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ウェート68kgの頃
我が社の顧問医に対する不満はこれまでにもごくたまに述べてきたところであるが、そもそも論として感じている疑問をここで書こうと思う。
ご存知の方も多いと思うが、インド赴任前の僕の体重は86kg、ピークは90kg近かった(自覚があったのでそもそも体重計に乗っていないから正確にはわからない)。先月末時点での体重は76kg台である。ついでに言うと、3桁もあった肝機能の数値は、既に基準値の範囲に収まっている。
それでも、ここ数カ月僕の体重に変動がないこと、腹囲周計を測ってなかったことを理由に、「お前は自己管理ができてない」と大目玉を喰らい、人事課長から「顧問医と信頼関係を作ってくれ」と警告を受けた。挙句はたかが顧問医のアシスタントごときにまで「もう少し自分の健康について真剣に考えて下さい」と言われる。
「僕は健康ではないのでしょうか?」
「いつまでにどこまで減量をやったら許してくれるのでしょうか?」
顧問医からは、僕の身長は175cmだから、目標体重は65kg、当面68kgを目標として減量しなさいと言われたことがある。聞いた瞬間、不可能だと思った。68kgなんて、僕が高校で現役バリバリの高校剣士をやっていた頃の体重である。社会人になってから、75~76kgあった僕がマラソンを始め、1ヵ月200kmの走り込みをやっていた頃も、いくら頑張ってもせいぜい71kgを切るぐらいで、どうしても70kgの大台を切ることはできなかった。当時と比べても今の生活環境・家庭環境の中で1ヵ月200kmなんて走り込みはとうていできないし、意識的に少し歩いてあとは食餌療法というのしか減量する方法がない。
それでも減量をと言われるのなら、食事を1日1回に限定するしかないだろう。最近22時まで残業をやった日は夕食を食べてないから1日2食までに減らすのは結果的にやってる形にはなっている。お陰で、食べることに対して罪悪感を感じるようにはなった。これを1日1回にするのは、僕にとっては最後の手段だ。だが…
こんなことが本当に健康回復に向けた取組みと言えるのか?
肝機能の数値は基準値に収まっているのに、体重変動がここ数カ月あまりない、だからお前はメタボで不健康だと言われても、あまり納得できない。むしろ、とうてい到達困難な68kgという体重に到達できない間は顧問医はおろかそのアシスタントにまで小言をもらい続けなければいけないのかと考えただけで気が滅入る。これでは精神的には確かに健康ではない。
作者:Sanchai
更新日:2008年12月2日 9時45分
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毎日1回ヒンディー語2
1. आज today
2. कल yesterday
3. कल tomorrow(昨日と明日は動詞の時制で判断するしかない。)
4. हर रोज every day
5. सुबह in the morning
6. दोपहर में at noon
7. दोपहर के बाद in the afternoon
8. शाम को in the evening
9. रात में at night
10. अब now
本日は、時間に関する単語を集めてみた。ついでに、インド人がものすごく頻繁に使う「ノー・プロブレム」については、ヒンディー語だとこんな風になる。
कोई बात नहीं.
作者:Sanchai
更新日:2008年12月2日 2時27分
毎日1回ヒンディー語1
先月ウッタル・プラデシュ州を旅していて、僕のヒンディー語ではまだまだだというのを痛感させられた。歳とともに衰える記憶能力を補うために何かいい方法はないかと考えたのだが、1日10語前後、このブログでメモっていくことにしてはどうかと考えた。最近、グーグルには英語からヒンディー語に翻訳する機能が加わっていることを発見した。幸い、僕はデヴァナーガリー文字については時間をかければある程度は読めることも旅行中確認したので、ヒンディー語の英語対訳付きで、メモしていきたいと思う。
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1. अंदर inside
2. बाहरी outside
3. बैठना to sit
4. हाथ hand
5. धोना to wash
6. और and
7. नाश्ता breakfast
8. पीना to drink
9. लेना to take
10. फिर and then
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先日のクシナガル、バラナシ旅行では、デリーに比べて地方では英語の看板が非常に少なくなるということもわかった。当然英語も通じない相手とコミュニケーションを取らなければいけなくなるわけで、来年の現地調査に向けて前途は依然多難だと思う。
作者:Sanchai
更新日:2008年12月1日 3時3分
インド人メジャーリーガー?

今年のオフも何人かの日本人がメジャーリーグ挑戦を表明している。社会人ナンバーワンの新日本石油・田沢は早々にレッドソックス入りが決まった。ドラゴンズファンの僕としては、川上憲伸投手がどこへ行くのか、ジャイアンツを首になった元中日エース左腕の野口茂樹投手がメジャー挑戦を表明して拾ってくれる球団があるのか、関心あるのはそんなところだろうか。
さて、本日の話題はインド人メジャーリーガー。クリケットが国技のようなこの国で、「ベースボール」が話題となること自体が珍しいが、11月26日付のHindustan Timesの24面に、ピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約を結んだインド人選手の記事が写真入りで出ていた。11月25日に2人の若者がインド人としては初めて米国プロ野球チームと契約を結んだということで話題となっているのである。
この2人の名は、リンクー・シン君(Rinku Singh、20歳、左投げ)、ディネッシュ・パテル君(Dinesh Patel、19歳、右投げ)。2007年3月にムンバイで行なわれた「100万ドルの腕(Million Dollar Arm)」コンテストで、3万人の参加者の中から選ばれた。シン君はウッタル・プラデシュ州バドーヒ(Bhadohi)、パテル君も同州バラナシの出身。85マイルを投げる腕を持つことが評価され、2人はコンテストで選ばれた後、今年5月に渡米して専門のコーチから投球指導を受けていたらしい。(今さらだけど、この頃のNDTVのニュースでその報道を見た記憶があるが、新聞報道にはならなかったので、何のことだかわからずに結局ブログでも紹介しなかったという経緯がある。)シン君は9人兄弟の末っ子、パテル君も5人兄弟だとか。
この報道には続報がある。同じくHindustan Timesの11月27日版第1面、ムンバイ連続テロの第1報を報じる第1面の片隅に、「野球が埃からお金を得る夢に力を与える(Baseball powers dust-to-dollar dreams)」という記事を見つけた。この記事によると、パテル君は4年前、15歳の時にバラナシ郊外のカンプールという埃まみれの村で、ラクノウのグル・ゴビンド・シン体育大学(Guru Govind Singh Sports College)に入学するために3500ルピーを稼ごうと働いていたことがあるらしい。
「100万ドルの腕」コンテストで、シン君は優勝して10万ドルを獲得した。パテル君はシン君よりも速い球を投げたがストライクでなかったために優勝を逃した。しかし、パテル君も体育大学の同期であるシン君とともに米国でのトレーニングに招待されたのだそうだ。シン君はトラック運転手の息子、パテル君は母方の叔父の家で育てられた。母親と精神的な問題を抱えた父親はパテル君を育てることができず、カンプールの叔父夫妻が預かった。2人は体育大学で槍投げ競技に属し、パテル君の方は槍投げのインド・チャンピオンになったこともある。
2人の育った環境について聞いていると、中米ドミニカやキューバ、ベネズエラあたりからメジャー・リーガーを輩出しているの何か通じるものを感じる。2人の出身がインド最貧困州の1つウッタル・プラデシュ州だというところも、野球がチャンスを与えてくれる夢のスポーツであるというのを感じさせないでもない。2人がこうして米球団と契約したことで、彼らの育った村では、クリケットに代わって野球がメジャーなスポーツとなりつつあるそうだ。
クリケットのナショナル・チームを見ていると、代表選手の新陳代謝があまりなくて同じ選手がいつも出てくる。選手選考が固定化しているというのを感じる。クリケットで大きな夢を掴むというのはあまり考えられないのかなという気がする。それに比べたら野球はちょっと違うのではないか。
メジャー・リーグの市場開拓は東アジアを遥かに越えて南アジアにも橋頭保を築こうとしている。
作者:Sanchai
更新日:2008年12月1日 2時13分
応援したいアーナンダ病院
ウッタル・プラデシュ州クシナガルは、釈迦入滅の地として仏教4大聖地の1つと言われている。両親とご近所の友人を含めた総勢4名のお客様が現在インド訪問中であるが、滞在中の目玉の1つとして僕も引率に加わったのがこのクシナガルとバラナシ訪問である。
クシナガルの観光スポットは釈迦が最後の説法を行なったマータ・クンアル祠(Matha Kuar Shrine)と、涅槃に入られた地に建造された涅槃堂(Nirvana Temple)、釈迦の遺骨が埋められているというラマバール仏塔(Ramabhar Stupa)であるが、これらはクシナガルのバザールから約1kmほどの間に位置しているため、意外とあっという間に観光は済んでしまう。デリーから訪れるならゴラクプールまで夜行列車に乗り、そこからバスに乗り換えて55kmの田舎道を1時間半ほどかけて行く必要があるが、観光だけなら1時間少々で終わってしまうだろう。
ただ、クシナガルで頑張っておられる日本の国際協力NGOのことはご存知だろうか。それが、インド福祉村協会(Indian Welfare Village Society, IWVS)である。
クシナガルのバザールからゴラクプール方面に街道筋を3kmほど戻ると、「インド福祉村病院」と日本語で書かれた看板がある。そこから街道を外れて農道を1kmほど入ると、白い建物の病院が目に飛び込んでくる。それが「インド福祉村病院Ananda Hospital」(以下、アーナンダ病院)である。
インド福祉村協会のHPによると、アーナンダ病院は同協会の現地医療活動の拠点として1998年に建設されたという。元々は1987年にインドの仏教聖地巡拝の一環として当地を訪れた日本の医師が、医療サービスに恵まれない人々にプライマリーヘルスケアを中心とした地域医療活動と生活改善を通じた公衆衛生活動、不就学児童に対する教育促進のための支援を始めたのがきっかけなのだそうだ。
既にご存知の方も多いと思うが、インドの中でも特にウッタル・プラデシュ州やビハール州は最も貧しい地域である。僕もこれまでインド各地で幾つかの農村を訪ねたことがあるが、クシナガル周辺は最も貧しいと感じた。こういう貧困地域では、先進医療など受けることなど容易にはかなわないが、とはいっても初期治療の充実や公衆衛生の知識の普及によって救える病気も多いと見られている。協会のHPによると、アーナンダ病院では、グプタ医師の下、総勢11人のスタッフと定期的に現地を訪れる日本人医師と多くのボランティアにより病院運営が行なわれている。
僕達一行が訪問した18日には、120人の地域の患者さんが病院を訪れていた。番号札制(token system)を取っているので、割込み不可でその日の来院者数が容易に把握できる。病院でいただいたインド福祉村協会の会報によると、病院操業開始から5年目で年間受診者数が延べ2万人を突破し、以後2万人以上が続いているという。クシナガルには政府系の病院が1件、加えてタイの仏教団体がインドとの合弁で建設したクリニックが1件あるが、受診者が地域の貧困住民で占められているという点でアーナンダ病院のサービスは特徴的である。何しろ、病院の立地からして外国人観光客やバザール近辺に住むような大地主や小金持ちを対象にしているわけではないことは歴然としている。それでも、丁寧な診察が評判を呼び、地元の人々には「Japani Hospital(日本の病院)」とも呼ばれているのだそうだ。
診察時間は朝の8時から14時までだが、1日120人もの患者さんを診察していると時間など足りない。僕達が訪問したのは15時30分を回っていたが、グプタ先生は未だ患者さんを待合室に残しておられ、全ての診察を終えたのは16時30分を回っていた。診察時間を過ぎたらたとえ待っている患者さんがいても診察を打ち切ってしまう病院が多い中で、患者本位の素晴らしい診療をされているように思う。
こうした通院者への診療だけではなく、2007年9月からは国際協力機構(JICA)の支援を受け、研修ホールを建設し、毎週金曜日には地域の母子を集めた基礎保健衛生講習や感染症予防教育が行なわれているそうである。また、日本では広く普及している母子手帳が地域の母親に配布され、妊婦検診や乳幼児の健康管理に役立てられているという。
これだけ描くと良いことだらけのように見えるが、この病院には直面している大きな問題がある。第1に、病院開院以来その発展に尽力された看護師長・助産婦のスイティさんが2006年10月に交通事故でお亡くなりになった後、後任の看護士が採用できていないことが挙げられる。地元の新聞などで募集をかけてもなかなか応募がない。地域で教育を受けた優秀な若者は地域に留まらず、デリーのような大都会を目指す。非常に貧しい地域で地元から人材を採用する難しさがそこにある。
第2に、検査技師がやはり政府職員として採用されて空席になっているという。政府職員として採用された際の給料はアーナンダ病院の倍だったそうだ。優れた人材は高い報酬に引っ張られて流失してしまうというNGO活動の人材確保の難しさをここでも感じる。看護士の応募がないのもそこに一因がある。幸い、この検査技師は、毎週土曜日はボランティアとして病院には来てくれているそうだし、後任の技師の確保もできていると思う。
第3に、グプタ先生が1人で診療をされている今の体制もかなり大変だなという印象を受けた。こういう貧困者向け医療を地道に行なっておられるインド人の先生がいらっしゃることには非常に頭が下がる思いがするが、ご結婚をされ、お子様もいらっしゃるとなると、今後の生活設計を考える上では難しいことも多いのではないかと推察される。
インド福祉村協会から派遣されている加藤先生も医療専門員という肩書きで関わっておられる。病院の裏手にゲストハウスがあり、そこで住んでおられるが、たとえ年7ヶ月とはいえ、クシナガルでの生活は大変厳しいものがある。何しろ病院の周囲は田畑で、夜になると周囲は真っ暗である。日本で退職して時間ができたからというのでボランティアとして来られているとはいえ、そうした環境で生活をしていくことは、日本の青年海外協力隊員でもなかなかできることではない。
そうそう簡単に訪問できるところではないので、クシナガル観光の一環云々とはとても言えないが、これだけの厳しい生活環境、病院運営環境の中で活動され、日本の名前とともに受け入れられているアーナンダ病院の活動を、できるだけ多くの人に知ってもらいたいと思う。できうれば、インド福祉村協会の会員ないしは寄附という形ででも支援をして下さる方が少しでも増えたらとても嬉しい。(実は同協会の事務局は愛知県豊橋市にあり、会員の中には僕の実家から近い岐阜県大垣市の方もいらっしゃる。だから、先ずは手始めにうちの両親に協会の現地での活動を知ってもらおうと思った。)
追記:アーナンダ病院にはJICAの草の根技術協力事業だけではなく、日本政府の草の根無償資金協力で整備された医療用機材も導入されている。腹部エコー検査装置やレントゲン検査機器等はクシナガルで他に設置されている病院やクリニックはない。
作者:Sanchai
更新日:2008年11月30日 19時36分
『ナイチンゲールの沈黙』
内容(「BOOK」データベースより)すみません。『ジェネラル・ルージュの凱旋』を読んだ直後に本作品を読むと後悔します。逆の順番に読んでいたらそうは感じなかったかもしれないけど。
東城大学医学部付属病院・小児科病棟に勤務する浜田小夜。担当は、眼球に発生する癌―網膜芽腫(レティノブラストーマ)の子供たち。眼球を摘出されてしまう彼らの運命に心を痛めた小夜は、子供たちのメンタルサポートを不定愁訴外来・田口公平に依頼する。その渦中に、患児の父親が殺され、警察庁から派遣された加納警視正は院内捜査を開始する。小児科病棟や救急センターのスタッフ、大量吐血で緊急入院した伝説の歌姫、そこに厚生労働省の変人・白鳥圭輔も加わり、事件は思いもかけない展開を見せていく…。
ミステリー仕立てなのは良いけど、科学的にはどうなのかなと思える作品だ。それに、本書を読んでいるとこの作品執筆当時から『ジェネラル・ルージュ~』の執筆構想が既にあったことをにおわせる部分が随所に見られるが、それだったら両作品で共通して登場する人物、田口、白鳥、島津、速水らに、『ジェネラル・ルージュ~』への関与がもたらす苦悩のようなものももう少し滲みださせても良かったような気がする。それに、オレンジ病棟をあげての大騒ぎとなった石油化学コンビナートの火災爆発事故が起きた直後のクリスマスに、東城大学医学部付属病院恒例のクリスマス・コンサートって開けるのかなという突っ込みも入れたくなった。
『ジェネラル・ルージュ~』を読んだ時に感じた疑問のうち、「小児科で起きたトラブルとは一体何だったのか」「小児科勤務の看護師・浜田小夜はいつの間に小児科を辞めたのか」については答えがわかった。だが、「伝説の歌姫・水落冴子と速水は一体どこで知り合ったのか」については、ついにわからずじまいだった。こういう次に繋がる疑問を所々にちりばめていくのが海堂ワールドなのだろうと思う。いずれどこかで明かされることを期待したい。
それにしても、お互い「天敵」と呼び合う加納警視正と白鳥が大学時代に雀友だったというのは出来過ぎなような気もする。海堂ワールドではカギになる重要人物が皆学生時代に麻雀をやってることになる。彼らは皆今の僕より若干年齢が下の世代に属すると思うが、そんなに盛んだったかな麻雀って…。
作者:Sanchai
更新日:2008年11月30日 0時40分
『ジェネラル・ルージュの凱旋』
内容(「BOOK」データベースより)少し前に『空中ブランコ』を読んでハチャメチャ精神科医・伊良部一郎にハマってしまった僕は、「火喰い鳥」白鳥圭輔のストーリーが無性に読みたくなった。丁度、実家の両親が海堂作品を1冊持ってきてくれたのでそれを読むことにした。
桜宮市にある東城大学医学部付属病院に、伝説の歌姫が大量吐血で緊急入院した頃、不定愁訴外来の万年講師・田口公平の元には、一枚の怪文書が届いていた。それは救命救急センター部長の速水晃一が特定業者と癒着しているという、匿名の内部告発文書だった。病院長・高階から依頼を受けた田口は事実の調査に乗り出すが、倫理問題審査会(エシックス・コミティ)委員長・沼田による嫌味な介入や、ドジな新人看護師・姫宮と厚生労働省の“火喰い鳥”白鳥の登場で、さらに複雑な事態に突入していく。将軍(ジェネラル・ルージュ)の異名をとる速水の悲願、桜宮市へのドクター・ヘリ導入を目前にして速水は病院を追われてしまうのか…。そして、さらなる大惨事が桜宮市と病院を直撃する。
結論から言うと、『ジェネラル・ルージュ』ではICUの速水晃一部長が白鳥の役どころをかなりカバーしているので、白鳥の無神経さ、傲慢さというのはあまり際立つ作品ではなかった。あまり話すとネタばれになるが、今回の白鳥の登場は、別のスキャンダルとの関係で東城大学医学部付属病院に調査に入っていた中で起きたものであり、そもそもが白鳥をハイライトすることができる作品ともいえないと思う。節目節目で適切なアドバイス、ロジックの援護射撃等を行なっているぐらいである。
逆に、速水部長についてはしっかり描かれている。僕は元々海堂作品には『ひかりの剣』で入っているので、速水のその後という関心から次の作品を読んでいる。学生剣道の雄だった速水は、「自分がいなければ、自分がやらなければ」という責任感から逆に自分の殻を破れずにいたが、高階顧問(現在の病院長)の指導により剣道部部長を明け渡し、自身の技を磨くことに専念した結果、東城大学剣道部は医鷲旗を決勝戦で争うまでにチームとしても成長した。卒業して外科医となった彼も、人を動かすことに異才を発揮し、数々の伝説を作ってきた。学生時代と比べてしゃべり口調の違いには違和感も感じたが、「こういう形で人は伸びるのね」というのがわかって面白かった。また、学生時代に速水や田口の雀友であった優等生・島津も、本作品では精神科医として登場し、重要な役どころを担っている。
但し、この作品を単品として読むと、生煮えの登場人物、生煮えの逸話が所々にあるのが気になった。小児科で起きたトラブルとは一体何だったのか、小児科勤務の看護師・浜田小夜はいつの間に小児科を辞めたのか、伝説の歌姫・水落冴子と速水は一体どこで知り合ったのか…。本作品をいきなり読んだ人は、前作『ナイチンゲールの沈黙』を読む必要に駆られるに違いない。誰あろう僕自身がそういう事態に陥っている。
作者:Sanchai
更新日:2008年11月29日 13時4分
クシナガル(その4)+ムンバイ連続テロ事件
ムンバイ連続テロで犠牲になられた方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。また、今この瞬間も事件の解決や負傷者の看護、関係者の安否確認等で現場や対策本部等で詰めておられる皆様にもお見舞い申し上げたいと思います。そういう私も今朝は4時30分起きで、7時に自宅を出てバスでオフィスに向かいました。情報収集のためです。
第2に、舗装された道路に敷かれた藁である。こうして朝方舗装道路に敷き詰めておき、通過する自動車に踏ませ、繊維を柔らかくするのである。
その他、写真では残せないが、この早朝ウォーキングの間聴いていたFMラジオでは、放送局が1つしかなかった。しかもネパールの放送である。否応でもこの地がネパールとの国境に近いことを思い知らされる。カトマンズの穀物の市況がどうなっているのかとか、ネパール語で放送されていた。その市況情報を参考にしながら、ここクシナガルの人々は、収穫した穀物(コメ)やサトウキビを、インド国内ではなく、ネパールに出荷しているのかもしれない。(クシナガルはともかく、バラナシはネパール人とおぼしき人々が結構働いていた。)
「インド-日本仏塔(Indo-Japan Buddhist Stupa)」
鎌倉の日蓮宗のお寺が建立したみたい。(記憶にあまり自信がない…)
朝日がもうちょっときれいに撮れると良かったけど…
作者:Sanchai
更新日:2008年11月28日 2時21分
クシナガル(その3)
規則的な形状にはなっていない。
元々金箔が貼られていたそうで、所々その痕跡が見られる。
涅槃堂からは1km以上離れているから…
仏塔の周囲を1周するだけでも結構なウォーキング・コースだった。
作者:Sanchai
更新日:2008年11月26日 11時14分
クシナガル(その2)
『地球の歩き方』には、豆知識としてこんな記述がある。
教えの旅を続けて80歳に達したブッダは、身体の衰えを感じ、長年つき従った弟子アーナンダひとりを連れ、故郷を目指して最後の旅に出た。にぎわうヴァイシャーリーの都を過ぎ、バーヴァー村で鍛冶屋の息子チュンダのもとに滞在した。このときチュンダが供養した食事をとり、激しい苦痛に襲われた。赤痢の症状が起きたようだ。病を押してブッダはクシーナガルへと足を進めた。故郷カピラヴァストゥの方向を目指したとも考えられる。
当時マッラ族の都であたクシーナガルの郊外、サーラ樹(沙羅双樹)の林に入ったブッダは、2本のサーラ樹の間に横たわり、再び起きようとはしなかった。
嘆き悲しむ弟子たちに、「自分なき後も自らをよりどころとし、また法(真理の教え)をよりどころとするように」とさとし、教えについて疑問の点があれば尋ねよと2度3度うながした後、「もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい」という言葉を残して、ブッダは目を閉じた。
そのときサーラ樹は時ならぬ花を咲かせて、この偉大な師の遺体を飾ったという。
[出所] 『地球の歩き方06~07』、p.211
ミャンマーやスリランカからの巡礼ツアー客が訪れていた。
写真からはわかりにくいが、
両側に沙羅双樹がちゃんと植わっている。
あと結構しつこかったのは地元の大地主という人。マータ・クアル寺院から涅槃堂まで付いてきて、便宜を図ったからとチップを要求された。マータ・クアルで10ルピーもらったので味を占めたのか、涅槃堂でもぴったりとマンツーマンのマークをされ、ただ付いてきただけなのにまた10ルピーを要求された。僕は「もう1ヵ所ガイドしてくれたら払う」と言って拒否した。
この大地主、僕の両親が沙羅双樹の落葉を記念に持って帰ろうと探しているとわかるや、あちらこちらから落葉を持って来たが、そんな大きいのや一部朽ちかけたのはいらんということであまり相手にしなかった。これもガイドさんのお言葉の遠因となっている。
それにしても、1日10ルピーでも稼ぐのに苦労している農民もいる一方で、観光客にくっついて歩いてチップを狙う「大地主」っていったい何なのだろうか。あくせく働く必要がないのなら、こうして日がな一日観光客の相手をして得た現金収入の一部でも小作人に還元でもしているのだろうか。その辺のことはよくわからない。
サトウキビ畑の向こうに屋根だけがかろうじて見える。
因みに、仏教の4大聖地というのはどこでしょうか。
1.ルンビニ(ネパール)-ブッダ生誕の地
2.ブッダ・ガヤ(ビハール州)-ブッダが悟りを開いた地
3.サールナート(ウッタル・プラデシュ州)-ブッダが初めて説法を行なった地
4.クシナガル(ウッタル・プラデシュ州)-ブッダ入滅の地
作者:Sanchai
更新日:2008年11月25日 11時32分
クシナガル(その1)
今後何回かに分けて旅先で撮りためてきた写真を紹介していきたいと思う。11月17日夜から20日夜にかけて、ウッタル・プラデシュ州北東部にあるクシナガルとバラナシを旅してきた。先ずはクシナガルで撮った写真から紹介する。
最後の説法を行なったといわれる場所に建てられている。
…とまあこんな感じで写真中心に紹介していきます。ところで、クシナガルでの宿泊はLotus Nikkoというホテルを利用した。なんだか客室がとても広くて落ち着かなかったが、まあ快適ではあった。そこで夜食べたビュッフェ形式の夕食はこんな感じでした。
作者:Sanchai
更新日:2008年11月25日 2時31分
今年のマンタン賞
最近、国際的な表彰の話になると意識的にブログで取り上げているのは読者の方々であればご存知であろう。マグサイサイ賞やライト・ライブリフッド賞といった国際財団が設けている賞でインド人や団体の取組みが表彰されるのはとても嬉しいことである。
今回紹介するのはそうした国際的な賞とはちょっと違う。元々インド国内の取組みを表彰するために2004年10月に創設された賞であるが、今年から南アジア地域域内諸国に対象を拡大したもので、その名をマンタン賞(The Manthan Award)という。ITを駆使して開発された優れたコンテンツとその創造性を表彰するもので、13の部門に分かれていて、それぞれ2、3の個人・団体が表彰されている。2008年度は33の個人・団体が受賞している。応募は自薦他薦を問わず、単純計算だと競争倍率は10倍程度と先述の2つの表彰よりもインド人にとっては広き門となっている。
ITの普及のためにはそれに載せるための優れたコンテンツが必要とされる。こうしたコンテンツ開発にインセンティブを付与することを目的として、デリーにあるデジタル・エンパワーメント財団(Digital Empowerment Foundation)が、世界情報社会サミット賞及び米国インド財団(American India Foundation)との共同で創設したのがマンタン賞で、毎年10月に表彰が行なわれる。
⇒マンタン賞の概要はこちらから!
どんな個人・団体が表彰されているのだろうか。ビジネス日刊紙The Mintウェブ版の10月19日の記事から幾つか紹介してみよう。
1.衛星放送を利用すれば数学はもっと楽しい
カテゴリー:学習・教育のための電子コンテンツ
受賞者:Centre for Child Development & Disabilities(バンガロール)
バンガロールの小さなスタジオを拠点として、カルナタカ州農村部の14の学校を繋ぎ、計420人の生徒に60分の数学の授業を行なうという試み。この取組みのミソはスマーナ先生という非常に魅力的な授業をされる先生の授業を農村部の生徒にも一斉配信するというところにあり、これによって落第率が軽減することが期待されている。
2.テレビ受像機を通じた医学研修
カテゴリー:学習・教育のための電子コンテンツ
受賞者:MEdRC EduTech(ハイデラバード)
この取組みは、全国の医学部学生に対して、人体内部の3D映像を見せる機会を設けるというもので、医学部の授業で用いられることによって、それまでの授業の70%が単に教師の講義をただ聞くだけで終わっていたものを、逆に医学生のスキル強化のために70%の時間を設けられるように変えていくことを狙っている。既にアンドラ・プラデシュ州のNTR保健科学大学ではパイロット的に導入が始まっている。
3.ライプールの物資配給用スマートカード
カテゴリー:E-ガバナンス
受賞者:Unified Ration Card Project(チャッティスガル州)
ナクサライトと呼ばれる左翼ゲリラが活動拠点としているチャッティスガル州ダンテワダ県での取組みで、ビジャプールの政府運営の配給物資販売所(ration shop)にコメを搬入するトラックは郊外のビダムにある製粉工場にいったん搬入し、そこでコメの質と重量が登録され、州都ライプールにあるコールセンターを通じてこの情報が配給物資販売所に連絡される。この制度によるメリットは、製粉工場と出荷場のオーナーによる「中抜き」を防止することができるという点にある。
4.女性向け乳がん啓蒙普及キャラバンこれらはまさに氷山の一角。ご関心ある方は是非マンタン賞HPに行って他の受賞案件も見てみて下さい。
カテゴリー:保健分野の電子コンテンツ
受賞者:Project HighWays Infiniteのリトゥ・ジョゼフ・バイヤニさん(プネ)そもそもこのネタでブログ記事を書こうと思ったのは、月刊誌『Civil Society』でバイヤニさんのプロジェクトの記事が掲載されていたからである。バイヤニさんは陸軍部隊長を退役してプネで歯科医を営んでいたが、2000年に乳がんとの診断を受け、この病気との闘いが始まった。バイヤニさんは、乳がんとの闘いを自分だけのものとはせず、インド全国の女性に乳がんの早期発見・早期治療に向けた啓蒙普及を行なう活動を始めた。2006年に始められたこのキャラバンは、フォード社製4WD「エンデバー」をバイヤニさん自身が運転し、14歳の娘とともに、6ヶ月をかけて延べ30,200kmを駆け抜けるというものだった。
西はグジャラート州、東はアルナチャル・プラデシュ州、南はカルナタカ、ケララといった州を回った。訪問した村々で、バイヤニさんはがんに関するプレゼンテーションを行なった。広い国土を持つインドのこと、訪れる先々の言語は当然異なり、農村女性に語りかけるのには困難も伴う。そこで、バイヤニさんは、啓蒙普及でよく利用されるフリップ・チャートだけではなく、パワーポイントでアニメーションや図表、患者の写真等をスライドに盛り込み、携行した自家発電機とプロジェクターにPCを繋いで農村女性への説明に用いた。
決してITの最新技術を駆使した取組みではない。僕達が普通に用いているパワーポイントと4WDによる全国巡回というローテクを組み合わせ、効果の最大化を計っている。それが評価されての今回の受賞に繋がった。
作者:Sanchai
更新日:2008年11月24日 8時37分
『空中ブランコ』
内容(「BOOK」データベースより)他人様から借りたものはなるべく早く返したい、そんな主義の僕が職場の同僚から「面白いですよ」と本書を薦められ、なんと3週間も借りっ放しにしてしまうという不本意な事態に陥った。一刻も早く返したい、そう思った僕は、実家の両親ご一行がデリー滞在中であるにも関わらず、暇を見ては本書を読み込んだ。土曜も日曜も日中は予定があったが、土曜夜に一気に読み込み、日曜朝の外出前に読了した。
人間不信のサーカス団員、尖端恐怖症のやくざ、ノーコン病のプロ野球選手。困り果てた末に病院を訪ねてみれば…。ここはどこ?なんでこうなるの?怪作『イン・ザ・プール』から二年。トンデモ精神科医・伊良部が再び暴れ出す。
重松清が泣かせる作家だというのなら、奥田英朗も泣かせる作家である。但し、涙の理由は全く違う。本書を読んで涙が出たのは笑いすぎたからだ。小説を読んで笑いすぎて涙が出たのは町田康の『浄土』収録の「ギャオスの話」以来だろう。精神科医・伊良部一郎のハチャメチャ振りが面白くて読みふけってしまった。海堂尊『チーム・バチスタの栄光』に登場する不定愁訴外来・田口公平医師も神経内科医であるが、伊良部医師のハチャメチャ振り、人の話を全く聞かないところ、その言葉遣いはむしろ「ロジカル・モンスター」厚生労働省の白鳥圭輔に近い。但し、白鳥のロジカル振りとは異なり、伊良部は単に恐怖心のかけらもないただの子供と同じ精神構造に見えてしまう。ひょっとしたら計算ずくでそうしているのかもしれないが、少なくとも物語の中ではそれを示唆するシーンはない。ファンになって作品を愛読しようとまでは思わないが、もし自分が図書館に行って、硬派系の書籍だけではなく軟派系の小説でも組み合わせて借りたいと思い立ったら、奥田英朗という作家がいるということは思い出してもいいかなと思う。
平易な表現が使われているし、会話のシーンも実際的で今は精神科でのカウンセリングでもこういうポップなやり取りがなされているというのはある意味驚きでもある。扱っているテーマも、思考の悪循環に陥っている当の外来患者本人だったらともかく、生きるか死ぬかの緊迫したテーマであるわけでもない。気軽に読めるし、むしろこういうちょっとしたきっかけから思考の悪循環に陥るパターンは結構自分達の日常生活の中でも多いような気がする。極めて日常的なテーマを扱っている作家だなと思う。
ただ、これだけ平易で今風の文体で書かれていると、こういう作品でも直木賞は受賞できるのだというのはある意味驚きではあった。
作者:Sanchai
更新日:2008年11月23日 21時4分
祝・50万PV到達
これは何度も繰り返して述べていることだが、3年半かけて1000件以上もの記事を書いていると、その時々でブログの位置付けも変化してきており、今のもっぱらの位置付けは備忘録となっている。歳のせいか、折角得た貴重な情報を簡単に忘れてしまうことが結構多く、いったん記事を書くという行為を行なうことで記憶に留まりやすくなると思うし、万が一情報の詳細を忘れても、ブログのトップページを開いて検索すればその詳細を確認することも可能である。
僕達が学生の頃、カードを使った情報整理というのが非常に流行した。僕も実際に試みたのだが、どうしてもうまく続けられなかった。理由は、自分の手書きの字が汚くて、カードの見栄えが良くなかったからである。こういう情報を積み上げていくワクワク感というのはあまりなかった。これを電子情報化したのが今このブログでやっていることなのだと僕は思っている。電子情報だから、手書きの字が汚いということはない。文章が拙いというのはあるけれど…。
そんなわけで、言いたいことは、現時点での僕のこのブログの位置付けには読者としての僕自身は想定されてはいても、他の読者をあまり想定していないということである。それなのに50万PVに到達したというのはやはりちょっと嬉しい出来事であった。逆に、載せた記事が思わぬ形で受け止められ、厳しいご指摘を受けるという経験も40万PVから50万PVに至る間に何度か経験した。他の読者をあまり想定していないとはいえ、不特定多数の読者がいらっしゃるということは念頭に置き、慎重に言葉を選んでいきたいと改めて思う。
作者:Sanchai
更新日:2008年11月23日 9時18分
『よくわかるマイクロファイナンス』
三井久明・鳥海直子編著
『よくわかるマイクロファイナンス
―新たな貧困削減モデルへの挑戦』
2008年6月、(財)国際開発センター
この執筆に関わっていた方と昔一緒に仕事をしたことがあったため、その方が7月に贈って下さったものである。マイクロファイナンス(以下MF)について詰め込み勉強をする必要が出てきたので、手元にある本の中で読んでいないものについて片っ端から目を通しているところだ。
この本、ISBNがなく市販されている出版物ではない。でも2000年以降のマイクロファイナンス・セクターの変遷を踏まえたMFの入門書として、市販されたとしたらかなり参考になる本だと思う。
⇒本書を発行した国際開発センター(IDCJ)のサイトはこちらから!
理由は幾つかある。
第1に、グラミン銀行とユヌス総裁がノーベル平和賞を受賞して以降、MFというとグラミン方式の小口貸付を指すという傾向がさらに強まったように思うが、貧困層が必要としているのが貸付資金であるわけではなく、預金や為替送金も含めて小口でも扱ってくれる金融サービス全般である。これを踏まえてMFの解説書を書くのは非常に難しく、ややもすると記述が貸付に偏ってしまう罠に陥りやすいが、本書はそれをうまく克服してバランスの取れた内容となっている。
第2に、情報源としてCGAP(Consultative Group for Alleviation of Poverty)から引用しているものが多く、MFを巡る国際潮流を踏まえた記述となっている。具体例としては後述するが、公的援助機関がMF支援を行なう際の留意点が幾つか述べられているように思う。MFセクターが援助機関や政府の資金注入に頼っているだけではセクターとして持続的に発展していく余地は非常に限られており、本当に発展するにはセクター内での貯蓄動員や民間資金がセクターに流入してくる仕組み作りが必要という主張はもっともだと思う。
第3に、個々のMF金融機関(MFI)へのフォーカスだけではなく、そうしたマクロのMFセクターの拡大に向けた課題を説明しているところはとてもわかりやすい。執筆者がこれまでにコンサルタントとして調査等で関わった国々のMFIを個別に事例紹介しているだけではなく、また当該国のセクター概況も紹介している。そうした事例を独立した章として紹介するのはたやすいが、本書はそれを各章の末尾に資料として配置し、各章の本文の中で分析の枠組みをしっかり提示しているので、枠組みを理解した後で個別事例に入っていきやすい。(欲を言えばインドのMFに関する記述があると個人的にはとても嬉しかったが、それは執筆者の方々がこれまで別の調査で関わった国々で少しずつ情報収集してきた成果であろうから、「インドについても書いて下さい」というのは無いものねだりだろう。)
第4に、インドの概況を見ても2000年以降の大きな潮流の1つが民間資金の流入であることは言うまでもないが、本書でも第5章として「ビジネスとして進化するマイクロファイナンス」を挙げ、この潮流をしっかり捉えて紹介されている。加えて、モバイルバンキングや支店なしバンキング(branchless banking)といった最新の動向にも言及がある。このあたりは少し前に紹介した『Indian Microfinance』でも扱うと膨大な記述になるというので著者が割愛してしまった部分であり、果敢にもそれらへの言及を試みたというところに入門書を作ろうという編者の意欲を感じる。
2年ほど前に国際協力機構(JICA)と国際協力銀行(JBIC)の円借款部門の統合が決定した頃、「これでJICAはMFの支援ができるようになる」という論調の新聞解説を見かけたことがあるが、そうした意見には僕は疑問も感じていた。本書には僕の考えをサポートしてくれるようなこんな言及がある。
「マイクロファイナンス事業を振興する上での政府の役割は、いわゆる『適切な事業環境(enabling environment)』を創出することに限定されるべきである。政府機関が直接的、間接的に貸付業務を行うのは望ましくない。(中略)低利優遇貸付よりも、持続的に資金アクセスを得られることがよほど重要である。政治的に金利を低く設定すると、他のマイクロファイナンス事業が成り立たなくなり、事業の持続性が失われる。事業が終了してしまえば、農村部の住民はふたたび貸金業者からの高利の貸付に頼らざるを得ない。ドナー事業の中にも、持続性を考えないで、特定の地域に突然入ってきて、技術協力とともに低利融資を3年から5年くらい行い、事業が終了すると“ぱっと”引き上げてゆくようなものがある。マイクロファイナンス事業としての持続性は全く無い。ただ旗を立てることが目的のようなマイクロファイナンス事業は実施しないでほしい。」(p.27)こうした本書の指摘を見ていると、JICAが円借款事業を扱えるようになったからMF支援ができるようになったと考えるのではなく、元々の技術協力事業のスコープの中にMF支援が入っていなかったことの方が実は問題だったのではないかとすら思える。マスコミが論じているように新しいJICAならMF支援ができるというのであれば、JICAは金融的専門性を持ったスタッフを独自に育成したり外部調達できるメカニズムを作ったりして、途上国のMFセクターの制度・政策の枠組み形成に関わっていけるようにすることの方がよほど重要ではないのかという気がする。
ドナーや政府から容易に資金調達できることにより、マイクロファイナンス事業者は国内外の民間金融市場から資金調達することのインセンティブが無くなる。(p.27)
(ドナーや政府から資金拠出を受けた)卸売基金から貸付資金が供給されてくる状況では、マイクロファイナンス事業者は、貧困層からの貯蓄を積極的に集め、これを貸付原資にする必要はない。あえて銀行のライセンスを取得して、不特定多数の個人から預金を集めようとするインセンティブは低くなる。(p.28)
ドナーの事業の中には農業、農村開発、教育、保健医療、ジェンダーといった分野の総合的な援助プロジェクトの1つのコンポーネントとしてマイクロファイナンス事業を組み合わせているものがある。この場合、小口貸付対象として特定の集団を設定しているケースが多い。こうしたプロジェクトは、技術面の協力だけではプロジェクト目標を達成することが困難であり、受益者層の収入創出活動等を資金面で支援するために、小口資金の貸付が不可欠であるという考え方に基づいて形成されている。こうした総合的支援プロジェクトの中に小口貸付事業が組み込まれていると、金融事業としては持続性に欠け、当初に想定した結果を生むことなく事業が終了してしまうことが多い。(中略)
まず、大きな援助プロジェクトの一部として小口貸付事業が位置づけられている場合、必ずしも金融的専門性を持たないスタッフが小口貸付事業の担当者として任命され、事業の制度設計にあたることが少なくない。(中略)
さらに、技術協力目標の達成と、小口貸付事業の持続性の確保という二つの課題は、常に両立するとは限らず、両者が複雑に錯綜する可能性がある。例えば、技術協力の成果発現に予想外の時間がかかり、成果が出ていないうちに貸付の返済期限がおとずれた場合はどう対処するのか。技術協力のテーマ以外に貸付資金を利用する希望を、借入人が表明した場合どう対応するのか。ドナーの技術指導に忠実に従って収入創出事業に着手し、何らかの理由でそれが失敗した場合、借入人の返済責任はどうなるのか。事業を実施する上で、こうした問題は限りなく発生する。このような状況下で、ドナー側が借入人に厳格に返済を求めるケースは少なく、えてして返済への規律が弱くなりがちである。(中略)ドナーの援助プロジェクトの終了とともに、貸付資金も枯渇する。結局、限定された地域の限られた数の受益者が何らかの利益を享受しただけで、インパクトも小さいままでプロジェクトが終了することになる。その後、住民は再び貸金業者のもとを訪れ、高利での借入を求めることになる。 (pp.28-29)
貸付資金の不足は、マイクロファイナンス事業の拡大を妨げる最大の要因ではない。そもそも、国内外の民間金融市場では膨大な資金が取引されているし、国内の貧困層の貯蓄も大きな資金源となりうる。規模が小さく将来が不確実なドナーや政府の資金に依存するよりも、民間金融市場から資金調達したり、貯蓄を動員して貸付資金に充てる方がよほど将来確実である。(p.160)(中略)そのためには、マイクロファイナンス事業者を対象とした適切な規制と監督システムを設けること、そして事業者が規制を遵守した経営を維持し財務的健全性を保つことが重要である。(p.164)
援助国・機関等ドナーからの資金の一部がだぶつくという皮肉な現象が生じている。(中略)これらの資金は、財務的にも健全で持続性のある、優良なかつ著名なマイクロファイナンス事業者、換言すると自前でも資金調達できる少数のマイクロファイナンス事業者に集中する傾向がある。そのため、ドナーの審査には通らないが、潜在力が大きいマイクロファイナンス事業者には、なかなか資金が提供されない。その結果、一部の事業者に集中したドナー資金はむしろ供給過多となり、資金が余る減少が生じている。(中略)多くのマイクロファイナンス事業者は、まず組織能力を強化し人材を育成することで、外部からの資金調達をしやすくする必要がある。そのため、トレーニングや技術協力に対する需要の方が、貸付原資に対する需要よりも高い場合が多い。しかし、技術協力やトレーニングのために供与されるドナー資金は十分ではなく、多くのマイクロファイナンス事業者が技術協力を受けることは難しい。(pp.181-182)
作者:Sanchai
更新日:2008年11月22日 3時26分
ビハールの豪華サモサ
最近ちょっと硬派系の記事ばかりを掲載してきたので、少し軟派系のネタも提供しようと思う。11月17日付のHindustan Times紙第1面に掲載されていた記事で、紙面の穴埋めに丁度良かったのかもしれないが、こんな記事をトップに持って来る同紙のセンスに思わず拍手を送りたくなった。
ビハールのお祭りのサモサは4個で1万ルピー
ソニプール発、Rajesh Kumar Thakur記者
1個2500ルピーもするサモサを聞いたことがあるか?食べたことは?先週金曜日、2人のオランダ人観光客は、サモサ4個に10,000ルピーを支払った。
ソニプール(Sonepur)の牛祭りに参加していたこの2人の観光客は、スナックでも食べようと売店を訪ねた。そのお店の若い店主は、自分のところのサモサは特製で、ハーブとジャガイモから作られている、aphrodisiac qualitiesがあると観光客にアピールした。
2人がサモサを食べ終わった後、店主は2人に10,000ルピー払うように言った。2人は店主と口論になったが、最終的にはお金を支払わねばならなかった。牛祭りからの帰路、2人は自分達の経験を特別警察の警官に説明した。この警察の介入によって、店主は9,990ルピーを2人に返還した。
状況がよくわからないのでどれくらい口論というのが切羽詰ったものだったのか想像もつかない。また、変にコメントをつけるとこのオランダ人観光客に名誉毀損で訴えられかねないので(このブログ、誰が読んでるかわかりませんので)、余談はいたしません。でも一言だけ。ハーブとジャガイモなんて普通のサモサのレシピと大して変わらないような気がするが、どんなサモサだったのか、一度食べてみたいです!!
作者:Sanchai
更新日:2008年11月22日 2時0分
人口高齢化南アジア地域会議4
3.”Rapid Marketization, Changes in Family Roles and Faster Ageing:
Issues in Elderly Care and Its Gender Dimensions – A South Asia Perspective”
By Dr. Syeda Saiyidain Hameed
これは論文ではなく、オープニング・セッションにおける基調講演の内容を纏めたものである。ハミード博士は計画委員会のメンバーであり、従って講演の内容も人口高齢化と高齢者の問題についてインド政府の問題認識がどうなっているのか、これまでにどのような政策をとってきたのか、或いはとろうとしているのかといった点に関心を持って聞かせていただいた。2日間のセッションを通じて政策立案者側の立場からの発表はハミード博士の基調講演しかなかった。
1)政策立案者側の立場からの報告であれば当然ながら国際社会における幾つかの里程標とされるイベントに対する言及がある。具体的には、「高齢化に関する第2回世界会議」(2002年4月、於マドリッド)や「高齢化に関するマドリッド国際行動計画の実施に向けた上海実行戦略とアジア太平洋地域における高齢化に関するマカオ行動計画」(2002年9月、於マカオ)等であるが、インド政府がこれらを政策立案を規定する文書として重視していることを最初に断っている。
2)その上でハミード博士はインドの状況を以下の通り纏めている。「インドは60歳以上の人口で世界で2番目に多い国である。高齢者人口は2001年の7100万人から2026年には1億7300万人に増加すると見られている。高齢化率は現在7%で、これは2026年までに12.4%にまで上昇する見込みであるが、現在総人口の7%を占める高齢者のうち、2/3は農村部に住み、うち半数は貧しい状況にある。高齢者のケアは非常に取組み困難な課題である。インドの高齢者人口に関する特徴として、①殆ど(80%)が農村部におり、公的サービスの提供が難しい、②高齢者人口の女性化(faminization)―2016年までに、51%の高齢者は女性となる、③80歳以上という超高齢者の増加、といったことが挙げられる。」
3)インドの高齢化に関しては次のような側面もある。①8100万人のうち5100万人は貧困層、②高齢者は生産活動に貢献できないとは見るべきではない、③8100万人中2200万人は夫を亡くした女性(widow)である。(世界銀行の調査によれば、インドの高齢女性の65%は未亡人であるが、70歳以上の高齢女性になると80%が未亡人となる。)
4)高齢者の90%は未組織セクター(unorganized sector)に属する。このため、ソーシャル・セーフティネットへのアクセスは全くなく、年金への加入も、Provident Fundへの加入もしていない。高齢者の70%にも上る人々が、日々の生活の維持において他人に依存せざるを得ない状況である。女性の場合は状況はもっと悪く、85~87%の高齢女性は部分的或いは全面的に経済的に他人に依存しないと生きていくことができない。インドの高齢者の10%以上が心理的圧迫感(depression)の中で生活を強いられており、40~50%は理学療法ないしは心理学療法を受ける必要があると見られている(が実際に治療が受けられていない)。
5)第11次5ヵ年計画は、高齢者のような脆弱な人々に対して特別な注意を払う必要性を強調している。特に、女性と未亡人に対する配慮を強く求めている。この点では1999年に政府が採択した「高齢者に関する国家政策(National Policy on Older Persons, NPOP)」は重要な第一歩であった。第11次5カ年計画においては、①「高齢者に関する全国評議会(National Council for Older Persons, NCOP)」を創設し、政府の施策やプログラムへの助言とNPOPの実施からのフィードバックを求める、②「両親と高齢市民の生活維持と福祉に関する法律(The Maintenance and Welfare of Parents and Senior Citizens Bill)」法案を国会提出し、その中で全国各県に少なくとも老人ホーム(old-age home)を1ヵ所設置することなどが提言されている。うち、老人ホームの整備については、高齢者ケアのプログラムの立案実施及びそれに必要な資金手当の権限をNGOや地方自治体に委譲することが検討されている。
6)おそらく第11次5カ年計画の最も重要なポイントは各施策間の整合性や連動性(convergence)を強調していることである。ジェンダーに関する問題と高齢者の女性化、そして未亡人の置かれる不利な立場という問題は一体的に取り組まれる必要がある。またこの一環として、NPOPで述べられている高齢者全国協会(National Association for Older Persons)の設立も急がれる必要がある。また、全国老齢年金制度(National Old Age Pension Scheme, NOAPS)のような特定の施策も高齢者には大きな安心をもたらすであろう。
7)最後にハミード博士が強調したのは、こうした高齢者の経済的権利やヘルスケアの権利に加え、特に重要なのは高齢者の感情的な不安感(emotional insecurity)にどう取り組むのかという点である。高齢者には、配偶者や友人、親類を亡くす喪失感や、人生における孤独、生きていくことを空虚に思う感情と常に隣り合わせの関係にある。より若い世代の人々の間で高齢化に関する意識付けを行ない、高齢者と若年層の間により緊密な関係を構築するよう促すことが重要である。そうすることで、若い人々は高齢者の知恵や助言から学ぶことができ、高齢者も若い人々の情熱に感化されるところも期待される。
使っている統計数値間に不整合があるようなのが気になるが、インド政府の重視する施策についてコンパクトに纏っていて参考になる報告だった。
作者:Sanchai
更新日:2008年11月21日 0時14分
人口高齢化南アジア地域会議3
前回に引き続き発表の内容をご紹介する。前回はアミターブ・クンドゥ教授がインドの労働市場の状況からインドの高齢者の直面する課題を抽出して農村高齢者が自営ないしは家内ビジネスでの雇用機会を通じて経済的状況を改善させるために必要な政策が取られるべきだという結論を導き出した話を紹介したが、それに対して、次に演壇に立ったリズワヌル・イスラム教授は、人口問題を高齢者問題に置き換えるべきではない、むしろ次世代の若年層に対する人的投資が必要と論じた発表を行なった。
2."The Role of Human Resource in Sustaining Economic Growth
in South Asia" by Dr. Riswanul Islam
人口ボーナスがどのように経済成長にプラスの貢献をするかという時、よく「労働」「資本」「技術進歩」の3要素に分けて説明がなされることが多いが、このうち、「労働」については質的側面は考慮されておらず、労働生産性向上の側面は「技術進歩」で説明されるように思う。では、南アジアの経済成長を人口学的に支えてきたのは、労働力の量的増加なのか、或いは質的向上――労働生産性の向上なのか、どちらの方が強く働いていたのか。こうした問題意識に基づいて南アジア4カ国(インド、バングラデシュ、パキスタン、スリランカ)について検討が行なわれた。
1)経済成長が進むにつれ、労働生産性の上昇の方が労働力の量的増加よりも大きな意味を持ってくる。従って、人的資本の質的側面の重要性が増す。過去の研究成果を振り返っても、教育達成水準と労働生産性には強い連動性がある。これは、農業のようなセクターでも同様で、農民の教育水準は農業生産性の向上に繋がることが示されている。しかし、南アジアの国々で人口の大半が住む農村部において、質の高い学校が十分な数だけ存在していないということは、これらの人々がその潜在能力(ケイパビリティ)を高める機会が奪われていることを示している。従って、高い労働力人口と労働力人口増、そして高い就労年齢人口比率が途上国の人口ボーナスの潜在性を本当に享受するには、幾つかの追加的条件を満たすことが必要である。
2)南アジアの対象4カ国では、いずれも25-54歳の就労年齢人口の総人口に占める割合が1980年から2006年にかけて増加している。逆に、15-24歳の人口割合は低下している。従って、最も生産性が高いと考えられている25-54歳の人口割合が高まるということは、量的にもその国の経済にポジティブな影響を与えていると考えられる。こうした傾向は東南アジアでも見られるものである。
3)経済の成長要因を労働投入量(雇用)の増加と労働生産性の向上に分解してみると、対象4カ国のGDP成長率の半分以上は労働生産性の向上によるものであることがわかった。インドでは雇用の経済成長弾力性を見ると、1983-1993/94年の0.40から1993/94-1999/2000年の0.15に低下していることがわかる。即ち、雇用量は伸びていないのに経済は成長している、雇用なき成長の様相を呈している。ITセクターはインドの経済成長を牽引したと言われるが、このセクターの雇用は僅か160万人で、4億6000万人と言われるインドの労働人口に占める割合は非常に小さい。
作者:Sanchai
更新日:2008年11月17日 4時32分
人口高齢化南アジア地域会議2
11月10、11日に当地で開催された標題の会議については、既に一度ブログでも紹介させていただいているが、当日配布された資料を少し読み込んで、会場では理解できなかったことも少しわかってきたので、以下何回かに分けてまとめてみたいと思う。
1."Changing Demographics in South Asia and Rising Primacy of
Young and Old: Needed Economic Responses" by Prof. Amitabh Kundu
統計学者の説明はわかりにくい。クンドゥ教授のレクチャーは8月に受けたことがあるので冒頭の部分に本題と関係のない雑談がかなりの部分加わるというのは想定の範囲内だったが、久々にこのテーマについて労働統計を用いた経済学的な話を聞いたので、自分の頭が付いていけなかった。ペーパーを読んで理解したところは以下の通りである。
(1)60歳以上の高齢者の総人口に占める割合は1981年から2001年にかけてわずかばかりの上昇を記録したのみであり、現在でも農村部では7.7%、都市部では6.7%程度である。しかし、女性については高齢者の占める割合が高く、同じ期間だけを見れば農村部では6.8%→8.1%、都市部では5.8%→7.2%に上昇している。
(2)女性の労働市場参加率は元々男性に比べて非常に低かった。農村では32.7%、都市では16.6%に過ぎない。農村部での雇用は自営業による部分が大きく、男性の総雇用の58%、女性の総雇用の64%は自営(self-employed)である。これに日雇い(casual)労働が男性でも女性でも33%を占め、この2形態で農村労働の殆どを占めてしまう。
(3)農村部での雇用形態が自己雇いであるということは、農村労働者は働ける間は働き続け、肉体的に働き続けることが厳しくならないと労働市場から退出しないということを示している。自己雇いや日雇い労働は公的な社会保障制度ではカバーされていない。また、未組織セクターの常雇い労働者もカバーされていない。インド農村部男性の労働市場参加率は55-60歳では93%、60-65歳で82%、65-70歳で70%、70歳以上でも51%とかなり高い。80歳を過ぎても約1/4の人が働いている。都市部男性の労働市場参加率が60歳を境に83%から48%に一挙に低下するのとは対称的である。女性の場合は、農村部での労働市場参加率は50-55歳で56%だったものが、55-60歳では50%、60-65歳で38%に低下する。都市部女性の場合は、一番高い年齢層でも26%程度であり、その後の低下も農村女性以上に著しい。また、自己雇用の比率は高齢になればなるほど高まる。逆に、家庭内での無償家事手伝い(unpaid family workers)の割合は年齢とともに低下していく。即ち、高齢者は働き続ける必要があるものの雇用機会は農村・都市、男性・女性を問わず干上がっていき、また常雇いの仕事の機会はどんどん減り、自己雇いか家庭内の無償労働しか機会がないことなる。自己雇いが高齢者の生存戦略として重要な位置を占めるが稼ぎはかなり少ないと思われる。家内企業での雇用機会は増えているが、高齢者の経済状況を改善するのに繋がる保証はない。
(4)農村の労働力の大半は農業セクターで、農夫ないしは農業被用者として働いている。しかも、この農業セクターでの雇用の割合は、高齢者の場合はさらに高くなっている。
(5)高齢者は、教育水準やスキルが低い状態でとどまっておりこれを向上させる機会に乏しいという点で、労働市場においてとりわけ不利な状況に置かれている。60歳以上の高齢者の識字率はとりわけ低い。従って、農業セクター以外での労働機会が得られたとしても、インフォーマルな事業での低賃金労働にとどまる可能性が高い。
(6)従い、高齢者は雇用とスキルの水準で労働市場でもひときわ不利な立場に置かれ、多くの場合、肉体的に許す限りインフォーマル・セクターや農業セクターで働き続けることになる。高齢者を経済的に支援する特別な政策が求められる。
作者:Sanchai
更新日:2008年11月16日 21時44分



