどの苦痛が伝わってくるというのだ。このとき頭を掠めたのは近藤誠(慶応大学病院放射線科)先生の「病は自然現象につけられた名称」「ガンを自然現象として受け入れることができるなら,ガンによる死はふつう自然で平和です。」という言葉だ。ネットでガンを検索していると,久司 道夫(くし みちお)氏の自然食マクロビオティックの研究が「がん」にもよいという書き込みがあった。それとはなく調べてみると,食生活のことが研究であるが,自然の病として捉えることが書かれていた。現代医療とは別の窓口に,病をも自然現象として捉え,自然の中から英気を養い,自然現象はそのまま受け取る考えがあるようだ。 どうも,現代医療は大切な自然の恵みを,捻じ曲げているのではないかと思うのである。医者から余命1年と宣告される。実はその余命を上手に使うしかないのに,それを少しでも伸ばそうとして,現代医療の手を加える(手術・抗がん剤・放射線治療,そして合併症・感染症・後遺症に悩む)。余命は伸びるがそれだけ苦しみも長くなるというのだ。余命というのはあまった命だから,神様が少しおまけをしてくれていると考えた方がいいのではないか。少なくとも今はそんな風に思う。だから延命措置などは考えたくない(でも,どこからが延命措置なのでしょうね)。ただ,自然なものとはいえ,どうしても絶えがたい痛みや,苦しみを伴う場合は,現代医療でペインコントロールだけはお世話になりたいと思っている。 最近,立て続けに子宮頚がんの特集を見た。最近は若い人にも子宮頚がんが増えており,女性のがんでは,乳がんに次いで第2位だという。洞口依子は子宮頚がんで,子宮・卵巣・膣の一部を摘出。手術後の痛みと闘う。パニック障害になり,酒浸りになり,20キロ太ったという。その苦しみの世界を映像として流してくれた。手術後のつらさは,それは相当な痛みのようだ。しかし,少しでも速く歩くリハビリをした方が治りがいいと言われ,立ち上がる。そして,椅子に座る。それだけでも相当なつらさのようだ。引きつった顔が痛々しい。子宮頚ガンの後遺症における過酷な負担を,実直にブログで明かす彼女の人柄に触れ、たくさんの人から共感の書き込みが今もなお寄せられている。彼女の心の戦いを癒してくれたのは沖縄という自然だという。 石原裕次郎の場合はがんの告知はなかったそうだ。これは渡哲也が語っている。当時は医師から小林正彦専務に告知がされているようだ。そして当時はまだ告知することが今のようにはなっておらず,裕次郎には告知されていなかったという。渡自身も直腸がんであり,医師より「ちょっとした手術をする」といわれたそうだ。このときは小林正彦専務から「がん」であることが告知され,家族にも知らされたという。そして,自ら人工肛門であることも告白し,これが逆に公共施設に専用トイレや設備が普及する遠因となっているという。現在もまだ活躍しており,手術が成功している例といえよう。 15日「告知せず」が放送された。医師長谷川誠至(奇しくも渡哲也が演じている)の妻(高畑淳子)の「小腸にがんが出来た」。告知すべきかどうか悩む主人公。自分の患者には告知してきたが,自分の妻には出来ない。主治医は「残された時間はわずかなんですよ。言えないのなら主治医の私から言います」と,主人公に言う。 最期告知しようとすると,妻は口をさえぎるかのように「私生きたいんです」「だからがんばって生きましょうって言って」と言った。全て分かっていたのだ。これまで明るく振舞ってきたのも,いってみれば死への準備をしていたのかもしれない。 現代医療はどこまで進んでも,人の心の中は生と死の間を揺れ動く。自然な物を食べ,自然に生活し(贅沢をやめ),そして自然に病になる。これは病というよりは老いと考えた方が良いだろう。どうも60歳を還暦というのは,人生を120年と考えて折り返し地点として還暦が位置付けられているようだ。還暦が過ぎたら下降線の人生に入る。体も少しずつ小さくなり,どこかかわいい子どもっぱさを身に付ける。知識は増えないで物忘れは激しくなる。徘徊は家出なのかな。しかも病(老い)を自然現象として受け止めれば(それだけ大きな気持ちでいられれば)苦しまないで死を迎えられるのかもしれない。ここから先は医療というよりは,宗教の世界なのかもしれない。(頓挫)...

作者:Jei

更新日:2008年11月18日 7時3分

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神田高校不適正入試問題

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もう一つの医師不足

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派遣労働どん詰まり

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憎しみの連鎖

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麻生「迷言集」

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県芸大定期演奏会

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大麻汚染

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事務次官殺傷事件

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裁判員制度に反対する

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Realforce 報告

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武雄市民病院

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格差なき成長(2)

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G20 金融サミット 首脳宣言

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格差なき成長

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自然と がんと

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