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ちょっとだけ体験DMZ...の巻
ソウルの夜。部屋のテレビで「ドラえもん」をみていたら、のび太が「ケンチャナヨ!」って言ってMASITA。どちらかというとドラえもんにぶってほしかったのだけれど、いつも面白いなと思うのは、日本版オリジナルに近い声質の声優がそれぞれの役を担当していることである。のび太やジャイアンはもちろんだが、ドラえもんにいたっては感激モノだ。ただ、画面に出てくる看板の類がすべてハングルに差し換えられているのに、街並の風景はまんま日本ふう。まっ、ケンチャナヨではあるけれど。 で、向かったのは都羅山。そのまま先へ進めば北朝鮮の首都・平壌に連なる京義線の一般に行ける終端の駅であり、非武装地帯(DMZ)に接する駅であり地域である。 大韓ケンチャナヨ散歩・第7弾はソウルを拠点に京義線と京元線、京春線、京仁線などの輪郭をなぞった。ちなみに、都羅山は「トラサン」。ローマ字表記だと「DORASAN/ドラサン」になってしまうわけで、寅さんではあるけれどドラえもんではない。それにしても。「チャンタ・三色同刻・三暗刻・ドラ3! 2万4000!」などとついつい思……わないですね、すみません。 冗談はともかくとして、ハングル文字のローマ字置き換えは実際の発音と隔たっていることも多い。たとえば釜山(プサン/BUSAN)とか光州(クワンジュ/GWANGJU)など。ソウルにしても、表記はSEOULだが、途中にある「E」は後の「O」を短く発音するための挿入文字であり、そうと知らなければにわかにはわかりづらい。したがって外国人旅行者としてはそんなものをアテにするよりはハングルそのものを覚えるほうが早いし確実ということになるわけだ。 で、列車によっては韓国語のほかに英語の車内放送もあって、耳を傾けてみるとこれが「ドラサン」だの「グワンジュ」だのと発音しているのである(例外はあるかもしれない)。これでは外国人(この場合はおもに西洋人だろうが)が間違ったまま覚えることになりはしないかと余計な心配をしたくもなるが、同様に誤解を与えかねない例は日本語にもある。 公的な看板や文書などによく用いられているヘボン式は、いうまでもなく英語由来の日本語置き換えルールだが、おもに英語を母語としているひとたちが発音しやすいようにしてあるため、日本語の発音(この場合はいわゆる“標準語”だが)にない「F」や「SH」などの表記が混ざることになってしまう。このことはなにかのときに記したけれど、きっと誤解したママの外国人も多いのだろうなァ。寿司は「ススィ」とかさ。しかしもとよりローマ字言語を使う民族のすべてがこの表記を読みやすいわけではない。フランス系はどうか。イタリア系はどうか。スペイン系は? 千葉「CHIBA」など、イタリア人あたりには「CIBA」のほうが読みやすいようにも思うのだが。 そう考えてゆくと、日本語にせよ韓国語にせよ、言語そのものの発音に則した表記こそが平等で望ましいことになろう(いわゆる方言ではまた異なった表記が望ましいかもしれない)。 そんなこんなで、列車は終点の都羅山に到着。車庫に「安全・整理」の標語がみえる。ソウルからはわずか56キロにすぎないのに、「いよいよ来たな」とワクワクしてきた。 都羅山駅は3面5線のホームにドーム状の巨大駅舎を持つ規模の大きな駅である。通常の訪問客が乗り降りするホーム上には「平壌ー都羅山ーソウル」と記された駅名板があるけれど、個人的にはこちらの「臨津江ー都羅山ー開城」のほうが好みにあう。 いずれこの先に進める日が来ることを願いたい。 これみよがしなつくりの(?)駅舎内。もちろん警備にあたる兵隊に撮影の了解をもらった。基本的には快諾してくれるようだ。 なお、都羅山に訪れるためにはちょっとした儀式が必要。ひとつ手前の臨津江駅が関所の役割を果たしており、訪問客は隣接する申し込み所でパスポート(外国人の場合)を提示、DMZ観光ツアーか都羅山駅のみの訪問などを申請するのである。もちろんここまで来たからにはということでDMZツアーを申し込み。1万1700ウォンであった。 都羅山からはバスに乗り換え。運転手が案内放送しながらゆくが、韓国語だけであった。 立寄るのは南侵第3トンネルと隣接する資料館、都羅展望台である。第3トンネルでは見学用のトロッコに乗って地下に潜るのだが、貸し出されるヘルメットがなかったら数カ所のタンコブができるところであった(笑)。ツアーの所要時間は2時間弱。都羅山駅に戻ってから駅内を見学する時間はたっぷりとあった。 展望台からはDMZが望まれるものの、残念ながら撮影禁止(第3トンネルも不可)。ホントはこの写真もマズイ可能性はあるけれど、手前の西洋人は堂々とカメラを構えており、若干の大目はみてくれているようだ。 こちらは臨津江駅。 帰りは気動車の「トングン列車」で。臨津江〜都羅山間とソウル〜都羅山間の上下1往復はセマウルだが(月曜運休)、そのほかはローカル然とした趣き。しかし、こういう列車のほうが汽車旅の実感がある。 ※なお、ここに記しているのはあくまで取材時によるものなので、時期や状況によって内容や扱いが変わる可能性があります。訪問されるさいは、現地にてご確認ください。 以下次回o(^ヮ^)o
作者: 猫池
更新日:2008年11月30日 3時54分
暖か・・・の巻
わが家の庭。ミカンが色づいてきMASITA。9月ぐらいには緑の実がなっていたと思うのだけれど、熟れてくるまでにけっこう時間がかかるんですにゃぁ。ちなみに、モモとクリはなる一方で、カキは今年も実をつけず(今年はモモもならなかったが)。「桃栗3年柿8年」とはこのことか……と思ってみた。 そんな季節のうつろいに合わせて、ネコどもの生活も冬バージョンに……。日中はこんな日だまりでお昼寝。3匹揃うのは案外めずらしいのだが。 夜はこんなふうo(^ヮ^)o それにしても。ちょびのでかさが際立ちますにゃ。9.6キロですからねぇ……。身長じゃなくて体重のほうですけど。 たぬんぼは季節に関わらずマイペース、か。 一方……。 たまに訪れる食堂周辺の公園にて。 ここには代々のノラネコが暮らしていて、食堂のひとなどが面倒をみているらしい。でもなんでペアなんでしょうね。もっと大勢で固まるほうが暖かいだろうに、それぞれのペアは微妙に距離をとっているのが面白い。 よくみれば、ちょび柄。でかくなったりして。 唯我独尊猫も。白地に黒い眉模様のあるネコで、「麿」と呼んでいるのだが、いつだったか小さな子ども(もちろん人間の)がちょっかいを出したらネコパンチで反撃していたツワモノ。 という話で茶を濁そうと思っていたら、ネットショップからネコベッドとマタタビ粉ふきつめとぎが届いたo(^ヮ^)o もうすごいですよ。ちょびはすぐに穴に入っちゃうし、マタタビの粉をかがせたらヨダレをたらしてうれしがってるし、そんなところに押っ取り刀でやってきたぼんも、すぐに妙にくすぐられる薫りを察知してこんなだし……。 交替でツメトギの巻。ちなみに、そうと知らないたぬんぼは布団のなか。 なんでネコベッドを新調したかといえば、ぼんがこんなところで寝てて気の毒になったから(笑)。なんなんでしょうねぇ。 平和なネコの風景DESITA。
作者: 猫池
更新日:2008年11月23日 16時13分
嗚呼、里川...の巻
日中。すっかり寒くなってきたとはいえ、日当たりさえよければ案外暖かい。 気持ちよさそうでしょう? たぬんぼだけはなぜか布団に潜り込んでいて写真を撮らせてくれないんですがね。 で、先週末に訪れた宮城県某所で珍しいものにお目にかかれたので、ちょっとその話を。 汽車をみにでかけたわけではなくて……。 若い女の子たちに囲まれに行ったわけでもなくて(゜゜;) なにかといえば、某女子大学の授業を取材させていただいたのであったo(^ヮ^)o 舞台は里川である。 子どものころはよく川べりで遊んだものだったけれど、もちろんあれこれ生き物を捕まえてきては家の水槽で飼ってみたりしたものだ。たいていはアメリカザリガニだのメダカだのクチボソだのヤゴだのという世界で、そこにときおりウナギやタナゴなんかが混ざったりしていた。なかにはこんなけっして広いとはいえないような流れもあって、そんなところもまた生き物の宝庫だったのだ。もっとも、おとなになってからは細かに川や海の生き物を観察することがめっきりと減ってしまったような気がするし、ついつい「こんなところに?」などと思ってしまうわけなのだが……。 この川でも、ウグイやアブラバヤをはじめ、オイカワ、コイ、ヨシノボリ、ドジョウ、エビ類などいろいろ。なかなかバラエティーに富んでいる。 でまぁ、いくつか場所を移動しながら受講生がみたり体験したりするわけで、そのなかに川の生き物に関するレクチャーがあったりするのである。 いちばんの“オオモノ”はこのスナヤツメだろう。絶滅危惧種である。そんなわけなので場所を明かすわけにはいかない。個人的に、お目にかかったのははじめてである。 取材のコーディネートをしてくだったIさんによれば、この個体はすでに生殖前の段階に入っており、こうなると来春の産卵まで一切のエサを食べずに過ごすのだそうである(ヤツメの“メ”はもちろん目ではないが、この個体では本物の目が開いていて、それが成魚の目印となるらしい)。一体全体、どういうメリットがあってそういう習性を獲得したのかはわからないけれど、人間にとっては不思議な生きざまである。なんか、ず〜っと落ち着きなく水槽のなかを動き回ってましたがね。 目を凝らせばなんのこともない人里の川にだってこうした生き物が暮らしているのであった。 ほかには同じく絶滅危惧種のホトケドジョウの姿も。川が生命を育んでいる事実を目の当たりにする。もちろん観察後にはもとの川に帰す。 授業のシメには野外鍋大会。芋煮(宮城式と山形式)のほかIさん独自のレシピによるブタナンコツの煮込みなどなど。ナンコツはプリプリとした口触りのコラーゲン系で、女子学生の人気ナンバーワンであった。 みなさまお世話になりMASITAm(_ _)m
作者: 猫池
更新日:2008年11月19日 10時15分
海辺の街を歩く・・・の巻
束草の風景をもう少し……。 有名なケッペ(渡船)は泊まったホテルのすぐ近くにあった。 束草は海辺の街ではあるけれど、主要部分は海ではなく青草湖を取り巻くように広がっている。湖とはいっても、青明港を通じて日本海をつながっているのだから海のようなものともいえるのだが。ようは柄杓のオタマの部分が湖で、柄が水路状になっているといえばいいだろうが、想像するものはイロイロ。日本でもサロマ湖などでみられる地形である。 市街中心と相対して砂州のような細い岬が延びており、その一端にアバイ村と呼ばれる小さな集落がある。ここには朝鮮戦争当時の避難民が暮らしてきたといい、ケッペは集落と街とを結ぶ交通手段なのである(現在では橋もあるが)。束草は休戦までは北朝鮮側の街であった。 このケッペ、船体中央の縦方向にワイヤが通してあり、ふたつの乗り場を結んでいる。エンジンやオールの代わりに、このワイヤをたぐるようにして船を動かすわけだ。もちろんやってみMASITAヨ。 アバイ村のメインストリート。 ここの名物はアバイスンデなるソーセージ状の惣菜とご当地式イカメシのオジンゴスンデ。旅行案内書の写真をみるとかなりのボリュームらしく、「ひとりで食べきれるのかな?」と心配だったのだが、時間が早すぎたのか店が開いてなかったという……(苦笑)。 仕方がないので街側の食堂でムッコムタンなる魚鍋(コラーゲン系)定食を食べたらこれがわりと旨かった。もっとも、朝っぱらからそんな重量級メニューを頼んだ覚えはなく、指差した写真はビビンバ系だったハズなのだが。 青草湖を俯瞰。山から吹き下ろす風が厳しい。 こちらは街の北側に広がる永郎湖。ここも日本海とつながっている。 中心街にはこんな情景も。ちなみに、この裏側あたりにはほとんど迷路と化したような細道が入り組んでおり、そんなさなかにアヤシゲなピンクのネオンが灯っていたりする。 ちょっと驚いてみた束草の夜。 バスで江陵まで戻り、前回の旅で食べて旨かったセッサッビビンバと再会する。店の場所の記憶が曖昧模糊としていたけれど、なんとかみつけてみれば、店のひともこちらを覚えていたようだ。 江陵からは鉄道の旅が再開。 さて、 韓国鉄道の主役・セマウル号とムグンファ号、この両者はそれぞれ専用の車両によって運転されている。ところが、お気づきの方もおられるかもしれないが、江陵〜東大邱間のムグンファにはセマウル車が使われているし、さらに中央線系統のムグンファにも1両だけセマウル車が連結されているのである。セマウル車はシートピッチも広いし、両者には飛行機のエコノミークラスとビジネスクラスほどの差があるので、せっかくならこちらに乗りたいというのが当然というものであろう。観察したところ、セマウル車には1号車があてがわれている。そこで、切符を買うさいに1号車をリクエストしてみたわけだ。 ところが差し出された切符をみれば指定されているのは4号車。で、さらに訊いてみると、1号車は特室(日本でいうグリーン車)なのであった。「時刻表」には 特室の記号が入っていないので一般室と注文したわけだが、窓口嬢は「1号車」よりも「一般室」のほうを優先してしまったらしい。もちろん簡単に換えてもらえた。わずか1800ウォンのプラスでグレードアップはありがたい(江陵〜東大邱間ムグンファではセマウル車でも一般室)。 そのまま乗っていれば清凉里に着くのだが、降りたのは堤川。もとよりこの街に目的があってのことではなく、翌日の列車のためである。せっかくなので、前回泊まって浴室に閉じ込められた旅館に泊まる。写真を撮ったのでプリントしたのを持参してみれば、宿のおばちゃんも覚えていたようで歓待してくれた。「閉じ込められないように気をつけなよ!」と笑いながらリポD系ドリンクとスポーツドリンクのペットボトルを差し入れてくれたり。とはいえこのスポド、翌日のムグンファ車内で開けてみたら中身は水だったんですがね……。 そんなわけで堤川から1日1往復だけ走る忠北線経由ソウルゆきムグンファに乗って、無事ソウルに到着。 束草のネコ。 次回の渡韓は11月24日ごろからの予定でございます。
作者: 猫池
更新日:2008年11月13日 5時1分
路線バスは最北端を目指す...の巻
三陟からはバスの旅となった。これまで、スポット立寄りのためのバス利用はあったが、都市間移動のために揺られるのははじめてである。路線バスといえども経路や時刻がいまひとつ不明瞭で、しかも乗車場所もまちまちなため、鉄道に比べればどうしても敷居が高い感じがする。ましてや外国ならばなおさらであろう。 目指すのは束草。38度線の北に位置する町である。市販の「時刻表」によれば、三陟から束草に行くバスは1日9本。3時間ていどで到着できる模様だが、始発が8時49分となっており、できれば1時間ぐらい早めの便がないものかと前日のうちにバスターミナルに出向いてみた。韓国の「時刻表」はかなりケンチャナヨな内容を指摘する報告もあり、それゆえの調査だったのだが、切符売り場に掲出された時刻表はまんま「時刻表」のとおりであったから、まさか……と思いつつもその有用性を見直してみた次第。だがやはり時間が惜しい。 ではどうするか。朝6時台から10分おきに出ているという江陵ゆきに乗ればいいのである。1時間ほどで着く江陵まで行けば、束草ゆきが20〜30分ごとに出ていることに「時刻表」ではなっている。うまく乗継げばそれ相応の時間が捻出できるハズ。もちろん目論みどおりになった。 バスの切符はターミナルの窓口で購入。三陟〜江陵間が4800ウォン、江陵〜束草間は7100ウォンであった。 この区間、地図でみれば日本海ぞいのルートのようだけれど、実際には海辺を走る区間はほとんどない(復路では海岸ぞいコースを走った)。それでもときおりは海原の眼福が……。 この日の宿泊地は束草だが、そのまま市内バスをつかまえてさらに北を目指す。ここまでは観光バスタイプだったけれど、生っ粋の路線バスになった(束草ターミナル前の観光案内所を訪れたら、日本語パンフを手渡されるとともに日本語のできる係員に電話をつないでくれた。さいはての地で巡り会った小さな心遣いに感謝!)。 バスの終点は大津車庫。ここから先には路線バスはなく、文字どおり韓国最北端の路線バス停留所である。写真の右側は道路を挟んで日本海。素寒貧としたそれっぽいロケーションが泣かせる。 とりあえず立寄ったのは500メートルほど北にある統一安保公園。徒歩で行ける最北端の地らしい。実際には5キロほど北に統一展望台があり、観光客の受け入れもしているのだが、バス路線がないばかりか徒歩での移動が禁じられているとかで、マイカーなりタクシーなりが必要なのであった。まぁ、そこまでのこだわりはないし、いずれは金剛山ツアーにでも参加したいと考えているので、今回の旅ではここが北の外れである。 公園内の土産屋には北朝鮮産の酒も並ぶ。軽食で空腹をごまかしたひととき。 束草に戻る途中には、花津浦なる観光スポットがある。日本海につながる湖は、遠景の山々もあいまって爽快な風景だが、ここの名物は金日成の別荘だ。もっとも、建物は復元らしく、内部に写真パネルなどが展示してあるだけでさして面白いわけでもない。しかし、日本海と花津浦との両方を見下ろす高台に建つさまは、見方によっては究極の“海辺の家”かもしれない。ただし冬はとてつもなく寒そうだ(笑)。 なお、湖に面した対岸には李承晩韓国初代大統領の別荘が同じように公開されている(もちろん立寄りMASITAヨ)。 金日成別荘から望む日本海……。 その北朝鮮との緊張を物語るのが海岸線に立ちはだかる金網だろう。ただし、「警告」と記された看板によれば、制限つきながら立ち入りはできる模様で、実際に金網の向こう側で釣り竿を出している姿をなんどかみかけた。 あとはコレか……。バスのなかから写したのでわかりづらいと思うが、道の両側になにやらコンクリートの固まりが並べられているのがみえるだろうか。これは有事のさいに爆破して道路を不通にするための仕掛けなのである。こういうのが沿線に何カ所かみられた。はじめて現物に遭遇したときには、「なるほど、これが……」と無気味な感じを受けたものだ。 束草は海辺の街。いつもなら風景など二の次で安宿を探すところだが、この日はどうにもこうにも海のみえる部屋に泊まりたくなった。そんなおりに目にとまった市街中心近くの海辺の高台にあるホテル。なんだか高そうな雰囲気だったけれど、訊いてみれば安宿の相場にちょっと足せばいいことがわかった。そこでぜいたくをして──といってもこれが7万ウォンにすぎないのだが(笑)。オーシャンビューとはいかないまでも、海と街灯の夜景は悪くなかった。 ちなみに、翌日わかったことだが、市街地からやや離れた灯台方面に行けば、まんま砂浜の目の前にあるような宿がいくつもある。ぜいたくを言ってもキリがないけれど、海辺にこだわるならばこちらもオススメ。束草では久々に観光らしい観光をした実感がありMASITA。
作者: 猫池
更新日:2008年11月7日 12時12分
海列車で乗りつぶし・・・の巻

三陟にて……。おや、こんなところに剣さんが???
31日はクレイジーケンバンドZOROツアー2K8、ファイナル公演に繰り出してきた。三陟じゃなくてもちろんィ横浜。
「パンチパンチパンチ」で幕を明けたステージは、新旧の曲に濃密なシャッフルを加えた構成で、突風が吹き荒れるようなめくるめく3時間超! アルバムの縫い糸を解き放つような奔放な演出に、いったいぜんたいどうやってケリをつけるのだろうとドキドキさせられたものだ。会場があっという間にヒートアップしたのにも驚いた。
あまりの激しい怒濤感に時間の感覚さえ手放さざるをえない展開。剣さんがそう言わなければ、いつまでだってステージが続くと錯覚していたのだろう。そういう意味では、まだまだイケたかもしれない。
「蜂」にひとつのクライマックスを託したのに意外性を感じたものだが、無念だったのは「人間摩天楼」がなかったことか……。
のっさん「剣さん、なにみてるの?」
剣「『マルコムX』。スパイク リー」
のっさん「スカイ ハイ リーじゃないんだよね」
剣「だれ、それ?」
のっさん「2メートルを超す巨大レスラーで、人間摩天楼の異名をとってたんですよ」
剣「人間摩天楼……イイネ、それ!」
ってなやりとりがあった・・・ワケはないけど、アレはナマで体感したかった。。。でも、チョアヨ!
そういや、わが座右の銘「でも、やるんだよっ!」を剣さんが叫んでMASITAにゃ。

さて。東大邱から江陵に向かうムグンファは、前回の渡韓でも通過した嶺東線を北上。標高があがるとともに車窓の紅葉が鮮やかになってきた。

同じく前回も通ったスイッチバックでは、貨物列車と行違い。思わずカメラを向ける。

この日の主役は「海列車」である。この列車に乗るのは、もちろん観光列車として列車そのものが個性的ということもあるのだが、本来は貨物線である東海〜三陟間を走る唯一の定期旅客列車だからなのであった。しかしこの日は土曜日。仁川国際空港の鉄道案内所での予約が不可能だったため、予約なしで始発駅となる江陵まで繰り出したけれど、予想を超える人気のようで、一歩間違えば門前払いを喰らうところだった。

車内はこんなふう。座席が海側に向けて並ぶ。車窓に海が広がったとたん、「パダ!(海だ!)」という嬌声があがったり……。

途中、正東津で観光停車。めいめいホームに降りて記念撮影などに興じる。

2人用個室はその名も「プロポーズ室」! なんか思いっきり大韓晴れなネーミングではありませんか(笑)。だが笑うなかれ、この部屋の効果はてきめん(?)で、すでに22組のカップルが念願を成就させたそうな(こちらの韓国語の解読が間違ってなければだが)。でもまぁ、いい思いでにはなるでしょうねぇ。なんにしても、鉄道がこうして楽しみにされるのはいいことであります。

車内では沿線の観光案内放送などとともに、車内の様子や運転席からの前面展望の中継なども放映。

軽食カウンターもありまッスムニダ。中継やアナウンスのスタジオも兼ねている模様。

終点・三陟に到着。海辺の街だが、駅は海岸からはやや離れている。この先、線路をさらに南下させるというウワサも聞く。仮に浦項までつながれば、釜山から海岸ぞいに江陵まで到達できることになり、旅の楽しみが広がるだろう。実現を期待したい。

「海列車」の切符。なぜか名前入り。

この日は三陟で1泊。いくつか散歩のポイントがあるので歩きでがある。韓ドラファンにはこんなスポットが有名なようだ。
翌日は江陵からさらに北を目指す。
作者: 猫池
更新日:2008年11月1日 4時34分
海辺の街はネコの街...の巻
前回渡韓の帰国日(よりによって)に発売されたSeeYa第3集アルバム「BRILLIANT CHANGE」なんだが……とてつもないCHANGE、いささかいっちゃった装丁である。買うさいに、「コレ、ホントにCD入ってるの?」と思わずひっくり返したりしたものだったが、たしかに入ってはいるけれど、ボール紙でつくられた表3の部分にあるのはいいとして、ビニールカバーもなんにもなしで直に止めてあった次第(ケースがそのまま写真集になっている)。そのままだと傷ついちゃうから手持ちのCDケースに入れ替えましたがね。 で、コレをレジに出しながら、メンバーのナム ギュリが歌う映画「コ死」の主題歌のシングルでもないかと思って訊ねてみたら、「ナム ギュリが好きなんですか?」って、逆に問い返されてしまった。これはまぁ、いい歳こいてなんでこんなのを買うんだろっていう類の疑問がまんま言葉になっただけだと思うのだけれど、なんかシャクなので「自分もファンだけど、“ギュリギュリギュリギュリ”うるさいバポが友だちにいるんです(Sのことですがね・笑)」と答えておきMASITA。曲は悪くないですよ。おとなの女性にむしろ好感をもたれるような・・・というのは第1集から変わらない。 関係ないけど、前に「1日でいいから華原朋美になって男をたぶらかせてみたい」とか飲みながらほざいてたら、「え〜? ともちゃん(なんか)好きなの?」と、半ば軽蔑されたような目で一蹴されたことがありますにゃぁ……。Yちゃんに。別に好きとは言ってないと思うのだが。 そんなわけで、大韓ケンチャナヨ散歩・第6弾のスタートは、仁川に着くや、そのままの足で金浦空港から釜山までひとっ飛び。ソウル〜釜山間の空路なんて、KTX登場後はほとんど利用価値などないんじゃないかと思っていたが、国際線との乗継ぎではそれなりに使えることがわかった。一時期なくなっていたという金海空港と釜山市街地とを結ぶリムジンバスも復活しており、釜山駅までは30分ていどで連絡しているので使いやすい。ただ、時刻表に載っている航空運賃より2万数千ウォンも高かったのはいったいどういうわけなんだろう??? 空路利用によっていくぶん長くとれた釜山の夜をすごした翌朝、釜田駅から浦項行きムグンファに乗り込む。この東海南部線は、慶州付近の三角線を軸に東大邱〜浦項・釜田系統と釜田〜清凉里系統、釜田〜浦項間が入り乱れるなど運行径路がやや複雑。釜田〜浦項間の運転は1日2往復だが、市販の時刻表ではなぜか別建てに隔離されて掲載されており、目を惹いていたのである。乗客はけっして少なくはなく、途中の海雲台などからもよく乗り込んできていた。 が、混雑は慶州まで。慶州〜浦項間は1両に数人ていどとガラガラであった。 その慶州でお目にかかったのは、修学旅行列車。サボには、「修学旅行 団体列車」とズバリ書かれてある。 浦項は港町である。近々ヨットレースだかなんだかが開かれるらしい海岸は、広々としていて気持ちがよかった。 もうひとつの顔が、鬱陵島への入口ということであろう。いちおうフェリー乗り場も偵察しつつ……。このあとふらっと入った食堂の孫娘だかなんだかってのが日本語が達者だったのはいいとして、「(こんなところにひとりで来て)怖くないんですか?」などと訊かれてしまった。いうまでもなく日韓間にある懸案のひとつ竹島(独島)問題を慮っての素朴な質問である。あれこれ話をしたものだが、この件はいずれあらためて記したいと思う。 さらに発見したもうひとつの顔ってのが、ネコが多いということだ。韓国では一般にネコがあまり好まれていないという話を聞いたことがあるけれど、もちろん例外はいくらでもある。だが、実際に街でみかけることは多くなく、ましてやこうして直接にかわいがっているところに遭遇するのは珍しい。 ちなみにネコにあたる韓国語は「コヤギ」。正確には「コヤンイ」ってのを鼻濁音交じりで発音するらしい。しかし、日本語(東京弁)の「ギ」とは異なるのだろうが、「コヤギ」で問題なく通じるし、韓国人の発音もそう聞こえる。同様にイカにあたる「オジンオ」は「オジンゴ」と言うほうが伝わりやすい印象。 カゴのなかってのが気の毒。でも表通りに面したところだしにゃぁ……。 市場の片隅にて。 浦項からさらに北に延びていた廃線跡。この画像をみて「あっ!」と思ったひとはちょっとした深韓国ツウ。 本来なら一夜をすごす価値のある浦項だけれど、行程の関係もあってこの夜は大邱で1泊。翌朝は6時30分発の江陵行きムグンファに乗り込む。・・・以下、次回o(^ヮ^)o
作者: 猫池
更新日:2008年11月1日 4時23分
秋山の眼福・・・の巻
19・20日で秋田仙北から秋北にかけてを取材。森吉山中の一軒宿・杣の湯で一夜を過ごす。もちろん温泉である。ここのご主人、T町の釣り好き画家・M氏と共通の知り合いだということがわかり、釣りをめぐる話題などでしばし盛り上がった。 食事は素朴な山の味覚である。ご主人が採取した食材を用いた料理で、この夜はキノコをあれこれいただいた。 画像は地元で撮ったものなんですがね。なんどかアップしているけれど、キノコってのはみるだけでも面白い。 残念なことに、見分けはごく一部しかできず、実際に採って食べることはないのだが、もとよりシロウト判断で手を出すのは危険な場合もあるので控えるほうが無難。 こんな集団に出くわすと、ついカメラを取り出してしまいますにゃぁ。 なんとなくうまそうなんですがねぇ。 サンゴタケの一種でしょうか? で、コレコレo(^ヮ^)o イヌセンボンダケである。けっこうな大集団をつくるらしく、これはよほど小さなコロニーじゃないかと思うのだが、わずか一夜で姿を消すという話もあって、みつけたときはちょっとうれしかった。 そんなわけで(?)。今日から大韓ケンチャナヨ散歩・第6弾にでかけてまいりますでスムニダ。
作者: 猫池
更新日:2008年10月22日 16時21分
温泉グルメ...の巻

はい。安心o(^ヮ^)o

結局、金泉での宿泊を見限って、その夜は大邱で1泊。適当に歩いてみつけた2万ウォンの荘旅館を足掛かりに、短い時間だったけれど大邱を散歩。

で、ちょっと気になっていた「半夜月」なる地下鉄駅などを……。まっ、なにがあるってワケでもないんですがね。でも、なんとなく風流でしょう? 大邱繁華街の中心には「半月堂」なんて駅もあるけれど、そっちは月餅みたいでなんとなく油っこい。冒頭の「安心」はふた駅先の終点でございます。

大田までKTXでぶっとばす。途中、金泉の町がちらっとみえたので、「ケッ!」ってな視線を送ってやった。

大田からは忠北線に乗り換え。田園地帯を往くこの路線は、なんとなくボケ〜っとした印象だったが、ひとつみどころがあった。韓国鉄道では、たとえ信号場ないし旅客営業のない駅でも頑強な駅舎を持つところがほとんどで、そのあたりのセンスは日本とは異なるのだが、ここ清州空港駅ったら、駅舎どころか改札もない更地系。空港駅ですからねぇ。きっとさぞや立派な駅なんだろうと思っていたら、このあたりにちょっとしたケンチャナヨ精神の発露をみてしまうのである(しかも、あの“ヨンさま”がこのほど──18日、明日雀!──仕立て便を飛ばす空港でもあるのだ・笑)。

向かったのは水安堡温泉。忠州からバスで30〜40分の山あいにある温泉地である。某旅行案内書に掲載されているネオンの並ぶ夜の写真からは、大韓的猥雑さがやや漂ってみえたものだったが、実際には静かなところであった。
旅行案内書といえば、10月6日のアップで触れた統一公園について、某書では最寄り駅からバス利用か「徒歩なら30分」のように紹介してあって、念のため駅前の案内所で訊いてみてもそう説明されたけれど、あの道を歩くなんて100年ぶんの度胸がいりますにゃぁ。途中で果敢にも(?)歩いている大韓カップルをみかけたが、歩道はほんの一部にしかないし途中にはロックシェルターが被い被さってるし、そんな道を大韓名物血の気の多いドライバーがぶんぶんクルマをぶっ飛ばしてるし、歩かんほうがよろし。別の本では「(正東津駅から)南へ5km」なんて書いてあるけど、方向も距離も大間違いのお粗末。

水安堡では、珍しくネットで宿を事前予約しておいた。ここ、テリムホテルには館内の食堂があったので、キノコ鍋定食を賞味。これが旨かったo(^ヮ^)o わりとアットホームな雰囲気のある宿で、オススメでございます〜。

お風呂はもちろん温泉。ゆったりと湯につかりながら、藤本卓也の「アメリカン・ドリーム」などをうなる。「浮かれた街など流していたら〜」とかなんとか(アルバム「相棒」は手際よく中毒にされてしまう名盤)。で、「来てよかったなァ……」としみじみ。

水安堡の食堂。キジやウザギ料理が名物らしい。“食材”のビフォー&アフターの写真が出迎えてくれまッスムニダ。

(゜゜;)旨そうでしょ(゜゜;)
こっちにもそそられたものの、ひとり旅では量的な問題もあるので、いずれの機会に……。

翌朝はバスとムグンファとを乗継いでソウル(清凉里)へ。帰国前夜の散歩を楽しみつつ、土産のマツタケなどを購入の巻。
次回渡韓は、10月23日からワケあって似たようなコースを……。
作者: 猫池
更新日:2008年10月17日 5時49分
お戯れ途中下車・・・の巻
韓国(まぁ韓国じゃなくてもいいんだが)をプラプラ歩いていて、「どうしてこんなところに日本人が?」と訝られる……というのは小さな憧れ(笑)。田舎の小さな食堂などでそれに近い歓迎を受けたことはあったが、ズバリそんな反応をやっとこさ体験できMASITA・・・というのが今回のスローガン。 江陵。早朝6時発のムグンファに乗り込む。日常とは昼夜が逆転している。 途中までは前日の逆コースをたどる。 最初の停車駅・正東津では日の出のジャストタイム! 列車は6時15分発だが、駅に掲出された案内板によれば、この日の日の出がまさにその時間だったのである。そんなわけで、駅のホームには日の出を楽しむひとびとが連なり……。 ちょっと雲がかかっているのが残念。しかし異国の海を眺めて朝を迎えるのは悪くない。 列車は途中で鉱山地帯を通過。ここ鐵岩から銅店、岩浦とそれっぽい駅が続く。十分に途中下車を誘われるロケーションだが、それは別の機会に譲ろう。 で、列車を降りたのはここ甕泉である。地図帳によれば、数キロ北東の山あいに甕泉なるわき水かなにかがあるらしいのだが、もとより観光のために降りたのではない。「時刻表」には一部を除いてハングルのほかに漢字で駅名が示されているけれど、なかにはソウルのようにハングルしかないところもある。ここ甕泉が目を惹いたのは、駅名が漢字とハングルとでミックスされているからだ。つまり、「甕」がハングル「泉」が漢字、「オン泉」である。同様の表記は、この旅でも乗った太白線の「チョン田」があるし、ソウルのほかにもハングルしか記されていない駅もいくつかあって、そういう駅は誌面上でなんとなく気になってくる。しかも、このうち「チョン田」には旅客列車が停まらないし、「オン泉」も通過列車のほうが多いので、訪れるのはなかなかに厄介。これはもう探訪欲がそそられるというものではアルマイトの弁当箱? まぁ、こうなっちゃうとバカバカしくてつきあってられないかもしれないけれど、この駅に降りたのは、その「オン泉」というのがどんなところなのかちょっとだけ歩いてみたいというそれだけの目的なのであった。 ただひとりだけ降りる。駅員に挨拶すると、「なんでこんなところに日本人が?」と思いきり妙な顔をされた。「登山ですか?」と訊くので、「そうです」と適当に答えておきMASITA。まぁ、こんなところにわざわざ降りる外国人っていったら、鉄道マニアぐらいかもしれん。 駅前にはポシンタン屋と「スーパー」。ほかに鉄道モニュメントみたいなレールが展示されていたが。 「エリーゼピアノ」というのはピアノ教室でしょうにゃぁ。こんな、田園地帯のなかに浮かぶ小さな田舎町をしばし散歩。これはこれで楽しい。 予定では、1時間ちょい後にある上り列車で栄州に出るつもりだったが、安東までバスに乗ってカンコドゥンオ定食を食べることにした。いつやってくるかわからないバスだったが、無事に安東まで運んでくれたので、おいしい昼食にありつけた。 その安東ではカラフル塗装のムグンファが。このあと京釜線ではやはり塗装仕様のセマウルを目撃した。質実剛健のイメージがある大韓鉄道だが、こういう遊び心もあるようだ。 栄州〜金泉間をゆく慶北線は1日3往復(週末は1往復増)という閑散路線。この日は週末運転の1本があったので、店村で小1時間の途中下車を捻出。まっ、降りたからといってなにができるわけでもないのだが、構内で犬が飼われていたりして、駅がちょっとしたコミュニケーションスペースになっていたのが面白い。 17時15分、金泉着。ここに1泊して、翌午前中は近郊にあるという古刹・直指寺でも見物するつもりである。が〜。宿らしい宿がない……。駅前はすぐにあきらめ、バスターミナル周辺などまで足を延ばしたのに、ない(あまりそそられないボロ宿が1軒あったけど)。韓国の大幹線、京釜線にある主要駅のひとつである。ちょっとクマりましたにゃぁ。
作者: 猫池
更新日:2008年10月13日 3時28分