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トップ > GyaO > GyaO - 人気ブログ(Blog)検索結果詳細 (2008年12月2日 9時)

『機動戦士Zガンダム』 第1話「黒いガンダム」/第2話「旅立ち」

 いつも行っているTSUTAYAには、けしからんことに『海のトリトン』も『勇者ライディーン』も『戦闘メカ ザブングル』も置いてないのです。(これでも県下最大のはずなんですが…。)

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 ごく個人的な話。このブログは3年前から書いているんですけど、はじめは何を書くのかあまりはっきりとは決まってませんでした。というより、(初期から読んでくださってる皆さんはご存知ですが、)ブログを書き始める少し前までは、私はあまりアニメを見てなかったんですよ。
 そんな私の奥底に眠っていた昔々のアニメ大好きっ子の残り火に、見事に燃料を注いでしまったのは、二十年の時代を超えて、あの『Zガンダム』の劇場版を富野監督みずからが製作するという信じられないような事件(私にとってはほとんど事件と言っていいです)だったと思います。いわゆる“新訳Z”ですね。

 前置きが長いんですが、要するにTVアニメ版の『Zガンダム』は、どこか鬼門のような気がして久しく遠ざけてあったのであります。ただ、同じように敬遠してきた富野小説を、最近は楽しく読めるようになったし、それにこのブログを書き始めて以来、簡単に手の届く範囲では、他の富野アニメをひと通り見てしまったし。そろそろ年貢を納めて見直してみようかと。

 そんなことでありまして。構えて見ずにはいられない『機動戦士Zガンダム』なのですが。思い切って見てしまえば、「変哲のない続編か・・・」と思わないでもないです。とりあえずは。
 今になって考えてみると、たぶんオンエア当時も、この「続編」というのに激しい抵抗感(というか拒否反応)があって、はじめから構えて見てしまったのが、この『Zガンダム』だったようです。私はガンダムエイジというよりは、むしろ『ヤマト』世代でありまして、(これは同世代の人にはある程度分かってもらえると思うのですけど、)『完結篇』までヤマトを見せられた身にとっては、「続編」というものにはもうそれだけで苦々しい思いがあったのです。
 アニメ史的にも『Zガンダム』というのは、ひとつのブームの“終わりの始まり”という言い方もされる作品ですが、個人史的にもそのように作用した部分があった作品で、簡単に言ってしまえば、「富野よ、お前もか!」という憤慨やら失望やらですね。

 ゼータ・ガンダムの世界は、前作の7年後、8年後に近い7年後の時代に設定した。
 当然、かつてのレギュラー・メンバーたちは、それだけ歳をとっている。
 そして、サブ・アタック・タイトルは、『逆襲のシャア』である。同時にこれが、本物語のテーマでもある。
 なぜこのようにしたのか?
 パート2物のパターンを変えたいからに他ならない。
 他意はない。

 あの頃、言い訳は聞きたくありませんでしたねー。今にして思えば、いろいろ言っていることは分かるんですけど。
 「機動戦士Zガンダム - だからtominoは・・・」のおかげでさっとこういうテキストが読めるんで嬉しいんですが、スタート時には『逆襲のシャア』の部分まで4クールの中で一気に物語が進む予定だったのですね。
 シャア(というかクワトロというか)とカミーユのファーストコンタクトがなかなか面白いなと思いながら見ていて、はたと気付いたんですが、『逆襲のシャア』でばったり出くわしたクェス・パラヤをうまうまと仲間に引き入れていったやりくちと、展開としてはよく似てるんですね。なかなか不思議な…。

作者:囚人022

更新日:2008年12月2日 21時37分

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トラックバックピープル「キャシャーンSins」

 ブログピープルトラックバックピープルに、なぜか「キャシャーンSins」(公式サイト)がなかったので、誰も作ってくれないなーと悲しくなって、自分で作ってしまいました。私にもできる、ほんのささやかな応援です。

 この渋い渋い作品について、何かお書きになられたら、ぜひ下記までトラックバックをお寄せください。よろしくお願いします!

http://member.blogpeople.net/tback/10226

 ↓ リンクリストをブログに設置することも可能です。 ↓

作者:囚人022

更新日:2008年12月1日 22時25分

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『キャシャーンSins』 第8話まで “アートアニメーション”のにおいがする!

 ネットでしか見れないので、8話までの感想でごめんなさいね。
 このブログでは前回、『キャシャーンSins』の感想は第5話まででした。第5話「月という名の太陽を殺した男」、第6話「運命との再会」で、物語としての状況はだいぶ分かってきました。

reason

『キャシャーンSins』って、たまたまテレビで流しているだけで、内容的にはいわゆるアート・アニメーション的だと思うんですよ。
by prisoner022

いい時代になりました
by nuryouguda

そう、あんなアートアニメーションのような作品がテレビアニメで放映されるとは、 いい時代になったなぁ、とも・・・たしかに思うのです。 思うのですが。 なぜ『キャシャーン』なのだろうかとも思わずにいられないのですよ。 昔のキャシャーンの世代の人間としては。 上手くいえないのですが。
by prisoner022

たしかに、新しい流浪ロボットでもいいでしょうね それはガンダムでもですが、ガンダムシリーズよりも設定は似てませんもんね。 インスピレーションモチーフでしょうか? 全体評価は最終回待ちですが。
by nuryouguda

 上記のような対話をグダちんさんとしたのは第7話「高い塔の女」を見終わったところだったのですが。第8話「希望の賛歌」を見て、これはアートアニメーションのような作品だなぁという印象は、ますます強いものになりました。

「アート・アニメーション」という名称が、日本でいつのまにか定着してしまった気がする。自分の作っている作品、また志しているこのブログで取り上げているような作家性の強いアニメーションを定義するいい呼び名がないものか以前から考えてきたが、全ての作品がフィアンアートだけを目指して作品作っているわけでも無いし、「アート・アニメーション」という呼び方には違和感がある。
英語圏でも特にそれらしい呼び名は無い。「インディペンデント・アニメーション」「ファインアート・アニメーション」「実験アニメーション」などがあるぐらいだ。

 この分野の日本における第一人者であろう山村浩二さんが、この呼び方には抵抗感があると言っているぐらいで、「アート・アニメーション」というのは聞きなれない人には聞きなれない用語なんだと思います。

 アニメーションというのはそもそもそういうもので、日本のアニメは商業ベースが当然になりすぎちゃってるということだと思うのですが、機会を見つけてはなるべく見たいと思っている、いわゆる「アート・アニメーション」です。クレイ・アニメとかパペット・アニメまで含むようなあいまいな言葉なので、「アート・アニメーション」的だという例えはますます意味不明なんですが、何となくニュアンスは(分かってもらえる人には)分かってもらえると思います。
 ぐりぐりよく動く作画とか、そういう意味でのアニメーションというのではなくて、海外の短編アニメーションによく見られるような、とても抽象化・観念化されたドラマの感じを、まあ私の貧しいボキャブラリーではそういうふうにしか言い表せないんですけど。

作者:囚人022

更新日:2008年11月28日 23時18分

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